【動画】43万円の電気自動車、中国の「人民の足に」=奥寺淳撮影

 「人民の足」がテスラを超えた――。

 10月中旬、こんな見出しが中国の経済ニュースをにぎわせた。7月に発売されたばかりの中国の小型電気自動車(EV)が、9月に2万150台を売って、EV世界最大手の米テスラを抜いたというものだった。

拡大する写真・図版ディーラーの最も目立つ場所に展示された「宏光ミニEV」。日本の軽ワゴン車より少し小ぶりなつくりだ=2020年10月22日、広州、奥寺淳撮影

 中国のEVでトップに立ったのは、中国の自動車メーカー、上汽GM五菱の「宏光ミニEV」。全長2・9メートル、幅1・4メートル。見た目は日本の軽ワゴン車に似ているが、全長がさらに30~40センチ小ぶりのコンパクトカーだ。

 なにより世間を驚かせたのが、価格だった。家庭用電源を使った6~7時間の充電で120キロ走れる最安モデル(エアコンなし)が2・88万元(約43万円)、エアコンありが3・28万元(約49万円)。そして170キロ走行できる遠距離モデルが3・88万元(約58万円)と中国でも飛び抜けて安い価格に設定された。短距離向けのためコストがかかる電池代を抑えられたほか、部品をほぼ国産化したことも大きい。

 「中国も一家に2台、3台の時代に入った。コンセプトは買い物や通勤用の『人民の足』です」。同社の対外担当者がこう話すように、高級車テスラとは客層も用途も異なる。しかし、EVが大都市だけでなく、地方都市や農村にまで広がるきっかけにもなると受け止められ、中国メディアは「国内の新エネルギー車メーカーも慌てさせた」と報じた。

 だが、こんなに安くて大丈夫なのか。早速、広州のディーラーに行ってみることにした。広々とした店舗の最も目立つ真ん中に、宏光ミニは展示されていた。赤いダイヤが五つ、V字形に配列されたロゴの「五菱」ブランドだ。大都会のこの店舗でも、10月は約10台売れたという。

拡大する写真・図版「宏光ミニEV」の車内。日本の軽ワゴン車と広さはさほど変わらない感じがした=2020年10月22日、広州、奥寺淳撮影

 試乗で運転席に座ると、身長178センチの筆者の体だと椅子を一番後ろにしてちょうどいいくらい。左右の広さは日本の軽自動車と変わらない感じだ。キーを回して電源を入れたが、ランプは点灯するものの、エンジンがないので全く音がしない。小さなノブを「D」にあわせ、アクセルを踏んだら、スーッと滑り出した。

 ゴーカートを想像していたが、乗り心地は乗用車そのもの。音の静かな軽自動車といった感じだろうか。エコノミーモードからスポーツモードに切り替えたらさらに加速が増した。ただ車体が小さい分、道路にでこぼこがあると揺れが体に伝わりやすい。販売担当の柯麗婷さんは「近距離用なので高速道路は走らないよう促している」と話す。

 最近のEVは、走行距離が700キロに達する車種もあり、電池性能を競っている。だが、宏光ミニのような買い物や通勤の「街乗り」には100キロ台で十分とのコンセプトのようだ。

拡大する写真・図版ディーラーで試乗させてもらった「宏光ミニEV」。日本の軽ワゴン車より少し小ぶり。なぜかくまモンのキャラクターのシールが貼られていた=2020年10月22日、広州、奥寺淳撮影

 しかし、やはり車なので安全性能も気になる。そもそも「五菱」とはどんなメーカーなのか。今度は、車の生産ラインがある中国南部・広西チワン族自治区柳州市の本社に向かった。

 柳州は「五菱」だけでなく、トヨタと合弁を組む第一汽車、ホンダや日産と組む東風汽車などの工場が集まる「中国の5大自動車生産都市」の一つにも数えられる。その同市東部の広大な敷地に、「五菱」の本社工場や研究施設はあった。

 同社は1980年代、日本の三菱の軽トラック「ミニキャブ」をライセンス生産していた。経営難に陥った2000年代初頭、大手の上海汽車の傘下に。その後、米ゼネラル・モーターズ(GM)も合弁に加わった。ワゴン車が得意で、地方都市を中心に売り上げを伸ばし、19年には166万台を販売する企業に成長した。

拡大する写真・図版コンパクトEV「宝駿」シリーズを生産している上汽GM五菱の工場。エンジン車の製造ラインと比べると、広さや人員は3分の1ですむという=10月27日、広州チワン族自治区柳州、奥寺淳撮影

 工場を案内してもらうと、「宏光ミニ」より価格が2倍近くするEVの新モデル「宝駿E300」がラインに乗っていた。ゆっくり流れる車体に、若い従業員が部品を順番に取り付けている。工程の技術管理者、卒文武さんによると、四つの製造ラインがあり、1時間に最大140台生産する能力があるという。

 「EVは部品が少なく、工程が比較的単純で、製造ラインの面積や従業員の数がガソリン車の3分の1ですむ」。卒さんは、コストが安く抑えられる理由をこう説明する。

 研究施設では、「宏光ミニ」が時速50キロでぶつかった際の衝撃のデータを取っていた。ドイツや日本製の実験設備を使い、安全性能を高めているという。

 卒さんはいう。「小型EVは、中国の駐車場不足、慢性的な渋滞、高いガソリン代という三つの難題を解決することができる」。1台の駐車場に縦置きで2台止められ、EVなら公共バスの専用レーンを走れる優遇措置もある。

拡大する写真・図版宏光や宝駿のEVなら、1台分の駐車場に2台止めることもできるという(広州チワン族自治区・南寧市民提供)

 2年前から宝俊E200を通勤に使っているという南寧市在住の公務員、趙晗●(●はくさかんむりに函)さんは「1カ月の電気代は100元(約1500円)くらい。ガソリンだと7~8倍はする」と話す。

 確かに柳州では、EVが街じゅうに走っていた。若者や女性を中心に普及が進み、警察の巡回車も宝俊Eシリーズに切り替えられている。同社によると、柳州の19年の自動車販売台数のうち、すでに新エネルギー車が27%を占めるという。

 宏光ミニEVは7月以降、山東省で1万2千台、河南省で1万3千台が売れるなど、地方都市で売り上げを伸ばしている。

国策で「ゲームチェンジャー」狙う

 北京との間で高速鉄道が行き交う広東省深圳の福田駅。その構内には、緑色のナンバープレートのタクシーが数十台、客待ちをしていた。「緑ナンバー」は新エネルギー車の印だ。

拡大する写真・図版新エネルギー車用の緑ナンバーをつけた車。深圳ではすでに公共バスやタクシーはEVなどの新エネルギー車に切り替わっている=2020年11月26日、深圳、奥寺淳撮影

 深圳ではすでに公共バス約1万6千台、タクシー約2万台がすべてEVなどの新エネルギー車に切り替わっている。

 中国の自動車メーカー、比亜迪(BYD)のディーラーに行くと、EVを勧められた。「深圳だとガソリン車用の青ナンバーを取得するのに、車の購入費とは別に5万元(約75万円)以上かかります。EVの緑ナンバーだと無料ですよ」

 中国の都市部では車は買えても、ナンバープレートを取得するのが極めて難しい。政府が環境汚染対策のため、ナンバー登録の台数を大幅に制限しているのだ。上海だと青ナンバーを取得するのにオークションで約9万元(約135万円)かかる。それが緑ナンバーだと無料で、すぐに取得できる。

 ガソリン車から新エネルギー車への転換は中国の国策だ。中国工業情報省などは10月下旬、2035年までのロードマップを公表。新車販売の50%以上をEVやプラグインハイブリッド車などの新エネルギー車にし、ガソリン車はすべてハイブリッド(HV)にする方針を明らかにした。中国は、年2500万台前後の新車が売れる世界最大の自動車市場。ガソリンだけで走る車は、この巨大市場で売ることができなくなる可能性が高い。

拡大する写真・図版新エネルギー車用の緑ナンバーをつけた車。深圳ではすでに公共バスやタクシーはEVなどの新エネルギー車に切り替わっている=2020年11月26日、深圳、奥寺淳撮影

 現状では、中国でも日本や欧米メーカーの高級車はまだガソリン車が中心。高額の「青ナンバー」代やガソリン代を気にしない高所得層は、高級なガソリン車を選ぶ傾向が強い。一方で中国メーカーが低~中価格帯のEVを次々と発売し、購入後もガソリン代より電気代の方が安いため、裾野が広がっている。EVは高級車、または値段が高いと思われている日本や欧米とは状況が異なる。

 習近平(シーチンピン)国家主席は9月の国連総会のビデオ演説で、地球温暖化の原因である温室効果ガスを、「2060年までに排出実質ゼロにする」と表明した。公約を実現するには、排出ガスを減らさなければならない。

 そもそも、ガソリン車は複雑で高度な技術が要求される内燃機関のエンジンが必要で、先行する米国や日本に追いつくのは容易ではない。これに対し、電池とモーターで動くEVは技術的に出遅れが少ない。中国でも電池の耐久性や充電の時間の長さなど、解決すべき問題は多い。それでも、中国政府が政策で一気にEVへの切り替えを誘導し、中国メーカーに技術力を蓄えさせ、価格競争力で世界の市場を取る「ゲームチェンジャー」になる意図があるのは明らかだ。

 18年には上海市がテスラの工場を誘致し、同社は今年10月から人気のEV「モデル3」の中国製を、ドイツフランスなど欧州に輸出し始めた。世界最先端のEVをつくる部品産業を集積させ、優位なサプライチェーンを築く中国の戦略の一環ともいえる。(柳州=奥寺淳)

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