新型コロナウイルスの感染拡大への不安がやまない中、東京オリンピック・パラリンピック開幕まで1カ月を切った。かつて厚生労働相として新型インフルエンザ対応にあたり、さらに開催都市・東京の知事として準備にも取り組んだ舛添要一さんは、パンデミック(世界的大流行)下で五輪の存在そのものが今、問われていると指摘する。
「最初、コロナのワクチン接種を予約したら1回目は8月21日。ひどい状況でしたが、後日予約し直したら、枠を増やしたようで2カ月以上前倒しになりました」。そう話す舛添さんは現在72歳。各自治体で進む高齢者接種の対象者なのだ。自宅近くの会場で6月7日に1回目、28日に2回目の接種を終えた。
厚労相として、2009年に世界的に流行した新型インフル対応を陣頭指揮した経験から、感染症が広がる中での五輪をどう考えるのか。「国民の半数が大会までに少なくとも1回目の接種を終えていないと、免疫学的には開催してはいけないと思います」。英オックスフォード大の研究者らが運営する「アワー・ワールド・イン・データ」によると、ワクチン接種を1回以上受けた人の割合は、英国で6割、米国で5割を超える一方、日本は2割程度に低迷する。
接種が進む米英の最近の映像では、マスクをせずに町を歩く市民の様子を多く見かける。「一番暑い時期の五輪なのに、日本ではマスクをして大会運営にあたる。英国に比べ日本の接種状況は3~4カ月遅れており、日本がマスクを着けなくて良くなるのは9~10月でしょう。もう大会は終わっていますよ」
では、日本はなぜワクチン接種が遅かったのか。舛添さんは、情報不足▽承認の遅れ▽政官業の癒着――の3点を指摘する。まずは情報不足について。ファイザーやモデルナのコロナワクチンは、遺伝子の一部「メッセンジャーRNA(mRNA)」を使った全く新しいタイプのもの。「日本はいまだに鶏卵でウイルスを増やして作る従来の方法に固執している。厚労省の医系技官は世界の最先端の動きをつかんでいなかったのではないでしょうか」
2点目は、ファイザーが申請したワクチンを日本が承認したのは2月14日。米英などでは20年12月上旬にはすでに使用が認められており、日本は約2カ月遅いのだ。そして、最後の「政官業の癒着」とは何か。かつて厚労省OBの再就職先として、製薬会社の存在が度々問題視された。官僚と日本の製薬会社との関係の深さが、海外からのワクチン輸入の遅れにつながったというのだ。
さすが、かつて厚労省を率いた人の説明は説得力がある。「でも本当に五輪を安全に開催するならば、世界で一番早くワクチンを入手すべき国は日本だった。感染者が他国より少なく、コロナを甘く見ていた安倍晋三前首相や菅義偉首相は、著しく危機管理能力に欠けています」
では、開催都市のトップだった目から見て、オリパラをこのまま進めることをどう思うのか。16年6月に自らの政治資金などを巡る問題で辞職した舛添さんだが「都知事として準備に努力してきたので、ぜひ開催してほしいとは思う。でも、投資したお金を回収しようとして強行するのだったら本末転倒です」。
大会組織委員会は20年12月、都と国を合わせた大会経費について、総額1兆6440億円という数字を発表した。だが舛添さんは「本当の金額」を打ち明ける。「私の都知事時代の試算では、関連経費も含めて実際は3兆円ぐらいかかっています」
公表の2倍近い3兆円とは、あまりに莫大(ばくだい)だ。一体どういうからくりなのか。「例えば、国立競技場に行くための歩道橋を建設するとします。それは五輪予算ではなく、都の道路整備予算に入れる。さらに大きいのは警備費用ですが、競技会場から離れた場所の警備代は五輪予算に計上しないなど、いくらでも操作は可能です。世論の反発を恐れ、数字を小さく見せているのです」
なるほど、それだけ費やしているならば、是が非でも開催したいと思うだろう。野村総合研究所の木内登英さん(元日銀審議委員)は5月、オリパラ中止の経済損失が約1兆8000億円に上るとの試算を公表した。「3兆円をかけて、中止で1・8兆円も損するのならば、何が何でもやろうとなるわけです」
そんな舛添さんは国の経済力を図る国内総生産(GDP)を例に、開催強行を疑問視する。「日本のGDPは年間約550兆円。1日当たり約1・5兆円も日本人は稼いでいる計算です。1・8兆円の損失は、2日もあれば取り戻せるんです。約200の国や地域から選手らが集まり、未知の変異ウイルスが入り込むリスクもある。もし大会期間中に感染が大爆発したらどうするのか。それより国民の命を守る方がはるかに大事です」
東京のコロナ感染者は再び拡大傾向だ。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は6月10日の記者会見で「完全に実施段階に入った」と、予定通りの開催を強調。国民の不安をよそに突き進む東京大会は私たちに何を残すのか。
今回の五輪最大のレガシー(遺産)。「それはIOCの金権体質について、自由に議論できるようになったことです」。IOCは収入の約7割を放映権料が占める。米放送大手NBCユニバーサルとは、14年ソチ冬季五輪から32年夏季五輪まで総額約120億3000万ドル(約1兆3000億円)の巨額契約を結ぶ。「放映権料がないとIOCは運営できない。とにかく開催して放送しろとなるのです」
IOCはその資金を傘下の各国・地域の国内委員会や国際競技団体へ分配することで影響力を保ってきた。「今までは開催すれば多額の経済効果を生み出すと考え、五輪を招致したい国はIOCの体質を批判できなかった。コロナは商業五輪を見直すきっかけになるでしょう」
さらに舛添さん。今後は4年に1度の定期的な開催すら危うくなり、五輪による景気浮揚もままならなくなると見る。
それは感染症の存在だ。重症急性呼吸器症候群(SARS)は02~03年、新型インフルは09年に流行し、中東呼吸器症候群(MERS)は12年に確認された。そしてコロナである。「地球温暖化など異常気象が生態系を崩し、感染症が起きやすくなります。新しい感染症が5~6年に1度発生し、五輪の2回に1回はパンデミック下での開催でしょう」。今後、五輪と感染症は切っても切れない関係が続くと警告するのだ。そこで舛添さんは提案する。「例えば、大会の半年前にWHO(世界保健機関)が感染症終息宣言を出せない場合は中止にするなど、事前にルールを決めるべきです。そうすれば、今回のような混乱は起きなくなります」
五輪憲章の根本原則にはこうある。「オリンピズムの目標は、あらゆる場でスポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある。またその目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することにある」。これを踏まえ舛添さんは強調する。「パンデミック下での開催は『人間の尊厳の保持』とはほど遠い状況です」。今、五輪の開催意義すら問われている。【葛西大博】=随時掲載
■人物略歴
舛添要一(ますぞえ・よういち)さん
1948年、福岡県生まれ。東大法学部卒。東大教養学部助教授などを経て、2001年7月、参院議員初当選。07~09年に厚生労働相。14~16年、東京都知事。「東京を変える、日本が変わる」など著書多数。7月29日に「ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男」(小学館新書)を出版予定。
セルヒオ・ガルシア:ナダルはスペイン歴代最高のスポーツ選手
時系列で見る
次に読みたい
-
五輪の勢いで選挙に?「政治の私物化」政治学者の警鐘
イチオシ -
安倍氏ツイート「赤木氏の証言握り潰された」は根拠不明
イチオシ -
「もはやチキンレースだ」五輪関係者の本音
イチオシ -
-
高校生にピュリツァー賞 黒人男性暴行死のスマホ撮影
-
米露の対立「解消」から「管理」へ 両国の思惑
深掘り
あわせて読みたい
-
特集 東京オリンピック
-
連載 特集ワイド
あなたにおすすめ
-
ため池、身近に潜むリスク 江戸時代にさかのぼる「困難」も
6/28 5:59 深掘り -
東京オリンピックの分岐点
/8 コロナ対策、観客判断先送り「IOCは何でも決められる」
6/28 22:30 イチオシ -
赤木ファイル開示「重複省いた」 麻生氏発言、事務方が撤回
6/25 3:10 -
-
「私だって人間。死刑は怖い」筧千佐子被告 判決前に動揺も 記者に語る
6/29 3:45 深掘り -
東京など2~4週間延長へ まん延防止、政府検討 五輪無観客論も
6/29 7:13 -
「システムエラーです」 バイトの優しいうそが特殊詐欺被害防ぐ
6/27 20:15 -
香港の民主活動家・周庭氏、Facebook閉鎖 理由明かさず
6/29 6:30 -
千佐子被告との一問一答 拘置所で語った本心は 青酸連続殺人事件
6/29 3:46