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ネットワーク1・17(2017/4/16) 熊本大地震1年 高齢被災者の今、冨田幸子さんのお話 by limitlesslife
April 16, 2017, 12:15 pm
Filed under: 地震

今回のテーマは日付から見て分かるように熊本大地震1年、熊本大地震1年、リスナーより、地元の方々は今も大変、日常を取り戻してほしいとメッセージがあり、熊本大地震では255人が死亡して、熊本県知事も地震が来ないと思っており、仮設住宅に47000人がまだ住んでおり、被災者の生活はどうか、民生委員をされる冨田幸子さん、震災後も自宅におられる高齢の被災者のことを気遣われて、仮設住宅には支援が来ても、孤立した在宅の高齢者を気遣っておられて、冨田さんのお電話でのお話がありました。 永岡です、第1062回ネットワーク1・17、今週も毎日放送アナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

 

1年前、2回の震度7を経験した熊本で、民生委員は地域の見守りをされて、冨田さんのお話、1年前益城町で、入浴と思ったら地震で、テレビが横にずれて家具が倒れて停電、余震が続き、家は全壊、解体して更地になり、上下水道が使えず生活できず、地震後車中泊を2か月、今は熊本の東で暮らして、避難所には行かず、猫を飼っており、車に連れ込めず、軒先で1か月半暮らされて、家はやっと解体、家の周りにブルーシートはまだ残り、更地になったところも多く、残った家がぽつんぽつんとあり、熊本の県道の4車線化が計画されてそこには家は建てられず、解体された更地が続き、地域により復興の足並みは揃わず、一面の更地に壊れた家がポツポツ、被災しても住める家が残っているアンバランス。

集落は寂しくなり、仮設住宅では地域でまとまれるか?18の仮設は町のニーズに合えず、高齢者、子どもがいるなどのことでニーズを優先して、1世帯だけの仮設もあり、みんなバラバラであり、仮設は最大500世帯、最小で6世帯、町に大きな空き地が少なく、ともかく仮設住宅を、土地を借りてやっているために、一気に出来ておらず、高齢者などを優先して、こうなった。

冨田さん、民生委員をして、1回目の地震時には高齢者は家にいても、2回目の時はみんな避難所に行き、そこで安否の確認をして、あの人もいると言うことで、避難所で会って、とにかく無事を確認、大丈夫よ、であり、そうして冨田さんは地域サロンの30名を優先して回り、遠くの避難所に行った人のこともチェックして、みんなバラバラであり、不安で、顔見知りが会いに行ったら喜ばれて、安心して帰ることができた。

避難所は解消されて、冨田さんの町は地域サロンがあり、それで無事を確認できて、地域サロンは介護関係のことをもう100回やっているもので、去年は4/13に地域サロンをしたところ、6月から、公民館が壊れて、消防団の車庫を借りて、近況報告はして、公民館で出来なかったことをやり、30人近く来ていたイベント、ボランティアも含めて40人集まり、話が尽きることなく、みんなが元気、安否確認して、地域サロンは公民館も8月からやれて、11月から病院にボランティアが来て、月2回地域サロン出来て、しかし仮設住宅に散らばり、そこでしんどい人もあり、冨田さんは参加したい方を送迎して、多くの民生委員と一緒にやり、昼間家族が仕事で、一人でいる人が多く、閉じこもる人が多い、隣近所がなくなり、住民同士の行き来がなくなったためで、孤独死は、仮設住宅に常駐の人もあり、みんなの目も届くものの、仮設住宅以外は冨田さんたちだけではカバーできない。

在宅の被災者、家は壊れても、住めているだけで、元通りの生活の出来ている人はなく、被災者として見守り、支援は必要であり、周りに買い物をする店もなく、スーパーも仮設店舗のみ、壊れた道を行くので、高齢者は大変であり、広い更地にポツリポツリと残った中に被災者がいて、隙間がある、雨漏りがする、周りの若い人は、昼間は仕事で残らず、住民票は益城町に残して別のところに行っているので、実際にいる人はずっと少ない。

冨田さんは、家の再建、元のところに必ず帰る、高齢者と関わることが多く、子どもが別の家にいて、復興住宅も早くできたらありがたく、高齢者との地域サロンでは、地震のことにはあえて触れず、道で会ってもあいさつのみであり、復興住宅が建つのか、300戸の計画があると報じられても、仮設を建てるのに精一杯で、役場も被災して、仮庁舎、公民館を借りるなどの状態で、大変であり、千葉さん、元の家の再建について聞かれて、冨田さん、みんな帰りたい、高齢者は復興住宅が出来てほしい、高齢者で家を再建するのは80代だと無理で、しかし子供の家に行くより、益城町にいたく、益城町は地下水が多く、家を建てるのに大変、家の再建に、水が湧き出て再建を断念した例もあり、まだしんどいものであり、地下水が多くて、水脈が変わり、建て直しには地盤調査が必要で、まだ建てられない。

まだ、家の再建には時間がかかり、今の仮設住宅は仮住まいで、家に帰りたい。

在宅の被災者は、民生委員だけではマンパワーが足りず、もっと見守りが必要で、1年経って小学校が入学式、昨年も4/13に遠足、小学生が地震のにおいがすると、桜の咲いた風景が地震を五感で感じて、これが毎年来るものの、今年は遅めの桜で、入学式に満開で、熊本はきれいだと冨田さん締めくくられました。

今週の内容、千葉さん、小学生が地震のにおいというのに触れられて、野村さん、地震のことを忘れてはいけないと言われました。野村さん、熊本では学校の給食センターが被災して給食を提供できず、民間の弁当でやっていたが、熊本市の給食センターが1年ぶりに再会して、鍋の底をすくいとるまでになり、給食センターは用地確保で苦労しており、子供たちの心のケアは、食のケアがそれになるのです。以上、今週のネットワーク1・17でした。

 



サンテレビニュースPORT(2017/4/14) 熊本大地震1年、児童の心のケアを続ける兵庫の教諭 by limitlesslife
April 15, 2017, 12:54 pm
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永岡です、サンテレビのニュースPORT、熊本大地震1年、被災地で児童の心のケアに取り組まれる兵庫の先生のことが取り上げられました。

熊本大地震の前震から1年、追悼と鎮魂の日であり、現地では追悼式典、370人が参加して、観測史上初の、同じ場所での震度7の連続、死者255人(震災関連死を含む)、今も47000人が仮設住宅にいて、キャスターの小浜さんも自分のこととして受け止めてほしいと言われました。

そして、兵庫県明石市の先生が児童の心のケアに取り組まれて、南阿蘇村の小学校に派遣された男性、大谷誠さん(54歳)、川のせせらぎが見るも無残と言われて、阪神・淡路大震災の際も崩落や、ビルの倒壊を見たが、熊本の崩壊には大谷さんすら言葉を失い、凄まじいと言われて、熊本大地震で南阿蘇村では21人死亡、2700棟の家屋に被害、土砂崩れで道路も寸断されたままの状態であり、震災は教育現場にも打撃で、教育長の松野さん、勉強どころではなく、学校に通えない子供も多く、心の傷ついた子供も多く、大谷さんは明石で国語を教えて、震災復興チームEARTH(http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/www.hyogo-c.ed.jp/~kikaku-bo/EARTHhandbook/ )のメンバーで、兵庫県の教職員が2000年に結成、大谷さんも2001年に登録して、鳥取地震、東日本大震災に派遣されて、阪神・淡路大震災で全国の支援を受けて、感謝のために、今度は自分が何かをできるとして、始業式、就任する小学校で子どもたちと対面して、平常心で行きたい、145人の児童が在籍して、自動の2/3は仮設住宅から通学して、大谷さんは同僚の先生と話し合い、始業式、大谷さんは児童の前であいさつ、明石市、たこ焼きを知っているかと語りかけて、イライラする、しんどいと言う時に、気軽に相談してほしいと、ちょっとしんどいとなったら、相談してほしいと、5,6年生の担任の補佐をされて、子供たちとコミュニケーションを図り、校長先生は子供たちに笑い、笑顔がなく、心のケア、将来の見通しがないと語り、大谷さんは震災の体験を負の遺産とせず、語り継いでいけるように、と言われて、復興への足取りを始めた熊本に、阪神・淡路大震災の経験に基づく支援は始まったばかりで、震災の体験のフラッシュバックもあり、親御さんのストレスも子供に伝わり、大谷さんは震災でストレスになるのは仕方ない、そこから始めることを、と言われました。以上、ニュースPORTの内容でした。



毎日放送VOICE(2017/4/14) 熊本大地震1年、熊本城、馬肉の復興、石垣カルテの必要性 by limitlesslife
April 15, 2017, 12:50 pm
Filed under: 地震

永岡です、毎日放送のニュース「VOICE」、金曜企画の食べて分かった、記者の辻憲太郎さんの報告で、熊本大地震1年の現地のことが取り上げられました。

熊本、益城町で14日夜に震度7、16日未明にまた震度7の前例のない大震災、熊本の名物は馬肉で、これは初代藩主の加藤清正が朝鮮出兵の際に食べ物がなくなり、そのために食料調達のために始めたといういささか不純な動機によるものですが、しかし熊本の名物で、さらに、熊本城の石垣は3割が破壊されて、馬肉、現地の専門店で人気、辻さんも名物を満喫されて、しつこさがないと言われて、熊本=馬刺し、薬膳料理、熊本に馬肉文化が根付いて、しかし地震で被害、震災前は年間2500頭を扱っていて、全国の2割のシェアが一気に減退、去年夏から何とか再開しても、現地はまだしんどく、工場はまだ再建工事の最中どころか取り壊しもまだ、建て直し、新工場は来年の春になるのです。

熊本大地震1年、熊本城では、花見の見物客も増えて、辻さん1年ぶりに来られて、花見客、観光客で活気があり、地元の皆さんや、福岡から応援に来られた方もあり、熊本城は桜の名所で、観光客は増えているものの、城には立ち入り禁止のフェンスが置かれて、天守閣は無残な姿、城は傷だらけて、石垣が倒壊してまだ手つかずであり、熊本城の石垣は79000立米の3割が壊れて積み直しの必要があり、改修してまず応急工事であり、石垣は文化財で、一つ一つの復刻が必要、一つ一つ管理が必要で、熊本城の復興には何と20年もかかるのです。

その教訓は関西で生かされて、二条城、滋賀の名物で、石垣の元の状態での記録が熊本城にはなく、二条城ではそうならないように、通常のカメラ、ドローンで石垣の調査、京都で1700万円の予算で、石垣のいわばカルテを残して、万一の震災の際にも復興が容易なようにというもので、しかし熊本城は石垣を1つも積み直されておらず、元の場所を想定して修復に6700億円かかり、学研グループの村瀬さんは、大阪も名古屋も空襲の被害を城の復興で町を立て直したと言われて、辻さん、石垣のカルテは3年前に文化庁が勧告して、姫路城ではカルテを906枚!このカルテつくりに3年かかり、写真を詳細に撮るなど必要で、さらに、次の段階、石1つ1つの記録が必要で、それをしないと、石垣が崩れたら際限が困難であり、石垣カルテには時間もお金も要るが、熊本の教訓として生かすべきと辻さん締めくくられました。

私も神戸市民で、阪神・淡路大震災の被災者であり、震度7の連続という前代未聞の事態に、これこそ国家の非常時であり、共謀罪を成立させても、地震は止まらないと思うのですが…

なお、VOICEにて、大阪万博、松井知事が外国人特派員協会で講演しても、海外の記者の関心は森友学園の問題などであり、さらに、大阪の自民党は、万博が誘致出来たら維新の手柄になるというものであり、司会の西靖さん、これは官邸と維新が憲法改悪をバーターにしているのはおかしいとコメントされました。これは、万博とカジノ、というより巨大な賭場(神戸・元町の場外馬券売り場や、大阪・堂山町のボートピアの100倍のもの)を狙っており、万博みたいなものは要らない、大阪には文化資源が無数あり、クラシック音楽のオーケストラは4つあり、それらを活かすべきだと思うのですが(現行の日本センチュリー交響楽団は世界初の公営オーケストラの民営化というと聞こえはいいですが、要するに切り捨てで、存続の危機にあり、その他のオーケストラもしんどく、世界に誇るオーケストラのない町が、何が万博だと言いたいです)、以上、VOICEの内容でした。

 

 



サンテレビニュースPORT(2017/4/11) 熊本大地震1年 古里、熊本を支援される女子大学生の活動 by limitlesslife
April 12, 2017, 3:51 am
Filed under: 地震

 

永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日の震災特集、今週は熊本大地震1年、神戸大学2年の寺本わかばさんは、大学を1年休学して、故郷の西原村でボランティア支援活動をされており、被災者一人一人の目線に立って住民を支えられる寺本さんのことが報じられました。

今月4日、寺本さんは大阪空港から早朝の便で熊本に行かれて、1年前から熊本大地震の被災地でボランティア活動を続けられて、窓から見える古里の景色、20年前、西原村に生まれて、高校卒業後、神戸の大学を選び、田舎が嫌で、都会へ、と思ってのもので、新しい土地での生活が1年を過ぎたときに、古里を震度7の大地震が襲い、西原村は1200棟が倒壊、古里の惨状を目にして、大変な状況に古里が置かれて、何もしなかったら将来後悔すると、1年休学、被災地支援に奔走して、震災で使えなくなった家具の始末を被災者から依頼されて、被災者は災害のストレスで大変、そして震災から1年、心の傷は深く残り、しかし日常は戻っても、ボランティアの数は減り、しかし支援はまだ必要で、神戸のNGO団体に所属する鈴木龍太さんと協力して、被災地で何ができるか?被災地で住民の声を聞いて、何が必要かを感じ取り、寺本さんの父親は1年間の休学に戸惑い、勉強してほしかったが、帰ってきてくれてうれしかったと言うもので、西原村古賀地区の被災者は、寺本さんに助けられて、16日の本震でほとんどの家屋が全半壊し、被災者は家を取り壊そうとしても、孫たちとの思い出があり、寺本さんはその思いを受け止めて、ボランティアの皆さんは片付けなどやり、高齢の被災者は力をもらい、新たな目標を見つけて前向きに行くもので、家はまだ片付かず、大変ですが、寺本さんが大切にしているのは、小さな声に耳を傾けて、住民の声を聞くことで、現地の人たちが求めることを見つけ出して、地震があっても、将来良くなったと思ってほしい、寺本さんは今月復学して、熊本と神戸を往復、古里を笑顔に、寺本さんは住民たちと歩むもので、住民全員が復興したと言えるまでやると言うもので、寺本さんはこの1年汗を流し、被災者はまだ大変な中、歩みだしています。以上、ニュースPORTの内容でした。



サンテレビニュースPORT(2017/4/4) 熊本大地震1年 被災女子学生の1年 by limitlesslife
April 5, 2017, 1:50 am
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永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日の震災特集、熊本大地震からまもなく1年、神戸出身の女性、東海大学阿蘇キャンパスに学ばれる方、圓藤沙羅さんのことが報じられました。

熊本で震災を伝えられる女性、家の1階が潰れた、犠牲になった人のことを伝えられて、下敷きになり、声が聞こえなくなったなど、阿蘇のキャンパスの周囲に、東海大学の学生さんの住処があり、そこを震度7の地震が2度襲い、4月14日の前震と、16日の本震、圓藤さんの寮のところで、生き埋めになった同級生が亡くなり、圓藤さんは申し訳ない、一枚の壁の差で助けられた人と、助けられなかった人がいると震災直後振り返り、その後、圓藤さんは神戸・三宮に来られて、実家のある神戸で募金活動をされて、阪神・淡路の被災地で、他人事ではないと多くの方が募金に参加されて、気持ちの整理の付かない中での参加、2か月後、大学の授業再開後、熊本に戻り、募金1480万円を南阿蘇村に持って帰り、地震があり、南阿蘇のためにと尽力されて、そして大学の卒業式の翌日、南阿蘇村に向かい、就職で神戸に戻る前に、南阿蘇村の皆さんともう一度会うためで、学生村の方、農学部は移転で、出る人の多い中、学生寮を守る女性もいて、休みが出来たらまたおいで、おばちゃんはまた待っていると言われます。

村で、道の駅を営む藤原さん、圓藤さんと復興祭りを企画して、20人くらいが狭いところで雑魚寝するほど、村民が被災し、学生も大変で、圓藤さんは震災後、村の皆さんに支えられて、語り部のツアーを実行されて、地震の当時、電気もなく、大家さんの懐中電灯などを使って救出したなど、テレビでは分からないことを圓藤さんから聞けた、人とのつながりもあり、圓藤さんは先頭に立ち活動することを、震災を経験したからこそ分かる、責任感が地震の後、出来たと言われます。

圓藤さんは、兵庫県の農業高校で講師として勤められて、阪神・淡路の被災地で、高校での生徒たちに、地震のことを伝えたいと、全力でやりたいと言われて、しかし、自分の言葉で語れるまでには時間も要り、今年の秋には、復興祭をまたされます。

熊本大地震のことは忘れられつつあり、こういう内容は貴重です、以上、ニュースPORTの内容でした。



サンテレビニュースPORT 震災学校支援チームEARTHの活躍 by limitlesslife
November 16, 2016, 2:53 pm
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 永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日は震災特集、震災・災害で被災した学校の早期再開
のために活躍する震災・学校支援チームEARTH(http://www.hyogo-c.ed.jp/‾kikaku-bo/EARTHHP/
)の皆さん、阪神・淡路大震災で培ったノウハウをもとに2000年に教職員にいて結成されたものであ
り、明石市で国語の先生をしつつ、EARTHの隊員として心のケアについて取り組まれる先生のことが
取り上げられました。

災害は子供たちの心に傷を与えてしまい、災害は子供たちの心に傷を与えてしまい、被災地の子供たち
を支援する大谷誠さん、災害時には兵庫県教育委員会の任命で、阪神・淡路の恩返しのためにと、EAR
THは地震、水害などで被災した学校の支援、子供たちの心のケアをして、今年4月の熊本大地震では、発
生後3人の隊員が先遣隊として行き、隊員の浅堀さんは阪神・淡路の経験から活動して、被災地のためにと
言われて、兵庫の教職員176人が参加しており、大谷さんは、被災地の子供たちの心のケアを15年間され
て、ストレス反応、様々な症状、いらいらやビクビクがあり、ストレス反応は人間には災害時に誰でも起
こるからと、児童、生徒に安心感を与えるものであり、災害時の子供は、宝塚の松本亨さん、阪神・淡路
で当時住んでいたマンションが半壊して、当時3歳の松本さんの次男は、震災のストレスを感じさせて、災
害時に、子供たちは想像もつかないショックがあり、次男は屋外にいることを極端に恐れることになり、
大谷さん、保護者が子供に甘えさせるなど、ケアが必要と言われて、先月の鳥取地震、震度6、死者こそ出
なかったものの、大谷さんたち7人のEARTHの隊員は現地の教職員に向けて、心のケアの講習会を行
い、傷ついた心を自ら治めて、それを支援するものであり、鳥取の方も、大谷さんたちに真剣に聞いて、
避けたら心の傷は治らず、自らの被災体験と向き合うべきであり、そして熊本の被災地からも教員が支援
に向かっており、熊本大地震での支援への感謝もありました。

大谷さんは、5日間の鳥取の派遣から戻り、生徒たちに報告、EARTHの隊員は、兵庫のユニフォーム
を着ており、阪神・淡路を体験した兵庫から来たとして、鳥取で感謝されたと語り、生徒たちも、被災地
の支援をしたいと語ります。

EARTHは全国的に兵庫に限られているものの、熊本からも支援が鳥取に来て、EARTHの精神は
全国に広がり、被災した神戸だからできること、被災した子供たちの心のケアのために、これまでもたく
さんの活動をして、被災して1年後にアニバーサリー反応があり、これは誰にでも起こることであり、子供
たちを守るEARTHの活動は続きます、以上、サンテレビのニュースの内容でした。

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



ネットワーク1・17(2016/11/6) 熊本大地震半年、障碍者の避難、弁護士、東俊裕さんのお話 by limitlesslife
November 6, 2016, 9:54 am
Filed under: 地震

永岡です、第1038回ネットワーク1・17、今週もMBSアナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

10月23日の放送で野村さんが熊本を取材されて、広報紙のことなど、行政ではやれないことがあるとリスナーの指摘があり、被災者には細やかな支援が必要で、災害弱者、障碍者の避難であり、これは阪神・淡路でも課題であり、障碍者や災害弱者に情報が届かず、熊本大地震も同じであり、21年たっても同じであり、福祉避難所も熊本では不十分で、千葉さんも熊本を取材されて、一般の避難所に障碍者も避難で、トイレも障碍者は洋式トイレがなくて困り、場所も屋内ではなく外で大変であり、道をあけてもらう必要があり、がまんする、水を飲むのも我慢する状態であり、またリスナーより、これから寒い冬、熊本では高齢者や障碍者が仮設で大変だと指摘があり、野村さん、仮設で取材されて、被災地で支援を続ける弁護士の方のお話もありました。

熊本学園大の教授で弁護士の東俊裕さん(障碍者ドットコムに情報あり、http://shohgaisha.com/news/kumamoto_earthquake_higashi_toshihiro/

)のお話、障碍者はどうか、今は避難所が閉鎖されて、仮設や見なし仮設、障碍者の相談の電話は殺到して、新しい住居が見つかり、しかし障碍者は片付けや引っ越しも大変であり、その野村さんの取材、障碍者と仮設、子ども3人のいる5人家族、子どもが脳性まひである方は、部屋に車椅子が入れず、移動も大変であり、お風呂が狭く、緊張するので湯船につかるのも大変であり、入るのもままならない狭さ、お風呂も大変で、体を洗いシャワーだけであり、自宅で介護ベッドを使い、しかし介護ベッドは仮設に入らず、体を固定して背骨が曲がり、本人のストレスも大変、体の変形が進んでおり、介護ベッドなしなので床に寝るしかなく、車椅子は玄関まで、母親が抱えて、布団に移動させる生活であり、親御さんの負担は大変であり、仮設について東さん、県の用意した仮設は、大きさがみんな同じで、車椅子は使えず、家族は大変、学校から帰ったら寝たきり、お風呂もしんどく、体の動きも悪化して、上半身を動かせず、対策は県に申し入れして、しかし障碍者の対応は不十分、住み慣れたところを離れるので、今まで住み慣れたところから離れて大変というのも、行政は対応せず、障碍者の対策は全くなく、東さんも対応してくれと言っても、見せかけだけのバリアフリーであり、野村さん、この親御さんは、自分が困り、今後の災害で障碍者が困ると言われて、東さん、障碍者のニーズに合うものをやるべきと言われました。

障碍者の対策の法律はできても、実際に対応する必要があり、障碍の程度などにもより、行政の対応にも困っており、次には子供4人の6人家族、二人が障碍者の家庭で、全部同じ仮設で、どこが自分の家かわからず、対応してくれと言っても強度が弱くなる、熊本県と益城町のなすり合いであり、町に困って相談しても、やってくれないものではあり、障碍への対応、スロープがあったらいいが行政のやり方であり、助けてほしいので電話しても助けてくれず、分かってもらえない、こうして孤立すると言われて、野村さん、スロープについて、Uの字のカーブ、しかし障害で道がわからないので、角を除去してほしいと言ってもやってくれず、東さん、行政の問題は、東さんも県に話をしてやっと対応してくれて、しかし市町村の現場で問題であり、スロープが要らないのにつけない、逆もあり、ちぐはぐ、行政が障碍者のニーズに対応しておらず、緊急事態でも、行政が個別のニーズを把握しないと、決まった枠組みだけでやるのは問題であり、行政に問題をわかってもらわないとだめなのです。

住民が動いても変わらず、東さん立ちが動いても少し変わるだけであり、こういう問題、最初に聞き取りなど行政はしないのか、事前に国に義務付けても、実際には障碍者の意見は無視されて、事務的にしかやってもらえず、この方もクレーマーのように扱われて困っており、しかし本当に困っているので言っているのであり、困っている人を、行政がなぜ対応しないのか、東さんは憤られて、障碍者は小さな風邪でも命にかかわり、発達障害だと、地震の時間でなく人もあり、障碍が悪化するものもあるのです。

仮設を障碍者のオーダーメイドにすることは、手すりや段差の問題のみで、これだけでは対応できない障碍者もあり、バリアフリーのトイレ、お風呂が要り、これから障碍者はどう生活するのか、地震は天災でも、これは人災であり、震災関連死を防ぐため、また介護する家族のこともあり、こういうニーズに応じて東さんもやるものの、受け皿が必要で、県や市との交渉ももっと要り、行政は障碍者について、東さんたちの上げた情報しか知らず、声を上げないと対応してくれず、東さん、災害時の障碍者の避難はこれからどうあるべきか、避難所には福祉、障碍者の視点によるものが必要で、一般の職員は分からず対応が後手後手になり、避難所は変わらない、仮設には障碍者、高齢者が入ることもあり、そういう人たちの意見を聞いて、障碍者の存在を前提にすべきで、我々市民にできることは、障碍者は外に出ずわかりにくいが、人口の1割は障碍者であり、一般の方が気づいて、対応してくれたらありがたい、避難所でも肩身の狭い思いをして、仮設でもなぜあの人だけ特別対応と見られるのが嫌で大変であり、一般の人たちの、障碍者への理解が必要なのです、以上、東さんのお話でした。

 

今回の内容、リスナーより、新聞で高齢者の人口が3割近くで、災害時に弱者、高齢者を考えるべきとあり、障碍者は他人事ではなく、自分もいつか高齢者になるのだと、締めくくられました。以上、今週のネットワーク1・17でした。