奇跡は奇跡的に来ない:皆の静かな革命を行おう!

「私たちは静かな革命を行っているんです」「奇跡は奇跡的に訪れない」

「警告」
こちらのお酒は売り物ではありません!
勝手に飲まれた場合は1杯につき罰金500円を申し受けます。
16時から1730の間はハッピー罰金アワーで250円となります。
また、フード2品をご注文になり勝手に1杯飲まれた方は罰金と合わせて
980円になるお得な罰金セットもございます。(120円お得!)

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Hiroshi Nishiura@nishiurah 4月22日

Thomas Bach氏の来日が5月に予定されていて、
それまでに宣言が終わるよう必死に政治調整しているのなら、
僕はこの国って現時点で終わりなんだと思います。
僕たちの代表は何を守ろうとしているのか。
国民の生命と財産の保護はどうなるのか。
どうか、どうか、根も葉もない噂話であって欲しいと思います。

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「もうお金もなくなったし、すごく怖い。でも他に手がない。独裁制は倒さなければ」
「路上ではデモはしない。軍のリストに載せられて逮捕されるのは怖すぎる」
「私たちは静かな革命を行っているんです」
「私たちの運動は広がっている」
「軍事政権にとって、こうした抵抗は想定外だった」
「中国の企業家は輸出に難色を示すようになった。
ミャンマーの国民が、軍事政権を支持する中国政府を非難して、同国の製品をボイコットしているからだ」
「ヒスイや木材など天然資源を違法に蓄積し、それに支えられた莫大(ばくだい)な非公式な資産」

https://bit.ly/3xjhFYm

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【ジャカルタ、シンガポール共同】
東南アジア諸国連合(ASEAN)は24日、インドネシアの首都ジャカルタでミャンマー情勢を協議する臨時首脳会
議を開き、暴力の即時停止や特使派遣など五つの合意項目を柱とした議長声明を発表した。出席者によると、
国軍トップ、ミン・アウン・フライン総司令官は、暴力停止について態度を明確にしなかった。特使受け入れ
などには前向きな姿勢を見せたとされるが、実現に向けてどこまで協力するかが焦点となる。
議長声明はアウン・サン・スー・チー氏に触れず、拘束された政治家らの扱いにも踏み込まなかった。
総司令官にとっては政変後、初の外遊。
https://this.kiji.is/758571908064722944?c=39546741839462401

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ASEANは存在感を示したか

昨日土曜、ミャンマー情勢をテーマに東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議開催

> ミャンマー国軍の総司令官をテーブルに着かせた24日の会議
> ・暴力の即時停止
> ・当事者による建設的対話
> ・ASEAN特使の調停による対話
> ・ASEANによる人道援助提供
> ・ASEAN特使のミャンマー訪問と関係者との面会
> の5項目で「合意」したとされる
>
> しかし、ミャンマーの国民は誰も信じていません
>
> スー・チーさんや、CDM参加者、デモのリーダーら「拘束者の解放」は外れました
>
> 「軍は法に従って統治を進めている。それは譲れない」という意思が垣間見えます
>
> さらに「暴力の即時停止」にしても、もともと「暴力など加えていない
> 抗議者が暴力に訴えてくるから、正しく制圧している」との姿勢
>
> 「抗議者が暴力を停止するのは当然」と言い出しかねません
>
> とはいえ、軍政が欧米の圧力を意に介さず、国連も一致した対応がとれないなか、
> ASEANの動きが事態打開のかすかな一歩につながれば、との思いは関係者には大きいはず
>
> しかし、現地のミャンマー人の数人からは、
> 「もともとASEANには期待できないと何度も言っただろう」
> 「ほとんどの若者が、自分たちの国のために戦って死ぬ覚悟」
> と

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日韓を覆う「演説不作」 箱田哲也
朝日新聞2021/4/25 社説余滴

鳴り物入りの訪米を果たした日本のトップは、世界の耳目を集めた共同記者会見でも「メモ読み」を貫いた
。機微に触れる質問の回答が漏れたのは、事前通告に慣れすぎたゆえか。
個人の訥弁(とつべん)をあげつらおうというのではない。改めて憂えるのは政治家の言葉の貧弱さである
。海の向こうから聞こえるスピーチはまばゆいが、日本政治家の名演説というと、すっかりごぶさたな気がす
る。
幼いころ、親に連れられ聞いた立会演説会はまさに言葉の真剣勝負で、子ども心に投票を夢想し、当選者を
予想したものだった。
自民党の重鎮いわく、昔は派閥に関係なく先輩議員が「これは」と思う後輩を地方遊説に誘い、修業させる
土壌があった。
事前にご当地ネタを丹念に調べて披露する、何人の聴衆がいても1人に語りかけるような丁寧さを心がける
、といった取り組みにも余念がなかったという。
政治記者の故・岩見隆夫さんは著書「演説力」で、政治家がテレビ出演や握手の回数を増やす「集票第一主
義」に陥ったと指摘。「練り上げた演説文を個性的に工夫されたスタイルでぶち、肉声で訴える」ことを軽視
していると嘆いた。
演説の入念な準備で思い出されるのは、韓国の故・金大中(キムデジュン)大統領だ。
98年に来日した際、自身も命を賭した民主化について「奇跡は奇跡的に訪れない」と語った国会演説は、
多くの感銘を与えた。
自著では「1分間足らずの声明の準備に、5時間程度かけるのが普通だった」と記し、能弁政治家と認めら
れるまでの陰の努力を明かしている。
韓国には比較的、演説上手が多い印象がある。
古くから武官に比べて文官が優位で、まさに「言葉が命」でしのぎを削ってきた名残だろうと、現地の政治
家に聞いたことがある。そんな韓国でも最近は、名演説がすっかり影をひそめているらしい。
日韓の対立をほぐす過程に、政治家の姿が見あたらなくなって久しい。熟慮した言葉で隣国に語りかけるど
ころか「やりやがったなてめえ」とばかり、息巻く向きが双方に目立つ。
昨今の日韓関係の冷えこみには「演説不作」も影響しているのかもしれない。

(はこだてつや 国際社説担当)

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医療関係者、看護関係者はすばらしい倫理綱領をもつ

ここはすばらしいが、すばらし過ぎ

ついつい「指導」しがちである、だから、「人権アプローチ」にはなりにくい

「正しさ」を押しつけがちになる

21世紀が人権の時代なら、当事者が、サービスを受ける側が、自分で決める、
そんな道筋が良さそう

しかし、医療が頼りにされなければ、医療技術が信頼されなければ、もともと彼らから相手にしてもらえない

ここがワナ

信頼されることによって、結果、医療者への依存心を生み、結局「自前の自治・PHC」をスポイルしかねない

途上国に対する、かつての植民地宗主国の振る舞いもこれに似てはいなかったか?

指導し、見守っていてあげないと、とてもたちいかない、、、との立場から、一転、
独立を許し・独立を勝ち取られた宗主国側は暗澹

現実は、保健医療システムを、とても独り立ちしては保持し得ない、医療技術者もいない状況、だった

だから(一種の)欺瞞としてのPHCを言いだすことで、”私たちと向き合う中で、自覚を”と、おためごかしに
告げてはみた?

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長野補選、野党共闘に暗雲 立民新人、共産と協定 連合や国民が反発

2021/3/30 11:29 西日本新聞

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/715156/

4月25日投開票の参院長野選挙区補欠選挙を巡り、立憲民主党が他の野党や最大の支持母体である連合との関係
に苦慮している。立民が擁立する新人候補が共産党の地元組織などと結んだ政策協定に対し、連合と国民民主
党が「共産色が強すぎる」と猛反発。次期衆院選の野党共闘にも余波が及びそうだ。

「われわれの政策と異なるものを協定として結び、それを了としていることが一番問題だ」。国民の榛葉賀津
也幹事長は26日の記者会見で、参院長野補選に立民公認で立候補する新人の羽田次郎氏について、党推薦を取
り消すかを近く決める考えを示した。

問題視しているのは、羽田氏が2月末に立民、共産、社民の県組織や市民団体と結んだ政策協定。「2050年まで
に再生可能エネルギー100%を実現し、原発ゼロ社会をめざす」「日米同盟に頼る外交姿勢を是正」などとし、
消費税5%への減税や核兵器禁止条約の即批准も掲げている。

立民の枝野幸男代表は「長野県連の軽率な行動。党本部としてその内容に拘束されるものではない」として、3
月17日に連合の神津里季生(こうづりきお)会長に陳謝した。連合は、羽田氏が旧民主党系の政治団体との間
で別の政策協定を結び、枝野氏とも「二度と繰り返してはならない」との申し合わせができたとして、いった
んは矛を収めた。

しかし、連合傘下の民間産業別労働組合(産別)には、共産との協定が破棄されていないことへの不信と反発
が大きい。国民には24日、自動車総連やUAゼンセン出身の参院議員3人が入党し、国民のある議員は「産別出身
議員が加わったことで厳しい声が強まっている」と明かす。

次期衆院選の足音も近づく中、野党共闘に漂う暗雲を払おうと、共産側は譲歩の姿勢を見せる。志位和夫委員
長は、25日の会見で「個別の政策は違って当たり前で、一致点でやればいい」と表明。参院長野補選と同じ選
挙日程の衆院北海道2区補選では、立民候補への一本化で合意したものの、政策協定に「原発ゼロ」や「消費税
減税」を記載することは見送った。

また、同日程の参院広島選挙区再選挙でも、立民が擁立する新人が市民団体と政策協定を結ぶ場に共産の県組
織幹部が出席したことを「事実上の政策協定」(小池晃書記局長)と見なし、柔軟に対応した。

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ベンチャーとしてのチェレンジ精神を発揮させる

オムロングループではいま世界各地で2万6,000人が働く。売上高は6,000億円を超す(p12,p111)。規模からすれ
ば大企業に見えるが、それは120ものニッチ事業にわかれている。すなわち、120ものベンチャー企業が集積し
たものがオムロンである(p12,p112)。立石義雄は、大企業病に陥るのを防ぐには、ベンチャー精神が発揮しや
すいように常に小さな会社のようにありたいと考え(p111)、大企業ではなくベンチャー企業としての自覚を持
つことが必要だと述べる(p13)。

そして、立石義雄によれば、大企業病を克服して、企業や個人の変革を可能とするのはチャレンジ精神である(
p124)。チャレンジ精神とは、たとえリスクが3あったとしても、チャンスが7あるのであれば、リスクに果敢に
挑戦しようということである(p12)。誰もやっていないことを一歩でも二歩でも早くやる精神。「先駆けろ」も
立石一真の口癖であった(p125)。とはいえ、ゴーサインを出した事業がいつも成功するとは限らない。それど
ころか、「先駆ける」と思いどおりに花開かないビジネスの方が多い。この花開かなかったビジネスから撤退
することが意外に難しい。担当者は「もう少し頑張れば花開く」と思っているだけにいつまでもズルズルと引
っ張るリスクもある(p128)。そこで、チャレンジ精神を発展させるための表のルールを「7:3」だとすれば、
裏のルールとして(p129)、2年連続で目標値の2分の1に到達しなかった場合は撤退することを取り決めた(p128)
。この基準を設けたことで経営と現場がともに納得するカタチで事業を打ち切れるようになったという(p129)
。ここには、常に新たなことに挑戦していかなければベンチャー企業は生き残れないという健全な危機感があ
る(p125)。

https://bit.ly/3sP7es6

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500名以上が乗った航空機が行方不明という日本国内では前代未聞の事態に、地上側は大混乱に陥ります。墜落
位置の特定ができていなかったのです。
墜落から20分後の19時15分頃、米空軍のC-130輸送機が横田基地から方位305度、距離34マイルを第一報を通報
、、、

これらの情報は正しかったにも関わらず、生かされることはありませんでした。
民間航空は当時の運輸省の管轄。縦割り行政の弊害で防衛庁からの情報は無視。運輸省は独自の情報ソースに
固執します、、、

実際には、墜落地点の第一報を伝えたC-130は、米海兵隊の救難ヘリを現場に誘導していたことが、1995年に明
らかになりました。生存者も墜落直後に飛来したヘリを記憶していたといいます。海兵隊は、命令次第で直ち
に救助する体制を整えていましたが、下ったのは突然の撤退の命令。日本政府が、理由は不明ながら、いち早
い米軍の救助活動を拒絶したのが理由だとされています。

https://bit.ly/3axM5wj

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21世紀は「宗教の時代」として記憶されるようになるかもしれません、、、

20世紀末からこうした状況が大きく変わり、21世紀になると「再魔術化」や「ポスト世俗化」という議論が見
られるようになっています。日本では、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、同時期にアメ
リカでは、複数のカルト集団による集団自殺が起きました。2000年代に入ってからは、9.11の同時多発テロや
欧州各地でのイスラム原理主義者によるテロが、大小様々な規模で勃発しています、、、

本来、世界の平和と調和、個人の安寧と幸福を願う宗教が、なぜ暴力的なものとなり得るのか。そして、宗教
による個人の救済は可能なのか。それを知る手掛かりとして、今回は「宗教」をテーマとした3本の作品を見て
いきます。

https://bit.ly/3gAI5Pg
シネマでみる、この世界   宗教――信仰と自由はどう関係しているのか

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ハエやヒアリの根絶でも同じなのだが、被害(感染)の激しいところを集中的に叩きつつ(「封じ込め」)、
そこへの「移動規制」をどう徹底していくかが肝要なのだ。

・反撃を許す時間を与えることは、変異を許す時間を与えること

突然変異はランダムに、しかも非常に早い速度で黙々とウイルスに生じている。

たいていの変異は、抵抗性とは関係のない小さな変異であるのは確かだろう。けれども、ランダムに生じるの
だから、ワクチン抵抗性に関連した部位に変異が生じる可能性も否定できない。

進化の目はその突然変異を見逃すはずがなく、そして瞬またたく間に抵抗性を持った変異体が蔓延する恐れが
ある。敵に反撃を許す時間を与えることは、抵抗性の変異を許す時間を与えることになる。

https://bit.ly/3nj9FBX
政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の”あるリスク”
■「ワクチン後」の世界に起こること

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「後立山連邦で遭難するなら、富山県側に落ちろ」

一方、観光資源が長野県ほど豊富ではない富山県では、
山に来てくれる若者は「貴重な富山ファン」なので
いろんなことが大目に見られています、、、

長野県では「山に登っている」と言うと「暇だねえ」「物好きだねえ」などと言われることがあります、、、

ところが富山県では映画にもあるように、「山は信仰の対象」と感じる人が少なくない。
だから「山に行く」というのは、
時間とお金と労力を捧げて
「修行をしている」ととらえられる側面がある。

https://plaza.rakuten.co.jp/yoroduyablog/diary/201008170000/

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===

【「佐久病院はサケ病院」】

素面(しらふ)のときには、村民は、私のことを「先生、先生」と呼んで敬う。
しかし、炉端で、差しつ差されつお互いに酔っぱらってくると、
これが「馬鹿」に変る。
「ほら、世間じゃよく”先生と呼ばれるほどの馬鹿でない”というじゃごわしねえか」
となる。
ところが、しだいに夜がふけて、降り積む雪に屋鳴りがするころになって、
共にぐでんぐでんになると、「先生なんて、泥棒だわい。”医者泥棒”さね」。
「これは聞き捨てならぬ。
俺もだいぶ悪いことをしたけれど、泥棒だけは、やったことないぜ」と怒ると、
向うさんの言うことは、医者は金を儲けすぎる、泥棒と同じじゃないか、という理屈ら
しい。
「おらと(俺たち)は、三反百姓だから、いくら米価闘争やったって、
30俵で、年に60万円足らず。
それが粗収入だ。
それなのになんだ。
村の診療所に医者を呼べば、学校出たての若え者が、月に100万円も要求するでねえ
か。
年で1200万円だ。
これが泥棒でなくてなんだ」。
なるほど、そんな気持が村民の心の中に、潜在していたのか。
ーー酔い痴れていた私の頭は、にわかに冴え返るのである。
世の中は、イデオロキーを振り回すだけではいけないと言っては、
語弊があるのかもしれないが、終戦後、私がこの山の中で最も歓迎したのは、
言わずとしれた「農地改革」であった。
ポツダム宣言のすばらしい贈り物だ。
ここから、わが国の民主化の第一歩がはじまる。
ーー私は医者のくせして、地域の中で機会あるごとにその意義を宣伝して歩いた。
それはもちろんまちがったことではない。
そして、そのために私は「アカ」と呼ばれるようになったのであるが、それも
またやむをえないことであろう。

・・

こういう事例もあった。
農地解放とともに、それを施行する委員会が、各町村にできたが、
それに選出された革新派と自称する小作農民の中に、土地の再配分にさいし、
自家に有利にそれを回して、たいへん儲けたというのである。
いつの世にも時流に乗ずる利口者はいるものであろうが、それがわが小作人の中にいる
とは驚いた。
かくして、現実の村の中は、なかなかに複雑である。
もちろん、その個別性や特殊ケースにとらわれて、全体的視野を失っては
ならぬことは言うまでもないが、そうかと言って、ただ階級的スローガンを唱えるだけ
で、
自分ばかりが「正義の味方」面(づら)しているのでは、ナルシシズムに過ぎないと言
われても
仕方があるまい。

・・

もう一つの問題は、わが国の農村医学が、国際的に守らねばならぬ役割の分担である。
とくに、まだこの方面で未発達のアジア諸国に対してなさねばならぬ協力である。
隣国の中国では、すでに86年7月に「中国農村医学会」を結成したという。
この問題について、私ども日本農村医学会代表は、この10月に招待を受けている。
中国には8億の農民がおり、その農民がいまやかつての「はだしの医者」(赤脚医生)
以上の高い医療を求めているという。
それに対し、すこしでもお役に立てばというのが、私どもの切なる願いである。
「中国農村医学会」(中国農村衛生協会)は、私をその名誉顧問に任命した。
私に言わせれば、医療の民主化は、人間社会の基本的要望であり志向である。
それは歴史の大河の流れのごときものであって、何人もこの力を阻むことはできない。
水は必ず低きに着く。
そして、この大河の流れつくところ、そこに「恒久平和」の大海が待つ。
私どもの医療、保健、福祉の各々の流れはやがて合流し、休むことなく
「人間らしい幸福な生活」の内海に注ぐにちがいない。
そして、ついには「恒久平和」の大海にだどりつくのだ。
もっとも、その間に、山や森や、丘や平地や、紆余曲折の長い道を歩むことは覚悟しな
ければなるまい。
もちろん、筆者などは21世紀まで生きていられるはずはない。
それでいい。
しかも、この小さな山の中で、私は愚かな力をふりしぼって、できるだけ頑張るのだ。
偉大なる庶民の打算性と、それからくる平和共存の大道を信じて。

(「社会評論・文化活動」若月俊一著作集第7巻 著者解題1986)

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色平
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