元最高裁判事・浜田邦夫さん「憲法を持ち出すのはこじつけ」

#排除する政治~学術会議問題を考える

水戸黄門の印籠? 元最高裁判事・浜田邦夫さん「憲法を持ち出すのはこじつけ」

浜田邦夫元最高裁判事=東京都千代田区で2016年6月10日、望月亮一撮影

 菅義偉首相が日本学術会議の新会員6人の任命を拒否した問題が尾を引いている。国会でも拒否理由を具体的に述べなかった。そもそも法的な問題はどこにあるのか。元最高裁判事の浜田邦夫さん(84)に改めて聞いてみた。【木許はるみ・統合デジタル取材センター】

拒否できるのは「犯罪歴」や「業績不足」のケースのみ

 ――菅義偉首相が新会員候補6人を任命拒否しましたが、この法的な評価をどう考えますか。

 ◆日本学術会議法に違反していると思いますね。日本学術会議法では会員は、「学術会議の推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(7条)となっています。「推薦に基づいて」という言葉は、推薦自体に非常に問題がある場合にのみ、任命拒否できると読めます。確かに、推薦されたら必ず任命しなくてはならないという法文の型式にはなっていませんので、そういう意味では政府の説明は通っています。

 1983年の法改正の際、当時の中曽根康弘首相は、首相の任命を「形式的任命」と答弁しました。これは「推薦自体に非常に問題がある場合にのみ拒否できる」と解釈するのが、一般的だと思います。その政府の考えは、当時から今に至るまで一貫しているのではないでしょうか。

 ただし、学術会議の趣旨からいって、任命拒否ができるケースは限られています。それは、候補者に犯罪歴や著しい非行があったり、学者として業績が足りなかったりする場合です。だから、首相には「候補者の思想信条が政府の方針に反していた」という理由で任命拒否する権限はありません。さらにいえば、推薦された人の中から首相が自由に任命できるなんてことは、法文解釈からしてありえないのです。

参院予算委員会で立憲民主党の蓮舫代表代行の質問に答える菅義偉首相=国会内で2020年11月5日午前9時35分、竹内幹撮影

 ――任命拒否した理由について、菅首相は「総合的・俯瞰(ふかん)的」と述べたり、「会員の構成のバランス」を挙げたりしていますが……。

 ◆誰が見ても推薦された候補者がおかしい人物なら、任命権者として首相がチェックする権利や義務があります。だが今回はそうではありませんよね。菅首相が任命拒否の理由を説明しようと、次から次へと答弁をしていますが、すべて論理が破綻や矛盾をしています。例えば「会員が一部の大学に偏っている」と説明し、「旧帝大の会員が45%」などと答弁しましたが、任命拒否された6人のうち、3人は旧帝大以外の私立大学です。

 総合的・俯瞰的という言葉で、任命拒否の理由を説明しようとしていますが、全く説明できていません。苦し紛れの答弁で、説明がことごとく体をなしていないのです。

憲法を持ち出して反論 「水戸黄門の印籠のよう」

科学者の代表機関「日本学術会議」が推薦した会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかったことに抗議するデモの参加者=東京都渋谷区のJR渋谷駅前ハチ公前広場で2020年10月18日午後5時11分、後藤由耶撮影

 ――政府は任命拒否を正当化する根拠として、内閣府日本学術会議事務局が2018年11月に作成した内部文書を公表しました。この文書には、憲法の65条の「行政権は内閣に属する」や15条の「公務員の選定、罷免は、国民固有の権利」などの条文を引用し、「推薦の通りに(首相が)任命するべき義務があるとまでは言えない」と記されていました。憲法を持ち出す論理構成をどう考えますか。

 ◆首相が持つ学術会議会員に対する任命権が、憲法が規定する広い意味での行政権の範疇(はんちゅう)にあるのは正しい。ですが、憲法65条や15条が対象としているのは、あくまで一般の公務員に対する話です。学術会議の会員は、独立した組織の特別職公務員なので、この対象とするのは適当ではありません。

 私は日本学術会議法を改めて読みました。その16条には「職員の任免は、会長の申出を考慮して内閣総理大臣が行う」とあり、一般の公務員である職員について規定しています。一方、会員はこれまで述べたように「推薦に基づいて」、首相が任命します。つまり、この法律においても職員と会員に対する任命のレベルが大きく異なっていて、職員=「一般職公務員」、会員=「特別職公務員」ときちんと分類されているのです。分類されているにもかかわらず、上位法である憲法を持ち出して両者を強引に同じように扱おうとしている。これは牽強付会(けんきょうふかい)、こじつけで筋違いの論理構成と批判されてしかるべきです。

 菅首相は、「憲法で決まっている」と言えば国民が反論できないだろうと考えている。最高法規である憲法を、水戸黄門の印籠(いんろう)みたいなつもりで出しているのではないでしょうか。時の政権の利益のために憲法を利用してはいけない。繰り返しになりますが、憲法上、会員の任命権が首相にあるからといって、首相が気に入らない人を任命しなくていいという理屈にはなりません。

 ――菅首相は「学問の自由の問題ではない」と主張し続けています。

 ◆学術会議から推薦された6人が、もし学術会議法の趣旨に沿わない推薦だった場合は、首相は堂々と拒否すればいいし、その理由を言えるはずです。でもそうではありませんよね。菅首相が理由を言えないのは、会員候補者が安保法制に反対したなど、政治的な判断をしたからじゃないでしょうか。野党などに追及されると、「人事に関することなのでお答えを差し控える」と逃げています。全く説明になっていません。

 安倍晋三政権のとき、検事の定年を延長する検察庁法改正案が世論の大きな批判を浴びましたが、ある意味で今回の任命拒否はさらに影響の及ぶ範囲が広いのではないでしょうか。任命拒否がすぐに学問の自由の侵害に関わるわけではありませんが、一歩手前まで来ていると考えるべきです。つまり、政権が自分が気に入らない分野に予算を出さなくなり、それが重なれば学説も政権寄りになっていく可能性があります。ひいては学問の自由が奪われ、社会から多様な意見が失われる。それがどんな社会かは、かつて日本が歩んだ道を振り返ればすぐにわかるはずです。

参院平和安全法制特別委員会中央公聴会に公述人として臨み意見を述べる浜田邦夫・元最高裁判事(左から2人目)=国会内で2015年9月15日午後1時21分、藤井太郎撮影

はまだ・くにお

 1936年、神戸市生まれ。東大法学部卒。米ハーバードロースクール修士課程修了。東大在学中の59年に司法試験合格、62年弁護士登録(第二東京弁護士会)。企業法務とりわけ国際金融法務の草分けとして活躍。2001~06年、最高裁判事を務めた。2015年の安保法制を審議した国会の参院公聴会に出席し、安保法制は憲法違反との意見を述べた。

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コメント:憲法は上位法であるが、日本学術会議法は特殊・詳細規定であるから法理上は「特殊・詳細」規定は「一般・概括」規定に優先される。

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