MAGA(Make America Great Again):トランプ催眠術: 倫理基準、歴史認識、愛国主義がまひ

特集ワイド

アメリカ・グレート・アゲイン 覚めぬトランプ催眠術 倫理基準、歴史認識、愛国主義がまひ 鈴木透・慶大教授

7日、米中西部ノースダコタ州の集会に集まったトランプ大統領の支持者=Mike McCleary/The Bismarck Tribune提供、AP共同

アメリカ・グレート・アゲイン アメリカ・グレート・アゲイン アメリカ・グレート・アゲイン

 「催眠術にかかっていますからね」。トランプ支持者について聞いたら、鈴木透さん(56)が面白い言い方をした。アメリカ人、もしかしたら世界中の人々がかかっている「催眠術」について、じっくりと聞かせてもらうことにした。

 慶応大法学部教授の鈴木さんはアメリカ文化研究が専門で、性や暴力、スポーツや食文化などから「実験国家」の行く末をにらんできた。「催眠術」の真意を聞くと、トランプ大統領が連呼するスローガンのことだった。

 「2016年の大統領選の時から盛んに使ってきたメーク・アメリカ・グレート・アゲイン(再び米国を偉大にしよう)は人畜無害に聞こえますが、とても空虚な言葉でそこに多くの人がなびいたことが問題の始まりなんです。『アメリカはかつて偉大だったが、今はそうじゃない』と言いながら、どの時代がどう偉大だったかをトランプ氏は全く語っていない。そこを明かさなければ、現在の何が偉大でないかを確かめようがなく、『グレート』はただの空虚な記号になっていくんです」

 <物言えば唇寒し秋の風>(芭蕉)ではないが、いくらむなしい言葉でも、それを口にすれば、言う人本人の心身に何らかの影響を与えてしまうものだ。

 トランプ氏はこの空虚なスローガンで支持者を「催眠状態」にし、三つの深いまひ状態を引き起こしたと鈴木さんは言う。

 「まずは倫理基準、そして歴史認識と愛国主義の土台です。トランプ時代はこの三つを大きくまひさせてしまいました。あのスローガンを聞かされ続ければ、人は偉大なものとそうでないものの境目がわからなくなります。その結果、自分の中にあった倫理基準がおかしくなる。実際、彼は移民や女性ら弱者に対し、えげつない言動を繰り返し、偉大とは思えない行動をしたため、人々の中にあったモラルが崩れてしまったのです」

 バイデン前副大統領の当選が確実となった日、CNNテレビに生出演していた黒人男性のコメンテーター、バン・ジョーンズ氏が「これで子どもたちに、『いい人間になることが大事なんだ』『心配しなくていいんだよ』と言ってやれる」と涙を流した。その言葉の中にこんなくだりがあった。「商店に行けば、それまでは自分がレイシスト(人種差別主義者)だと知られるのを恐れていた人たちが、どんどんと意地悪くなっていった」

 鈴木さんが言う「倫理基準のまひ」とはまさにこのことだろう。政治家が、まして国の長が差別的言動を続ければ、どうにか保たれてきた大衆のモラルはもろくも崩れる。それが「人種差別」をめぐるデモと、その対抗勢力、白人至上主義者たちの対立をあおったのは確かだ。

 では、歴史認識のまひとは何を意味するのか。「米国では19世紀まで奴隷制があって、黒人は1964年の公民権法でようやく人権が保障されましたが、いまだに差別が横行しています。その歴史がわかっていれば、自分の国があたかも完全無欠でグレートだとは言えないはずなんです。でも、肝心の問題はアゲイン(もう一度)という言葉でごまかされる。実際に自分たちの歴史の汚点を見なくなり、それが歴史認識のまひにつながるんです。グレートとアゲインはいずれも中身がないのに、とても厄介なフレーズなんです」

 「実はこの(グレート・アゲイン)スローガンはレーガン元大統領も使ったし、クリントン元大統領も使った形跡がある」と鈴木さんは言う。では、レーガン氏は何を具体的に示したのか。

 「80年代でしたから(ベトナム反戦やヒッピー運動など)60年代の遺産をたたくための反動として、50年代に戻ろうという意味で使っていました。レーガンが目指したのは経済大国、軍事大国の50年代のアメリカです。80年ごろはまだ冷戦時代の真っただ中でしたから、一定の意味は持ち得たのですが、冷戦下の時代をモデルにすることはもはやできない。だから今では、グレート・アゲインは言語的にも歴史的にも空虚なんです。ポスト冷戦になったのに、一体いつの時代に戻るんだよってことです。なのに、多くの人がそれを見抜けなかった」

 鈴木さんが挙げる三つ目のまひは「愛国主義の土台」だ。

インタビューに答える慶応大の鈴木透教授=東京都千代田区で2020年11月16日、滝川大貴撮影

 「アメリカの愛国主義は自分たちの未完成さと深く結びついてきました。合衆国憲法は前文に『私たちアメリカ国民はより完全な統合を実現するためにここに憲法を定める』という言葉を入れています。要するに出発時点から国のイマジネーション(想像力)として強烈にあるのは、自分たちは未完成で、未来において理想を実現することこそ自分たちの使命だという感覚なんです。例えば公民権運動でマーチン・ルーサー・キング(牧師)が『私には夢がある』という人種和解を唱える有名なスピーチをしました。あれは、自由と平等は実現してはいないけど私は諦めないという意味なんです。ですから、未完成さをいずれは克服しようという呼びかけが愛国主義を推し進め、それが公民権運動の成功につながったのです」

 「ところが、グレート・アゲインは未完成さの解決を未来に託すアメリカ流愛国主義に逆行します。しかも、昔が良かったと言っても、どの昔だかわからないということは、過去も未来も、いずれも塞がれ今に固執するしかなくなる。これはトランプ政権の後先顧みない場当たり的な政策と連動しています。永遠の現在にしがみつき自己保存しようとする姿です」

 歴史感覚のなさは、米国だけでなく日本でも欧州でもよく言われる。「歴史以外、何も誇れるもののない欧州で、歴史が軽んじられ、若い世代は文系の学問や図書館から離れている」とイタリアの哲学者、アガンベン氏が以前語ったように、歴史軽視は世界共通の問題と言える。

 誰かがパチンと指を鳴らし、「催眠術」があっさりと解ければいいのだが、「トランプ支持者の目が覚めるには長い時間がかかる」と鈴木さんはみている。

 「理由は二つあって、一つはアメリカの多くの人々に根拠や情報の吟味を軽んじる風潮があることです。知性を嫌い実践を重んじた開拓時代の風土から来たこの考えをなんとかしないと根本解決にはならない。もう一つの理由は、今回、アメリカを自滅させる手法を諸外国が知ってしまったことです。つまり、ネット時代を利用してどこかの国が巧妙にアメリカの反知性主義を刺激すれば、米国に陰謀論をさらに広め、まひ状態を固定化できるかもしれないのです。この二つの理由から、私は三つのまひを癒やすのは簡単ではないと思います」

 他に方法はないのだろうか。

 「トランプ退陣と新型コロナウイルスの再流行が重なるのは民主党にとってピンチですけど、チャンスに変えられる可能性はあります。コロナ危機を乗り越えるため、根拠に基づいた確かな知識や情報がいかに大切かを民主党は示すことができる。そうすれば、冷静な判断力を鈍らせる反知性主義や陰謀論の催眠状態は少しは解けるように思います」【藤原章生】


 ■人物略歴

鈴木透(すずき・とおる)さん

 1964年東京都生まれのアメリカ研究者。慶応大大学院博士課程修了で現同大教授。専攻はアメリカ文化研究。主著に「性と暴力のアメリカ」(2006年)。近著に「スポーツ国家アメリカ」(18年)「食の実験場アメリカ」(19年、いずれも中公新書)。

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