「任命拒否」は言論芸術自由の否定に

メディア万華鏡

映画や小説も例外でない?菅政権「任命拒否」の波紋

山田道子・元サンデー毎日編集長

日本学術会議の梶田隆章会長と会談後、記者団の質問に答える菅義偉首相=首相官邸で2020年10月16日、竹内幹撮影

日本学術会議の梶田隆章会長と会談後、記者団の質問に答える菅義偉首相=首相官邸で2020年10月16日、竹内幹撮影

 次はどこが標的になるのだろうか、と最初に思った。菅義偉首相が日本学術会議の会員候補6人の任命を拒んだ件。

 推薦名簿を見ずに「総合的・俯瞰(ふかん)的に判断した」というのは何も説明していないのに等しいし、官邸記者クラブにはそこをもっと突っ込んでほしかった。

 安倍晋三前首相が内閣法制局長官のクビをすげかえた時は、政治的任用(ポリティカルアポインティー)の範囲内と認めたうえで批判する向きがあったが、日本学術会議の会員任命は形式的なもの、天皇に首相任命拒否権がないのと同じだ。

 戦争中の反省を踏まえて定められた「天皇の政治的行為禁止」「表現・学問の自由」という憲法の規定を守るという点で共通している。

是枝監督ら「言論の自由への挑戦」

 次はどこか。是枝裕和監督ら映画人有志22人は10月5日、「言論の自由への挑戦」だとする抗議声明を発表。「任命除外を放置するならば、政権による表現や言論への介入はさらに露骨になることは明らかです。もちろん映画も例外ではない」と訴えた。

カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した是枝裕和監督=東京・羽田空港で2018年5月23日、佐々木順一撮影
カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した是枝裕和監督=東京・羽田空港で2018年5月23日、佐々木順一撮影

 是枝監督が「万引き家族」でカンヌ国際映画祭の最高賞「パルムドール」をとった時、文化庁の製作助成金をもらいながら、文部科学相の祝意を断り、批判を浴びたことなどが背景にあるのだろう。

 日本総合研究所主任研究員の藻谷浩介さんは「何より、年明けにもありそうな総選挙で公認を外されては元も子もない自民党議員からの、異論雑音を封じる効果は大きい」「次の標的は、NHKと地方自治体なのだろうか」と予測した(10月25日毎日新聞朝刊)。

 ノンフィクション作家の保阪正康さんは「今回は第1弾に過ぎない。この先、他の組織に対する第2弾、第3弾があるだろう。たとえば民間企業の人事だ。政府の圧力、あるいは政府の顔色をうかがう企業の経営者が、政策に批判的な社員を動かすようなことになりかねない」と憂えた(毎日新聞10月15日夕刊)。メディア業界、特に危ない。

次はフィクション?

 私は次はフィクション、小説ではないかと思った。ノンフィクションはフェイクかフェイクでないかで争えるが、小説は「指摘はあたらない」という屁理屈(へりくつ)は通じないがゆえに、強権政権はなんとかしたくなるだろう。

日本学術会議が推薦した会員候補を菅首相が任命しなかったことに抗議するデモ=東京都渋谷区で2020年10月18日、後藤由耶撮影
日本学術会議が推薦した会員候補を菅首相が任命しなかったことに抗議するデモ=東京都渋谷区で2020年10月18日、後藤由耶撮影

 桐野夏生さんの「日没」(岩波書店)は、占師のようにそんな社会を描いている。小説家・マッツ夢井のもとに一通の手紙が届く。政府組織「文化文芸倫理向上委員会」(ブンリン)からの召喚状。彼女が向かった出頭先は、断崖に建つ海辺の「作家収容所」だった。

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 スマホは使えない。酷い待遇に粗末でも毎食待ち遠しくなる。反抗すると地下2階の自由のない部屋に軟禁される。

 なぜこんなことに? 収容所の所長から「社会に適応した作品を書いてください」と命じられる。性愛を描いてきた彼女は反論する。

「日没」を書いた桐野夏生さん=東京都千代田区で2020年9月10日、小川昌宏撮影
「日没」を書いた桐野夏生さん=東京都千代田区で2020年9月10日、小川昌宏撮影

「正しい作品」とは

 「適応した作品ってどんな作品ですか?」

 「正しいことが書いてある作品です」

 「そんなことを強制する権利が誰にあるんですか。誰にもないはずです」

 「コンプライアンスという言葉をご存じですよね? 総務省の方でも、作家の表現に少しコンプライアンスを求めよということになったのです」

 「聞いたことがありません。その法的根拠はありますか?」

 この後、所長は映画倫理機構(エイリン)やヘイトスピーチ法を持ち出し、「表現の自由は何もかも自由じゃない」と言いつのる。どこかの国の官僚そっくりだ。

 「フィクションが現実にならないことを、心から祈ります」と桐野さんは岩波書店のサイトで語る。

 実は「日没」で一番ひっかかったのは、マッツ夢井が結構簡単にブンリン収容所に向かってしまうところだ。でも、「そんなこと起こるわけがない」とたかをくくるのが一番危ないのだ。現実の政治を見ていて気づいた。

「メディア万華鏡」は原則、隔週月曜日に掲載します>

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