論理的でない受け答え「首相の器ではない」 上西充子法政大教授
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国会中継を見て、いらだちを覚えた人も多いのではないか。就任から約2カ月が過ぎた菅義偉首相。日本学術会議の任命拒否問題では、あらわになったその強権ぶりとは対照的に、語られる言葉の乏しさが際立つ。質問に正面から答えず、同じフレーズを繰り返し、議論を拒む――。そんな「菅語」の本質や問題点を、識者とともに考えたい。初回は「国会パブリックビューイング」に取り組む上西充子・法政大教授。「菅さんは首相の器ではない」。容赦なくそう語る理由を詳しく聞いた。【金志尚/統合デジタル取材センター】
論理的な受け答えになっていない
――菅首相は11月、就任後初めて衆参予算委員会での一問一答形式の質疑に臨みました。どんな印象を受けましたか。
◆「菅さんって、論理的なやり取りができるんだろうか?」。これが率直な感想です。
特に印象的だったのが、11月6日の参院予算委であった共産党の小池晃さんとのやり取りです。その前日に自民党議員との質疑応答の中で、菅さんは「以前は(学術会議側との間で)一定の調整があったが、今回は推薦前の調整が働かず、任命に至らない者が生じた」と述べています。これを踏まえて小池さんは「一定の調整というのは、学術会議が提出した名簿を変更することではないのか」と迫ったのですが、これに対して菅さんは「今回は(調整を)やっていません」と答えた。
調整の「中身」について聞かれているのに、調整の「有無」を答えているわけです。論理的に全然かみ合っていない。
あと、すごく戸惑いが見えます。ぼそぼそとしゃべって、語尾がはっきりしないこともある。質疑応答に自信がないまま国会に臨んでいる気がします。
――加藤勝信官房長官や秘書官が助け舟を出す場面も目立ちました。
◆小池さんとのやり取りの中でも、加藤さんが代わりに答える場面がありました。これに小池さんが納得せず首相の答弁を求めるわけですが、直後に菅さんから出てきた言葉が「官房長官が答えたことと一緒」でした。当然、小池さんは「総理の言葉で答えてほしい」と反発するのですが、審議がしばらく中断します。この間に秘書官が答弁を書いているんですね。
それで、ようやく菅さんが答弁するのですが、内容は加藤さんと同じなんです。「一緒」だというのなら、その内容を自分の言葉で繰り返せばいいのに、それすらできなかった。これを見たとき、私は「首相の器ではない」と思いました。
明らかになった力不足
――官房長官時代の記者会見では、「その指摘は当たらない」などと一方的に述べることが多かったと思います。その姿勢がネット上では「鉄壁のガースー」などと評されていましたが……。
◆官房長官の時は、記者会見の場を仕切る権限を実質的に握っていたからだと思います。だから会見で伝えたいことだけを一方的に伝え、追加質問を限定的にし、政権への追及を防ぐこともできた。
でも、首相の立場で臨む国会は違います。徹底的に質問され、しっかりと答えていないと答弁能力の乏しさが露呈する。国を背負っているというリーダーとしての器や、見識の高さも求められる。明らかに官房長官とは違う力量が求められるわけです。
菅さんはこれまで裏で隠然たる影響力を発揮してきたのかもしれません。しかし、首相は国会にしても外交にしても表に出ないといけない。そこで求められる力が非常に不足していると、私は見ています。
――予算委では日本学術会議の任命拒否問題を巡り、「人事のことは差し控える」などと同じフレーズを連発しました。
◆人事について答えられなかったら、この問題については全て答弁拒否しているのと同じです。そしてそれを認めたら、それこそ恣意(しい)的な人事が全てにおいてできてしまう。例えば、(省庁幹部の人事を一元管理する)内閣人事局が官僚の幹部に、明らかに能力のない人を任用するとします。「おかしいだろ」と周りから声が上がっても、「人事のことは言えない」という説明がまかり通ってしまう。それは独裁国家と同じです。
「ご飯論法」ではなく「壊れたレコード」
――菅さんは学術会議について、構成員の「偏り」を強調しています。しかし、今回外れた6人には女性や数少ない私立大所属など、「少数派」の研究者もいます。
◆菅さんは国会で、聞かれてもいないのに「旧帝大の会員が何割」といった説明を数字を挙げて何度もしました。(実際の任命拒否と)明らかにずれた説明を繰り返すのは、かえってマイナスです。にもかかわらず繰り返したところを見ると、偏りがあると思っているのは本音ではあるんでしょう。
あの答弁書がどうやってできたのかを考えた時、二つの臆測が浮かびます。一つは、菅さんが官僚に「俺がこれとこれとこれを言うから、盛り込んでくれ」と言って作らせたのではないかということです。官僚が自ら書くにしては、明らかに論理矛盾しているからです。二つ目は、指示された官僚がそれを唯々諾々と受け入れた可能性です。「この内容はまずい」と言えなかったとしたら、菅さんと官僚の関係も正常ではないと思います。
――矛盾した同じフレーズを繰り返すのは、いわゆる「ご飯論法」なのでしょうか。
◆全く違います。ご飯論法は、「朝ごはんは食べたか」と聞かれて、パンを食べたことを隠して「ご飯(白米)は食べていない」と説明することです。何らかの不都合な事実を隠しつつ、でもうそはついていないという、実はかなり高度なテクニックです。菅さんが「先ほどから申し上げている通り」と言って聞かれたことと違うことを繰り返すのは、立憲民主党の枝野幸男代表が言ったように「壊れたレコード」です。
安倍さんの方がマシ?
――安倍晋三前首相との比較で見ると、菅さんの言葉はどう映りますか。
◆安倍さんは「世界の中心で輝く日本」みたいな言葉を使っていましたよね。私は誇大妄想だと思いますが、少なくともリーダーっぽいことは言っていた。菅さんはそういうことを言いませんよね。(自身が総務相時代に導入を決めた)ふるさと納税などへの思い入れはとうとうと語りますが、それってとても狭い世界の話です。
官僚が書いた答弁書を読むにしても、安倍さんの方がまだ堂々として、首相らしく見えていたと思います。菅さんは自信なさげで、暗い印象を与えます。
私は臨時国会で2度、予算委を見に行きましたが、菅さんが何を言うのか、与党の議員たちもシーンとして聞いていました。余裕で聞いている、という感じではありません。「変なことを言われたら大変だ」と緊張している感じが伝わってきました。少なくともメディアが多用しがちな「安定した答弁」とか「安定した滑り出し」とは全然言えないと思います。
――一方、毎日新聞の11月7日の世論調査によると、内閣支持率は57%もあります。内閣発足直後の64%からは落ちましたが、依然高い支持を得ています。
◆テレビのニュースでは、国会論戦の様子が細かく流れません。菅さんが答弁しているところだけを切り出せば、ちゃんと話しているようにも見えます。また、「既得権益だ」「偏りがある」という学術会議に関する説明がニュースで強調されれば、見ている人も「そうなのかな」と思ってしまう可能性もあるでしょう。私が取り組んでいる「国会パブリックビューイング」では、解説も交えて質疑応答のポイント部分を切り張り編集なしに、そのままを流しています。例えば小池さんの質疑のときには度々審議が中断しました。その時の菅さんや周囲の様子をよく見ると、秘書官が答弁を書いたりしているわけです。表情から読み取れることもあります。メディアではなかなか取り上げられないそういうところにも、実は有益な情報がたくさんある。だから国会の審議を詳しく伝えることは重要なのです。
うえにし・みつこ
1965年奈良県生まれ。日本労働研究機構(現在は労働政策研究・研修機構)研究員を経て、法政大キャリアデザイン学部教授、同大学院キャリアデザイン学研究科教授。専門は労働問題。2018年6月から国会審議を可視化する「国会パブリックビューイング」に取り組んでいる。街頭で映像を流すほか、動画投稿サイト「ユーチューブ」にも専門チャンネルを持っている。論点をずらす政治家や官僚の答弁を「ご飯論法」と名付けたことでも知られる。