ウイグル族だけじゃない─少数民族が直面する中国同化政策の現実

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中国当局の同化政策によって苦しい思いをしている少数民族の地域としてよく名前があがるのが、新疆ウイグル自治区だ。反体制派が多く、徹底した監視体制がおかれ、歯向かったとして「再教育キャンプ」に送り込まれる人の多さに世界が注目している。 【画像】ウイグル族だけじゃない─少数民族が直面する中国同化政策の現実 だが、あまり世界から目を向けられることなくじわじわと同化されつつあるのが、中国朝鮮族だ。英誌「エコノミスト」が現地取材を交えて現状を報じている。
彼らの言語はずっと守られていたけど…
圧倒的に優位な者が、一方をやすやすと凌駕する──そんなときに、強者の本性が最も明らかになる。 テロリズムや国の安全に関わる脅威に対し、無慈悲な態度で臨む政府は多いだろう。しかし、ある政権がその意志を押しつけるために無抵抗の集団に対して力のすべてを行使するのは、その国のあり方が明白になる瞬間だ。 そうした不平等な争いのひとつが今まさに、中国と北朝鮮の国境近く、中国吉林省内の延辺朝鮮族自治州で行われている。 延辺朝鮮族自治州には、公式に認められた朝鮮少数民族の人々が暮らしている。100万人に満たない彼らのほとんどが、19世紀末期から20世紀初頭にかけて朝鮮半島で起きた戦争や飢饉から逃れて移住してきた人々の子孫だ。中国人研究者はこの地域を、少数民族である彼らと人口の大多数を占める漢族が共存するモデル地域として研究している。 延辺朝鮮族自治州の朝鮮族学校は60年以上にわたり、中国語と朝鮮語の両方を使って授業を行ってきた。最近まで、数学、科学、そして各種外国語の授業では標準中国語を使い、歴史学や政治、その他の社会科学分野のなかで、理解しにくい概念などを教える際には朝鮮語が用いられていた。 従来、朝鮮族文化では学びへの熱意が強い。「子供たちを学校に行かせるためなら、親は家畜の牛だって売るでしょう」とある研究者は話す。 21世紀に入り、延辺朝鮮族自治州は3ヵ国語教育の先駆けとなった。2004年には朝鮮語を優先させる地方教育法を可決させたが、学生に第三言語(日本語のこともあるが、ほとんどは英語)を教えることに新たな重点を置いた。 グローバル化の時代にあって親たちは、言語は異文化との懸け橋であり、単に伝統の枠にとどまらない役割を果たすものだと理解している、と研究者は語る。多国語に通じた延辺朝鮮族自治州の大学卒業者は、深圳市や広州市など、南部の新興都市に拠点を持つ雇用主から引く手あまたなのだ。 延辺朝鮮族自治州の朝鮮族学校は長い間、少数民族言語をおさえて標準中国語を優先させようとする運動の影響から守られていた。新疆ウイグル自治区やチベット自治区などの反体制の強い地域で10年前に展開され、その後中国全土に広がっていった運動だ。 2020年11月、全国人民代表大会の幹部は、標準中国語の促進活動は「民族的問題に対処し、国家としての結束を高め、国家の安全を守るために」極めて重要であると語っている。
理不尽な権力行使
そして今、延辺朝鮮族自治州の教育法は直接的な攻撃対象となっている。 1月20日、全人代の常務委員会の法律委員会はその影響力の強さを発揮した。ある匿名の2地域における教育法は、中華人民共和国憲法で定められている「標準中国語の使用を全国内で推進する」条項に違反するものである、との声明を出したのだ。 イェール大学ロー・スクールのチャンハオ・ウェイが運営するブログ「NPCオブザーバー」が最初に発信したように、この声明に適合するのは内モンゴル自治区と延辺朝鮮族自治州の教育法のみである。 この裁定は多くの点で衝撃的なものだ。 まず、教育法というひとつの法律を違憲であると宣言することは余りにも配慮に欠ける行為だ。 次に、全人代の裁定は、憲法のなかの「少数民族の言語の保護を規定する条項」については言及していない。こうした保護規定は実際のところ、1949年に中国共産党が創設された頃の遺物だ。現在の政治的潮流は著名な学者や当局者が求める「第二世代の民族政策」にあり、少数民族を単一の中国文明に同化させようとするものである。 こうした国家主義者たちは、少数民族に与えられている特権を存続させれば、中国は民族不安を抱え続けることとなり、ソビエトのような国家分裂におちいる危険性があると主張する。そうすることで、自分たちの中央集権化に対する熱意を正当化しているのだ。 新疆ウイグル自治区における教育政策は、テロリズム対策とイスラム過激派と闘うためという名目の下で、より大規模な弾圧の波と深く関係している。 諸外国の関心の大半は、新疆ウイグル自治区の再教育キャンプに集まっているだろう。ウイグルの少数民族のおよそ100万人のイスラム教徒たちが、礼拝をしすぎるだとか、海外に住む親類に電話をしたとか、そんな理由から「過激派となる可能性がある」と判断されて送り込まれているキャンプだ。 しかし新疆ウイグル自治区の少数民族学校でも、学校生活はその姿を変えてきた。以前は、学習科目の多くはウイグル語かカザフスタン語で教えられていた。しかし現在、こうした言語は授業に用いる言語から一つの科目へと格下げされ、毎週数時間のみ授業が行われるような状況なのだ。 チベット自治区および近隣の青海省のチベット族居住地域でも教育政策に同様の変革が行われ、2010年にはこれに反対する街頭抗議を引き起こした。内モンゴル自治区では2020年の夏の終わり頃、何千人もの親が学校をボイコットする騒動が起きた。2022年までに文学、政治、歴史など慎重に扱われるべき科目の教育言語を、標準中国語にしなければならないという発表を受けてのことだ。 内モンゴル自治区全土で機動隊が抗議活動を中断させ、親たちは子供を学校に行かせるよう命令された。従わない場合は、政府の補助金や銀行のローンを打ち切られると告げられたのだった。 延辺朝鮮族自治州でも同様の言語統制が行われることが、2020年9月の新学期の開始時に判明している。しかし暴動は発生しなかった。研究者たちは家族に対し、しばらく我慢して待ち、政府が多面的教育を強化する必要性、そして民族言語の保護という課題にどうバランスを取っていくかを見るよう、促している。
決して信頼されない忠誠心
最近、延吉市で地元の人々に出会った。そのなかには凍結したブアハトン川で子供たちを連れてスケートやそりに興じる親たちもいた。彼らは変化に対してそれぞれ複雑な見解を示している。 幼稚園児の息子を持つ朝鮮系中国人の男性は、学校で標準中国語が優先的に使用されることを支持しているという。彼自身が大学で苦労していて、空き時間に中国語を勉強しなければならなかった経験があるのだ。彼は、たとえばチベット自治区で見られるような考え方を持つ人々を、分離主義的野望を持っているのだと批判する。 「私たち朝鮮族は彼らと同じようには感じていません。政府の方針を支持していますよ」 その他の人々は決めきれず迷っている。2人の幼児を育てる母親は、この新しい統制で朝鮮族の文化が衰弱するのではないかと心配しているという。けれど国の行動にも一理あると思う、と彼女は語る。 政府は単なる一市民には見ることができない大きな全体像を見ていると思います──忠実な口調で、彼女はそう語った。こうした権威への服従心や敬意が、本心かどうかはわからない。私服警官が延吉市中の茶館をつけ回してはインタビューを盗聴しようとしていたのだから。 違憲行為で告発をされている延辺朝鮮族自治州の運命は、少数民族にとっての厳しい現実へと向かっている。忠誠心だけでは充分ではない。彼らに求められる務めは「もっと中国人になること」なのだ。