新しい形態の学問弾圧「菅首相は歴史に名前が刻まれる」

#排除する政治~学術会議問題を考える

新しい形態の学問弾圧「菅首相は歴史に名前が刻まれる」 木本忠昭・日本科学史学会会長

インタビューに答える日本科学史学会会長の木本忠昭氏=東京都中野区で2020年11月16日午後0時17分、岩崎歩撮影

 日本学術会議が推薦した新会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかった問題について、日本科学史学会会長の木本忠昭・東工大名誉教授は戦前の学問弾圧と重ねつつ、「新しい形態の学問弾圧事件だ」と憂える。政府によって特定の研究者が排除された今回の一件は何を意味しているのか。過去の歴史をひもといてもらった。【岩崎歩/科学環境部】

国の最高機関が事実をないがしろに

 ――科学史の専門家として一番危惧していることは何でしょうか。

 ◆現状が立憲民主主義の観点から異常な事態であるのに、必ずしも多くの人たちがそう捉えていないことが私は不思議で仕方ありません。菅首相は「総合的、俯瞰(ふかん)的に判断した」と言いながら、6人の名前が入った名簿は見ていないとしています。「多様性の観点から判断した」と言いながら、6人を外したことで逆に多様性を狭めています。国会でも矛盾したことが繰り返し述べられ、それがまかり通ってしまう怖さを感じます。

 さらには、国会議員が堂々とフェイクニュースを流し、明らかに政治家のモラルが地に落ちています。国の最高機関が事実をないがしろにし、むしろ隠蔽(いんぺい)や虚偽を振りまくことがまかり通るのは、科学史的にも近代国家史的にも憂うべきことだと思います。十分な説明がされないまま突っ走らせてしまえば、社会はゆがみ、必ずどこかで国民につけが回ってくるのではないでしょうか。日本科学史学会を含む人文・社会学系の226学協会は11月6日に共同声明を出しました。研究分野の枠を超えて、これだけの規模で意見を表明するのは初めてで、まさに危機感の表れです。

 ――国民の関心は高いとは言えません。毎日新聞と社会調査研究センターが11月に実施した全国世論調査でも、任命拒否したことは「問題だ」と答えた人は37%にとどまりました。

 ◆若い人たちを中心に、政治的なことに対しては批判的なことを言いたがりません。その理由は「中立的でいたいから」のようです。政府への批判をしないことが「中立」だと考えているのでしょうか。世の中が非常に不安定で将来に希望を見いだせない状況下において、批判を言うことを恐れているのかもしれません。こうした社会をどう考えていけばいいのか、私自身が歴史家として非常に困惑しています。

菅義偉首相に任命拒否理由の説明などを求める共同声明を発表する木本忠昭・日本科学史学会会長(右端)ら。人文・社会学系の226学協会で意見をまとめた=東京都千代田区で2020年11月6日午前11時36分、岩崎歩撮影

 ――会員制交流サイト(SNS)などでは学術会議が批判にさらされていますね。

 ◆SNSの世界では一部の国民も政治家やフェイクニュースに乗っかって、同じように学術会議たたきをしています。私は、ひょっとすると戦前の状況に似てきたのではないかと思い始めています。治安維持法や国家総動員法があった戦前の時は、戦争反対と言えば村八分に遭い、世の中から袋だたきにされてしまうので、反対とは言えませんでした。だから沈黙を貫きます。寄ってたかって学術会議たたきをする状況に、どうしても戦前を重ねてしまうのです。

政権、歴史の教訓学ばず

 ――令和の滝川事件=①=とも言われています。

 ◆滝川幸辰(ゆきとき)事件や美濃部達吉の天皇機関説=②=事件のような戦前の学問弾圧は、決して最高権力者が前に出ることなく、政治家の周辺にいた政治勢力が権力者の気に入らない学説を直接的に攻撃していました。今回は菅首相が「任命拒否」というわかりやすい排除を行いました。しかし、過去のように学説を直接攻撃しているのではありません。安保法制に反対していたということなどが推定されていますが、政府は表だって言いません。つまり、今回のように学術会議の会員にしないという方策で、外側から弾圧してきています。新しい形態での学問弾圧事件として、菅首相は歴史に名前が刻まれるでしょう。

 学術会議の会員になれなくても研究できるのだから、学問の自由を侵害したことにはならないという人もいますが、これは違います。会員の選考基準は、「優れた研究または業績のある科学者」です。任命を拒否されたということは、これまでやってきた学問をトータルで否定されることになります。これは、戦前の学問弾圧よりも悪質かもしれません。学問的に認められて会員に選ばれたにもかかわらず、そこに入れないということは、学問を発展させ社会に貢献する機会をも奪われたことになるわけです。本人の学問活動が妨害されるだけでなく、学術会議の学問の自由、自立性の侵害につながることは否定しようがないでしょう。学術会議は審議会にはとどまらない機能を期待されている組織です。そこに横やりを入れられたということは、社会の中で自由に学問的活動ができなくなることであり、学問研究にとって重大事件と捉えないといけません。

 科学者が研究するときに大切なことは疑うことです。無理やり一方向にだけ目を向けさせられると真理に到達することはできません。そのために、政治的抑圧のない自由で民主主義的な学者の組織が必要なのです。

 例えば、新型コロナウイルス感染症の研究においても、まだまだ未知の問題があふれており、さまざまな意見があります。政府が設置した専門家会議のメンバーで出された方向性が、最良の考え方だとは限らないわけです。現在の人選が悪いと言っているのではなく、多くの学者たちが自由に民主的に議論する形態が必要です。新型コロナに限らず、政権の利害に合わないからといって政治的な判断基準でもって一部の科学者が排除されたとしたら、結論を見誤り、科学的判断がゆがめられてしまいかねません。科学者に求められている「中立性」が阻害されれば、結果的に科学的発展が阻害され、結局は国民が不利益を被ることになります。それは歴史の教訓で学んでいるはずです。

 ――歴史の教訓とは例えばどのようなものでしょうか。

 ◆人文社会分野で有名な滝川事件や天皇機関説事件は、学問の自由と民主主義を抑圧することで戦争社会に引っ張り込んでいきました。自然科学でも、社会的抑圧と排斥が重大な損失をもたらしています。

 日清戦争から日露戦争にかけて、国民病としてかっけが広がりました。しかし陸軍は当時、かっけに有効とみられていた麦食を否定しました。犠牲者は年間2万人にも上り、戦争に行った兵士も、鉄砲で撃たれるよりかっけで死んでしまう人の方が多かったのです。微生物研究全盛時代のドイツに留学した東京帝国大学の医学者たちは偉大な権力者でした。彼らは、農家出身の学者・鈴木梅太郎が突き止めたビタミン不足説を「田舎学者」と嘲笑し、臨床医は権威ある東大医学者に従って、鈴木がつくった「オリザニン」を拒否したのです。

 文学者の森鷗外もまた軍医として自分の権威を前面に押し出してビタミン説を否定し、東大の学者たちの間違った「かっけ菌」説に乗っかりました。軍の抑圧が社会に幅をきかせ、医学界もゆがみ、薬は国民に届きませんでした。学問界がゆがめば、国民にも大きな影響が及びます。学会が政治や軍の圧力から自由であることがいかに大切であるかをよく示しています。

学説を問題視した政府によって京都帝国大を追われた滝川幸辰。戦後は京都大学長に就任した

原爆投下を止められなかった科学者

 ――軍事研究に対する学術会議の姿勢がやり玉にあげられています。

 ◆防衛省は安全保障技術研究を公開すると言っていますが、これは軍事絡みですので、どのような時でも公開の原則が守られるかどうかは本当に難しい問題だと思います。いつ状況が変わり、シャットアウトされるかわからない。防衛省の言うことを信じて研究をした場合に、絶対に軍事利用されないと言い切れるか。科学を破壊のために、ましてや人命殺傷目的には使わないというのは、科学者の良心です。自分の研究が、軍事利用されそうになった場合に、抵抗できるかどうかの覚悟がなければ、私はやるべきではないという考えです。

 過去の歴史はこれがいかに難しいかを示しています。米国の原子爆弾の開発には多くの科学者が参加しましたね。当初はナチスの台頭を恐れ、ナチスが開発する前に自分たちが成し遂げようという愛国心からでした。ところが、米国はナチスが原子爆弾の開発をやめたということを察知したにもかかわらず、それは研究者に隠しました。ドイツが敗北し残るは日本だけになった時、科学者たちは議論を重ね、「日本には投下すべきではない」という結論を出しました。アインシュタインを説き伏せて、米国政府に原子爆弾の開発をするように進言したユダヤ系ハンガリー人物理学者のレオ・シラードは、日本への投下を反対する署名運動を展開しました。

 しかし、結果的には、投下を止めることはできませんでした。科学者が自分の研究成果に責任を持ち、軍に対して非人道的な使用は許さないという覚悟で対峙(たいじ)しても、研究が軍部に握られている状況では、根本的な力関係の違いから負けてしまったのです。軍が力を持ち、戦争政策が進められるとき、それに抵抗することは容易ではないことを知るべきです。国会という国の最高の審議機関で、一国の首相が矛盾した言説を押し通すという状況が許されるのであれば、軍が絡み「防衛」が声高に叫ばれる状況ができたとき、防衛技術研究の公開と平和利用をどこまで要求できるものでしょうか。

 軍事下の日本でも、間違った科学的な知識が国民に広められ、多くの人が犠牲になりました。例えば竹やりで敵軍を迎え撃てるという精神主義ばかりでなく、焼夷(しょうい)弾対策でも正しい対処法は国民に伝えられませんでした。焼夷弾が落とされたら逃げることを禁止して水や砂、むしろをかけて消すように、町内会を指導したのです。焼夷弾は簡単には消せないということを科学者から指摘されても、軍にかなうはずはありません。こういう非人道的なことが戦時中は多々ありました。毒ガスや細菌兵器の研究、原爆開発の研究はよく知られています。軍に従順である限り、「戦時中がもっとも自由に研究ができた」との回想もありますが、大局を見るべきです。東京工業大学では、本館の1階には軍人が出入りし、先生たちは2階以上に追いやられたと聞きます。

 こうした苦い経験から、第二次大戦後は軍事研究に反対する研究者はたくさんいました。発足直後の1950年に学術会議が発表した「戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わない」とした声明は、こうした歴史的な体験の反省から作られたのです。

 ――学術会議の発言力がなくなっているとの指摘もあります。

貴族院にて、「一身上の弁明」として「天皇機関説」の釈明演説を行う美濃部達吉

 ◆政府からの諮問がないため、答申という形はほとんどありませんが、これは諮問しない政府の責任です。しかし、提言を数多く出しています。その実感がない理由の一つは、提言を実行しない政府のサボタージュの結果でしょう。学術会議もしつこく提言の内容を社会に伝えなければいけませんが、予算不足のために「宣伝不足」もあります。例えば、学術会議は「学術の動向」という雑誌を出していますが、これもお金がなくてわずかしか刷れず連携会員にも渡っていないのが現状です。提言が国民に届くためには、予算や人員の充実は欠かせません。政府が10億円の予算を多大であるかのように言うのは完全にミスリードです。

前例になれば排除エスカレート

 ――科学技術基本法を大幅に改正する「科学技術・イノベーション基本法」が来年4月に施行され、哲学や法学など「人文・社会科学」が新たに適用対象となります。政府が介入を強めるのではないかと危惧する声もあります。

 ◆政府に批判的な学者は排除するという菅政権のやり方では、やがては、国の科学研究費補助金(科研費)で差別することも出てくるのではないかと危惧します。

 今でさえ自民党は一部のアジア関連の研究への科研費支出を攻撃しています。科研費申請の審査員の人事を左右して、あの研究者は思想的に気に入らないから科研費申請を通さないということが起きれば、日本の研究は大きくゆがめられてしまいます。大学の研究費が大幅に減らされた現状では、研究者も科研費をもらうためには、学術的評価より政治に迎合する態度を取るようになるかもしれません。今回の問題をないがしろにして前例を作ってしまえば、間違いなくエスカレートするでしょう。むしろ、任命拒否は政府にとって都合の悪い主張をする人は排除するという意思表示と捉えられるのではないでしょうか。

 これまで対象外とされていた人文・社会科学がなぜ科学技術基本法に組み込まれたのか。科学・技術と社会との関係が密接になり、自然科学系や工学系の問題を人文・社会科学の観点からも議論せざるを得なくなったからでしょう。しかし、どのように学問的に誠実に実施されるかについては楽観できません。社会は多様でさまざまな利害対立もあります。そうした社会にある問題が学問研究にきちんと反映されず、一部の利害だけが取り上げられるのであれば、学問も政策に従ってゆがんでいかざるを得ません。

 学問の構造が社会的利害構造に支配されれば、客観的に物事を議論することはできません。そうなれば、学問が力をなくしていくのは目に見えています。いかに学問的観点からの客観的な議論ができるかが、政策が成功するかどうかの要だと思います。

 ――今が大きな岐路ということでしょうか。

 ◆社会の中で科学者が自立的に議論する機関がなくなるということは、社会的な大きな損失になるでしょう。政府の審議会のような組織ばかりになり、異論を言う人を排除すれば議論はスムーズにいきます。しかし、政府にとって良いことを言う人しか残らず、政策を批判的に見る目がなくなります。日本の社会全体が「原子力ムラ」になるのと同じことでしょう。これは日本原子力発電史の苦い経験です。安全性について疑問を投げかける研究者もいましたし、地震研究でも重要な研究がありました。しかし「原子力ムラ」を基盤に、そうした一部の科学者の科学的知見を排除し安全神話を展開したことが、福島第1原発事故につながりました。現在もまだ故郷に帰れない多くの国民がいます。今一度、「原子力ムラ」では何が問題であったかを、その意味を考え直さなければいけません。

ことば

①滝川事件=1933年、京都帝国大の滝川幸辰教授が、自身の自由主義的な刑法学説を批判され大学を追われた事件。

②天皇機関説=統治権の主体は国家にあり天皇は国家の最高機関として憲法に従って統治権を行使する、という学説。1935年に批判が高まり、提唱者である憲法学者の美濃部達吉は貴族院議員辞職に追い込まれ、著書は発禁となった。

きもと・ただあき

 1943年、山口県生まれ。専門は技術史、科学史。84年ベルクアカデミー・フライベルク大学院修了。哲学博士。東京工業大教授などを経て2009年から同大名誉教授。19年から日本科学史学会会長。NPO科学史技術史研究所理事長、日本学術会議連携会員。

Categories Uncategorized

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google photo

You are commenting using your Google account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this:
search previous next tag category expand menu location phone mail time cart zoom edit close