「町議リコール」連呼の町 性被害告白→解職されるまで
群馬県草津町で、町長から性被害を受けたと訴えていた新井祥子町議(51)のリコールが6日に成立し、新井氏は失職した。一夜明けた7日、議場最前列の新井氏の座席は空席になっていた。全国屈指の温泉街を抱える町で何が起きていたのか。
住民投票は、有権者の53・66%の2835人が投票、新井氏の解職に「賛成」としたのは2542票、「反対」は208票だった。無効票も85票あった。有効投票の92・43%を賛成が占めたことになる。
町議会の黒岩卓議長(71)は7日の本会議で「新井氏は6日付で失職した」と報告。新井氏本人は、傍聴席でその様子を見ていた。
旅館やホテルの経営者が多い草津町議会(定数12)で、新井氏は初めてで唯一の女性議員だった。町議会では、新井氏を支援する1人を除き、公明党や共産党の町議も含む10人(うち1人は11月26日に死去)がリコールに賛同していた。
実は共産党群馬県委員会と党北毛地区委員会はリコールに反対だった。「地方議会での少数者の排除やあらゆるハラスメントを許さない立場をつらぬいていく」と主張していた。だが同党の有坂太宏(たかひろ)町議(49)は、「新井氏は議会で説明責任を果たしていない」と、党方針と異なる行動をとった。
新井氏から昨年11月、「2015年1月に町長室で性被害に遭った」と電子書籍で名指しされた黒岩信忠町長(73)もリコール運動に加わった。
町議を7期務め、10年の初当選から3期目の黒岩町長は、温泉街のシンボル「湯畑」周辺の再開発などに力を発揮。18年の前回選挙では町議12人のうち9人が応援し、大差で3選を果たした。
黒岩町長は「事実無根のでっち上げだ」と新井氏らを名誉毀損(きそん)の疑いで告訴し、民事裁判でも争う。町長は町議会でも「町長室のドアは開けていて、副町長も同席していた」と、新井氏の訴えを強く否定してきた。
開票終了直後の6日夜、取材に応じた黒岩町長は「町の常識、尊厳が守られたということ。これほどの大差で町民が『NO』を示した。結果を批判するのは、町民を馬鹿にすることだ」と述べた。
新井氏に対しては「議会では説明責任を果たさず、外では『私は被害者』とやる。その積み重ねで、とても議会には置いておけないということで議会が立ち上がったのが今回のリコールだ」と主張。町長や町議が主導するリコールについては「法律にダメとは書いていない。我々は政治家の前に一町民。制度上は何の問題もない」と話した。
遊説の車、解職訴えるポスターもあちこちに
リコール推進の町長や町議らは住民投票の期間中、「Go To トラベル」で客足が戻った温泉街で遊説の車を走らせ、新井氏のリコールを訴え続けた。町のあちこちに解職を訴えるポスターを貼り出した。
町議会は昨年12月に新井氏を除名処分としたが、県は今年8月に処分の理由を認めず取り消した。ただ、草津町出身の山本一太知事は町長寄りの姿勢を隠さなかった。
投票日の2日前の今月4日にあった定例会見では「個人的には黒岩町長は100%無実だと確信している」と述べた。「議員が数の力で議席を奪われる形となっている」との記者の指摘には、「民主主義の中のリコールという制度を住民の方々が活用することには何の問題もない」と一般論で応じた。
町民「真相分からないのに。騒ぎすぎ」
町民はどうか。
「訴えが本当かどうかは分からないが、明らかに新井町議はお騒がせだと思う」と話すのは、土産物店の40代男性。60代の整体師男性は「リコールはしょうがないのでは」。30代主婦も「町長が街頭で訴えている内容を聴いて」賛成票を投じたという。
一方、「弱い者いじめ」のようだと感じた人もいた。
「町じゅうあちこちに解職請求を訴えるポスターが貼られ、選挙カーさながらに車が『解職』『リコール』と連呼して走っている。騒ぎすぎなんじゃないのか」と60代の運転手男性はいぶかる。「新井氏が言っていることが本当かどうかは分からないけれど、他の議員が張り切って運動することだろうか」
「町長の独裁みたいに見える。町長を支える議員の人たちも」。50代のパート女性は、リコールという手段に不安を覚えた。「真相は知らない。けれど、こんなことに私たちを巻き込まないでほしい」。投票用紙には何も書かずに投じたという。
観光業に携わる男性は「なじみ客から『ゆっくり休みたいから草津に来たのに何事ですか』と言われて恥ずかしかった。新井さんと町長のことは2人で決めればいい。こんなに騒ぐなんて、いい加減にしろ」とうんざりした様子で話した。
失職した新井氏は7日、取材に対し「理不尽と闘いながら、一町民として議会を監視していく」と話した。町議会で唯一、新井氏を支援してきた中沢康治町議(86)と「明るい草津を創る会」を立ち上げ、政治活動を続けていくという。(柳沼広幸、寺沢尚晃、中村瞬、森岡航平)