日本学術会議問題で浮上し、今年の流行語大賞にもノミネートされた「総合的・俯瞰(ふかん)的」。わかったようでわからないこの言葉に、果たして実体はあるのでしょうか。

政策コンサルタント・室伏謙一さん

内閣府にある日本学術会議の事務局はかつて、私が採用された旧総理府総務庁系の人事ローテーションに組み込まれていました。もし今も役人を続けていたら、事務方の担当者としてこの問題の渦中にいたかもしれず、他人事(ひとごと)として見てはいられません。

 菅政権が6人の学者の任命拒否の理由について「総合的、俯瞰(ふかん)的」と説明するのは、過去に例がないといえるほど「稚拙な言い訳」です。

 もちろん政治家が「総合的に」という表現を使うケースはしばしばあります。大抵はメディアに言質を与えないための方便でしょう。コロナの感染症対策でも、新たな方針を打ち出すかどうかという時、「総合的に判断する」という使い方をよくしますね。

 私は官僚時代、これと似た表現で「概(おおむ)ね」をよく使いました。ある政策を評価する時などに「概ね妥当と考える」と使う。言葉に含みをもたせる便利な用語の一つです。

 法律の条文でも何らかの判断基準を示す時、「総合的見地から」という文言を使います。法律を柔軟に運用できるよう、制限的条件を付けずに含みを持たせるためです。

 しかし、今回のように「総合的」と「俯瞰的」を並べて任命拒否理由とするのは明らかにおかしい。

 まず日本語として変です。「総合的」と「俯瞰的」は、似ているようで意味が全く異なります。「総合的に判断する」「俯瞰して見る」とは言えますが、「俯瞰して判断する」とは言いません。これまで政治や行政の世界で聞いたこともありませんでした。

 そもそも正当な根拠がなく、対外的に説明できないから、こんな稚拙な日本語を事後的に持ち出したのではないでしょうか。本来なら、首相ら政権幹部と官僚が想定問答を準備して、もっと説得力のある理由を思い付きそうなものです。それが出来なかったのは首相官邸が機能していないか、この程度の理由で国民をだませる、とナメているかのどちらかでしょう。政権のおごりを感じます。

 こうした任命拒否がまかり通れば、各省庁の審議会の委員となる研究者の人選でも似たようなことが起きるのが懸念されます。委員の任命権は各大臣にありますが、もし大臣が官邸の顔色をうかがったり、官邸から「あの委員を外せ」と言われたりすれば、排除が起きかねない。各委員は名誉ある立場ですから、一部の学者は政権批判を控える、という事態も起こりえます。

 こうしたことが起きないよう、歯止めをかけているのが任命の根拠となる日本学術会議法なのです。しかし、今はそれが無視されている。どうすればいいのか。現政権は法律を破壊しているという事実を、何度も何度も繰り返し世論に訴えていく以外にありません。(聞き手・稲垣直人)

    ◇

 〈むろふし・けんいち〉1972年生まれ。総務省三井物産戦略研、デロイトトーマツコンサル、国会議員政策秘書などをへて現職。

後半では、「NO YOUTH NO JAPAN」代表理事・能條桃子さんと元日本学術会議会長・吉川弘之さんが、「総合的・俯瞰的」 について語ります。

「NO YOUTH NO JAPAN」代表理事・能條桃子さん

日本学術会議の問題では、政治もメディアもなんかずれているよね……と思いながら見ていました。まるでかみ合わない会話が続いているよう。以前からある政治、メディア、一般人の間の溝がまた顕在化したように感じます。

 言葉として「総合的」はまだしも、「俯瞰(ふかん)的」は日常では全然使いません。辞書には「高い所から物事を見る」とありますが、抽象的でイメージが浮かびにくいです。

 学者6人の任命拒否について、説明にならないこの言葉を菅義偉首相が繰り返し、それを批判するばかりのニュースを聞くと、「それしか言わないんかい!」と、どっちにも突っ込みを入れたくなる。世論調査で問題視しない人が多いのは、メディアが報じるほどには世間に関心が広がっていないからだと思います。

 私は、若い世代が政治にもっと関心を持てるように、SNSでニュースや社会問題を解説したり、党派を問わず政治家と話す機会を作ったりしています。学術会議問題もインスタグラムで取り上げました。でも「総合的・俯瞰的」はさらっと触れただけ。この何も語らない言葉をいくら説明しても、読者には届かないと思ったのです。

 「なぜ若者は政権批判をしないのか」と怒られることがあります。でも多くの若者は、政権に対して全肯定も全否定もしていません。だからこそ私たちは、政治もメディアも一般人も歩み寄り、社会を良くする方法を一緒に考えたいと考えています。

 今回の問題がこじれた責任は政治にあると思います。コミュニケーションが大事なのに、普段の会話でも使わない響かない言葉で任命拒否を説明し続けている。私たちに伝えようとも思っていないのか、政治的無関心が進めば政権に有利だと考えているのか、と勘ぐってしまいます。

 一方、メディアにも問題があると思います。政府をたたいてばかりという印象が強く、一般の人がこの出来事が「問題だ!」という感情を持ちづらい。任命拒否は私たちの生活やこれからの社会にどんな影響を与えるのか。報道の先に何が見えてくるのか。メディアはそんなビジョンを示さないと、世間はついていきません。

 政治家の空虚な言葉とメディアの空回りが繰り返されるだけでは、政治からまた人が離れてしまう。政府は任命拒否を撤回するか、きちんと拒否理由を説明して議論を終結させ、コロナや気候変動、少子高齢化など山積する課題に向き合ってほしいです。

 空っぽな「総合的・俯瞰的」という言葉はすぐに消えるでしょう。政治やメディアの言葉はもっと響くものになってほしい。それを私たちも受け取り、「自分たちが生きたい社会」を作っていきたいです。(聞き手・藤田さつき)

    ◇

 〈のうじょう・ももこ〉1998年生まれ。大学4年。2019年に若者の政治参加を促す団体「NO YOUTH NO JAPAN」を設立。

日本学術会議会長・吉川弘之さん

 1997年に私が会長になった時、日本学術会議行政改革の対象でした。私は、学術会議を自己改革により法律が定めた目的に近づけるため、「俯瞰(ふかん)的」という言葉を使いました。その後、3年に及ぶ議論でこの言葉は会員らにも共有されていきました。

 当時の議論を振り返ると、学術会議には大きく二つの問題点がありました。

 一つ目は本来の会議の目的である科学全体の振興という視点の弱さです。会員は研究者であるため、どうしても自らの分野の研究にこだわりがちです。その結果、当時の提言書は「どこそこに研究施設をつくれ」といった特定分野の利害が反映された内容が目立ちました。

 二つ目は、政策決定者への助言のあり方です。政策で対応するべき社会的な課題には、多数の学問分野が関係します。最近は時代の変化によって、解決すべき課題はより複雑化しています。だから、分野横断で協力する必要があるのですが、その意識が総じて低かった。専門分野に閉じこもって研究するという学者一般の習慣を抑えて、開かれた議論が求められています。

 こうした議論を踏まえ、学術会議は、社会の課題に対して学術全体を「俯瞰」して助言するという方向性を打ち出したのです。

 また、より多様な視点を会議に生かすための制度改革にも取り組みました。海外のアカデミーにならい、各学会の推薦で会員を選ぶ方式をやめました。優れた業績を持つ学者を広く候補者として募ったうえで、会員自身が会員の合意に基づいて選ぶ自主的な方式に切り替えました。従来の210人の会員を支援するため、約2千人の連携会員制度の新設も考えました。

 こうした自己改革案は、総合科学技術会議に設置された検討会での議論を経て2004年の法改正で日本学術会議法に盛り込まれました。学術会議では、法改正に先んじて組織内に「俯瞰型研究プロジェクト」を立ち上げるなどの改革も進めました。

 この流れを政府は歓迎していると私は考えていました。だから今回、政府が学術会議の会員6人を任命しなかった問題で「総合的・俯瞰的」という言葉を使ったことに正直、驚きました。政治と学術の信頼関係を意味するはずの言葉が正反対に使われており、このままでは、これまで積み上げられてきた改革の歴史がないがしろにされるのではないかと懸念します。

 いま日本のみならず世界中が新型コロナウイルスというかつてない危機に襲われています。私はそんな非常時だからこそ、本来の「俯瞰する」視点に立ち返り、政治と学術界が解決に向けて連携することが求められているように思います。(聞き手・高久潤

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 〈よしかわ・ひろゆき〉1933年生まれ。専門は精密工学。東京大学総長、放送大学学長、国際科学会議会長などを歴任した。

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コメント:日本学術会議法は特殊専門職会員を持つ機関である特殊法である。憲法の公務員任命は一般公務員に関するもので、その一般法に対して前者の特殊法は優先詳細規定なので、後者を理由に任命拒否をすることは出来ない。学者でもない素人の首相が総合的にも俯瞰的にも学問も学者も批判・否定する資格は無い。

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