「安倍氏は自分の言葉でご飯論法を使いこなせないタイプ」 法政大・上西教授
毎日新聞
繰り返される「深く反省」「責任を痛感」という言葉を、本気と感じた人はどれだけいただろうか。安倍晋三前首相の後援会が主催した「桜を見る会」前夜祭の費用補塡(ほてん)問題を巡り、安倍氏は25日の衆参両院の議院運営委員会で首相在任中の国会答弁の誤りを認め、謝罪した。しかし、野党側が求める資料提出には応じず、議員辞職も否定するなど「反省」や「責任」とは食い違う対応に終始した。果たしてこんな幕引きで許されるのか。閣僚や官僚の答弁の論点ずらしやごまかしを「ご飯論法」として広め、安倍氏の国会答弁を近年厳しくチェックしてきた法政大の上西充子教授(労働問題)に、今回の答弁の評価を聞いた。【古川宗/統合デジタル取材センター】
筋書き通りに謝っているだけ
――安倍前首相が国会で、これまでの前夜祭を巡る自身の答弁の誤りを認め、謝罪しました。
◆安倍氏が「答弁を訂正したい」と自ら申し出て国会の場に立ったのに、訂正しようとする姿勢が感じられませんでした。にもかかわらず、政府・与党側はあたかも説明を尽くしたかのような印象を与え、実際、安倍氏は答弁後に記者団に「説明責任を果たしたと考えている」と述べ、「来年の選挙(衆院選)にも出馬したい」とまで言っています。国会の場を、都合よく利用しているとしか思えません。
――答弁の内容はどうでしたか。
◆言葉の「軽さ」が印象的でしたね。心にもないことを言えてしまう人なのだと改めて思いました。「深く深く反省いたします」と頭を下げていますが、早口で筋書き通りに謝っているように見えました。普通だったら自分の言葉に対するこだわりがあると思うのですが、機械的に棒読みをしているようで、ためらいがない。だからこそ、ホテルが発行した明細書を出さないという、反省と矛盾するようなことを言っても平気でいられるのだと思います。
首相の時は、官僚が助けてくれたけど…
――言葉の「軽さ」の背景には何があるのでしょうか。
◆安倍氏が24日に開いた記者会見で、気になったやり取りがありました。「ホテル側に明細書の控えなどが保管されているかをなぜ確認しなかったのか」と質問された際、「その時、私はなんとお答えしたのかな?」と述べたのです。「その時」とは、首相だった時の国会答弁のことでしょう。当時は答弁内容も首相秘書官が全部用意してくれ、野党にその場で質問されて困ったときも、後ろに控えている秘書官を振り返れば、その秘書官が答弁する内容のメモを差し入れてくれました。しかし、今回は首相を退任し、秘書官の助け舟がありません。そうなると途端に何をどう答えていいのかわからなくなってしまう。そのことがよく表れた場面だったと思います。
――25日の国会でも「質問通告がない」と言って、答えない場面がありました。
◆話すべきものが用意されてないから答えられないということです。今回の記者会見や議院運営委員会は、周囲の支えがない一議員という立場で臨んでおり、自分で責任を持って答えなければいけない場面でした。しかし、「事前に質問通告がないものは、答えられません」という以前と変わらぬ姿勢で、「自ら答弁を訂正したい」という建前とは、かけ離れています。
――質問に対する答えも、相変わらずかみ合っていない印象を受けました。「朝ごはんは食べなかったのですか?」と聞かれて「ご飯は食べませんでした(パンは食べたが黙っておこう)」といったやり取りで、事実を隠す「ご飯論法」という点では、今回の答弁はどうでしたか。
◆安倍氏のご飯論法は、これまでも答弁書に書かれたものを読むだけだったのだろうと思います。つまり、周囲の官僚などに用意してもらったご飯論法です。首相の時は、「これはこう答えておいてください」と言われたものをそのまま答えているだけで、安倍氏自身は自分の言葉で臨機応変にご飯論法を使いこなせないタイプだと、私は見ています。
私が最初にご飯論法を指摘したのは、加藤勝信官房長官が厚生労働相だった時の答弁です。ご飯論法は、非常に論理的に頭が切れる人でないと使えません。虚偽答弁にならないように、うそにならない範囲で話をずらしつつ、しかも、話をずらしていることを相手に察知されないような言い方をしなければいけない。実は、非常に高度なテクニックなわけです。加藤氏は、自分の言葉で臨機応変にご飯論法を駆使できるのですが、安倍氏にはそれができない。1月の衆院予算委員会でも、桜を見る会について追及されて、「募っているという認識だった。募集しているという認識ではなかった」という珍回答をしていますが、あれはご飯論法の失敗版だと私は思っています。
――安倍氏のご飯論法は官僚が支えていたのですね。
◆安倍氏にできるのは、相手に対する攻撃でしょう。例えば、2月の衆院予算委員会では立憲民主党の黒岩宇洋議員に「根拠がない。うそをついている」と言い放っていました。さすがに今回は怒ったらまずい場面でしたから謙虚な姿勢を見せていたのだと思うのですが、守るべき一線は譲らなかったという印象です。安倍氏が答弁を訂正したいと申し出たのは、結局は検察の調べに対して、認めざるを得なかった部分だけです。
始末をつけない首相側の問題
――25日の議院運営委員会は衆参でそれぞれ1時間で、議員1人あたりの質問時間も15分程度と、疑惑の追及には少なかったように思えます。
◆時間としてはあまりにも少なすぎるというのはその通りです。しかし与党側は元々、非公開の議運委理事会で行うことを検討していました。それを野党側が粘り、議事録の残る場で、しかも、当日は国会のインターネット審議中継に加え、NHKも中継が入る場で行った。これは大事なことだと思います。もし仮に、理事会で行われていた場合、安倍氏がどのような答弁をしたかを、私たちはさっぱりわからないままで、与党側は「安倍氏は説明しました」と押し通せてしまうわけですから。
今回の答弁で、安倍氏がごまかした部分や、答えないようにしている部分が可視化されました。このことで改めて今後、予算委員会や証人喚問の場で追及が必要だと分かりました。このように一歩一歩しっかり確認をしながら、政治を正していかなければならないと思います。
報道機関には、今回の議院運営委員会について、安倍氏から「答弁の訂正をしたい」という申し入れがあって開催されたものだという位置づけをしっかり報じてほしかったと思います。菅義偉首相は25日夜の記者会見で「安倍前総理は国会の求めに応じて国会で説明をされている」と述べましたが、これは違います。政府・与党側は「国会の求めに応じて説明を尽くしたのだから、話はこれで終わりだ」という印象を与えるため、話を作り替えているのです。その土俵に乗ってはいけません。
――今後どのような追及が必要だと思いますか。
◆政府・与党側から「もう説明責任を果たした」「コロナでそれどころじゃない」と世論誘導が盛んに行われるかもしれません。しかし、だからこそ、答弁のどこがどのように訂正されるのか不明な点やいまだに野党側が求める資料提出に応じなかった点を忘れてはいけません。これは桜を見る会についてきちんと始末をつけていない安倍氏の問題、そしてそれを許している与党の側の問題であることを私たちは改めて認識するべきだと思います。今度は予算委員会を開き、安倍氏にしっかりと答弁させなければいけません。
うえにし・みつこ
1965年奈良県生まれ。日本労働研究機構(現在は労働政策研究・研修機構)研究員を経て、法政大キャリアデザイン学部教授、同大学院キャリアデザイン学研究科教授。専門は労働問題。2018年6月から国会審議を可視化する「国会パブリックビューイング」に取り組んでいる。
1988年福島県生まれ。2013年入社。高松支局、富山支局、政治部を経て2020年4月から統合デジタル取材センター。富山時代には政務活動費の不正受給問題、政治部では首相官邸や参院自民党などを取材し、この春には育児休暇を2カ月取得しました。趣味は海外の文芸書の収集で、好きな作家はトマス・ピンチョン。