Global Ethics


朝日放送おはようコール 木原善隆が辺野古埋め立て取り消しとマイナンバー汚職を語る by limitlesslife

 永岡です、朝日放送のおはようコールABCのナットク!ニュース塾、今朝はABCコメンテイターの木原善隆さんのお話でした。

今朝の朝刊は、朝日・読売・毎日が軽減税率、産経はマイナンバー汚職です。

 

そのマイナンバー汚職、厚労省職員が逮捕され、国民全員に12桁の番号を振り、契約で100万円受け取って逮捕です。国策による役人と業者の不正です。国民の医療に関する汚職で、塩崎大臣は会見していません。贈賄側は時効成立で、12.7億関係し、容疑者はノンキャリから入り、大学の准教授もしており、しかし週の半分しか来ていません。

これについて木原さん、起こるべくして起こったもので、官民3兆円の利権のあるマイナンバー、枝が広くそこでの典型的なノンキャリ汚職で、キャリア官僚は短く変わるが、このノンキャリは長く業務に関わり、彼に任せざるを得ずチェックできず、週の半分しか来ず、好き勝手にさせての自分しか分からない仕事を作ったための汚職で、厚労省の責任もあり、塩崎氏は逃げたい模様で、厳しく問うべきと言われました。

 

辺野古の埋め立て承認を翁長知事が取り消し、国と決定的な対立です。最大の知事権限で、仲井真某のやった手続きに瑕疵があったとして、沖縄防衛局にたたきつけ、沖縄県民は歓迎しています。中谷某は違法だとデタラメを言い続け、まさにビチビチ政権は太平洋戦争を止めなかった当時の軍部と同じです。翁長氏、日本政府の堕落と批判しており、島尻大臣もデタラメなことを言っています。

これについて木原さん、国交省に呼びかけて法廷闘争になり、本来政治が解決すべきものを法廷に持ち込んだのは政権の敗北、沖縄は来年選挙ラッシュで、島尻氏も改選で、島尻氏は翁長氏の側近であったのに、沖縄側は対抗馬を立てて、法廷闘争の間も政府は解決策を見つけるべきと言われました。

 

奈良は、宿泊客に有利なクーポンを発行です。奈良は観光客が多いものの、宿泊客が少なく、ホテルが少なく客室は全国で最低、ホテルの稼働率も低く(要するに京都や大阪に泊まってしまう)、それで、宿泊客にプレミアムクーポンを配布することになりました。夏にやり好評でした。しかし、宿泊しても夜の遊ぶところが少なく、免税店も大阪、京都より少ないのです。スタジオでも、奈良は観光地なのにこの数字への驚きがありました。大きなアウトレットがないとの声もありました。

木原さん、魅力的な観光地はたくさんあっても、大阪、京都から30分であり、料金を下げたのはいいもので、大阪も観光客ラッシュで宿泊施設は満杯、しかし大阪も長年かけてたくさん泊まってもらっており、これからの努力が必要と言われました。

 



小出先生 ラジオフォーラム2015/2/7のお話(政治を変えるには国民一人一人が賢くならないといけない)&ホームレスをファーマーに、農業から社会を変える、小島希世子さんのお話 by limitlesslife

 永岡です、第109回ラジオフォーラム、今週は社会活動家の湯浅誠さんの司会で放送されました。ラジオフォーラムで、ラジオは真実を報道できるかという本(http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/qsearch )が226日発売、税抜き1800円、岩波書店から発売です。

 今週のゲストは、農業から社会を変えようという(株)「えと菜園」(http://www.eto-na-en.com/ )代表、NPO法人農スクール(http://know-school.org/ )代表の小島(おじま)希世子さん、ホームレスやニート、生活保護者に農業を教え、貧困問題と農業について取り組まれた、そのお話です。小島さんは去年10月にホームレス農園の本を出されて、貧困問題と農業の再生について語られます。

 前半のお話、会社とNPO理事で、二束のわらじの感はなく、同じ意味で、小島さんの活動、ホームレス、ニート、生活のしんどい人を受け入れて、農業をしたいが働く場がない人に来てもらい、独自のプログラム、農業をやろうかとて、研修は112人、ワンクール3ヶ月、この間週に12時間、宿題を出して、一歩ずつ進んでもらう。

 ホームレス農園は、小島さん熊本の生まれで、大学で都会に出て、そしてホームレスの人を見て、なぜかと思い、衝撃で、友達になぜかと聞いてホームレスを知り、ではなぜなのかと聞き、なぜなったか、友達の答えは異なり、資本主義の闇、なまけている、病気とかあり、気にかけて声をかけたら、仕事を探しても電話番号なしで探せないと知り、農業に関心を持ち、地方の農家はしんどく、空き家問題もあり、これをつなげる取り組みを始めた。

 研修は3ヶ月ワンクールで、農作業、目的があり、自分と向き合い、自分の長所を見つけ、思考パターンもあり、植物、生き物に関心を持ってもらう。草むしりなど、目的に合わせたものをしてもらい、ペア、グループでやってもらう。

 それに応じたワークノートもあり、いいところを見つけ、なるべくいいところを見付け、小島さんは地味にやるタイプ、ネガティヴモードにならず、畑に行くと大丈夫。ネガティヴになる人を見て、悩み、人生を聞いたらネガティヴになると思われ、神奈川・藤沢の農園で、自分の自信を取り戻してもらう、野菜作りは人の変わるきっかけで、種は小さく、それが大きくなり、これで自信を取り戻し、前を向けるようになる。

 ホームレス農園の著書も昨年10月末に出て、自殺未遂の人もいて、畑で作業しても心ここにあらず、しかし雑草に詳しくなり、雑草の先生と呼ばれて、自信が付き、雑草の辞典を貸してあげて、子供たちに教えて、これが大きくなる。

 ホームレス、ニートも10人十色で、小島さん、どんな人が来ても大丈夫、来る人に育ててもらっている。ここに来る人は農家になるかは問わず、しかしこの農園に来るので、何か得て欲しい、就職、コミュニケーション、人を信じるようになる、というものもあるのです。

 小出裕章ジャーナル、今週の小出先生のお話は、原子力小委員会の中間報告、東京新聞の特報(2014/12/26)で、内容が会議の議論を反映せず、事務局のでっち上げたもの、安倍政権の意向(再稼動、建て替え)に沿ったものに、委員の伴さん(原子力資料情報室)が憤られ、小出先生はこれを見て、「日本は官僚国家」と思われて、前のめりで、福島原発事故が起きたので、従来のような表現はないが、事故でも変わらず原発を進めたい原子力マフィアの意向のものと指摘されました。

 原発はベースロード電源、CO2対策などあるものの、これについて小出先生、彼らが昔から言っていたことを反省なく書いており、本来原子力マフィアは事故の反省をして、責任を取り刑務所行きの人もあるのに、責任を取らず、今までどおりやりたいというものなのです。

 再稼動慎重派は、伴さん以外いるかについて、これは推進のための隠れ蓑で、推進のアリバイ、慎重派の意見は通らず、伴さんや九州大の吉岡さんもいて中で闘っても、意見は通らない、核に関しては、誰が反対しても、意見は通らないのです。

 老朽炉の取り壊しどころか、新設も言い出したことについて小出先生失笑され、ビックリ、何の反省もなし、責任を取る必要が、失敗してもないと原発事故で分かり、原子力マフィアは責任を取らなくてもいいので、やりたい放題であるのです。

 原発自治体への補助金も再稼動なら増やし、止めたままなら減らす、これは従来どおりで、自治体も従わざるを得ず、政治の世界ではずっと続き、沖縄も辺野古で、仲井真氏は金で転び、翁長氏が反対だと政府要人は会わず、政権はあめと鞭を使い、従わないものには鞭。

 経産省審議会で、2050年、原発はCO2対策で増やすといい、これは別の委員会で、委員に様々な人が参画し、しかし経産省の審議会は推進組織でありダメ、事故直後、経産省は批判されたが、ターニングポイントはなく、小出先生、「政治を変えるには国民一人一人が賢くならないといけない」、とても難しいが、小出先生も原点に戻り、尽力したいと締めくくられました。やり取り全文は以下にあります。

http://www.rafjp.org/koidejournal/no109/

 ここで音楽、小島さんの選曲、くじけそうになったときに聴くもの、ドリーミング、アンパンマンたいそうです。これもユーチューブにありました。

https://www.youtube.com/watch?v=VkflI3FL1sU

 後半のお話、なぜ農業をやるかについて、農業は小さいときからあこがれて、両親は高校の教師、両となりは農家の農村部、決心は小学2年に見たドキュメンタリー、海外で食料がなく餓死するものを見て、そこに送れないかと母に行ったら、数ヶ月かかり腐り、なら農家になり作ったらと言われて、人は食べれば生きられて、農業は大事である。

 子供も農家になるといい、大学受験で農学部を受けて失敗、一浪しても失敗し、農学部でなくても食糧問題が出来ると、その私立に入り、慶応SFCであり、ここでは起業だけでなく、農業→社会的企業になり、1日、社会のために使えたら幸せで、企業を作るつもりはなく、農家を回り、農家には否定的で、自分が作っても値段を決められず、量を作ってもキロいくらの世界、淡々と作り続けないといけない、誰が食べるか分からず、しかしこれを解決したら、農家のためになると思い、ネットショップを始めた。

 農家→消費者に直接届け、産直、農家さんがこの味では出せないというと、消費者に謝ることもあり、自分が作り手で、こだわりを出したく、それが仕事。

 農園の規模は6反、1800坪、30種の野菜を作り、有機肥料も、化学肥料もない、土の力でやるもので、こだわった農園をやり、消費者に提供し、ホームレスだけでなく、体験農園もされて、農家を体験したい人は増えて、若い人~退職者と年齢層も広く、メンタルヘルスケア、目的は違っても、畑には関心があり、答えが出る。

 就労支援、畑で人生が変わるのは、何物にも変えがたい。人が変わるのに関わるのは、貴重なことで、自分のエネルギーにもなるのです。

 小島さん、日本の農業の将来は、生産者と消費者の関係を、お金だけ、顔が見えないのではなく、安心な食卓を作れるように、として、農業は食糧生産だけでなく、人生の価値観もあり、農業の魅力を見せたい。

 湯浅さんも行きたくなり、炊き出しのお米を自分で作ることもあり、3年やり増えて、無農薬ではしんどく、みんなで大変な思いをしたら、残された稲に思いがある。

 ここに関心のある方は、先のHPを見てコンタクトしてください。以上、小島さんのお話でした。

 みんなジャーナル、今週は、去年12月、日本大映画学科の学生さんがワーカーズ2014http://workers2014.com/ )のものを作られ、これも4回目、映画祭をされて、湯浅さんもトークショーに出られて、映画祭に関わられた、目黒まなみさんが、スタジオでお話をされました。

 映画祭は、学生が企画して、お客さんを集めるもので、自分で決めたテーマにより、映画で特別な空間になり、それを学生の手でやるもので、目黒さんの先輩から始まり、監督になりたい人、運営をしたい人もあり、4年目のテーマは働く、映画祭は大学3年生、就活もあり、映画で、人の行き方を見ることもあり、映画から、生きるために働くことを考えるものです。

 映画は、古いもの、新しいもの、15本あり、古いものは赤線地帯、娼婦の映画、纐纈あやさんの、ある精肉店の話など、パッケージ化されていないものも上映し、湯浅さんも、初めて見る映画もあり、それだけ幅広いものをやり、映画の本数も多く、ユーロスペースでやり、意見をもらい、先生の声も聞いて、選んだ。

目黒さんは映画を観る本数、年50くらいで、今回の一押しは、土本監督の作品で、普段映画を観ない母が、自分の知らない時代を見て、興味深いと言ったのです。東京オリンピックの前のもの。

 これが就活に影響するか、映画を宣伝し、パンフも学生で作り、佐藤忠男さんの寄稿もあり、つながりが出来たのが有意義、働くのはお金のためだけでなく、作品の内容から、様々な人と出会えて、人とつながる=働くであると知られました。以上、目黒さんのお話でした。

 湯浅さんも、ホームレス支援で就農をされて、農家を支援され、しかし上手く行かず、失敗の経験もあるが、小島さんのように、困難を乗り越える人は他人ではなく、就農する人が増えるだけでなく、多くの人が、やってよかった感を持って欲しいと締めくくられました、以上、今週のラジオフォーラムでした。

 なお、327日に、ラジオフォーラムのイベントが大阪で、小出先生も招いて開催されます。

http://www.rafjp.org/release/150327event/



亡国の大政翼賛報道…安倍政権批判は「テロと同じ」の暴論も by limitlesslife

 過激派組織「イスラム国」による日本人殺害事件で、改めてハッキリしたことがある。この国の大新聞テレビが、そろって安倍政権を支える「大政翼賛会」と化している実態だ。

「アベ。勝てもしない戦いに参加するというお前の無謀な決断のせい」――。後藤健二さんを殺害した「イスラム国」側が名指しで指摘した通り、今回の事件は、安倍首相が「イスラム国対策にカネを出す」と宣言した「カイロ演説」が引き金だ。にもかかわらず、大新聞テレビで、安倍演説を批判する論調は皆無だ。

人命優先の極秘交渉中なら「自粛ムード」も理解できるが、事態は最悪の結末を迎えたのだ。報道機関なら、安倍首相演説はもちろん、機能不全だった外務省、日本版NSC(国家安全保障局)の問題を徹底追及するべきだろう。ところが、今の大新聞テレビの報道姿勢は全く違う。政権批判は「的外れ」「テロと同じ」という論調だから理解不能だ。

 象徴的だったのが、後藤さん殺害発覚直後のフジテレビ「新報道2001」(1日放送)だ。平井文夫・解説副委員長らが出演した番組では、安倍首相が事件を招いた――との批判が出ていることに触れ、「日本側に何かあったからというのはテロリストの要求に屈している」「(批判するのは)イスラム国の人と同じ」などと「安倍擁護」の発言ばかりだったからだ。

コメンテーターで出演していた宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹は2日の産経新聞でも、<事件と(安倍の)演説は関係がない。(略)日本は内輪もめなどをしている段階ではない>と主張。読売新聞も1月23日付の紙面で<安倍首相の中東歴訪がテロリストを刺激し、今回の事件を招いたかのような、的外れの政権批判が野党の一部から出ている>と書いていた。

産経、読売は「安倍親衛隊」だから仕方ないとしても、他のメディアの論調も似たり寄ったり。

 官邸前で安倍首相の「カイロ演説」を非難するデモも起きているのに何も報じない。それでいて、後藤さんの過去のリポート映像を使って“お涙ちょうだい”報道を繰り返し、国民の反イスラム国感情を煽り続けているのだ。

■戦前戦中ソックリの構図

戦前、戦中の日本では、侵略戦争に反対する言論や報道を「売国奴」「非国民」呼ばわりし、多くの文化人や活動家が官憲の拷問で虐殺された。片棒を担いだのが、大本営発表をタレ流し続けた当時の新聞だ。時の政府や旧日本軍に迎合した大阪朝日新聞は開戦直前にこう書いていた。

<こういう未曽有の大事変下においては国内の相克こそ最も恐るべきものであります。全国民の一致団結の力が強ければ、何物も恐れることはありません>

今回の日本人殺害事件で、大新聞テレビが「政権批判で内輪もめしている場合じゃない」「日本人は団結すべき」と報じている姿とソックリだ。

元共同通信社記者の浅野健一氏はこう言う。
「戦時の政権批判は特高警察に捕まる、という“縛り”があったが、今は規制も何もない。それなのに自粛し、政権寄りの報道をしている分、タチが悪い。有事の時こそ、そのメディアの本性が現れる。まさに今の日本のジャーナリズムは危機的状況にあります」

日本人殺害事件を招いた安倍首相と大新聞テレビは“共犯”と言われても仕方ない。

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コメント:マスコミはマスゴミ! 良心を無くしたマスゴミ!! 良心を失った国民!!!?????


滋賀知事選 地元カンカン“通産キャリア”自民候補の発言録 by limitlesslife
July 7, 2014, 10:07 pm
Filed under: 選挙, 自民党, 官僚(猟官、-主義、・・・)

 自公vs民主の事実上の一騎打ちになっている滋賀県知事選。自民党候補が予想外の苦戦を強いられているのは、小鑓隆史候補のキャラクターも大きく影響しているらしい。

京大から旧通産省に入省した小鑓氏は典型的なキャリア官僚のようだ。安倍内閣の参事官としてアベノミクスの成長戦略を担当したことを公式HPで自慢。地元マスコミ関係者と懇親会を開いた時も、上から目線で言いたい放題だったという。真偽のほどは分からないが、その時の発言が文書として出回り、地元有権者の間で大問題になっている。例えば地元町長の実名を挙げて「変なやつ」とコキおろしたり、別の市長を「やくざみたいな人」とバカにしたり、県議や市議を「別にどうだっていいんじゃないの」と見下す発言をしていたというのだ。

■名指しでコケ

誹謗中傷は地元選出の自民党の国会議員にも及び、これまた名指しで「○○さんはセンスないなぁって思った」「○○さんには面談で<原発についてどう思いますか>って聞かれたけど、<そんなんお前よりはるかに分かってるわい>てね」と揶揄した、と書かれている。

この文書は5月中旬に滋賀県中に広まったという。名指しでコケにされた地元の首長たちが、「今回の選挙は動かない」とカンカンになっているそうだ。



by limitlesslife
April 18, 2014, 11:38 am
Filed under: 官僚(猟官、-主義、・・・)

安倍政権の公務員制度改革を斬る(後編)
このままでは猟官運動が盛んになる
――明治大学公共政策大学院教授 田中秀明

前回では、これまでの公務員制度改革の経緯を振り返るとともに、公務員の任免や昇進などの人事管理システムの特徴と問題点を整理した。後半の第2回では、今回の公務員制度改革の問題点を明らかにするとともに、霞ヶ関を変えるための改革案を示す。結論からいえば、新しい任免の仕組みでは、今以上に公務員の猟官運動が盛んになると危惧している。

今回の改革案のねらいと柱

たなか・ひであき
明治大学公共政策大学院教授
1960年生まれ。1985年、東京工業大学大学院修了(工学修士)後、大蔵省(現財務省)入省。内閣府、外務省、オーストラリア国立大学、一橋大学などを経て、2012年4月から現職。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士、政策研究大学院大学博士。専門は予算・会計制度、公共政策・社会保障政策。著書に『財政規律と予算制度改革』(2011年・日本評論社)、『日本の財政』(2013年・中公新書)。

 今回の公務員制度改革の目的について、稲田朋美担当大臣は、国会審議において、「内閣の重要政策に対応した戦略的人材配置を実現して、縦割り行政の弊害を排し、各府省一体となった行政運営を確保するとともに、政府としての総合的人材戦略を確立し、そして、私は、官僚の皆さんが一人一人、自分の仕事に誇りと責任を持って、省のためではなくて国益のために働く、国家国民のために働く、そういう公務員制度改革が急務であるというふうに考えております」(衆議院内閣委員会2013年11月22日)と述べている。

 目的や「よし」である。では、どうやって目的を実現するのか。改革の中身を概観しよう。改革は多岐にわたるが、柱となるのは、①幹部公務員の一元管理、②内閣人事局の設置、③内閣総理大臣補佐官・大臣補佐官の3点である。

 なかでも鍵となるのが、幹部公務員についての新しい任免システムである。法律では、「幹部職」と規定されているが、事務次官・局長・審議官クラスが対象で、霞ヶ関全体で約600人が対象となる(審議官の下には課長・企画官・課長補佐・係長などがある)。幹部職員となるためには、職務遂行能力をチェックする適格性審査をクリアしなければならない。そして、クリアした者は幹部候補者名簿に記載される。この名簿の中から、具体的なポストへの任命が行われる。

 任命権者、すなわち大臣が任命を行うが、その際、あらかじめ総理大臣及び官房長官と協議しなければならない。また、総理大臣・官房長官は、自ら考える候補者を特定のポストに就けるために、任命権者に協議を求めることができる。国家公務員法上、公務員の任免権を持っているのは大臣であるが、現在でも、次官や局長等の人事については、内閣の人事検討委員会に諮ることになっている。今回は、これを法的に総理大臣・官房長官・大臣の三者の協議により決定しようとするものである。

 それから、今回新たに規定されたのが、幹部職員の降任である。従来の仕組みでも降任が全くできなかったわけではないが、手続きが定められていないため事実上できなかった。当該の幹部職員が他の幹部職員に比べて職務実績が劣っていること、他の特定の者が任命された場合に当該幹部職員より優れた業績を上げることが十分見込まれること、転任させるべき適当な官職がないことなどの条件がいずれも満たされる場合、当該幹部職員を、その意に反して、直近下位のポストに降任させることができるようになる。

 そして、これらの幹部職員の一元管理に関する事務、それから国家公務員制度の企画・立案などの事務を行う組織として、内閣に内閣人事局が新設される。内閣人事局は、現在の総務省や人事院の関係部局の機能や人員を移管することによりつくられる。内閣人事局長は、総理大臣が内閣官房副長官(現在3名)から指名する者が就任する。初代の局長には、役所出身の杉山和博副長官が就任する見込みである。

恣意的な人事の懸念

 幹部職員についての新しい任免の仕組みを紹介したが、これがなぜ問題なのか。法案の国会審議において、菅義偉官房長官は、「今回の法案というのは、政府として総合的人材戦略を担う内閣人事局を新たに設置し、(中略)、そういう意味におきまして、官邸のリーダーシップを強める」(衆議院内閣委員会2013年11月27日)と述べている。官邸主導による幹部職員の人事は当然だと思うかもしれない。しかし、今回の改革によって、稲田担当大臣が述べるように、「官僚の皆さんが一人一人、自分の仕事に誇りと責任を持って、省のためではなくて国益のために働く、国家国民のために働く」ようになるのだろうか、我々は冷静に考えなければならない。

結論からいえば、新しい任免の仕組みでは、今以上に公務員の猟官運動が盛んになると危惧している。現在のところ、適格性審査や総理大臣等による三者協議の基準などは明らかにされていないが、それらが明確ではないと、大臣らの意向で幹部人事が決まることになる。公務員は、総理大臣・官房長官・大臣に自分を登用してほしいと依頼し、彼らのイエスマンになるだろう。民間からも大臣らに取り入る者が出てくる。ビジネスに直結するからだ。

 しばしば、年功序列ではなく、抜擢人事を行うべきとの意見を聞く。一般論では否定しないが、降格人事や抜擢人事は恣意的な人事と紙一重である。民主党政権や今回の安倍政権でも、一般職の長官・次官・局長といったポストに官邸筋の友人や特定の関係のある者が就いている。なぜあの人が高位のポストに就けるのか、多くのうわさを聞く。国家公務員法の建前からいえば、能力・業績を立証しなければならないが、そのような手続きが行われたとは聞いたことがない。

 幹部職員の任命方法については検討の経緯がある。国家公務員制度改革基本法の具体化を検討し改正法案への提言を行ったのは、国家公務員制度改革推進本部顧問会議であり、実は筆者もその検討に加わった。その報告書(2008年11月)は、「幹部候補者名簿はポスト毎に作成する。各ポストに対して2~3倍程度の候補者が掲載されている名簿とし、各人は、複数のポストに候補者として掲載され得ることとする方向で検討すべきである」と指摘している。ポストごとに数人の候補者をリストに載せるのは世界標準であるが、数百人規模の候補者名簿から大臣らが幹部職員を選ぶことになれば、大臣が「あなたは優秀だ」といえばよく、大臣が好き嫌いで幹部職員を選ぶことになる。

問題の本質は公務員の政治化にある

 こうした改革議論の背景にあるのが、政治主導のため大臣の任命権を強めるべきだという考え方である。また、大臣に対する公務員の応答性(主人の要求に対して従順に応えるという意味)を高めるために、政治任用すべきという意見も同様である。稲田担当大臣は、今までは局長などを降格できなかったが、新たな仕組みでは、「ほかの局長に比べて相対的に能力が劣っているにすぎない人を降任させて他の抜てき人事を行うことができる」(衆議院内閣委員会2013年11月27日)と述べている。だが、「相対的な能力」の差を客観的に証明できるだろうか。それがなければ、新たな幹部公務員制度は、一般職の地位を維持しながら、実質的には政治任用を行う仕組みとなるだろう(一般職、政治任用については前編を参照)。

 問題の本質は政治任用の適否というより、幹部公務員の政治任用、あるいは特別職化は、霞ヶ関の問題を解決できるかである。筆者は、霞ヶ関の問題は政策立案機能や組織のマネジメント能力の低下であると考えている。財政、年金、高速道路需要の推計の誤りなどに始まり、社会保険庁の消えた年金記録、農水省の汚染米、防衛省の調達汚職、例年会計検査院により指摘される無駄な支出など、実施面の問題も枚挙にいとまがない。こうした問題の根本的な原因は、公務員の専門性が軽視され、公務員が「政治化」していることである。ここでの政治化とは、与野党の国会議員との濃密な接触から政治的に強い影響を受けていること、公務員や省庁自身が自らの利害を持ちその追求を図っていること、そして曖昧な政官関係をさす。

 最近の大きな問題としては、福島第1原子力発電所の事故が挙げられる。国会に設置された事故調査委員会は、事故の根源的な原因として、規制当局が規制される東京電力に「虜」(とりこ)にされ、監視・監督機能が失われたことを挙げた。虜になったのは、危機管理意識の低さや専門性の欠如に起因する。公務員は、1、2年程度で人事異動を繰り返すため、専門性は身に付かず、規制される電力会社に頼ってしまったのが実情である。更に、電力会社は、規制当局である経済産業省から多くの天下りを受け入れている。株式会社は、メリットもないのに、天下りを受け入れることはない。

公務員の政治化の根源は、現在の任命プロセスにある。国家公務員法は能力や成績を基準とする資格任用の原則を規定するものの、公務員の任命権は大臣にある。昇任を含め任命プロセスは、各省大臣の選考に委ねられている。問題は、その基準が一般的であり、資格任用を担保する仕組みになっていないことである。英国などの国では、一般公務員は、政治任用を防ぐため、大臣が幹部を直接任命する仕組みになっていない。選考委員会や中央人事機関が審査・推薦し、これを首相や大臣が承認する仕組みが通常である。間接的な任命手続きをとり、大臣の影響力を極力遮断している。公務員の中立性を守ることに与野党を問わずコンセンサスがあるからである。

 こうした状況で、大臣の任命権を強めたり、一般公務員を政治任用することは、霞ヶ関を更に政治化させ、専門的な分析や組織マネジメントをおろそかにする。政治任用とは、政治家とのコネや関係により公務員を任命することもできる仕組みであり、究極的には、能力・業績主義とは相反するものだからだ。

オーストラリアの上級管理職制度に学べ

 参考になるのはオーストラリアの事例だ。経済や社会制度が行き詰まったオーストラリアの国民は、1983年、政権交代を選択した。オーストラリアでも、官僚主導の弊害が問題になっていたが、労働党政権は、これを政治主導に変えた。労働党は、マニフェストでは幹部公務員の政治任用を掲げていたものの、実行しなかった。代わりに導入したのが上級管理職制度である。次官を除く幹部は、全て原則公募とし、選考委員会の審査を経て任命される。次官は、通常上級管理職の中から選考されるが、任期付採用となった。

 この改革により、役所のセクショナリズムや縄張り意識は是正された。幹部になるためには、公募による競争に勝つ必要があり、教育省の出身だからと言って教育省の幹部にはなれないからである。また内閣の政策目的に貢献する者が出世するようになった。オーストラリアは米国型の制度でなくても政治主導は実現できることを証明した。ただし、改革には十年余を要した。政治家が指導力を発揮し、役人たたきではない改革を慎重に進めたからである

真の内閣一元管理

 今回の改革で、日本においても、幹部公務員を別に人事管理する仕組みが導入されることになり、それは評価すべきであるが、明確な基準により能力・業績を評価する仕組みが構築されないと、それは、オーストラリアなどの幹部公務員制度と似て非なるものになるだろう。

 今回の改革の柱である幹部の一元管理とは、省益や私益を追求する者が幹部公務員となることを防ぐとともに、時の政権が掲げる政策の立案・実施を積極的に支える公務員を育成し、適材適所の配置を行うことである。そのためには、公務員を「政治化」するのではなく「非政治化」する必要がある。法律には手続きの詳細が定められていないので、運用が問題となる。

第1に透明かつ競争的な任命プロセスをつくる必要がある。適格性審査や候補者名簿の作成に中立的な選考委員会や人事院が関与し、ポスト毎に候補者を内閣に推薦する仕組みである。この推薦を踏まえて、首相・大臣が最終的に決定する。こうした仕組みは、英国等、次官に至るまで公務員の中立性が守られている国では標準的である。政府横断的に適材適所の人事を行うためには、官民にかかわらず幹部公務員をその能力や業績に基づき競争させることがカギである。

第2に、正確な人事情報の収集とインセンティブである。内閣人事局は、大臣らから出された人事提案が能力や業績に基づくものであるかを審査し、もしそれが恣意的な場合は、「ノー」と言えなければならない。そのためには、幹部公務員やその候補者の正確な人事情報が必要である。それから、内閣官房等で政府全体の見地から政策立案や実施において業績を上げた者を、省庁等の幹部に登用するようにすることである。しばしば、内閣官房等へは、ノーリターンで出向させるべきだという主張がなされるが、それでは、「日の丸官僚」は内閣に集まり、「省益官僚」は各省に残ることになる。セクショナリズムを是正するためには、全く逆である。出世するためのインセンティブを、省益を守ることから政府の方針に従い業績をあげることに変えることが肝要である。

第3に、政治任用の活用とガイドラインの策定である。官僚主導と批判されるのは、大臣が政策スタッフを持たず、官僚機構に情報を握られているからである。今回の法案では、補佐官制度が導入されるが、彼らは政治任用される。英国等でも、大臣の顧問が存在し、彼等はまさに大臣による政治任用である。米国では、局長等幹部は政治任用だが、課長クラスまでは競争原理による資格任用が原則である。重要なことは、資格任用の公務員と政治任用の公務員を区別することである。どのようなレベルで区別するかは国によって異なる。日本の問題は、明確な区別がないことである。一般職公務員と政治任用者それぞれの行動規範や具体的な行動・行為を想定したガイドラインを作成し、前者の政治的行為を禁止するとともに、後者のアカウンタビリティや権限を明確にする必要がある。

公務員制度改革は政治改革と表裏

 結局のところ、公務員制度改革とは公務員に何をさせるかという問題に改めて答えることである。一般公務員を政治任用し、政治家の分身として調整業務をさせるのか、それとも中立性を基本に専門的分析や評価を行わせるかである。この選択は国よって異なる。幹部公務員について政治任用か資格任用か、採用が閉鎖型か開放型かで、主要国の公務員制度を分類したのが図である。

 米国では、大統領選挙で応援した者が幹部なるなど、政治任用への批判も多いが、かろうじてそれが機能しているのは、厳しいチェック・アンド・バランスがあるかである。能力のない者が幹部になれば、批判の対象になる。日本と同じような公務員制度であった韓国は、近年、上級公務員制度を導入し、数値目標付きの公募を実施している(省庁のすべての幹部ポストの2割を官民公募、3割を政府内での公募)。

 筆者は、事務次官等の幹部公務員については、英国等をモデルにすべきと考える。公務員制度改革と政治改革はコインの表裏の関係にある。政治主導を強めることに異論はないが、それは大臣の任命権を強めることではない。英国では、大臣に実質的な人事権はないが、政治主導の国として評価されている。それは、公務員の専門的な分析検討に基づき、首相・大臣が調整や意思決定に指導力を発揮しているからだ。新たに内閣人事局が設置されれば、それは霞ヶ関の最強の権力機関になるかもしれない。府省の幹部職員の人事を握っているからである。透明な任命プロセスとチェックシステムがないと、猟官運動が横行しセクショナリズムも是正できない。一般職公務員と政治任用者を区別し、それぞれの役割に応じた人事管理を構築する必要がある。