菅義偉首相による日本学術会議会員の任命拒否問題に対し、撤回を求めるネット署名を中心となって呼びかけたのは、日本近現代史を研究する歴史家だった。戦前に学問や表現の自由を弾圧し、戦争に突き進んで破滅した国家の歴史を研究してきた立場から、見えてくるものは何か。日本大学教授の古川隆久さん(58)に聞いた。

 1962年生まれ。日本大学教授。日本近現代史専攻。著書に「大正天皇」「昭和天皇」「建国神話の社会史」「昭和史」などがある。

 ――菅首相に学術会議の会員候補6人の任命拒否撤回を求める署名は、10日間で14万3691筆が集まり、内閣府に提出されました。署名活動に取り組んだきっかけは、何だったのですか。

 「拒否された6人に大学、大学院のゼミで2年上の加藤陽子・東京大学教授が含まれていたことがきっかけです。敬愛する加藤さんは実証的な歴史家で、福田康夫政権で公文書管理に関する有識者会議のメンバーも務めました。『そんな人がなぜ』と驚き、すぐに何かしなければと思いました。ネット署名活動の経験がある同僚にアドバイスしてもらい、私と同期で、加藤さんの同僚の鈴木淳・東大教授とともに抗議の声を上げたのです」

 ――古川さんは、日米安保体制について「冷戦下、自由な社会を維持するには、あの選択しかなかった」と評価するなど、政治的には現実主義の立場ですね。これまで、世の中にモノ申す行動に関わったことはありましたか。

 「かつて勤めた大学で、改組に反対し声明に名を連ねたり、2年前に日大アメフト部のタックル問題が起きたとき、教職員組合の抗議の署名活動に参加したりした程度です。私は学術会議の会員でも連携会員でもなく、つい最近、会議主催のシンポジウムに聴衆として参加したぐらいです。しかし、今回の問題は学術会議にとどまらず、学問に対する政治の露骨な介入であり、黙っているわけにはいかないと思いました」

 ――なぜ、そこまで危機感を抱いているのでしょうか。

 「日本近現代史を研究していることと関係します。戦前の体制は、国家の方針について国民が幅広く議論し、決めていくという仕組みづくりが不十分でした。明治の元勲、伊藤博文や山県有朋らは、自分たちの仲間だけで日本を導くことができると過信していました。自由民権運動は『富国強兵路線を妨げる』とみなし、自由な議論や民意が反映されにくい国家の仕組みをつくった。それは結局、日中戦争太平洋戦争で国民に多くの犠牲を強い、敗戦により国家の破滅をもたらしました」

 「私は、自由な議論が許される社会を維持しなければ日本に良い未来はない、と著書に書いたことがあります。ここで何もしなければ、言行不一致と言われかねません」

戦前にも大学人事へ介入の例

 ――今回の問題に関連し、1930年代、京都大学の滝川幸辰教授の学説が無政府主義的だ、などと問題視され、退官に追い込まれた「滝川事件」や、憲法学者で貴族院議員だった美濃部達吉の天皇機関説が不敬とされ、著作が発禁処分を受け、議員を辞職した事件との類似性が指摘されています。

 「滝川事件は、滝川の講演を聞いた検事総長が、問題だと騒ぎ、ことを大きくしました。天皇機関説でも、右翼の激しい攻撃に政府が引きずられる格好でした。いきなり政府が弾圧したのではなく、扇動者がいたということです。ところが今回は、政府の方から問題を起こし、理由も示さない。やり方が不公正だと考えざるを得ません。38年には『帝大騒動』も起きました。これも知っておくべきでしょう」

 ――帝大騒動ですか。

 「第1次近衛文麿内閣で、途中から文部大臣になった陸軍大将の荒木貞夫が、帝国大学の総長や教授の人事に介入した事件です。かつて陸軍大臣を務めた荒木は、日頃から精神教育の大切さを主張していました。日中戦争が始まり、軍国主義が高まる中、国民にも精神教育が必要だ、として起用されたのでしょう」

 ――荒木はどんな主張で、大学人事に介入したのでしょうか。

 「大日本帝国憲法には大権、つまり天皇の権限として文武官を任免することが規定されています。帝大教授も身分としては文官ですが、それまでは教授人事は学内で決められ、総長も選挙で選んでいました。天皇による任免は形式的だったわけですが、選挙には弊害がある、とする荒木は、『教授は官吏たることを自覚せよ』と主張し、天皇大権を持ち出して政府による人事介入を正当化しました」

 ――菅政権も、学術会議会員が特別職の国家公務員であることを強調しています。

 「学術会議は自主的に会員を選び、それに基づいて首相が形式的に任命してきました。ところが菅首相は、自らの任命権を振りかざして介入してきた。帝大騒動とよく似ています。ただ、当時は、背景に東大内部のいささか醜悪な人事抗争があり、大学側に弱みがあった。しかし今回は、学術会議には何の落ち度もありません」

忖度するなら存在意義なし」

 ――社会における学者の役割とはどういうものだと考えますか。

 「私がいつも学生に教えるのは、『物事を疑ってかかれ』ということです。歴史学ならば、史料をうのみにしない。どういう背景で文書が書かれ、証言がなされたのか。そうした史料批判が、歴史学では大切です。当然、現実の政治や社会についても同じです。うのみにせず、多面的に考える。それこそ、学者がすべきことです」

 ――では学術会議の役割とは。

 「政府が政策を決める際、専門家を集めた審議会をつくり、答申を得るというやり方がよく行われています。委員は往々にして、政府の方針に強く反対しない人たちが選ばれ、異論はあまり出ません。しかし学術会議は、政府から独立して選ばれた、広範囲にわたる多様な専門家集団です。まさに俯瞰(ふかん)的、総合的な観点から政府や社会に提言していく。政府お手盛りの審議会にはできない、セカンドオピニオンを示すのです。政府の意を忖度(そんたく)するようになってしまえば、存在意義がありません。その結果、政府が間違いを犯せば、損をするのはわれわれです」

 ――加藤勝信官房長官は、任命拒否について「直ちに学問の自由の侵害にはつながらない」と述べました。「学術会議の会員になれなくても、研究は自由にできる」という意見もあります。

 「全く違います。学術会議の会員を選ぶ基準は、優れた研究と業績です。首相が任命を拒否したということは、これを否定したということになります。それが通れば、国立大学の人事や予算、税金で賄われる科学研究費(科研費)助成事業も、時の政権の意向に左右され、研究に必要な立場や資金が、学術的な基準以外で決められることになってしまう。まさに憲法23条が保障する、学問の自由の侵害です。今回の件を黙認することは、こうした事態への第一歩となりかねません」

 ――菅首相は、個々の人事について理由を明かさないとしつつも「多様性が大事だということを念頭に判断した」と言っています。

 「首相の説明なるものが、後出しでコロコロ変わり、矛盾をさらけ出していますね。どうしても、はぐらかそうとしているように見えてしまいます」

「国のためと政権のためは違う」

 ――一方、国民の間には、「どうせ学者の世界の話だ」「学術会議は税金の無駄遣いでは」という見方もあるようです。

 「戦前も滝川事件や天皇機関説などについて、『しょせん学者の問題だ』と思った国民は少なくありませんでした。しかし、気づいたときには、異論が言えない社会になっていました。今、ここで政権のやり方を許してしまえば、政治の介入を広げる大義名分を与えてしまいかねません」

 「映画監督や日本ペンクラブなど表現に関わる人たちも、菅政権のやり方に反対の声を上げています。表現の自由への危機感からでしょう。すでに昨年のあいちトリエンナーレでは、文化庁の補助金交付が一時、取り消されました。私は、いずれ、NHKや民間放送にも政府が強く介入してくるおそれがあると思います」

 ――とはいえ、戦前とは違い、今は民主主義の世の中です。心配しすぎではないですか。

 「安倍政権の頃から、選挙で勝ったから何をしてもいいと言わんばかりに、少数派の意見や異論を無視する風潮が高まっているのを感じます。『税金を使うのだから政府の言うことを聞くのは当然だ』という意見はネット上に多く、一部の国会議員も扇動しています。この点で戦前の弾圧と似ていると思えます。『国のために』ということと、『ときの政権のために』というのは同じことではありません。政権に批判的な意見が、長い目で見て世の中を良くすることもあります。これが『国のために』という本来の意味です」

 「だからこそ、ネット署名を通じて事の重大性を国民に広く訴えようとしました。みんなが自由なことを言える社会、そして政府が問題を起こせば、それを批判し、やり直すことができる社会。本来、憲法が保障している、そうした仕組みを維持するためにも、私たちは税金を払うべきなのです」(聞き手・桜井泉)

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