池上彰の「プーチン解析」「暴挙の始まりは2006年だった」

池上彰の「プーチン解析」「暴挙の始まりは2006年だった」

2022-05-11 05:00

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開戦から二カ月半、苛烈さを増す「プーチンの戦争」。侵攻開始のはるか前から何度も連載コラムで取り上げてきた池上氏が語った注目すべき点。そして、意外な面々が名指しされた「ロシア入国禁止リスト」の裏側とは――。
 小誌連載をまとめた「独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか」(五月十六日発売、電子版は先行発売中)を緊急出版したジャーナリストの池上彰氏(71)。じつは池上氏は二〇一四年から、プーチンの干渉で緊迫するウクライナ情勢を頻繁に取り上げてきた。池上氏がプーチンを“徹底解析”する。
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 まさか、二十一世紀にこんな戦争が起こるとは――。今回のウクライナ侵攻には大きな衝撃を受けました。
 しかし、ロシアをめぐって「今の時代にこんなことが」と衝撃を受けたのは、これが初めてではありません。最初の出来事は一四年。プーチン大統領がウクライナ領だったクリミア半島にロシア軍の特殊部隊を派遣し、あっという間に奪ってしまったときでした。
 じつはクリミア半島には以前から注目していました。それは、帝政ロシア時代からの要衝・セバストポリ軍港があるからです。
 ソ連は長年の間、ここに黒海艦隊を駐留させていました。ところがソ連が崩壊してウクライナが独立国となると、ソ連の黒海艦隊の帰属をめぐり、ウクライナとロシアの間で対立が起きた。結局、一九九七年五月に結ばれた協定により、ロシア海軍とウクライナ海軍に“分割”されました。
 しかし、セバストポリは黒海への玄関口。冬には周囲の海が凍ってしまうロシアにとっては、喉から手が出るほど欲しいはずの不凍港です。いずれロシアはセバストポリを「ロシア海軍の基地にしてほしい」と言い出すはず。そうなれば、ウクライナとの対立の火種になりかねない――。そう危惧していました。
 実際、併合前のクリミア半島に取材に行った際にセバストポリも訪問しましたが、そこではロシア海軍とウクライナ海軍の艦船が並んでいた。「こんな状態がいつまでも続くはずがない」と感じました。一四年、その懸念が現実のものとなってしまったのです。
 一方で、併合後の一五年にクリミア半島に取材に行くと、意外な光景がありました。セバストポリ市内に住む四人家族に話を聞くと、こんな答えが返ってきたのです。
「生活費は前よりかかるようになりましたが、収入が格段に増え、医療費が無料になって、暮らしは前より楽になりました」
 ウクライナでは医療費がほぼ全額自己負担だったのに対して、併合後は無料に。給料や年金も約三倍に増えたというのです。ロシアがクリミアの住民に対して、「ロシアになると、こんなに良いことがあるぞ」と“買収作戦”を繰り広げており、それが功を奏していることが分かりました。
 ロシアが武力によってクリミア半島を占領したのは許されざることです。しかし、住民の中には満足している人たちもいる。現地に行かなければ分からなかった皮肉な現実でした。
 ただし、インタビューに「ロシアになって良かった」と答えるのは、ロシア系の住民です。これに対して、クリミア半島の全人口の約一割にあたる二十五万人の先住民族・タタール人の反応は違いました。彼らはマイクを向けても黙ってしまうのです。
 タタール人は第二次世界大戦中、ドイツに協力するのではないかと怖れたスターリンによって全住民が中央アジアに強制移住させられ、多くが犠牲になった歴史を持ちます。そのためロシアには不信感があり、決して併合を望んではいませんでした。
 小学校でタタール人の女子児童に話を聞いたところ、彼女からの返答は終始一貫して、ロシア語ではなくウクライナ語でした。ロシア語を使うのを潔しとしなかったのでしょう。
「観光」で来るところではない
 国際社会からも強い非難を浴びたクリミア併合。しかし池上氏は、プーチンの“暴挙”は、もっと早くから始まっていたと指摘する。
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プーチン大統領
 〇六年十一月、ロシア元情報機関幹部で英国に亡命したアレクサンドル・リトビネンコ氏が、ロンドンで放射性物質「ポロニウム210」を摂取させられ、死亡しました。私は、プーチン大統領の暴挙はここから始まったと捉えています。
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亡くなったリトビネンコ氏
 ポロニウム210は、主にプルトニウムの生産を目的とした原子炉から取り出される物質です。国家的な組織にしかできない犯行でした。
 英国は、ソ連国家保安委員会(KGB)の元職員アンドレイ・ルゴボイを容疑者と特定。ロシア側に引き渡しを求めますが、ロシアは拒否しました。それどころか、ルゴボイはその後、ロシア連邦議会選挙で当選し、国会議員になったのです。ロシアの議員には不逮捕特権がある。こんなことを指図できるのは、プーチン大統領しかいません。
 この事件について、いま自戒も込めて痛感していることがあります。当時、国際社会がもっと非難の声をあげていれば、今日のプーチン大統領の“暴挙”を抑止することができたのではないか――。ところが実際には、私も含めた大勢の人が「ロシアならそれくらいはやりかねないな」と見過ごしてしまったのです。
 一八年三月には、別の襲撃事件も起こりました。英国南部のソールズベリーで、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の元大佐であるセルゲイ・スクリパリ氏とその娘が、神経剤「ノビチョク」により一時、意識不明に陥ったのです。スクリパリ氏は英国で二重スパイとして働いていたことが発覚し、ロシアで服役後、米ロのスパイ交換の一環で英国に引き渡されていました。
 ノビチョクとは「新米」(駆け出し)という意味で、旧ソ連軍が一九七〇年代から八〇年代にかけて開発した神経ガスです。こんなものを持っているのは軍の関係者だけのはず。実際、英国はGRUの関係者二人が、スクリパリ氏の家のドアノブにノビチョクを塗って殺害しようとしたことを突き止めました。しかし、このときもロシアはこの二人について「単なる観光客」だと主張しました。
 じつは、これはとても苦しい言い訳です。私は事件後、ソールズベリーに取材に行きました。英国南部に位置するソールズベリーは、こう言っては申し訳ないけれど、ロンドンから片道一時間半ほどの片田舎でした。とても「観光」で来るところではありません。
 加えてロシア側は「二人はGRUとは無関係だ」と主張していたのですが、英国の民間調査報道機関「ベリングキャット」の調査で、それが嘘だと明らかになった。するとプーチン大統領は、スクリパリ氏について「母国に対する裏切り者だ」と居直るような発言をしたのです。
 これではまるで「裏切り者は殺されても仕方がない」と言っているようなもの。さらにプーチン大統領にとっては、「裏切ると、こういう目に遭うんだぞ」という警告の意味合いもあったのかもしれません。
 ノビチョクは、二〇年にロシア国内の反政府活動家、アレクセイ・ナワリヌイ氏の襲撃事件でも使用されました。スクリパリ氏の事件でも国家の関与が疑われていたのに、同じ毒物をぬけぬけと使い続ける、傍若無人の残酷さ。国際社会は、そんなプーチン大統領の行いを、これまで黙認してきたとも言えるのです。
スパイのまま国家元首に
 〇〇年の大統領就任以降、“独裁者”として君臨してきたプーチン。二〇年には憲法改正により自身の大統領任期を二〇三六年まで可能にするなど、長期政権に向けた体制を盤石にしていた。こうした姿と重なるのが、中国の習近平国家主席だ。習主席も一八年に国家主席の任期制限(二期十年)を撤廃。長期政権を可能にした。
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習近平国家主席
 歴史を俯瞰してみると、いまのロシアと中国には共通する特徴があります。かつては絶対的な権力と広大な領土を誇る巨大な帝国だったのに、現代ではすっかり小さく萎んでしまった。そんなときに、長期政権を敷く“独裁者”が現れた、という状況です。
 同じ境遇の二人は、目指す国家像もきわめて近い。それは、巨大な帝国だった時代の栄光よ、再び――というものです。
 習主席は「中華民族の偉大な復興」をスローガンに掲げています。念頭にあるのは、漢民族の国家だった明の時代。当時、コロンブスらの時代より百年近くも前に、鄭和(ていわ)という人物が大船団を組んで南シナ海を開発したことを根拠に「南シナ海は明の時代から中国のものだった」という主張もしている。
 プーチン大統領の場合は帝政ロシアです。今回の侵攻についても「ウクライナはもともと帝政ロシアのものだったではないか」という本音がチラつきます。
 この観点で世界を見渡してみると、もう一人、肩を並べる“独裁者”がいます。
(続きは「週刊文春」でお読みください)
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