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インド仏教界頂点の僧侶 佐々井秀嶺さんに日本はどう映る by limitlesslife
August 14, 2017, 10:28 pm
Filed under: 戦争(責任、賠償、禁止), 仏教
年に1度の大改宗式で。インド人僧を従え、しわがれ声を響かせる(撮影・白石あづさ)
年に1度の大改宗式で。インド人僧を従え、しわがれ声を響かせる(撮影・白石あづさ)
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インド国籍を取っても心に武士道

仏教発祥の地でありながら、ヒンズー教徒が圧倒的多数を占めるインド。しかし、近年、爆発的に仏教徒が増えている。そのインド仏教界の頂点に立ち、育てたインド人僧と共に民衆を指導するのが、実は81歳の日本人だ。青年時代、生きることに悩み自殺未遂を繰り返したが、山梨県の大善寺に拾われ、僧となった。半世紀前からナグプールを拠点に仏教復興と不可触民(カーストにも入れない最下層民)の解放に取り組んでいる。インド仏教1億5000万人の頂点に立つ高僧に、今の日本はどう映るのか。

――インドを訪れたのが1967年。半世紀近くも帰国せず、仏教の復興と最下層の人々のために戦い続けてこられました。

渡印する2年前、仏教の交換留学生として、高尾山の薬王院から信仰のあついタイに渡ったんだ。民衆は貧しいのに、食べ物や生活用品などたくさんの寄進をしてくれる。真面目に修行もしたが、そんな恵まれた環境がかえって良くなかった。コカ・コーラを1日で20本も飲んで、アル中ならぬコカ・コーラ中毒に。そして中国娘と恋に落ちたり、タイ美人に迫られたりと女に溺れ、恥ずかしくて日本に帰れない。そこでインドに旅立ったのです。

  ――逃げるようにしてインドに向かったのですね。

そうです。インドの日本山妙法寺の八木上人の下でお世話になり、1年後に帰国を考え始めたころ、突然、枕元に大乗仏教の祖、龍樹菩薩が現れ、私に「南天龍宮城へ行け、南天鉄塔もまたそこに在り」と伝えると姿を消したんだ。

――日本語の夢だったのですか?

日本語だけど夢じゃないよ、ものすごい強い力で肩を掴まれ動けないんだから。上人に聞くと「龍はナーガ、城はプール……インドのど真ん中にあるナグプールのことではないか?」と。くしくも、そこは、アンベードカル博士(仏教復興運動の指導者)が亡くなる2カ月前に、10万人をカーストのない仏教に改宗させた地。アウトカーストである不可触民解放に力を注ぎ、新憲法を制定したインドの偉人だ。当時の私は博士の名前も知らなかったが、お告げといい、何か宿命を感じざるを得ない。

■「日本は仏教国。戦争はいかん」

――当時のナグプールはどんなところでしたか?

仏教徒の多い地区に行ったんだが、バラックのような建物が並んで治安は最悪だった。当時は、カーストのない仏教に改宗しても、貧しいまま。何千年も前から触れたら汚れると虐げられてきた人々だ。博士が急に死んでしまって、皆、どうしていいか分からない。私が裸足でお題目を唱えて街を歩くと、突然やって来た日本人にびっくりして「何だ、こいつは?」と石を投げつけることもあったが次第に聞いてくれるようになってな。

――佐々井さんが来てから街は変わりましたか?

そりゃ、変わったよ。私は「学びなさい。お金がないなら、親が1食ぬいて子供を学校にやりなさい」と。学校に養老院、孤児院、それに迫害されたときに皆で団結できるよう組織もつくった。希望ができると人は見違える。インドの子はよく勉強します。その子たちも大人になると稼いだお金を出し合い、また地域に学校をつくる。今では本当に街がきれいになり、治安も良くなった。

 ――日本の戦後からの復興のようですね。しかし、今、日本では「共謀罪法」が成立したことで、再び、戦争へ近づいているのではないかと国民は心配しています。

私は普段、インドで暮らしているので、日本の政治の詳しいことはあまり分からない。ただ、当時と違い、日本国憲法は言論の自由や戦争反対をうたっているので、第2次世界大戦前後のように憲兵が人々を引っ張っていくような事態にはならないだろうが、私も小さい頃に経験した戦争は、ほんとうにひどいものだった。日本は仏教国だ。仏教は自由を尊重し、博愛主義。戦争はいかん。戦争を経験した世代は悲惨さを伝えてほしい。

小さな寺院の式典に招かれ、花びらの上を歩く(撮影・白石あづさ)
小さな寺院の式典に招かれ、花びらの上を歩く(撮影・白石あづさ)
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人として大切なのは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌

――東日本大震災の折には、被災地域を回ってお経を上げられています。福島も訪れたそうですね。

今もその被災地の光景を思い出します。家族がバラバラになって、津波や原発で今も戻れない土地も多く、何かあった時に一番困るのは一般市民。日本列島は火山帯であり、また大地震が起きないとは限らない。政府の人はよく考えてエネルギー問題に取り組んでもらいたい。

――震災の前年から年に1度、帰国されていますが、3年前、ニコニコ動画に出演されたのがきっかけなのか講演会には若い方が目立ちますね。

それは私が大変に苦しみ、悩んで悩んで生き抜いてきたのが、若者に伝わるからだろう。そして「この坊さんは嘘をついてない。心から私たちの行く道を心配している」と。講演が終わると大勢の人が並んで、この老僧に「握手をしてください。力をください」と手を差し出す。ただ、悩みを私に聞いて欲しい若者もいるのだが、一人だけに時間を割くわけにいかない。あとから思い出して、私はなぜ救ってやれないのだと苦悶することもある。

■日本の寺はお金儲けの株式会社のよう

――今、日本では、世界の共通語となったKaroushi(過労死)の問題がクローズアップされています。若い頃、人生や恋に悩み、自殺未遂を3回されていますが、人は苦境に立った時、どうしたらいいでしょうか?

人はそれぞれ使命を持って生きておる。しかし、毎日、満員列車に揺られ会社に長時間、閉じ込められては心が機械人間になり、これが生涯続くのかと絶望してしまうのだろう。子供がいれば会社も辞めることができない。昔、お寺は悩みを抱える人々の駆け込み寺で、お寺に行けばなんとかしてくれる、そういう場所だった。こんな私も、自殺を図りそこねて、さまよい倒れた時、寺の住職に助けてもらい僧となった。残念ながら、今の日本の寺は昔と違って、お金を儲ける株式会社のようだ。お布施を集め、自分たちの生活ばかり考えている。しかし、本当にいい僧もいるから探してほしい。あとは過去の偉人たちの伝記をたくさん読むことだ。本には人生のヒントがたくさんある。

――インドの僧と日本の僧はだいぶ違いますか?

インドではお坊さんを生かすも殺すも民衆が決める。つまり、このお坊さんは私たちに必要だから生きてほしい、だから食事を与えよう、お布施を出そうとする。私利私欲や執着を捨て、民衆の中に入り、菩薩道に邁進し、人々を助けるのが本来のお坊さんの姿だ。まだ未熟な坊主も多いが、インドでは一生、結婚しないと覚悟して出家するから、それなりに頑張っておるのではないか。

――御年81歳。かつて10万人程度だった仏教徒が1億5000万人に。後進も育ち、我が人生に悔いなし、という心境でしょうか?

わっはっは、私の後を継げるやつなどおらん、男一代で終わりだ。だから、まだ死ぬことができん。世界中の仏教徒にとって悲願であるブッダガヤーの大菩薩寺を取り戻すまでは。お釈迦様が悟りを開いた仏教の大事な聖地だが、今はヒンズー教徒の手にあり、仏教徒は入ることもできない。首相官邸前で数万人規模のデモを決行したり、私が命懸けでハンストをしたりと、長年、闘争してきたがダメだった。そこで5年前、最後の望みをかけ裁判を起こした。しかし金がなく、高等裁判では、いい弁護士をそろえられず負けてしまったが、早ければ今年中に最高裁で争うことになる。

  ――反対派や人気を妬んだ人から何度も暗殺されかかったとお聞きしました。80過ぎてもなお、異国の地で奮闘する力はどこからくるのですか?

私はもうインド人なんだ。不法滞在だと逮捕された時、60万人の署名運動によってインド国籍を取ることができた。しかし、心にはいつも武士道がある。里見八犬伝を読んだことはないか? 人として大切なのは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌だ。私を生かしてくれたインドの貧しい人たちを見捨てて、日本に帰ることはできない。日本男児たるもの、命を懸けて民衆を導き、使命を全うしてインドの大地に骨をうずめる覚悟だ。

(聞き手=ジャーナリスト・白石あづさ)

▽ささい・しゅうれい 1935年8月、岡山県生まれ。33歳でインドに渡り、布教や仏教の聖地ブッダガヤーの大菩薩寺の奪還闘争などに尽力。87年、インド国籍取得。長年の功績が認められ、2003年、インド政府少数者委員会によってインド仏教の代表に任命される。

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