核の傘を止め非核地帯・非核世界へ‼

東京新聞の記事:禁止条約と非核兵器地帯

ピースデポの梅林です。

昨日の東京新聞に以下のような記事が出ました。以下はウェブ版です。

「まずは核の傘の放棄を」日本の核兵器禁止条約参加への道開く「北東アジア非核地帯構想」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/81677?rct=politics

梅林宏道(うめばやし ひろみち)

ピースデポ特別顧問

長崎大学客員教授

umebayashihm@nifty.com

(ピースデポ事務所)

〒223-0062 横浜市港北区日吉本町1-30-27-4-1F

TEL: 045-563-5101,  FAX:045-563-9907


ーーーーー

大久保です。

梅林さん。

紹介の記事拝読しました。木谷記者はいい問題意識を持っている若い記者です。期待したいと思います。

皆さん。

核兵器禁止条約には「実効性がない」と言われています。

私はそうは思っていません。そのことについての小論を添付しました。

ご一読いただければ嬉しいです。

ーーー

核兵器禁止条約発効の「実効性」

日本反核法律家協会会長 大久保賢一

 

はじめに

 核兵器禁止条約(以下、禁止条約)が発効した。究極の暴力である核兵器を条約という理性で制御するシステムの始動である。

核兵器国や日本政府は、この条約は核兵器の抑止力を否定し、安全保障環境を無視しているので、署名・批准など論外だとしている。核兵器廃絶勢力と依存勢力との対立が、禁止条約の発効を契機として、より先鋭化している。

この小論では、この対立の中で飛び交う禁止条約には「実効性がない」という言説を検討する。

結論を示しておけば、「実効性がない」という意味が、条約は締約国だけを拘束するという形式論でいえば「正論」であるが、この条約は「核兵器国に何らの影響も与えない」とか「核兵器廃絶には何の役にも立たない」という主張であれば、それは大きな間違いである。そのことは、核兵器国とりわけアメリカが、禁止条約に敵意を示していることが雄弁に物語っている。アメリカの敵意の理由は、禁止条約がアメリカの核兵器観を根底から否定していることと、核兵器を法的に禁止していることにある。

 

アメリカの核兵器観

アメリカは各国に対する「核兵器禁止条約に関する米国の懸念」という書簡で「禁止条約に断固反対」としている。その理由の一つが「禁止条約は米国の抑止政策を傷つける」というものである。元々、アメリカは、核兵器(原爆投下)は戦争を早期に終結させ、多くの人命を救った「救世主」だ。核兵器は冷戦を熱戦にしなかった「秩序の兵器」であり「長い平和をもたらしている。核兵器は、抑止力として敵国の侵略を防ぎ、いざという時の報復手段となる安全保障の切り札だ。同盟国の安全を保障するものだ、などとしている。このような核兵器礼賛がアメリカの核兵器観である。

これに対し、禁止条約は、核兵器のいかなる使用も「壊滅的人道上の結末」をもたらすので、「核兵器のない世界」の達成と維持は「世界の最上位にある公共善」だとしている。核兵器の使用のみならず、存在そのものを違法としているのである。禁止条約は、アメリカの核兵器観を全否定しているのである。

核兵器を国防の道具と考えているアメリカからすれば、禁止条約は「危険思想」なのである。これが、アメリカが禁止条約を敵視する第一の理由である。

 

アメリカの条約観 

ところで、アメリカ憲法は、締結した条約は最高法規であるとしている。禁止条約を受け入れれば、当然、その条項に従わなければならないことになる。立憲主義や法治主義を前提とする近代国家では普通のことである。日本国憲法にも同様の規定がある。条約を締結するとはそういう法的拘束を受けることなのである。拘束を受けたくなければ条約を締結しないことになる。だから、アメリカや核兵器国は禁止条約に入らないのである。これは形式論理としては成り立つ議論である。核兵器国やそれに同調する勢力は、この論理に従って条約には加盟せず、「実効性がない」と主張しているのである。

 

強行法規(ユス・コーゲンス)という考え方

けれども、条約に入らなければ全然影響を受けないかというと、そうはいかない場合がある。ある事柄が人道や正義に深くかかわる場合である。国際法には、強行法規(ユス・コーゲンス)という概念がある。絶対に破ってはならない掟という意味である。例えば、ジェノサイド(集団殺戮)、人道に対する罪奴隷制度拷問などである。条約があろうがなかろうが、人間として絶対にやってはならないことがあるという思想である。その内容は時代とともに変化している。奴隷制度や拷問が当たり前の時代があったけれど、現在では条約や国内法によって厳禁されている。強行法規という概念の背景には人道と正義が潜在しており、それらが、人権思想の進化とともに、具体的な法規範として顕在化してくるのである。

禁止条約は、ヒバクシャにもたらされる「容認しがたい苦痛と被害」に着目し、核兵器のいかなる使用も、武力紛争に適用される国際法に違反し、人道の諸原則および公共の良心に反するとしている。これは、被爆者の「人類と核兵器は共存できない」という証言を踏まえての言明なのである。禁止条約は、核兵器の使用をジェノサイドや奴隷制度と同様の強行法規違反と位置づけ、それを明文化しているのである。違う言い方をすれば、禁止条約は核兵器使用の強行法規違反をあぶりだしているのである。

強行法規は、明文のあるなしにかかわらず人類社会における最低限の規範である。禁止条約に参加するかどうかにかかわらず、国際社会はその掟を無視することはできないのである。アメリカは、人権を尊重する文明国だとしているし、国際法を守る国を自任している。そういう国が強行法規を無視することは自己矛盾となる。それを避ける唯一の方策は、禁止条約を無い事にすることである。これが、アメリカが禁止条約に敵対する第二の理由である。

 

まとめ

禁止条約が核兵器国に影響を与えていることは明らかである。だからアメリカは、禁止条約の批准国にその批准の撤回を迫り、その他の国にも、禁止条約は「危険なまでに非生産的だ」などとする書簡を送っているのである。核兵器についてのフリーハンドを確保し続けたいという思惑である。けれども、撤回した批准国はない。

これまで核兵器を全面的に禁止する法規範は存在しなかったが、今般、核兵器はその存在そのものが、条約で禁止され、廃絶されるべき物とされたのである。単に、道徳的に許されない物、政治的に排除された方が望ましい物というだけではなく、法の世界で許されない物とされたのである。

法は、人類が社会の秩序を維持するための手段として形成してきたシステムである。物理的な暴力の応酬ではなく、理性と言論での問題解決の手段として、紆余曲折はあるけれど、現在あるような形に発展してきたのである。

禁止条約は、その法の発展法則を反映して、核兵器の存在を違法としてその廃絶を目指すとしているのである。「核兵器のない世界」を実現する上で画期的な進化がここにある。

禁止条約に「実効性がない」という言説は、禁止条約の発効がもつ意味を過少に評価し、「核兵器のない世界」の早期実現を妨害しようという悪あがきか、底の浅い形式論である。そんな言葉を鵜呑みにしてはならない。私たちは、禁止条約がもたらす「核兵器のない世界」への着実な一歩を確認し、更なる一歩を踏み出さなければならない。(2020年1月25日記)

 

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