来年は明治元年から数えて満150年にあたる。

政府は記念の施策を行うことを決め、明治期に関する文書・写真の収集とデジタル化、活躍した若者や女性の発掘、ゆかりのある建築物の公開などにとり組むよう、各省庁に指示した。

気になるのは、全体をつらぬく礼賛ムードだ。

政府は「明治の精神に学び、更に飛躍する国へ」とうたう。「明治の精神」とは何か。列記されているのは機会の平等、チャレンジ精神、和魂洋才だ。

たしかに江戸時代に比べ、人々の可能性は広がった。一方で富国強兵の国策の下、生命を失い人権を侵された内外の大勢の市民、破壊された自然、失われた文化があるのも事実だ。

歴史の光の部分のみ見て、影から目を背けるのはごまかしであり、知的退廃に他ならない。

復古色が批判を浴びた佐藤栄作内閣の明治100年記念の時でさえ、政府が行事などにのぞむ際の姿勢を記した文書には、「過去のあやまちについては謙虚に反省」の一文があった。

だが今回、そうした言及は一切ない。「坂の上の雲」を追いかけ、近代化をなしとげた歩みだけが強調されている。

関連で注意すべき動きもある。文化の日を「明治の日」に改称させようという運動だ。

11月3日はもとは明治天皇の誕生日だ。文化の日などという「曖昧(あいまい)な祝日」はやめ、明治を追憶する日にしよう――。そう唱える人たちの集会に出席した稲田防衛相は、「神武天皇の偉業に立ち戻り、伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神。それを取り戻すべく頑張ろう」とあいさつした。

文化の日は、憲法公布の日を記念し「自由と平和を愛し、文化をすすめる」として定められた。当時の国会の委員会会議録には、「戦争放棄を宣言した重大な日」と位置づけ、この日を文化の日とする意義を説く委員長の言葉が残されている。

こうした経緯を踏まえず、神話の中の天皇を持ち出して「明治の栄光」を訴えるふるまいには、時代錯誤の一言で片づけられない危うさを感じる。

昨年亡くなった三笠宮崇仁(たかひと)さまは、神武天皇即位の日とされた戦前の紀元節を復活させる動きを、学問的根拠がないと厳しく批判したことで知られる。

歴史をひと色に塗り固め、科学や理屈を排し、美しい物語に酔った先にあるものは何か。

曲折の末、旧紀元節の日に制定された51回目の建国記念の日を機に、歴史に誠実に向きあう大切さを改めて確認したい。