貧しくても人と人が支え合う。日々の生活は苦しくても、何とかやっていける。そこにはそんな希望があるはずだ。

しかし、人のつながりが薄れた今、生活の困窮は、孤立を生み、あきらめをもたらす。

埼玉県の利根川で昨年11月末に起きた事件はそんな状況を示す出来事だった。

■届かなかった支援

高齢の両親を乗せて、40代の娘が車で川に入っていった。両親は遺体で見つかり、娘は殺人などの容疑で逮捕、起訴された。警察などの調べに対し、娘は「生活苦や母親の介護の疲れで、一緒に死のうと思った」と話した。

一家に何があったのか。

埼玉県北部に位置する深谷市。静かな住宅街の一角にある平屋建ての古い借家で、一家は暮らしていた。

81歳の母親は約10年前から認知症の症状が出始めたという。「深夜や早朝にお母さんの話す声がよく聞こえました。昼夜逆転の生活で、ご家族は大変だったでしょうね」。通りに面した部屋の中の「異変」は、近所の人たちも感じていた。

働きに出ていた47歳の娘は、母の症状が重くなった約3年前に仕事をやめた。同じ頃「ごみ掃除の当番をするのがきついのでやめさせてほしい」と自治会を抜けた。

この間、一家は介護保険のサービスを全く利用していない。暮らしは、74歳の父親が新聞配達で支えていた。その父が病気で働けなくなって、娘が初めて市役所に生活保護や介護保険の相談に訪れた。事件の直前、11月2日のことだった。

市の担当者は「支援に向けて動いていた矢先のことで本当にショックです。もっと早く対応できていればとも思いますが、困っている人たちをどう見つけたら良いのか」と今も悩む。

■多様に広がる困窮

今、貧困や生活の困窮は世代を超えた広がりを見せる。

政府の社会保障国民会議の議論などにかかわった宮本太郎・中央大教授は「高齢世代だけでなく、非正規雇用の働く世代やひとり親家庭、子どもの貧困など、生活困窮があらゆる世代に広がり、要因も複合化している」と指摘する。

国民会議は3年前の報告書で「高齢世代中心」から「全世代型」への社会保障の転換、「雇用」「低所得者・格差の問題」に取り組む重要性を指摘した。 15年度からは、新たな「生活困窮者自立支援制度」も始まった。生活保護、介護など分野ごとで縦割りになっている行政の相談窓口を一本化し、広く支援することを目指している。

時代に対応し切れなくなった制度の見直し、社会保障の立て直しが必要なことは言うまでもない。

だが、どんなに制度を整えても、届かなければ、ないのと同じだ。支援を行政任せにすることにも限界がある。

孤立して追い詰められていく人たちを広く包み込む道を考えねばならない。

大阪府豊中市もそんな模索を続ける町の一つだ。市社会福祉協議会の「コミュニティーソーシャルワーカー」(CSW)と呼ばれる専門職を活用して、「SOSを出せない人」「制度のはざまで困っている人」の問題に取り組む。

商店街の空き店舗や学校の空き教室を利用した「福祉なんでも相談窓口」で地域の情報にアンテナを張る。民生委員や地域包括支援センターの職員などと一緒に戸別訪問もする。

取り組みを通し、老老介護で共倒れになりかけていた夫婦、定職につかず引きこもる若者、ゴミ屋敷状態の独り暮らしの人などを見つけては、必要な支援につなげてきた。

■「待ち」からの脱却

最初のCSWとして関わってきた勝部麗子さんは「保険料の滞納があるとか、負い目があると相談には行きづらい。自分がどんな問題を抱えているかうまく説明できない人もいる。でも待っているだけではどんどん後手に回って、生活を立て直すのも難しくなる。早く支援につなげることが大事です」と話す。

それでも孤独死は起きるし、生活の困窮が解消するわけでもない。即効薬はない。

が、勝部さんは言う。「課題を解決できると『ほかにもこんな人がいる』と情報が集まるようになる。積み重ねが地域の発見力、解決力を高めるのです」

豊中以外でも、例えば引きこもりの人への支援を続ける秋田県藤里町の取り組みがある。模索は各地で続いている。

こうした活動は、行政の機能を補強する取り組みでもある。地域と行政の協働が広がれば、相談が来るのを待っているだけでは漏れてしまう人たちに支援が届くようになるはずだ。

行政任せでない、地域任せでもない。双方の協働を通して孤立を乗り越える。孤立を越えれば、希望も生まれる。そんな取り組みを一歩ずつ進めたい。