学術会議と女神
日本の戦争は正しかった。そんなタイトルの本が書店に並ぶ。読めば留飲を下げられるかもしれない。だが、単純で乱暴な記述では本当の歴史を理解できない。
「史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです」
著書「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」に加藤陽子・東京大教授は記す。歴史学者としての誠実な姿勢を感じる。
菅義偉首相はその加藤さんを日本学術会議の会員に任命しなかった。なぜか。理由を一切明らかにしないまま、政府は学術会議を国の機関から切り離す方向で検討している。問題のすり替えだ。
意向を押し通すキャッチフレーズが「改革」だ。学術会議の成り立ちや過去の国会審議をないがしろにする乱暴なやり方である。
後に振り返れば、学問や思想の自由を縛る歴史の節目になるかもしれない。それは改革ではなく、破壊だ。
◇
歴史をつかさどるギリシャ神話の女神クリオ。女神の中で最も控えめで、その顔をめったに見せなかったという。
加藤さんは著書に「歴史とは、内気で控えめでちょうどよいのではないでしょうか」と書く。
彼女が薦める本がある。「クリオの顔」(岩波文庫)。カナダの外交官で歴史家、ノーマンの随筆集だ。ノーマンは占領下の日本に住んだ日本研究者でもある。歴史を、全ての糸があらゆる他の糸と何かの意味で結びつく「継ぎ目のない織物」という。
少し触れただけで繊維の編み目をうっかり破ってしまうかもしれない。その恐れがあるからこそ「真の歴史家は仕事にかかろうとする際にいたく心を悩ます」と。
政治の指導者にも歴史家の精神が求められる。未来を築くため先人の政治を真摯(しんし)に振り返り、畏怖(いふ)しつつ、思慮深く振る舞う。それが本来の姿ではないか。
◇
「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」は中高生との対話授業を通し、日本が戦争に突入した歴史を考察する内容だ。若い世代が歴史を学び、将来に生かすことへの期待がにじむ。
菅首相は「なぜ」、あるいは「それでも」学術会議会員の任命拒否にこだわるのか。
加藤先生に、そんな授業まで望むのか、と思う。(論説委員)
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コメント:真理のみ勝つ‼
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