Global Ethics


NNAFJ(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン)おしらせ:アジア 脱原発への胎動 by limitlesslife
August 22, 2017, 9:59 pm
Filed under: 原発廃止
NNAFJおしらせ(拡散希望・重複ご容赦)

関西での集会です。お近くの方、ぜひ参加してください

■「アジア 脱原発への胎動
- トルコ、インド、台湾、韓国の原発をめぐる最新事情」

講師:佐藤大介(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン)

核兵器保有国であるインドへの原発輸出を可能にする日印原子力協定が7月20日に発
効しました。インドでは、原発建設予定地の住民の反対運動が広がっています。
一方、台湾では1月に、2025年までに脱原発を実現させることを目指した法案が立法
院で可決され、
韓国でも、新規原発建設の白紙化を掲げる文在寅大統領の下で、2基の新規原発の建
設工事が一時中断されています。
・・・大きく動き出したアジアの脱原発をめぐる状況を話していただきます。

【日 時】8月27日(日)18:30 – 21:00
【場 所】ひとまち交流館 京都第5会議室(京阪清水五条駅下車)
http://www.hitomachi-kyoto.jp/
【参加費】 500円
【主 催】グローバル・ジャスティス研究会
【問合せ】 080-2742-2590

■「脱核への舵を取った韓国の人びと
- 最新訪問報告」

報告:とーち(奥田亮)、佐藤大介

ムン・ジェイン大統領が脱原発宣言をして2か月
マグネチュード5.8の慶州地震を体験したウォルソン原発近くの住民のお話
その原発のPR館の前でテントを張って抗議を続ける方の声
新政権が建設を中断させた新コリ原発5・6号機を間近で撮影
2014年の住民投票で新規原発建設計画を頓挫させたサムチョク

さらに、大統領の核政策ブレインのキム・イクチュン教授、緑の党のイ・ユジンさ
ん、エネルギー正義行動のイ・ホンソク代表らから、情勢と展望を伺ってきた。

「・・・大統領のエピソードを聞いているうち、私も彼が実現可能な脱核の道を模
索しているのだと思えてきた。そしてなにより彼を選択したことで、この国を脱核へ
と向かう舵を握っていることに、人々が改めて気が付いた、
そのことこそが、もっとも重要な脱核への道のはじまりではないか・・・」

【日 時】9月18日(月祝)14:30~16:30(14:00開場)
【場 所】新大阪丸ビル 本館501号室
新大阪駅東口より 徒歩2分  http://www.japan-life.co.jp/
【参加費】700円
【主 催】ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン
【問合せ】 080-6174-8358

**************************************
ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン
http://www.nonukesasiaforum.org/japan/
https://www.facebook.com/nnafjapan

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韓国が脱原発への大転換を表明! by limitlesslife
August 21, 2017, 1:06 pm
Filed under: 原発廃止
知人友人の皆さんへ
    杉浦公昭
平和こそ我が命

 韓国が脱原発への大転換を表明!
                         杉浦公昭

 韓国の文在寅大統領が脱原発に大転換すると表明しています。

脱原発運動を進めている我々も大歓迎です。日本も大いに見習うべきです。

それにはもっと運動を強めなければならないと思います。

 ともあれ、赤旗日曜版8月20日32頁を参照してみて下さい。


   上記記事が見にくい場合は下記から見てみて下さい。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-4a-31/kbdph775/folder/578461/32/18046032/img_0_m?1503272857



8/5 第32回さようなら原発川越デモ・継続は力なり by limitlesslife
August 8, 2017, 2:28 am
Filed under: 原発廃止

知人人友人の皆さんへ
      杉浦公昭
平和こそ我が命

8/5 第32回さようなら原発川越パレード・継続は力なり

2017年08月07日

 8/5 第32回さようなら原発川越デモ・継続は力なり

杉浦公昭
8月5日午後4時から 第32回さようなら原発川越デモが行われ、無事に終りました。
猛暑の中40名が参加し脱原発を訴えて歩きました。
沿道の皆様、応援して下さって、有難とうございました。
そして参加して下さった皆さん、お疲れ様でした。
これからも脱原発を中心にして訴え続けて行きます!
次回 の第33回さようなら原発川越デモは、10月7日(土)15時?です。

その頃は涼しくなると思いますので、多数ご参加ください。
  継続は力なりと頑張りましょう!   (村田さんの報告を参照して記す)



お願いです 小泉純一郎元首相の脱原発講演会(仮称)取組のお願い by limitlesslife
July 11, 2017, 1:18 pm
Filed under: 原発廃止

 

皆さま 「原発さよなら千葉」の永野勇です。
BCCでお送り致します。重複ご容赦下さい。

皆さまへ

小泉純一郎元首相の脱原発講演会(仮称)取組みについてのお願い

 

皆さまの日頃のご奮闘に敬意を表します。また日頃大変お世話になっております。

きょうは、「原発さよなら千葉」の永野 勇 個人としてのお願いです。

さて皆さまもご存知の通り「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟(略称:原自連)」が

去る4月14日に設立され、その顧問に小泉純一郎元首相が就任しました。

設立記者会見の報告をみますと、今後原自連としては、講演会や意見交換会の開催や

政府への提言等を行うとしています。

 

これからの反原発運動は、更に更に大きな輪にするためにより多くの人と手を組んで

いかねばなりません。

そこで、正直異論もあるかもしれませんが、自民党の中で脱原発の中心的人物であ

ります小泉純一郎元首相の講演会を千葉でも実施したいと考え意向打診をしました。

その結果12月4日(月)ならOKであるとの回答(原自連事務局次長:木村結さまより)

を頂きました。

 

この講演会を取組むには、多くの皆さま方のご協力を頂かなければなし得ません。

この企画を成功させるために、幅広く出来るだけ多くの方で実行委員会を起ち上げた

いと考えています。

 

急ではございますが、下記内容で相談会(準備会)を開催致しますので、多くの方の参加

をお願い致します。

なお、資料等の関係で事前に下記連絡先までご連絡を頂けると大変助かります。

なお7月20日は参加出来ないが趣旨にご賛同頂ける方も大歓迎です。ご一報下さい。

 

日時:2017年7月20日(木) 18:30~20:30

場所:千葉市民活動支援センター 会議室 (千葉市文化センター9F)

内容:1.講演会の取組みをどう進めるか

2.その他

 

 

連絡先 永野 勇

住所:〒290-0005 千葉県市原市山木590-2

電話:0436-74-6042 FAX:0436-98-5858 携帯:090-2553-2587

メール:i_nagano@dreamcar.co.jp

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小泉純一郎元首相の脱原発講演会(仮称)取組みについてのお願い



米国の原発論争:原発退潮 by limitlesslife
July 8, 2017, 6:13 am
Filed under: 原発廃止



市民のための自由なラジオ(2017/7/6) 作家、下重暁子さんが大切にする個の尊厳、家族 家庭→個が日本国憲法の真髄&小出先生 核と闘うとことの意味を語る by limitlesslife
July 6, 2017, 7:14 pm
Filed under: 原発廃止

 

永岡です、市民のための自由なラジオLIGHT UP! 第67回、今週は木内みどりさんの司会で東京の自由な隅田川スタジオから放送されました。木内みどりの指先確認、です。今週はFMたるみずを聞きました。

木内さん、今どこにおられて何をされていますか?番組は日時が決まっていないためこのあいさつで、今回のゲストは、家族という病い、が65万分のベストセラーの作家、下重(しもじゅう)暁子さんです。幸せな家族と言う幻想と見て、見えてくるものについて語られます。

前半のお話、下重さんは紬の着物のイメージがあるものの、今日はシャツ姿、下重さん、昔はNHKアナウンサー、物書きになりたく、しかし食べるために、活字で活動したいのに、新聞、雑誌は男性しか採ってくれず、放送局が採用してくれても、アナウンサーしか女性は採用されず、最初にNHKに行っただけ、アナウンサー志望ではなく、10年前に辞めて、家族と言う病、当たり前として下重さん書かれて、木内さんも、本が出てベストセラー、最初から増刷であり、下重さんは近作、家族と言う病2も出されて、若者よ、猛省しなさい、集英社の小冊子への連載を本にして、若者向けではなく、昔若者であった人のため、また、母の手紙という本も出されて、5年前に母が父に当てた手紙、下重さんの生まれる前、父が手紙を取っておいて、それを読んで愕然として、知らなかった家族のことが書かれて、母は女の子がほしく、父も母も再婚、兄は母の前の連れ子、結核で亡くなり、恋文、携帯もメールもなかった頃、父は軍人で旅順にいて、今の旅順と違い、日本の管轄下、住所は陸軍官舎とはがきで書いていくものであり、結婚されるまでの2年間、微妙な姿勢でやって、母がこんな情熱的な人と知り驚いて、どうやって下重さんが生まれたか、母はどうしても女の子が欲しく、その辺から始まる下重さんの親への反発もあり、親元を離れたく、高校で親元を離れて、進学校に行くために大阪に出て、寄留であり、母にとってどうであったか?下重さん、期待されるのに重荷であり、母はなぜ自分にかけるのか、確信犯であり、木内さん、意志の強い女性の元、意志の強い女性に育ち、母と同じになるのがいや、いい家に嫁ぐものには拒否、アナウンサーは当時毎日お見合い、しかし敗戦時に父が公職追放になり、父は軍人であり、今のように車で迎えに来ず馬で迎えに来て、下重さん4,5歳で、当時の父はかっこよかったが、敗戦後落ちた偶像、そして日本は敗戦前に戻りつつあり、父は絵描きになりたかったのに、長男で軍人になり、軍事教育を受けた父は、時代の犠牲になったかわいそうな人生で、敗戦時に40代、そこから絵を描いても良かったのに、下重さん、日本ペンクラブとして、旅順の官舎を訪ねて、絵と同じ並木、煉瓦の道、ヘルスセンターみたいなところになっており、現地の人に昔の官舎があると聞いて、父と聞いたことと同じ、そこがアトリエであり、父が旅順でのアトリエ、大きな絵を描かれて、母と、兄とともにいて、母をモデルにした絵を描いて、しかし画家として屈折して、軍人をやりたくないのにさせられて、木内さん、下重さんの両親を時代がムチャクチャにしたと言われて、下重さん、二人は戦争の犠牲者であり、比較的恵まれたと思われるが、下重さん100冊以上の本を書かれても、家族と言う病、父、母、兄への手紙、生きていた時には書けなかったもの、連載時には家族を意識せず、しかし父、兄について知らず、個人として知らず、父、母、兄という役割でのみ知っており、外から見たら明るい家庭であったが、心の闇は見えず、闇のないひとはいない、父や母、亡くなって時間が経って知りたいが、知るすべがなく、手紙を書いても返事が来るはずはなく、下重さんが父、母、兄にどう接したか、自分で確認するための手紙であり、木内さん、読み終えてお茶を飲んでもう一度読み、父、母を見直すものであり、もう一冊、私が子供を持たないわけ、子供を持つのは義務でも何でもなく、しかしそんなことを言うと負け犬と言われる、子供が生まれないとまだかというのは暴力であり、家族、家制度は今もあり、日本国憲法は明治憲法の家からの個人の独立であり、憲法13条の、個の尊厳、個→人にするのはとんでもない、家→個人になるのは大変なことであり、多くの文学者は家→個を近代化として、それを家族にまた戻す傾向がASS政権にあり、それにはどういう状況だろうと抵抗しないと大変なことになり、木内さん、国会で政治家を見たら、大人の態度かと呆れて、デタラメな政治家たちに気持ちが悪く、今は女性の方がしっかりして、男はダメ、下重さんの本は図書館で借りても読んでほしい、今の若者は外国で放浪しない、時計にも関心を持たない、下重さんの本はヒントになり、強い女子に辟易としている男性は見るべき、下重さん、親を乗り越えないとダメ、動物もやっているのに、なぜ人間はできないかと言われて、木内さん、青虫が葉っぱを食べており、この青虫を羽化させようと、さなぎになる準備に入り、段ボールを切っていれたらしがみついて、3点で段ボールにくっついて、いずれ羽化するので、収録の時間には羽化しないでほしいと言われて、下重さん、今は燕の巣立ちの時期であり、燕のために仮設住宅を作ったら、そこに燕の雛が生まれて、顔中口みたいなもの、母親が餌をあげて、間もなく巣立ち、食べ物は自分で取らないといけない、これは当たり前で、そして来年になったら戻ってくるものであり、木内さん、仮設住宅と言うと、飯舘村の仮設住宅で40代の方が孤独死して、胸がふさがるのに、こんなことでオリンピックなどとんでもないと言われて、下重さん、敗戦後や、3・11にみんな反省したはずなのに、どこへ行ったか?節電などせず、になってしまったのです。

下重さん、リスナーへのメッセージ、下重さんはFMラジオをよく聞かれて、言葉の感覚を養ってほしい、言葉は自分が感じていることを示す自己表現、木内さんの青虫の話を聞いて、その人の感性が分かり、感性を活かしたものが大事、日本だと文学で生きるのは大変だが、詩は大切であり、詩人の意味は重く、言葉を大事にして、感じていることを、感性を表現するのはテレビではなくラジオ、最初の本は、夢のハーモニー、五木寛之さんたちがやってくれて、しかしラジオは予算がなくなり、下重さんの文書が好きなのをディレクターが知って、それで書けというもので、そこから本になり、詩文集、もう一人のあなたへ、悲しい時に野菜を食べる、という本はラジオから始まり、ラジオは言葉、言葉に感覚、感性を生かせないのは、人間として衰えているものなのです。

ここで音楽、下重さんのリクエスト、音楽家になりたく、声楽家を目指して芸大に行きたく行けず、オペラは好きで今も演奏会に行き、聴く方にまわり、最初の出会い、シューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」の第2楽章です。これも、You Tubeにありました。

https://www.youtube.com/watch?v=nPo1RmfhhJw

以上、下重さんのお話でした。

 

LIGHT UP!ジャーナルは、小出先生が自由な隅田川スタジオでお話です。自由なラジオがロフトナインでイベントをされて、その翌日の収録です。

小出先生、自由なラジオが始まって1年3か月、小出先生が自由な隅田川スタジオに来られるのは初めてで、スタジオの印象、小出先生は浅草生まれで隅田川は生まれ育ったところ、勝鬨橋もあり、しかし昔は高層マンションはなく、江戸の下町に高層マンションには違和感を覚えられるというもので、少年時代隅田川、不忍池で小出先生下駄をはいて遊ばれて、しかし今は高層ビルの世界。

小出先生は2015/3に京大を退官されて、松本市民になり、それでも講演を47都道府県でされて、講演は、半年以上先に生きているかわからない(笑)ので約束せず、5件に1件しか講演はされず、6/4の自由なラジオのイベントも、鎌倉での講演の後で木内さんの依頼を断れず、小出先生はたね蒔きジャーナル、MBSラジオの番組で毎日話して、たね蒔きジャーナルを潰さないで、と運動した人たちがラジオフォーラム、自由なラジオが出来て、たね蒔きジャーナルが潰されるという頃から責任を感じて、自由なラジオのイベントも責任感を持って参加されて、講演を断りつつ、日程も決めて、自由なラジオのイベントは小出先生の原則破りでやり、しかし小出先生の責任のあるのは、福島原発事故も責任、核そのものにも責任で、出来る限り引き受けられるものはやるというものなのです。

木内さんは小出先生のマニアで、小出先生の講演がユーチューブに出たら見て、木内さんは学習したい、小出先生に地理上の感覚も出て、メモするものであり、原子炉の構造も、ポンチ絵で表現して、小出先生、核のゴミを何年保管しないといけないのかと聞かれて、比較的低レベルでも300年、300年先は分からないが、300年前は忠臣蔵の討ち入り、しかし今の若い人は忠臣蔵なんて知らないと言われて小出先生絶句であり、木内さん、忠臣蔵は日本人の好きなネタなのに演じられず、少し前の日本の大切なことを知らないことは問題と言われて、また小出先生は「先生」と言われるのは嫌であり、今西さんが松本市長の菅谷さんと収録、菅谷さんは信州大の先生、小出先生が菅谷さんを先生と呼ばないといけないといけないのに、自分も菅谷さんと言い、しかし菅谷さんも小出先生と呼ぶものであり、しかし昨日のイベントも先生と呼ばれた。

この国は恐ろしく、川内、伊方、高浜と再稼働、止める方法を知っている人がいるなら教えてほしいと小出先生言われて、これからも、小出先生はこの番組に出られます。

 

今週の特集、木内さん、うれしい報告で、前回寄付が10万円あり、今の時代にこれほど必要とされるメディアもないと、長田洋一さん、写真家の方が寄付されて、報道が不自由になり、圧力で自由な発言が阻害されて、自由なラジオがなくなると日本は危なく、しかし、まだ資金的には大変であり、皆様、寄付をよろしくお願いいたします。以上、今週の自由なラジオでした。

 

 

 

 

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Preview YouTube video 弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D810 死と乙女 第2楽章

弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D810 死と乙女 第2楽章

 



脱原発へ、韓国・台湾を変えたのは by limitlesslife
July 6, 2017, 2:57 am
Filed under: 原発廃止

(e潮流)脱原発へ、韓国・台湾を変えたのは 竹内敬二
朝日新聞 2017年7月4日16時30分

議論の急展開に驚いている。

「古里原発1号機の永久停止は、脱核国家への第一歩だ」「原発が安全でもなく、安
くもないことが明白になった」

まず、6月19日、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が、同原発を停止する記念
式典でこう宣言した。

原発の建設計画を白紙に戻すこと、運転寿命の延長をしないことも言明した。そして
子供たちと壇上に並び、一緒に「閉鎖ボタン」を押すパフォーマンスまで行った。

それまで、隣国の新大統領がこんなにはっきりした脱原発の姿勢をもつとは知らなか
った。

韓国は世界6位、25基の原発をもち、原発推進の国というイメージがある。原発輸
出にも力を入れ、2009年、韓国が日仏の企業を抑えて、アラブ首長国連邦の原発建
設を受注したときは、国中が沸いた。

変わったのか? 韓国の知り合いに電話すると「福島の事故で意識が大きく変わった
」という。「年配の人は『原発なしでは電気代が上がる』というが、若い人は事故を嫌
がっている。かなり大統領を支持すると思う」

そして6月27日に、進行中の新古里原発の5、6号機の工事が中断になったことで
、脱原発の現実味が増した。

6基の原発をもつ台湾。ここでは今年1月、「25年末までに全原発を停止」とした
改正電気事業法が可決され、脱原発の道をスタートした。今から8年後、すぐそこだ。

東京電力福島第一原発事故の後、原発に寛容だった国民党の馬英九(マーインチウ)
政権が、完成近い龍門原発2基の工事を止め続けた。脱原発の流れをつくり、蔡英文(
ツァイインウェン)・新政権(民進党)が受け継いだ。

韓国、台湾の共通点は2つ。原発は運転寿命(台湾は40年、韓国は30年か40年
)を経たあとに止める。そして、今後は自然エネに力を入れる。

福島第一原発事故は確かに近隣の原発意識と政策を変えつつある。ただ、すんなりと
脱原発に向かうとは限らない。

今後が興味深いが、私たちは、「さてどうなるか?」と見ているだけでいいのか。い
ちばんに政策変更が必要なのは、事故を起こした日本だ。
(元朝日新聞編集委員)

http://www.asahi.com/articles/DA3S13018851.html

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