国権の最高機関である国会をあざむき、国民の信頼を裏切ったという自覚が本当にあるのだろうか。安倍前首相の弁明は到底納得できるものではなく、「道義的・政治的責任は重い」という反省も、言葉だけと見られても仕方あるまい。

 「桜を見る会」の前夜祭をめぐり、事実に反した過去の答弁を訂正したいとして、安倍氏がきのう衆参両院の議院運営委員会に出席した。費用の補填(ほてん)は秘書が独断で行い、自分は知らなかったと、前日の記者会見と同じ説明を繰り返した。

 しかし、なぜ秘書の言い分をうのみにしたのか、国会であれほど追及されていたにもかかわらず、なぜ事実関係を厳しく確認しなかったのかという疑問が晴れることはなかった。

 行政府の長が1年近くにわたり、結果的にしろ、国会で虚偽答弁を重ねていたという、民主主義の土台を揺るがす事態である。議員辞職にも値する背信だというのに、安倍氏が示した責任の取り方は、後援会などの資金の透明性確保の徹底など。政治家であれば当然で、憲政史上最長を記録した首相経験者の矜持(きょうじ)など少しも感じられない。

 自ら求めて弁明に臨んだというのに、事務所の関与についてろくに調査もしていない様子がうかがえたのも、不誠実きわまる。ホテルに再発行を求めるなどして明細書を確認することもしていない。そもそもなぜ会の収支を政治資金収支報告書に記載しなかったのか、最初に判断した元秘書からは話も聞けていなかった。

 説明責任を軽んじ、国会をだますことさえいとわない。森友問題での公文書改ざんや廃棄に象徴される前政権の体質が、この問題にも表れている。

 桜を見る会の招待者は本来、各界で「功績・功労」のあった人たちだ。しかし、前政権下では、安倍氏の地元の後援会関係者らが年々膨れあがった。税金で賄われる公的な行事の私物化に問題の根がある。安倍氏が弁明すべきは、前夜祭の問題だけではない。

 安倍氏はきのう、国会での説明を終えた後、記者団に対し「説明責任を果たせた」と胸をはった。菅政権への悪影響を懸念する自民党内からも、これで一区切りという声が聞かれる。しかし、このままで政治への信頼を回復できるとは思えない。

 来年1月に召集される通常国会で、ウソをつけば偽証罪に問われる証人喚問を実現し、改めて安倍氏をただす必要がある。安倍氏は次の総選挙に立候補し「国民の信を問いたい」とも語った。しかし、さまざまな疑念に答えることが、国会議員を続ける大前提だと心すべきだ。

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