まるで旧日本軍? 「GoTo」撤退に失敗した政権の「病理」

まるで旧日本軍? 「GoTo」撤退に失敗した政権の「病理」

観光支援事業「GoToトラベル」について今月28日から来年1月11日までの全国一斉停止決定などについて記者団に答えた後、首相官邸を出る菅義偉首相=東京都千代田区で2020年12月14日午後7時32分、竹内幹撮影

 どうしてこうなった? そんなため息をつく人も多かろう。菅義偉政権が今度は一転して観光支援事業「GoToトラベル」の一時停止を決めた。そのスタートからして「新型コロナウイルスの感染を広げる」との懸念があったが、それでもずんずん走り出し、秋以降の「第3波」到来後も異論に耳を傾けず、ここまで感染が広がるまで事実上放置した。なぜもっと早く「撤退」できなかったのか?【吉井理記、大野友嘉子/統合デジタル取材センター】

9月の「反対するなら異動してもらう」発言

 今から思えば味わい深くすらある。読者はご記憶だろうか。菅さん、9月の自民党総裁選でこんなことを言っていた。

 「私ども(政治家は)選挙で選ばれている。何をやるという方向を決定したのに、(官僚が)反対するのであれば異動してもらう」(9月13日、フジテレビの番組内で)

 自分の政策に異論を唱える官僚はトバすぞ、という宣言といっていい。

 で、問題の「GoTo」である。

 そもそも感染「第2波」のさなかの7月に安倍晋三前首相がスタートさせた時点で、自治体や医療関係者らから異論が上がっていたのは記憶に新しい。安倍氏の後を継いだ菅首相も11月以降、感染が急拡大し「一度中断するという決断を」(東京都医師会の尾崎治夫会長、11月21日の緊急会見)といった訴えが噴出してもなお、「GoToが感染を拡大させた証拠はない」(11月25日、衆院予算委)と突っ張り続けてきたのはご存じの通りだ。

情勢認識の「ゆがみ」

 そんなわけで、特に勝負手もないまま「勝負の3週間」は過ぎた。

 その結果――。感染者は過去最悪ペースで膨れ上がる師走を迎えた。せめて「3週間」が始まる時点で「GoTo中断」などの手を打っていれば……と思うのだが、何せ、政策に反対する官僚はトバす菅政権である。周囲もモノ申せなかったのでは……。

 「同感です。これは後で検証する必要がありますが、前政権も含めた政府のコロナ対応の問題点は三つあると思う。いずれも、破滅的な敗北を招いた旧日本軍に共通しているんです」と苦い顔をするのは、公共政策に詳しい千葉商科大の田中信一郎准教授。かつては俳優の中村敦夫元参院議員の政策秘書として永田町で閣僚や官僚と接した。

 「まず『情勢認識のゆがみ』です。菅首相ら政府首脳に上がってくる情報は、その異動対象になり得る役人たちが上げてきます。菅首相らの嫌う情報は小さく見せ、楽観的な情報は大きく見せる、といった『加工』が積み重ねられた、と見るのが当然です。つまりはそんたく。これはあの戦争で、日米開戦に至った経緯などにも共通します」

南太平洋・ガダルカナル島から撤退したにもかかわらず「我が軍 他に転進」と表現した大本営発表を報じる1943(昭和18)年2月10日の毎日新聞。実際にはその後の敗戦を決定づけた出来事だった

 日米開戦の直前、「日本が勝つ」という目標に合うよう、陸軍省戦備課が「1対10」とはじいていた日米の戦力比を、同じ省の軍事課が「地の利を考慮」して「1対4」に改め、この報告を受けた首相の東条英機本人が「日本人は精神力で勝っているはずだから五分五分だ」と結論づけた、という有名な史話が思い起こされる。

政策の目指す方向が国民と違っている

 「二つ目の問題は、『ベクトルの違い』です。私たち一般国民は『一刻も早く感染を収束させ、何とか危機を乗り切る』ことを出発点に政策は立てられる、と考えがちですが、政権担当者は違う。彼らは『いかに政権を維持できるか、次の選挙で勝てるか』という方向を向いて政策を組み立てるのです」

 「GoTo」そのものが、その政策の代表例らしい。

 「全国民への一律の給付金や一律の休業補償では、国民にとっては受け取って当たり前、『菅さん安倍さん、ありがとう』という感情にはなりません」

 しかし、と田中さんが言葉を継いだ。

 「政府が業界や企業を選別し、恩恵を施したのが『GoToトラベル』の本質です。特に旅行業界は、自民党の二階俊博幹事長が長年『全国旅行業協会』の会長を務めている。『我々を支持する業界には、こんな良いことをしてあげますよ』と思わせる効果があったはず。選挙や政権維持の思惑が、政策を方向付けている、とも言えます」

 なるほど。国民が考える政策の「ベクトル」と、政権のそれとがそもそも違う、ということだ。

 「ここも旧軍と重なります。普通の国民は『戦争を何とか生き残りたい』と考えていましたが、陸海軍のベクトルは違った。『自分たちの発言権を強め、より多くの予算を獲得したい』と考え、たびたび両者で争った。敗退を重ね、内閣が変わっても戦争が続いたのは、軍部が自身のメンツを守ろうとしたから、という側面は無視できません」

正攻法の拒否と「奇策」そして「玉砕」

日本海軍による米ハワイ・真珠湾の奇襲攻撃の戦果を報じる1941(昭和16)年12月9日の東京日日新聞(毎日新聞の前身)

 そして最後の3番目。

 「『手段』の問題です。だれが考えても、コロナを収束させるのが最優先です。そのために休業補償によりお金をかけ、保健所や医療現場の負荷が深刻なら、せめて周辺の事務作業を肩代わりする公務員を派遣する。これが正攻法でしょう。しかし政府の対応は違う。奇策に走り過ぎているんです。その一番の象徴が『アベノマスク』です」

 260億円の費用をかけ、全世帯に布マスクを配布したアレである。4月7日の緊急事態宣言の発令よりも何よりも前、4月1日に安倍政権が打ち出した政策がこれだった。

 「効果が疑わしい布マスクを、大変なコストと手間をかけて配布する、という奇策で『一発逆転』を図ろうとしたのでしょうか。感染拡大のリスクがある『GoTo』をスタートさせたのも、やはり正攻法とはほど遠いアクロバティックな方法です。むしろ奇策を好んでいる印象すらある。正攻法を拒否し、『奇襲』『玉砕』はては『特攻』という異形の戦いを続けた旧日本軍の姿勢がここでも重なるんです」

南太平洋・サイパン島での日本軍将兵らの「玉砕」を伝える1944(昭和19)年7月19日の毎日新聞

 それはなぜか。

 「安倍さんも菅さんも、経済学では極めてアクロバティックな『アベノミクス』という政策を掲げて政権を奪取し、かつ長期政権を維持したことが『成功体験』になっているのでしょう。正攻法ではなく、奇策こそ喜ばれる、と。以上の点を考え合わせれば、彼らが『GoTo』を続けたのは『政権維持』『成功体験』など、彼らなりの合理的判断に基づいていたと考えるべきです。ただ、国民にとって合理的かどうかは、全く別の話です」

「菅さんは声が大きい方へ右往左往しているだけ」

 この人にも聞いてみたい。思想家で神戸女学院大名誉教授の内田樹さん。怒るというより、もうあきれていた。

 「今回はっきりしたことは、政府が真剣にコロナ対策を講じるつもりがないということです。菅さんは、声が大きい方へ右往左往しているだけ。自身の政治哲学だったり、実現したい政策なんてないんです。皆無なんです」と辛辣(しんらつ)である。

 内田さん、官房長官時代の菅首相が「その指摘は当たりません」などと、記者とのやりとりを拒絶するかのような応答を繰り返していたことを引き合いに出した。

 「木で鼻をくくったような答弁が、(メディアなどでは)『鉄壁』だなんて言われていましたが、あれは単に考えがなく、答えられなかっただけだったということがよく分かりました。だって『GoTo』そのものが、すでに海外では驚きとともに報じられていたんです。これは即座に中止すべきなのは明白でした」

安倍・菅両政権で進んだ「公人の私人化」

 そこには「自助」を強調する菅首相の新自由主義的な思考方法や、その考えを共有する「お友達」人脈も影響しているのでは、と見る。

 「(お金持ちや若者が助かればいいといった)新自由主義的な考えに基づいたとしても、コロナは感染症です。人々の移動をやめて、集団で治さなければならないのに、人々の移動を政府が金を出して後押しするなんてもってのほか。本当に観光業を救う気持ちがあるのならきちんと個々の業者に休業手当を給付すべきでした」

 ふーむ。ならば、それをやらないのはなぜなのだろう?

 「安倍、菅両氏の政権の8年間で、公権力から首尾一貫性やルールがなくなりました。例の学術会議の任命拒否問題も、政治的影響を考えたら優先順位が低いのに、菅首相は『嫌いな人を外したい』という個人的な感情で就任早々に強行しました。つまり個人の感情が政治を左右した、ということです。なぜ『GoTo』が続いたか。利害関係がある人が菅さんの周囲にいるからでしょう。公人の私人化がここにも表れていると見るべきです」

 かつてなく、暗く重たい師走である。現状はどう打開するか? 二人にはあえて問わなかった。読者もそれぞれ、お考えいただきたい。

大野友嘉子

東京都出身。2009年入社。津支局、中部報道センター、ウェブ編成センターを経て20年10月から統合デジタル取材センター。主にお笑い、映画、ドラマなどエンタメを取材しています。尊敬する人はキング牧師と太田光。

吉井理記

1975年東京生まれ。西日本新聞社を経て2004年入社。憲法・平和問題、永田町の小ネタ、政治家と思想、東京の酒場に関心があります。会社では上司に、家では妻と娘と猫にしかられる毎日を、ビールとミステリ、落語、モダンジャズで癒やしています。ジャズは20代のころ「ジャズに詳しい男はモテる」と耳に挟み、聞き始めました。ジャズには少し詳しくなりましたが、モテませんでした。記者なのに人見知り。

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