◇京セラ名誉会長

 

2010年1月、経営破綻(はたん)した日本航空(JAL)の会長になってほしいと、政府から言われました。事業会社としては戦後最大規模、負債2兆3千億円を抱えての倒産です。友人や家族は反対し、「80歳を前に余計なことに手を出さなくても」と忠告してくれた。

何度もお断りしましたが、それでも「あなたしかいない」と懇願され、真剣に悩みました。でも、「世のため人のために役立つことが人間としての最高の行為である」というのが私の人生哲学です。78歳でしたが、決心しました。

「週3日ほどなら働けますから、無給でやります」という条件でしたが、実際には、1週間のほとんどを東京のホテルで暮らしました。遅くなると、コンビニで、おにぎりを2個買って帰った。おかかと昆布、定番でしたね。

 

■潰れても当たり前

JALのことは何も知らなかった。ただ、海外出張で利用して乗客へのサービスがよくないと感じていました。だんだん嫌いになって、会長に就任するまで乗っていなかった。マニュアル一辺倒というか、心からお客さんのためにという気持ちが感じられなかった。

幹部10人ぐらいと会って、話を聞きました。やっぱり私が感じていた印象は、間違っていなかった。頭のいい人ばかりで、言っていることもすばらしい。でも、零細企業から身を起こした私にすれば、官僚的というか、心が伴っていない。これでは何万人もの社員が心から信服してついてくるわけがない。潰れても当たり前だと思いました。

10年2月に会長に就任し、6月からは幹部約50人のリーダー教育を集中的にやった。私が考案して京セラで運用した部門別採算制度、いわゆる「アメーバ経営」を導入するには、リーダーとしての考え方の共有が必要でした。

とても忙しい時期でしたが、月曜から金曜のうちの3日間と土曜の計4日間を充てました。私も6回ほど話して、その度に会議室でビールと乾き物で「コンパ」も開いた。

リーダー教育では、私が経営の要諦(ようてい)を語り、リーダーは部下から尊敬される人間性を持たなければならず、日々心を高めていかなければならないという人間の生き方まで説いた。幹部には違和感があったのでしょう。最初のコンパでは、私の哲学に納得できない幹部と議論になり「バカヤロー」とおしぼりをぶつけて叱ったこともあります。ただ、少しずつ分かってくれる人も増えていきました。

 

■現場へ響いた言葉

現場では、誰も倒産するとは思っていなかったでしょう。特に、お客さんと接する社員は大変でした。「JALは横柄。倒産して当然だ」と、お客さんから罵声を浴びせられていた。

社員には、再建に向けての私の思いをメッセージとして送りました。多くの現場を回り、「最前線にいるのは皆さん。お客様を大切にするおもてなしの心が大事です。幹部がいくら威儀を正して言っても、意味はない。お客様の心をつかむのは皆さんです」と話した。目を潤ませて聞く社員もいて、「がんばります」と言ってくれました。

後から聞きましたが「自分のおじいさん世代の人で、JALとは何の関係もない人が再建に乗り出してくれた。しかも無給。ありがたい」という話が現場に広がっていったそうです。社員の意識は、確実に、急速に変わっていきました。

(聞き手=編集委員・多賀谷克彦

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コメント:機内サービスの心が善く素晴らしいですね!

 

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