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「医職住」の相談を受けるNPOの「アイザック」誕生 by limitlesslife
April 7, 2016, 12:53 am
Filed under: 健康・病気
「むら」のカルテ3  心のケア 魂のケア

「医職住」の相談を受けるNPOの「アイザック」誕生

私の住む信州の山のむらの近くに中込(なかごみ)という街がある。
かつて「佐久の上海(シャンハイ)」といわれたほどのにぎわいを見せていたそうだが
、今でも軒を連ねる風俗営業の店の数に名ごりが見受けられる。

10年前、私が臼田(うすだ)町の佐久総合病院に勤務していたころ、
日本はバブルの真っ只中にあった。
そして、中込駅の周辺や、これも近くの小諸駅のまわりに、数多くの外国人労働者や女
性が働く場を求めて入ってきていた。
多くは東南アジアや南米からの方々だった。

そんななかで女性は、たいていが風俗営業の店で働く人たちで、ホステスとして働く
者もいれば、店を任されて、何人かの同郷の女性を使う立場にある人もいた。
男性の労働者は、といえば、その少し後には長野冬季オリンピック景気による
工事現場で働く者が増えていったのだが、当時はまだ風俗営業店に勤めている人が多か
った印象がある。いわゆる、ホストである。
これは後になって知ったことだが、外国人女性たち、特に風俗営業店で働く女性たちの
憩う場として、同国人の男性が働くホストクラブが、あちこちに点在していたのである

あるとき、私は臼田駅の待合室にたむろしている、ボリビアの日系人たちと知り合い
になった。
そして、片言のスペイン語によっていろいろと会話を交わすうちに、
彼らのために私塾のような日本語学校を開くことに決めた。

もちろん、私には彼らのスペイン語を十分に理解する力はない。
そこで、近隣の学校教師で、スペイン語のわかる人を探し出し、近所の教会を借りて、
月に二度の授業を行なうようにした。生徒は十数人である。

彼らとの付き合いがご縁になって、後にボリビア人女性がクモ膜下出血によって佐久
病院に救急車で担ぎ込まれたさい、その一人が通訳ボランティアとして
活躍してくれたことがあった。

小諸に住む横田さんという男性が、そうした私のささやかな活動を知り、連絡してき
たのは、1990年の冬だったと思う。

横田さんは、タイ人たちが多く暮らす小諸の街で、いろいろな問題がクローズアップ
されてきたことを憂い、彼らの生活上の面倒をみたいと考えていた。
それで、自らタイ語を独学で学び始めたところだった。

横田さんと私、それに何人かの同志が集まり、結成したのがNPO(非営利組織)で
あるアイザック(佐久地域国際連帯市民の会)である。
地元で働くタイ人たちの「医職住」の生活相談を受ける目的でスタートした。

むらの医者は「心のケア」も求められる

その活動は、決して華やかでも派手でもないが、しっかりと現在に至るまで続けられ
ている。
例えば、タイの劇団を呼んだことがある。
タイ人たちの娯楽になると同時に、地元に暮らす日本人にとってもタイの文化を知る手
だてとなってほしいと思ったのだ。

そして、九六年春からは、タイの黄衣の僧侶を日本にお呼びして、タイの仏教の祭り
、行脚、説法などを毎年とり行なっている。

実は、これには私の内科医として体験が大きく関係しているのである。
いっとき、私は佐久病院を離れ、埼玉県の病院で内科の修行をしていたことがあった。
そこで、HIV(ヒト免疫不全ウィルス。エイズの原因になる)感染により肺結核を発
症した、やはり日本に働きにきていたタイ人の女性患者を担当したのだ。

私は彼女に尋ねた。
何かできることはないか、と。
すると、彼女は、タイのお坊さんに会えなかったことが残念です、と言って亡くなった
のである。

この出会いと別れこそ、私にとって、本来の意味での「心のケア」とはどのようなも
のなのかを考え直すきっかけになったものだ。

私たちは常になにかしら心の拠り所を求めている。
とくに、病に倒れたときなどは、それを強く求めるようになるだろう。

医師という存在は、都会の人間にとっては「科学者」あるいは「技術者」としての存
在であろうか。
医師もまたそのような顔で患者に接する。
しかし、むらにおいては、現在でも、話は異なっている。
医師にはある種のカリスマ性が求められているのだ。
病気そのものの治癒だけでなく、病を得た人の「心のケア」に取り組むことも要請され
ているわけである。

もちろん、一人の若い医師の取り組みには限界がある。
心のケアを施す人なり組織なりが必要であること、痛いほど感じ始めていたころであっ
た。

タイ人女性の、「僧侶に看取られたい」という願いは、南方仏教における「魂のケア」
のありようを垣間見させてくれたのである。

多くの人の協力のうえに、タイから友人の僧侶が来日した。
このとき、お坊さん方にはタイ人の多く住む地域を巡りつつ、
善光寺までを歩く「頭陀(ずだ)旅行」に取り組んでいただいた。
何人ものタイ人たちが、僧侶のやって来ることを心待ちにしており、
僧侶と対すると実に安らかな表情を浮かべたのである。
その表情は、どこか、むらのお年寄り方が医師に期待しているまなざしと、
同じもののように思えた。

小さなむらに暮らしていても、実に多くのことが見えてくる。
時間をさかのぼり、日本の近世、さらには中世あたりまでを肌で感ずることがある。
あるいは、日本という枠を越えて、東南アジアや中国大陸に暮らす人々の心のありよう
が伝わってくることもある。

こうした出会いは、輻輳(ふくそう)する情報に飲み込まれがちな都会にあっては、
見えづらいものなのかもしれないな、と感じることがある。

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



by limitlesslife
February 20, 2013, 6:35 am
Filed under: 健康・病気, 汚染 | Tags:

中川譲が亀岡事故判決を語る

 永岡です、朝日放送のおはようコールABCのナットク!ニュース塾、今朝は帝塚山学院教授の中川譲さん(元朝日編集委員)のお話でした。
 亀岡の少年の無免許運転事故、懲役5~8年の判決に遺族は納得していませんが、これ、危険運転致死なら懲役20年、自動車運手致死なら懲役7年、法務省は無免許運転は危険に当たらないというものの、中川さん、本来無免許運転は実在してはならないものであり、法務省は危険運転致死と自動車運転致死の中間の刑罰を作るというものの、本来なら無免許運転も危険運転致死にすべきであり、法の整備の不備を中川さん指摘されていました。
 そして、PM2.5と花粉が合体して、気管支炎などの深刻な被害が出る可能性があると言うのです。中川さん、花粉症問題は林野省の行政の失策、これだけ杉林を増やしてしまったことに問題があり、さらに政府は中国と汚染物質のことで政治交渉をすべきとの中川さんの指摘がありました。そして、今日も政治関係のお話はありませんでした。