先制不使用宣言と日本の核政策

先制不使用宣言と日本の核政策

田窪雅文 『軍縮問題資料』1998年11月号より

先制不使用宣言に反対する日本

近年、核廃絶に向けた措置の一つとして、核保有国に先制不使用宣言をするよう求める声が大きくなっている。先制不使用宣言は、核攻撃をかけられない限り核兵器を使わないと約束するものである。たとえば、オーストラリア政府が主催した「核廃絶に関するキャンベラ委員会」は、1996年8月14日に出した報告書で、核保有国が直ちにとるべき措置の一つとして、核兵器の先制使用をしないとの核兵器国間での合意と、非核保有国に対する不使用の約束、を挙げている。また、今年6月9日に、ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、スロベニア、南アフリカ、スウェーデンの八カ国が出した『核のない世界に向けて--新しいアジェンダの必要』という宣言でも、第14項で同様の提言をしている。

日本は、この先制不使用政策に反対の態度をとっている。実は、八カ国の宣言に加わらなかった理由の一つが、この第14項であったことを外務省は明らかにしている。米国がそのような政策をとると日本の安全保障に外務省として責任を持てなくなるという。だが、米国による先制不使用政策がどのような場合に日本の安全保障を脅かすことになるのかについては説明していない。政府は、具体的な説明をする責任がある。以下、日本の核政策についての議論を深めるために、先制不使用問題について検討しておきたい。

日本の安全保障に必要な核の傘とは

先制不使用という言葉は、no first useの訳語である。核攻撃を受けていないのに先に核兵器を使うのが先制使用(first use)である。戦場での使用も含むもので、先行使用、第一使用などとも訳される。これに対して、第一撃(first strike)は、敵の核戦力全体に一斉に攻撃を仕掛けて、報復攻撃ができないようにしようというものである。こちらは、先制攻撃(preemptive strike)とも呼ばれる。

冷戦が終わったいま、米国では、核の分野における最大の危険性はロシアとの意図的な核戦争ではなく、偶発的な核戦争や核拡散の問題だとの意識が高まっている。このような危険を阻止する措置の一つとして、先制不使用宣言をするべきだとの主張がなされている。米国科学アカデミー(NAS)の「国際安全保障・軍備管理委員会」が昨年出した『米国の核兵器政策の将来』は、他国が核兵器を取得しようとするインセンティブを減らすためにも「米国の核兵器の唯一の目的は米国及びその同盟国に対する核攻撃を抑止することだと発表して、核兵器の先制不使用を公式の宣言政策として採用すべきである」と主張する。軍備管理軍縮局の局長を務めた経歴を持つウイリアム・バーンズが中心になって作成した同報告書は、また、次のように述べる。「核不拡散が高い優先順位を持ち、核保有国の側の核拡散防止条約(NPT)の第六条へのコミットメント[核軍縮に向けた誠実な交渉の約束]が核不拡散体制支持の国際的コンセンサスを維持する上で決定的に重要となっている冷戦後の時代においては、米国による先制不使用の誓約は核拡散の理由と口実をともになくすのに役立つ。」また、NATO南部軍司令官を務めたこともあるスタンスフィールド・ターナー元CIA長官は、近著の中で、「我々の権益を守るために先制使用の権利を保持することによって、我々は他の国に核兵器を獲得する権利を与えまいとする我々の努力を直接台無しにする」ことになると述べている。そして、核兵器国による先制不使用宣言の後、先制使用禁止条約を締結することを提案する。

このような議論の中で、もっとも心配されている問題の一つは、米国の核の傘の中にいる同盟国が核武装に走りはしないかというものである。たとえば前述のNASの報告書は次のようにいう。「米国とその同盟国の通常兵器の軍事的優位が基本的に脅かされない限り、先制不使用政策の大きな利点は、その小さなリスクを上回るだろう。ただし、NATO、韓国、日本との間で適切な政治的基礎準備が達成されるものとする。」また、前大統領特別代表(軍縮担当)のトーマス・グレアムも、米国が先制不使用宣言をすると、自らの安全が保障されなくなったと感じた日独が核武装するのではとの懸念がワシントンにあり、それが米国の先制不使用宣言に向けた動きの障害になっていると述べている。グレアム自身は、日本の核武装について心配しているわけではないが、米国の政策を変更させるために日本が先制不使用宣言の支持を表明することが重要だと主張する。

日本が米国に先制不使用宣言を呼びかけるべきだとの要請に対する日本の外務省の応えの一つは、日米安全保障条約で米国に守られている状況からいって、日本は米国が使用する兵器について注文をつけられないというものである。それでは米国が自発的に先制不使用宣言をした場合には、それに反対しないし、そうなっても日本独自の核武装を考えるようなことはしないとの立場を明らかにすることはできるのだろうか。筆者は、今年の4月末から5月にかけてジュネーブでNPTの再検討会議が開かれた際、この問題を念頭に、米国の「環境・エネルギー研究所(IEER)」のアージュン・マキジャニ(インド人)およびドイツの「ベルリン大西洋安全保障情報センター(BITS)のオリバー・マイヤーとともに『NPT第六条の軍縮の目標を達成するためのいくつかの短期的措置』という文書を起草し、各国の大使らに配布した。この文書は、今年の準備委員会が、締約国にいくつかの具体的措置をとるよう勧告すべきだとするもので、その第一項は次のようになっている。「締約国である各非核兵器国(以下非核兵器国)は、締約国である核兵器国(以下核兵器国)が先制不使用政策を採用しても、それは自国の安全保障に反するものではなく、それによって自国の安全保障が脅かされることはないと、一方的宣言を行うべきである。とくに、私たちは、核兵器国と同盟関係にある日本、ドイツその他の非核兵器国がこのような宣言を1999年準備委員会までに行うよう求める。」この文書には世界各国のNGOの関係者30人が署名した。その中には、1968年にNPTを締結する際に米国代表団で中心的な役割を果たしたジョージ・バンも入っている。文書を見たジュネーブの日本代表部は、このような宣言はとてもできないという。核戦略は核兵器国が考えることであって、非核保有国がイニシアチブをとるような問題ではないと主張する。

だが、どうも日本政府は米国にものが言えないのではなくて、日本政府自身、先制使用のオプションを残すことを望んでいるようである。ここで、まず、核兵器に対する日本政府の基本的立場を理解しておく必要がある。

国際司法裁判所で核兵器の使用及び使用の威嚇について審議が行われた際、日本は核兵器は実定法に違反するとは言えないとする文書を提出することを検討した。多くの国民がこれに驚き、怒りを表明した結果、政府はそのような文言を削除した。だが、核が国際法に違反しないというのは、それまで秘密にされていた判断というわけではない。日本政府は、以前から日本が核を保有しても憲法に違反しないといっていたのである。たとえば、1957年に当時の岸首相は、次のように述べている。「名前が核兵器とつけば、すべて憲法違反だということは正しくない。・・・攻撃を主目的にするような兵器は、たとえ原子力を用いないものであっても憲法では持てない。ただし核兵器はどんなものでもいけないかといわれると、今後の発達をみないと一概に言えない。」そして、今年の6月17日には、大森政輔内閣法制局長官が、参院予算委員会において、この自衛のための核兵器の保有は可能とする政府見解を繰り返し、「その見解をベースにすれば、わが国を防衛するために必要最小限度にとどまるなら(使用も)可能であろうということに論理的にはなると考える」と述べている。

このように憲法上も可能な核保有・使用を政策として放棄した日本政府としては、米国の核の傘に頼っており、その中には先制使用のオプションも含まれるということである。数年前、ニューヨークの国連の日本代表部における反核活動家らとの話し合いの中で、あるジュネーブ駐在の日本の外交官は、日本を守るために米国が核の先制使用をする場合にはそれを支持すると発言している。また、今年八月五日に広島で開かれたパネル討論に出席した外務省の軍備管理軍縮課の森野泰成主席事務官は、冒頭で触れた八カ国の宣言の中の先制不使用に関する項目について次のように述べている。「先制不使用を約束してしまった場合、核の抑止力の効果がかなり薄れてしまう。日本の安全を守れるのだろうかという懸念を強く持っている。・・アメリカと日本が先制不使用を約束したとしても、ほかの国が本当に先制不使用を守ってくれるのだろうかという問題がある。」

ここで核抑止について整理しておこう。核を使った報復をするぞと脅すことによって敵の攻撃を未然に防ぐ核抑止には核保有国自身を守るための基本抑止と、同盟国を守るための拡大抑止がある。後者が核の傘と呼ばれるものである。核の傘はさらに二つの種類に分けることができる。核兵器による攻撃からだけ守る核の傘と通常兵器による壊滅的な敗北を防ぐ核の傘である。ジュネーブ軍縮会議(CD)の元米国代表ジェイムズ・レナードは、前者を核の傘A、後者を核の傘Bと呼んでいる。1952年リスボンにおけるNATO閣僚会議で圧倒的なワルシャワ条約軍の通常戦力に見合ったNATO軍の増強が決まったものの、その負担についての不満が高まる中、米国の核戦力の優位で全般的均衡を達成する方針に変わっていく。これが核の傘Bの発端だった。米国は冷戦終焉後、ヨーロッパの同盟国のために核兵器を使用するのは「最後の手段」としてであることを強調しているが、先制使用の可能性そのものはまだ放棄していない。ソ連の方は、1982年6月に先制不使用宣言をしていた。だが、93年11月、ロシアは、NATOに対する通常兵器の劣性を理由に先制不使用宣言を撤回してしまった。(現在「核保有国五カ国」の中で先制不使用宣言をしているのは中国だけである。)核の傘Bは、「極東では、第七艦隊や韓国における核の存在[現在は撤退]によって暗に示されていたが、公式で明示的なものではなかった。ただし、米国の高官がときどき誤って、あるいは、意図的に口を滑らせるということがあった。」とレナードはいう。ただし、冷戦中でも、核の傘Bの下で米国が実際に先制使用をする可能性があったかという問題になると、米国のマクナマラ元国防長官や何人かの米英の退役将軍らが、極めてひどい戦況においても核の先制使用に反対しただろうと述べている。

先制不使用宣言は、核の傘Bを核の傘Aにすることを意味する。核の傘の放棄ではない。(核の傘からの脱出や非核地帯については別に論じる必要がある。)日本政府は、ロシアや中国との紛争において、核による報復の可能性を承知の上で米国による核の先制使用のオプションを残しておくことが日本の安全を高めると考えているのだろうか。「他の国が先制不使用を守らなかった」場合には、核による報復があり得るという核の傘Aが抑止力として残っているはずで、日本政府にとってなにが問題なのだろうか。核の傘Bを要求するというのは通常兵器の脅威がある限り核の威嚇が必要ということで、核兵器を積極的に支持する立場である。

狙いは北朝鮮か?

日本政府の核政策は北朝鮮の「脅威」を主に考えたものなのだろうか。前述のNASの報告書は、北東アジアの状況について次のように述べている。「北朝鮮の通常兵器の脅威はきわめて現実的なものだが、米国は、朝鮮半島における抑止・戦争遂行目的を、核兵器に頼ることなく達成できる。日本に対する米国の安全の保障は、核不拡散の面で特に重要である。核兵器に対する日本の嫌悪感は深いが、日本は明らかに核兵器を取得する技術的能力を有している。日本が核兵器を持てば、アジア太平洋地域をきわめて不安定にし、核不拡散体制にとって大きな打撃となる。しかしここでも、この地域における米日、米韓の通常戦力の強さからして、また、米国の核の脅威を北朝鮮が核兵器取得の口実にしていることからして、核の先制使用の威嚇は、この地域のおける米国及び同盟国の安全保障にとって不必要であり、また、逆効果をもたらすものである。」

1994年10月21日の『枠組み合意』において、米国は、北朝鮮に対して核兵器の使用を行わず、核兵器による威嚇も行わないと約束している。また、米国は、非核保有国には一般に核攻撃をかけないという「消極的安全保障」宣言を行っている。だが、米国の政策には不確かな部分が残っている。国家安全保障会議のロバート・ベル国防政策軍備管理担当上級ディレクターは今年2月18日の講演で消極的安全保障を次のように説明した。「米国、同盟国、あるいは米軍を攻撃した国が核の能力を持った国である場合、NPTあるいはその他の同等の取り決めを遵守していない場合、または、核能力を持った国と共同で我々を攻撃した場合」以外は、米国は核を使用しないというものである。これは、基本的には、78年にカーター政権が表明したものや95年のNPT再検討・延長会議の直前にクリントン政権が表明したものと同じである。だが、これまではNPTあるいは同等の条約の締約国でない場合という表現になっている。遵守していない場合という表現は、『枠組み合意』の説明でも使われている。この範疇には現在イラクと北朝鮮が入るのだろう。つまり北朝鮮には核の先制使用があり得るということだろうか。

昨年11月に出された大統領決定命令PDD60(秘密文書)が、化学兵器や生物兵器の攻撃に対して核兵器を使用することを決めたものだとの批判がでているが、ベルは講演の後の質疑応答で反論した。「大量破壊兵器(WMD)の貯蔵・生産施設をねらって破壊するのに核兵器を使う計画も意図も、政策もない。米国は、大量破壊兵器の貯蔵・生産施設を攻撃する能力という点であらゆる通常兵器のオプションを持っている。ただ、紛争において敵がこのような兵器を使った場合はこれとは別で、その際には消極的安全保障の方針が当てはまる。」

ただし米国はこれまで、化学兵器に関して高官が矛盾する発言を繰り返しており、意図的に曖昧さを残しているようである。たとえばジェイムズ・ベーカー元国務長官は、回顧録のなかで「イラクによる化学兵器あるいは生物兵器の使用は戦術核兵器による報復をもたらす可能性があるとの印象を意図的に残した」と述べている。また、上院外交委員会における化学兵器禁止条約に関する公聴会(1996年3月28日)においてペリー国防長官(当時)は、条約を支持する立場から、化学兵器による攻撃に対して化学兵器で報復する必要はないとして次のように述べている。化学兵器に対する報復としては「さまざまなものが検討されるだろう。・・・我々には、通常兵器があるし・・・そして、我々には核兵器がある。」また、ベルは、96年4月11日、アフリカ非核地帯条約(ANWFZ)に関して、条約は「ANWFZの締約国による大量破壊兵器を使った攻撃に対して米国が使えるオプションに制限を加えるものではない」と主張した。さらに94年の「核態勢の見直し」の説明の中で、ドイッチェ国防副長官は、化学兵器・生物兵器の「使用を考慮している国」は、米国の核戦力を「計算に入れなければならない」と述べている。

日本政府もこの曖昧さを意図的に残し、北朝鮮などに不安を抱かせておくのが得策と考えているのだろうか。あるいは、曖昧さの政策をとる米国に気兼ねしているだろうか。1994年に日本が国連総会に究極的核廃絶を求める決議案を提出した際、日本は米国から抗議を受けている。この決議案は世界各国の反核NGOの間では、もっと強い調子の決議案を出し抜くために提出されたものだと批判があった。だが、米国のレドガー軍縮大使は、「米国と日本の間にあるような安全保障の取り決めにおいては、当然のこととして期待されることがいくつかある」と田中軍縮大使のとの会合で怒りを露にしたとワシントンポストが報じている。日本政府には、この記憶があるのだろうか。いずれにせよ、核の傘Bを要求して核の有用性を強調し続けるのが日本の安全保障にとって好ましいとする合意が与党内部にあるのだろうか。国会の多数を占める考え方なのだろうか。開かれた議論が必要である。

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