Global Ethics


「小指の痛みを、体全体の痛みとして感じてほしいのです」 by limitlesslife

〔追記〕

なぜ「9条3項・加憲案」はダメなのか

本書を書きあげたあと、今年(2017年)5月3日の憲法記念日に、
突如、安倍首相から改憲案が提起されました。
現在の憲法9条1項2項は残しつつ、自衛隊の存在を憲法上
(おそらく9条3項)に明記するという「加憲案」です。

もちろん自衛隊と憲法9条2項(戦力の不保持)のあいだに存在する深刻な矛盾は、
いずれ解消しなければなりません。

けれどもオモテの条文だけを見て、「ウラの掟」(安保法体系と密約法体系)
の存在を知らずに憲法に手を触れることが、いかに危険であるか。
本書を最後まで読んでいただいたみなさんには、
その深刻さがよくわかっていただけると思います。

ひとことで言うと憲法9条は、もともと占領中に国連憲章(国連軍)
とセットで書かれたものだったのですが、
本書(第9章)でご説明したダレスのトリックによって、
1952年の独立後は、日米安保条約とセットで存在しているものだからです。

そのなかで米軍は、オモテの条文には書かれていない、
(1)「日本の国土を自由に軍事利用できる権利(基地権) 」
(第1章・第2章・第3章・第5章)
(2)「戦時には自衛隊を自由に指揮できる権利(指揮権)」
(第8章・第9章)
という、信じられないほど大きな権利を密約によって持っています。

そしてその歪んだ法的関係を構造的に支えているのが、
(3)「日米合同委員会」(第4章)
(4)「最高裁(砂川判決)」(第6章)
というふたつの聖域化された、アンタッチャブルな機関です。

この(1)から(4)までの四つの問題を解決しないまま、
憲法で自衛隊を容認してしまうと、その先に待っているのは
第9章でご説明した通り、朝鮮戦争のさなかに生まれた
「米軍による日本の軍事利用体制」の完成です。

では、いったいどうすれば日本は今後、そのような歪んだ構造をただして、
みずからが主権を持ち、憲法によって国民の人権が守られる、
本当の意味での平和国家に生まれ変わることができるのか。

その複雑なパズルを解くためには、いま、すべての人が、
すべてのポジショントークを一度やめて、遠く離れた場所
(沖縄、福島、自衛隊の最前線)で大きな矛盾に苦しむ人
たちの声に真摯に耳を傾け、あくまで事実に基づいて(第7章)、
根本的な議論を行うときにきていると私は考えます。

あとがき

美しい「理念」を語るより、社会の「安定」を重んじる立場を「保守」
と呼ぶのなら、私はその立場を心から支持します。
社会が混乱に陥ったとき、最初に犠牲になるの はいつも私たち一般の庶民、
なかでも、もっとも立場の弱い人たちだからです。

けれどもその「安定」が、単に見せかけだけのものにすぎないとしたら。

すでに社会の中枢神経がおかしくなっていて、
末端で起きている悲劇やその痛みが、ただ感じられなくなっているだけだとしたら。

遠からず、いま私たちの生活を支えているさまざまな防波堤は決壊し、
日本という国全体が大きな混乱に陥ってしまうことでしょう。

私が自分の本のなかで繰り返し取り上げてきた沖縄の人たちは、
かつてその危険性を、

「小指の痛みを、体全体の痛みとして感じてほしいのです」

という、見事な言葉で表現してくれました。

それはただ、苦境にある自分たちを助けてくれというお願いではありません。

体の一部がこれほどまでに傷ついているのに、
その痛みが感じられないとは、いったいどういうことなのか。
痛みというセンサーを失った生きものが、
どうして安全に生きていくことができるのか。
このあと体全体に何が起ころうとしているのか、
少しは想像してみたらどうなのだーー 。

そういう同胞としての、心からの警告でもあるのです。

沖縄が長い苦難の歴史のなかから紡ぎ出した、
そうした輝くような言葉のなかにこそ、これから日本という国が
再生していくための貴重な知恵が存在していると私は思っています。

この本は、2010年6月の鳩山内閣の崩壊と、
その9ヵ月後に起こった福島原発事故をきっかけに始めた、
約7年間にわたる「大きな謎を解く旅」の全体像を、
できるだけ簡単にまとめたものです。

旅を終えた感想としては、

「日米の軍事的な関係についての闇は、たしかに深かった。
しかしそれは、自分たちがあまりに無知だったから深かっただけで、
わかってみると案外単純な話でもあった」

というのが正直なところです。

本文中では、

「あとは、きちんとした政権をつくってアメリカと交渉するだけだ」

と書きましたが、もちろん容易なことではありません。
急いで調べる必要があるのは、他国のケーススタディです。

○ 大国と従属関係にあった国が、どうやって不平等条約を解消したのか。

○ アメリカの軍事支配を受けていた国が、どうやってそこから脱却したのか。

○ 自国の独裁政権を倒した人たちは、そのときどのような戦略を立てていたのか。

これからは、そうした「解決策を探す旅」が始まります。

少し時間はかかるかもしれませんが、何かわかったら、またご報告します。

それまでしばらくのあいだ、みなさん、さようなら。
お元気で。

はじめに

それほどしょっちゅうではないのですが、
私がテレビやラジオに出演して話をすると、すぐにネット上で、

「また陰謀論か」
「妄想もいいかげんにしろ」
「どうしてそんな偏(かたよ)った物の見方しかできないんだ」

などと批判されることが、よくあります。

あまりいい気持ちはしませんが、だからといって腹は立ちません。

自分が調べて本に書いている内容について、いちばん
「本当か?」と驚いているのは、じつは私自身だからです。

「これが自分の妄想なら、どんなに幸せだろう」

いつもそう思っているのです。

事実か、それとも「特大の妄想」か

けれども本書をお読みになればわかるとおり、
残念ながらそれらはすべて、複数の公文書によって裏付けられた、
疑いようのない事実ばかりなのです。

ひとつ、簡単な例をあげましょう。

以前、田原総一朗さんのラジオ番組(文化放送「田原総一朗 オフレコ!」)
に出演し、米軍基地問題について話したとき、こんなことがありました。
ラジオを聞いていたリスナーのひとりから、放送終了後すぐ、
大手ネット書店の「読者投稿欄」(カスタマーレビュー)に
次のような書き込みがされたのです。

★☆☆☆☆〔星1つ〕 UFO博士か?
なんだか、UFOを見たとか言って騒いでいる妄想ですね。
先ほど、ご本人が出演したラジオ番組を聞きましたが
(略)
なぜ、米軍に〔日本から〕出て行って欲しいというのかも全く理解できないし、
〔米軍〕基地を勝手にどこでも作れるという特大の妄想が正しいのなら、
(略)
東京のど真ん中に米軍基地がないのが不思議〔なのでは〕?

もし私の本を読まずにラジオだけを聞いていたら、
こう思われるのは、まったく当然の話だと思います。
私自身、たった7年前にはこのリスナーとほとんど同じようなことを
考えていたので、こうして文句をいいたくなる人の気持ちは
とてもよくわかるのです。

けれども、私がこれまでに書いた本を1冊でも読んだことのある人なら、
東京のまさしく「ど真ん中」である六本木と南麻布に、
それぞれ非常に重要な米軍基地(「六本木ヘリポート」と
「ニューサンノー米軍センター」)があることをみなさんよくご存じだと思います
(89ページ)。

そしてこのあと詳しく見ていくように、日本の首都・東京が、
じつは沖縄と並ぶほど 米軍支配の激しい、世界でも例のない場所だということも。

さらにもうひとつ、アメリカが米軍基地を日本じゅう「どこにでも作れる」
というのも、残念ながら私の脳が生みだした「特大の妄想」などではありません。

なぜなら、外務省がつくった高級官僚向けの極秘マニュアル
(「日米地位協定の考え方  増補版」1983年12月)のなかに、

○ アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる。

○ 日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することはできず、現実に提供が
困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない。

という見解が、明確に書かれているからです。

つまり、日米安全保障条約を結んでいる以上、
日本政府の独自の政策判断で、アメリカ側の基地提供要求に「NO」という
ことはできない。

そう日本の外務省がはっきりと認めているのです。

北方領土問題が解決できない理由

さらにこの話にはもっとひどい続きがあって、
この極秘マニュアルによれば、
そうした法的権利をアメリカが持っている以上、
たとえば日本とロシア(当時ソ連)との外交交渉には、
次のような大原則が存在するというのです。

○ だから北方領土の交渉をするときも、返還された島に米軍基地を置かない
というような約束をしてはならない。(註1)

こんな条件をロシアが呑(の)むはずないことは、小学生でもわかるでしょう。

そしてこの極秘マニュアルにこうした具体的な記述があるということは、
ほぼ間違いなく日米のあいだに、この問題について文書で合意した
非公開議事録(事実上の密約)が あることを意味しています(第4章・第5章参照)。

したがって、現在の日米間の軍事的関係が根本的に変化しない限り、
ロシアとの領土問題が解決する可能性は、じつはゼロ。
ロシアとの平和条約が結ばれる可能性もまた、ゼロなのです。

たとえ日本の首相が何か大きな決断をし、担当部局が頑張って
素晴らしい条約案をつくったとしても、
最終的にはこの日米合意を根拠として、
その案が外務省主流派の手で握り潰されてしまうことは確実です。

2016年、安倍晋三首相による「北方領土返還交渉」は、
大きな注目を集めました。
なにしろ、長年の懸案である北方領土問題が、
ついに解決に向けて大きく動き出すのではないかと報道されたのですから、
人々が期待を抱いたのも当然でしょう。

ところが、日本での首脳会談(同年12月15日・16日)が近づくにつれ、
事前交渉は停滞し、結局なんの成果もあげられませんでした。

その理由は、まさに先の大原則にあったのです。

官邸のなかには一時、この北方領土と米軍基地の問題について、
アメリカ側と改めて交渉する道を検討した人たちもいたようですが、
やはり実現せず、結局11月上旬、モスクワを訪れた元外務次官の
谷内正太郎(やちしょうたろう)国家安全保障局長から、

「返還された島に米軍基地を置かないという約束はできない」

という基本方針が、ロシア側に伝えられることになったのです。

その報告を聞いたプーチン大統領は、11月19日、
ペルー・リマでの日ロ首脳会談 の席上で、安倍首相に対し、
「君の側近が『島に米軍基地が置かれる可能性はある』と言ったそうだが、
それでは交渉は終わる」

と述べたことがわかっています(「朝日新聞」2016年12月26日)。

ほとんどの日本人は知らなかったわけですが、この時点ですでに、
1ヵ月後の日本で の領土返還交渉がゼロ回答に終わることは、
完全に確定していたのです。

もしもこのとき、安倍首相が従来の日米合意に逆らって、

「いや、それは違う。私は今回の日ロ首脳会談で、
返還された島には米軍基地を置かないと約束するつもりだ」

などと返答していたら、彼は、2010年に普天間(ふてんま)基地の
沖縄県外移設を唱えて失脚した鳩山由紀夫首相(当時)と同じく、
すぐに政権の座を追われることになったでしょう。

「戦後日本」に存在する「ウラの掟」

私たちが暮らす「戦後日本」という国には、国民はもちろん
首相でさえもよくわかっていないそうした「ウラの掟」が数多く存在し、
社会全体の構造を大きく歪(ゆが)めてしまっています。

そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、
じつは日米両政府のあいだではなく、
米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、
占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。

私が本書を執筆したのは、そうした「ウラの掟」の全体像を、

「高校生にもわかるように、また外国の人にもわかるように、
短く簡単に書いてほしい」

という依頼を出版社から受けたからでした。

また、『知ってはいけない』というタイトルをつけたのは、
おそらくほとんどの読者にとって、そうした事実を知らないほうが、
あと10年ほどは心穏やかに暮らしていけるはずだと思ったからです。

なので大変失礼ですが、もうかなりご高齢で、
しかもご自分の人生と日本の現状にほぼ満足しているという方は、
この本を読まないほうがいいかもしれません。

けれども若い学生のみなさんや、現役世代の社会人の方々は、
そうはいきません。
みなさんが生きている間に、
日本は必ず大きな社会変動を経験することになるからです。

私がこれからこの本で明らかにするような9つのウラの掟(全9章)と、
その歪みがもたらす日本の「法治国家崩壊状態」は、
いま沖縄から本土へ、そして行政の末端から政権の中枢へと、
猛烈な勢いで広がり始めています。

今後、その被害にあう人の数が次第に増え、
国民の間に大きな不満が蓄積された結果、「戦後日本」
というこれまで長くつづいた国のかたちを、
否応なく変えざるをえな い日が必ずやってきます。

そのとき、自分と家族を守るため、また混乱のなか、
それでも価値ある人生を生きるため、さらには無用な争いを避け、
多くの人と協力して新しくフェアな社会をいちからつくっていくために、
ぜひこの本を読んでみてください。

そしてこれまで明らかにされてこなかった「日米間の隠された法的関係」
についての、全体像に触れていただければと思います。

(本書の内容をひとりでも多くの方に知っていただくため、
漫画家の、ぼうごなつこさんにお願いして、各章のまとめを
扉ページのウラに4コマ・マンガとして描いてもらいました。
全部読んでも3分しかかかりませんので、まずはマンガから
9章分通して読んでいただいてもけっこうです。

商業目的以外でのこのマンガの使用・拡散は、
次のサイトから自由に行ってください。
〔アドレス https://goo.gl/EZij2e〕)

註1 原文は次の通り。
「このような考え方からすれば、例えば北方領土の返還の条件として
「返還後の北方領土には施設・区域〔=米軍基地〕を設けない」
との法的義務をあらかじめ一般的に日本側が負うようなことを
ソ連側と約することは、安保条約・地位協定上問題があるということになる」
(「日米地位協定の考え方 増補 版」1983年12月/
『日米地位協定の考え方・増補版│ 外務省機密文書』所収 2004年 高文研)

「知ってはいけない」この国を動かす「本当のルール」とは?
矢部宏治著 (講談社現代新書 2017年8月20日刊)

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

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日米地位協定を「正常化」しない限り、護憲/改憲論議に意味はありません。   by limitlesslife
July 9, 2017, 10:24 pm
Filed under: 日米
Kenji Isezaki 9時間前 ・
日米地位協定を「正常化」しない限り、護憲/改憲論議に意味はありません。

護憲派へ:
世界で一番戦争をするアメリカを体内に置く「非戦」に意味はありません。恒常的に軍
事基地に国土を提供し、国土の通過を許し、そればかりかそれらの管理権まで差し出し
、加えて多大な税金まで投入する日本は、国際法上、戦争の当事者になります。かとい
って、一足飛びに「基地反対」に逃げこまないでください。まず、(米軍基地のあるど
この国でも達成しているように)地位協定上の管理権を回復し、アメリカのやる戦争を
日本の戦争であると真っ正面に捉え、アメリカを体内においても日本の国益に反する戦
争をさせない、専守防衛に徹しながら「非戦の主権」を獲得する手があります。アメリ
カは他の国とは、ここを譲歩しているのです。

改憲派へ:
「軍事の主権」がない日本を、ロシア、中国がまともな領土問題の交渉相手として見な
すでしょうか? 彼らの立場に立って考えてごらんなさい。これは、独自に核武装する
とか、アメリカから完全独立することではありません。一足飛びに偏狭なナショナリズ
ムに逃げこまないでください。アメリカを体内に置きながら、そのアメリカに自由なこ
とはさせないという強いアイデンティティを周辺国に明確に示すことができます。NATO
の一員でありながら、隣接するロシアと領土問題を解決しているノルウェーが良い例で
す。それは、「全土基地方式」を高らかに撤廃し、地位協定上の管理権を回復するだけ
で可能です。それをアメリカは、旧敗戦国ドイツ、イタリアとでさえ、フィリピンとで
さえ、そしてイラク、アフガニスタンとでさえ、譲歩しているのです。

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



対米従属国家の「漂流」と「政治的退廃」=特別寄稿・内田樹 by limitlesslife
June 6, 2017, 12:49 pm
Filed under: 憲法, 日米

安倍首相(左)と、トランプ米大統領

 安倍晋三首相による「1強体制」の下、国内外の危惧する声をよそに、「共謀罪」が成立しようとしている。一方で、国民が望む加計学園問題の疑惑解明は、果たされぬままだ。絶えず問題が起こる日本。どうしてだろう? 思想家の内田樹氏が「日本の諸問題の根底にあるもの」を解き明かす。

 私たちが「問題」と呼んでいるものの多くは長期にわたる私たち自身の努力の成果である。だから、それは「問題」というよりむしろ「答え」なのである。

 私見によれば、現代日本の問題点の多くは、私たちが久しく「ある現実」から必死に目を背けてきた努力の成果である。私たちが目を背けてきた「ある現実」とは「日本はアメリカの属国であり、日本は主権国家ではない」という事実である。この事実を直視することを集団的に拒否したことから、今日のわが国の不具合のほとんどすべてが派生している。

 日本は属国だというとすぐに怒り出す人たちがいるので、同じことをそれよりは穏やかな表現に言い換えてみる。日本国民は憲法制定の主体ではない。

 日本国憲法は1946(昭和21)年11月3日に公布された。公布時点では「上諭(じょうゆ)」(注1)というものが憲法の「額縁」として付されていた。その主語は「朕(ちん)」(注2)である。「朕は日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」。憲法改正を裁可し、公布したのは天皇陛下である。だが、当の憲法前文を読むと、その憲法を制定したのは日本国民だと書いてある。「日本国民は……ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」これを背理とか没論理と言ってはならない。憲法というのはそもそも「そういうもの」なのである。

 憲法前文が起草された時点で、憲法の制定主体となりうるような「日本国民」は存在しなかった。いなくて当然である。憲法施行の前日まで全日本人は「大日本帝国臣民」だったからである。憲法を確定するほどの政治的実力を有した「日本国民」なるものは、権利上も事実上も、憲法施行時点では日本のどこにも存在しなかった。

 もちろんGHQと憲法草案について交渉をした日本人はいた。九条二項(注3)を提案したのが幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)(注4)だったというのもおそらく歴史的事実だったであろう。けれども、そのことと「日本国民は……この憲法を確定する。」という条文の間には千里の径庭(けいてい)がある。

 憲法の制定主体は憲法内部的に明文的に規定されない。現に、憲法の裁可主体が「朕」であり、大日本帝国議会が憲法改正を議決したという事実は、日本国憲法の本文のどこにも書かれていない。同じように、憲法を制定したのは日本国民であるはずなのだが、その「日本国民」が何者であるかについては憲法内部には規定が存在しない(十条に「法律で定める」としてあるだけだ)。でも、憲法というのは「そういうもの」なのだ。

 憲法の事実上の制定主体は、いかなる合法的根拠もなしに憲法を強制できるほどの圧倒的な政治的実力を有している。憲法を制定するのは超憲法的主体である。ふつうは戦争か革命か、あるいはそれに準じる壊乱的事態を収拾した政治主体がその任を担う。日本国憲法の場合はダグラス・マッカーサーである。

 米国務長官だったジョン・フォスター・ダレスは56年に、日米安保体制とは「アメリカが、日本国内の好きな場所に、必要な規模で、いつでも、そして必要な期間に基地を置くことができる」ことだと語った。これは「アメリカは超憲法的存在だ」ということを軍事用語に言い換えたものである。この言明は今に至るまで撤回されていない。

「主権在民」は本当のことなのか

 私たち日本国民は憲法制定の主体であったことはない。だから、正直に言って、私たちは自分たちがこの国の主権者であるという実感を持ったことがない。教科書では「主権在民」と教えられたけれど、ほんとうの主権者は太平洋の向こうにいるということを私たちはずっと知っていた。国に主権がないのに国民が主権者でありうるわけがない。

 けれども、日本がいつかアメリカから国家主権を奪還する日が来る、日本国民がいつか晴れて日本の主権者になれる日が来るのではないかということについては日本人は漠然とした期待だけは抱き続けていた。それが「対米従属を通じての対米自立」というのは国家戦略の意味である。対米従属は敗戦国にとってはそれ以外に選択肢のない必至の選択であり、また十分に合理的なものであった。そのおかげで日本は51年にサンフランシスコ講和条約で国際法上の主権を回復し、72年には沖縄施政権を回復した。これはまさに対米従属の「成果」と呼ぶべきものである。このペースでこのまま主権回復・国土回復(レコンキスタ)が続けばいずれ日本が主権を回復する日が来る、日本人はそう希望することができた。

 そのうちに高度成長期が来て、「経済戦争でアメリカに勝つ」という途方もない希望がいきなり現実性を持ってきた。「エコノミックアニマル」と国際社会では蔑(さげす)まれたが、あれは「もしかすると国家主権を金で買えるかも知れない」という敗戦国民の脳裏に一瞬浮かんだ夢がもたらしたものだったのである。しかし91年のバブル崩壊でその夢はついえた。

 国際社会で地政学的な存在感を増して、実力を背景にアメリカに国家主権を認めさせるというプランは2005年の国連常任理事国入りの失敗で終わった。このとき日本の常任理事国入りの共同提案国になったアジアの国はブータン、アフガニスタン、モルジブの三カ国のみだった。中国も韓国もASEAN諸国も日本の大国化を非とした。日本が常任理事国になってもそれは「アメリカの票が一つ増えるだけ」という指摘に日本の外交当局は反論できなかった。

 この時点で、政治・経済分野における「大国化を通じての対米自立」というプランは水泡に帰した。指南力のある未来像を提示して国際社会を牽引(けんいん)するとか、文化的発信力で世界を領導するなどというのはもとより不可能な夢である。だから、05年時点で、「対米従属を通じての対米自立」という戦後60年間続いた国家戦略は事実上終焉(しゅうえん)したのである。そして、それからあとは「対米自立抜きの対米従属」という国家の漂流と政治的退廃が日本を覆うことになった。

 12年のアーミテージ・ナイ報告書(注5)は「日本は一流国家であり続けたいのか、それとも二流国家に成り下がって構わないのか? 日本の国民と政府が二流のステータスに甘んじるなら、この報告書は不要であろう」という恫喝(どうかつ)から始まる。日本政府はこの恫喝に縮み上がって「一流国でありたいです」と答えて、報告書のすべての要求に応じた(原発再稼働、TPP交渉参加、掃海艇ホルムズ海峡派遣、特定秘密保護法の立法、PKOの法的権限の拡大、集団的自衛権の行使容認、武器輸出の解禁などなど)。「一流国でありたければ、言うことを聞け」というような剥(む)き出しの恫喝に叩頭(こうとう)する国を他国は決して「主権国家」とはみなさないだろうということが頭に浮かばないほどに日本人はいつの間にか「従属慣れ」してしまっていた。

対米従属こそ国益という偽装

 この急激な「腰砕け」は世代交代のせいだと私は思っている。1980年代まで、政官財の主要なプレーヤーは戦前生まれであり、「日本が主権国家であった時代」を記憶していた。彼らが生まれた時に祖国は主権国家であった。そして、自国の運命にかかわる政策を(それが亡国的なものであってさえ)、他国の許諾を求めることなく自己決定することができた。それが「ふつうの国」であり、敗戦国日本はそこに回帰すべきだという「帰巣本能」のようなものをこの世代までの人々は持っていた。

 けれども、21世紀に入ってしばらくすると「主権国家の国民であった記憶」を持ったこの人たちがいなくなった。今の日本の指導層を形成するのは「主権を知らない子どもたち」である。この世代(私もそこに含まれる)にとって「アメリカの属国民であること」は自明の歴史的与件であり、それ以外の国のかたちがありうるということ自体をうまく想像することができない。

 敗戦国が戦勝国の属国になるというのは歴史上珍しいことではない。敗戦国がそのあと主権を回復したのも同じく珍しいことではない。それができたのは、「われわれは属国という屈辱的な状況のうちにある。いつの日か主権を奪還しなければならない」という臥薪嘗胆(がしんしょうたん)・捲土(けんど)重来という気概を人々が長期的に保持していたからである。

 日本の危機はその気概そのものが失われたことにある。今わが国の要路にある人々はおしなべて対米従属技術に長(た)けた「対米従属テクノクラート」(注6)である。彼らはアメリカの大学で学位を取り、アメリカに知友を持ち、アメリカの内情に通じ、アメリカ政府や財界の意向をいち早く忖度(そんたく)できる。そういう人たちがわが政官財学術メディアの指導層を形成している。彼らは「対米従属」技術を洗練させることでそのキャリア形成を果たしてきた。そして、21世紀のはじめに「対米従属は対米自立のための戦術的迂回(うかい)である」ということをかろうじて記憶していた世代が退場したあと、自分たちが何のためにそのような技術を磨いてきたのか、その理由がわからなくなった。もちろん彼らが対米従属技術に熟達したのは、たかだか個人的な「出世」のためにすぎなかった。だから、「対米自立」という大義名分が失われたとき、彼らはほとんど本能的に「対米従属こそが日本の国益を最大化する道だ」という新しい大義名分を発明し、それにしがみついた。これはほとんど宗教的信憑(しんぴょう)に類するものであった。

 だが、「対米従属テクノクラート」たちのこの信憑を揺るがすものたちがいる。それは「アメリカから国家主権を奪還したい」という素朴な願いを今も持ち続けている人たちである。この「素朴な」人々は日本の国益とアメリカの国益はときに相反することを現実的経験として知っており、その場合には日本の国益を優先させるべきだと思っている。この人々の「常識」が開示されることを対米従属テクノクラートたちは何よりも恐れている。

 それゆえ、「日本はすでに主権国家であるので、主権奪還を願うというのは無意味かつ有害なことである」というイデオロギーを国民に刷り込むことが対米従属テクノクラートにとっての急務となるのである。ここまで書けば、安倍政権に領導される極右の政治運動が「国民主権」という概念そのものの否定に踏み込んでいること、そしてそれが国民から一定の支持を受けているという「矛盾」の意味が少し理解できるはずである。

「廃憲」で非国民主権を明文化

 先に書いた通り、私たちは「日本には国家主権がないこと」を知っている。それは当然「日本国民は主権者ではない」ということを意味する。むろん国家主権がないがゆえに私たちは主権の回復を願っているわけだけれど、極右の政治思想はそこを痛撃してくるのである。「主権の回復を願うお前たちは権利上何ものなのだ?」と。

 お前たちは主権者ではないし、かつて主権者であったこともない。アメリカによって「主権者」と指名されただけの空疎な観念にすぎない。お前たちがいつ憲法制定の主体となるほどの政治的実力を持ったことがあるか? こう言い立てられると、私たちはたじろいでしまう。まさにその通りだからである。彼らはこう続ける。お前たちはその実情にふさわしい地位と名を与えられなくてはならない。それは「非主権者」である。だから、これから憲法を改定し、基本的人権を廃し、日本国民は日本国の主権者ではないという現実を明文化する。

 極右の「廃憲」論の本質は約(つづ)めて言えばそういうものである。空疎な理念を捨てて痛苦な現実を受け入れろと彼らは命じているのである。曲芸的な理路なのだが、なぜか妙な説得力がある。もちろん「日本の国益とアメリカの国益は完全に一致している」という命題そのものが偽なので、論理は土台から崩壊しているのだが、それでも「お前たちは主権者ではないのだからその無権力にふさわしい従属状態を甘受せよ」という決めつけには尋常ならざるリアリティーがある。

 というのは、それがまさに対米従属テクノクラートたちがアメリカとのフロントラインで日々耳元でがなり立てられている言葉だからである。「お前たちは属国民だ。その地位にふさわしい従属状態を甘受せよ」と。それを言われると彼らも深く傷つく。でも、ほんとうのことなので反論できない。そのフラストレーションを解消するために、対米従属テクノクラートたちは彼ら自身を傷つける言葉をそのままに日本国民にぶつけているのである。

 日本人が国家主権の回復をめざす対米自立の道をもう一度たどり直すまで、この自傷行為は続くだろう。

 病は深い。


注1=旧憲法下で法令などが公布される際、冒頭に記された天皇の裁可を示す文章

注2=天皇、皇帝、国王の自称

注3=戦力の保持と交戦権を否定

注4=戦前は外交官から外相となり、国際協調路線を推進。終戦から約2カ月後の1945年10月、首相に就任

注5=リチャード・アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイ・ハーバード大教授(元国防次官補)を共同座長とする知日派有識者グループの調査報告書

注6=その分野において高度な専門的知識を持つ官僚


うちだ・たつる

 1950年、東京都生まれ。思想家。武道と哲学研究のための学塾「凱風館」(神戸市)を主宰。東京大文学部卒。神戸女学院大名誉教授。専門はフランス現代思想だが、論じるテーマは社会、政治、歴史、教育、宗教など幅広い。著書は『街場のメディア論』(光文社)など多数。近著は『街場の共同体論』(潮新書)

(サンデー毎日6月18日号から)



「主人の眼でものを見るようになった奴隷」が真の奴隷である   by limitlesslife
May 4, 2017, 12:15 pm
Filed under: 日米

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いま日本で起きている絶望的なまでの「公人の劣化」は何に由来するのか。結論から言
ってしまえば「日本はアメリカの属国でありながら、日本人がその事実を否認している
」という事実に由来する。日本社会に蔓延(まんえん)している「異常な事態」の多く
はそれによって説明可能である。

ニーチェによれば、弱者であるがゆえに欲望の実現を阻まれた者が、その不能と断念を
、あたかもおのれの意思に基づく主体的な決断であるかのようにふるまうとき、人は「
奴隷」になる。「主人の眼でものを見るようになった奴隷」が真の奴隷である。彼には
自由人になるチャンスが訪れないからである。

日本はアメリカの属国であり、国家主権を損なわれているが、その事実を他国による強
制ではなく、「おのれの意思に基づく主体的な決断」であるかのように思いなすことで
自らを「真の属国」という地位にくぎ付けにしている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170503-00017589-kana-l14

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



日米関係を「同盟」とは呼べない:ロシアの「北方領土」と同様、米国に「在日米軍基地の固定化」を許してはならない。 by limitlesslife
February 14, 2017, 1:51 pm
Filed under: アベノミス, 日米, 日露

I日米関係を「同盟」とは呼べない 

記載 石垣敏夫

 

安倍首相は在日米軍基地固定化を阻止せよ

 

同盟とは対等であること

「米英同盟」で、イギリスは本土に米軍基地を置かせていない。

過去の日英同盟で、日本政府は、日本の土地にイギリス軍基地を置かせていない。

日独同盟でも日本にドイツ軍基地は置かせていない。

アベ首相が「日米同盟の強化」というなら、

「対米隷属の強化」と事実を述べることである。

 

「同盟とは同じていどの力を持った者同士の間で、成立するもの」

諸葛孔明

 

ロシアの「北方領土」と同様、米国に「在日米軍基地の固定化」を許してはならない。



米軍基地は占領軍の延長: 誤った現状認識の上に、確かな安全保障を築くことはできない。 by limitlesslife
February 9, 2017, 5:33 am
Filed under: 日米

 (情報記載 石垣)
みなさん
お世話様
在日米軍基地は
占領米軍の延長で、
ロシア(旧ソ連)の北方領土と同様
永久に居座る予定です。
日本を守る、などとは全くの偽りです。
そのことをアベら日本の支配者は隠しています。
           石垣敏夫
以下転載です
IROHIRA Tetsuro<DZR06160@nifty.com>;
誤った現状認識の上に、確かな安全保障を築くことはできない。
結論に代えてーー同盟の疲労
誤った現状認識の上に、確かな安全保障を築くことはできない。
最後に、そんな問題意識を提示しておきたいと思う。
本書では、日米同盟が、日本国民の知らない間に、
質的に大きく変化していた事実を明らかにした。
在日米軍は「日本を防衛するために日本に駐留しているわけではなく、
韓国、台湾、および東南アジアの戦略的防衛のために駐留している」こと。
さらに、米軍の日本駐留は「兵站」が目的であること。
そして、日本の防衛は「日本自身の責任」だというのだ。
もちろんどの国の防衛も、最終的にはその国自身が責任を負うものだ。
しかし日本では誤った現状認識のもとに議論が重ねられてきた。
40年以上前の米政府機密文書には、日本人の安全保障観を根底から揺るがす
重大な事実が明記されていた。
他の文書や当時の情勢から判断して、米国のそうした基本政策は、
1972年の沖縄返還前後にまとめられたと推定できる。
そして今も、その政策は継続されている。
日本の防衛は日本の「責任」という記述は、2015年4月に発表された
「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」にも書き込まれていた。
ただし、英語版だけだ。
英語版ガイドラインは、日本が武力攻撃を受けた場合、作戦の実施は
「自衛隊が主たる責任を持つ」としている。
しかし、日本語版ガイドラインでは、重要なキーワードである「責任」
を省略して翻訳せず、あいまいな作為的翻訳をしていた。
恐らく、米側から正式に在日米軍に関する基本政策が伝えられていない
ことから、日本政府は作為的な翻訳でしのぎ、現状認識の維持を図ろうと
したのではないだろうか。
「在日米軍が日本を守ってくれる」という、あたかも「共同幻想」のような
状況の上に、日本国民の対米依存心理も重なり、「思いやり予算」という名で
日本は巨額の米軍基地経費を負担してきた。
東アジアの安保環境は劇的に変化し、日米同盟の役割は重要性を増した、
と筆者も考える。
しかし、日米間で、米軍および自衛隊の真の役割を明らかにして、
有事を発生させないための本格的な戦略協議が行われてきたようには見えない。
これを機に、国民が必要とする情報を公開し、正しい現状認識に立って、
確かな安全保障の構築に務めるべきだ。
・・・
(「仮面の日米同盟」米外交機密文書が明かす真実、春名幹男、2015)
==
第6章 米中の狭間で翻弄される日本
日米中の三角関係にどのように対応していくか。
今も昔も、それが日本外交と安全保障の最も重要なカギだ。
太平洋戦争は、アメリカが求めた中国からの撤兵を日本が拒否して始まった。
東西冷戦は、米中外交の開始で風穴が開いた。
冷戦後、世界の工場と化し、日本を抜いて世界第2位の経済大国となり、
軍事力も強大化させた中国は台風の目になった。
しかしその間、日本はこの三角関係をリードする独自性を発揮した
ことなどない。
いや現実には、米中関係が大きく動くと、日米関係は揺らいだ。
ニクソン大統領とキッシンジャー補佐官の対中外交、
オバマ米政権の「米中G2論」を思われる緊密な協議で、日本の存在感は薄まった。
実際、太い米中のパイプの陰で、日本の存在はないがしろにされてきた。
対中外交を優先する米国は、実は、日本の知らぬ間に、
日米安保条約の役割まで変質させていた。
対中外交に臨んだニクソン政権の基本方針と会談内容、
その結果日米中関係はどうなったか。
公開された機密文書を中心に追っていきたい。
・・・
(「仮面の日米同盟」米外交機密文書が明かす真実、春名幹男、2015)


誤った現状認識の上に、確かな安全保障を築くことはできない。 by limitlesslife
February 9, 2017, 5:26 am
Filed under: 日米

結論に代えてーー同盟の疲労

誤った現状認識の上に、確かな安全保障を築くことはできない。

最後に、そんな問題意識を提示しておきたいと思う。

本書では、日米同盟が、日本国民の知らない間に、
質的に大きく変化していた事実を明らかにした。
在日米軍は「日本を防衛するために日本に駐留しているわけではなく、
韓国、台湾、および東南アジアの戦略的防衛のために駐留している」こと。
さらに、米軍の日本駐留は「兵站」が目的であること。
そして、日本の防衛は「日本自身の責任」だというのだ。
もちろんどの国の防衛も、最終的にはその国自身が責任を負うものだ。
しかし日本では誤った現状認識のもとに議論が重ねられてきた。

40年以上前の米政府機密文書には、日本人の安全保障観を根底から揺るがす
重大な事実が明記されていた。
他の文書や当時の情勢から判断して、米国のそうした基本政策は、
1972年の沖縄返還前後にまとめられたと推定できる。

そして今も、その政策は継続されている。

日本の防衛は日本の「責任」という記述は、2015年4月に発表された
「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」にも書き込まれていた。
ただし、英語版だけだ。

英語版ガイドラインは、日本が武力攻撃を受けた場合、作戦の実施は
「自衛隊が主たる責任を持つ」としている。
しかし、日本語版ガイドラインでは、重要なキーワードである「責任」
を省略して翻訳せず、あいまいな作為的翻訳をしていた。
恐らく、米側から正式に在日米軍に関する基本政策が伝えられていない
ことから、日本政府は作為的な翻訳でしのぎ、現状認識の維持を図ろうと
したのではないだろうか。

「在日米軍が日本を守ってくれる」という、あたかも「共同幻想」のような
状況の上に、日本国民の対米依存心理も重なり、「思いやり予算」という名で
日本は巨額の米軍基地経費を負担してきた。

東アジアの安保環境は劇的に変化し、日米同盟の役割は重要性を増した、
と筆者も考える。
しかし、日米間で、米軍および自衛隊の真の役割を明らかにして、
有事を発生させないための本格的な戦略協議が行われてきたようには見えない。
これを機に、国民が必要とする情報を公開し、正しい現状認識に立って、
確かな安全保障の構築に務めるべきだ。
・・・

(「仮面の日米同盟」米外交機密文書が明かす真実、春名幹男、2015)

==

第6章 米中の狭間で翻弄される日本

日米中の三角関係にどのように対応していくか。
今も昔も、それが日本外交と安全保障の最も重要なカギだ。
太平洋戦争は、アメリカが求めた中国からの撤兵を日本が拒否して始まった。
東西冷戦は、米中外交の開始で風穴が開いた。
冷戦後、世界の工場と化し、日本を抜いて世界第2位の経済大国となり、
軍事力も強大化させた中国は台風の目になった。

しかしその間、日本はこの三角関係をリードする独自性を発揮した
ことなどない。

いや現実には、米中関係が大きく動くと、日米関係は揺らいだ。
ニクソン大統領とキッシンジャー補佐官の対中外交、
オバマ米政権の「米中G2論」を思われる緊密な協議で、日本の存在感は薄まった。
実際、太い米中のパイプの陰で、日本の存在はないがしろにされてきた。
対中外交を優先する米国は、実は、日本の知らぬ間に、
日米安保条約の役割まで変質させていた。

対中外交に臨んだニクソン政権の基本方針と会談内容、
その結果日米中関係はどうなったか。
公開された機密文書を中心に追っていきたい。
・・・

(「仮面の日米同盟」米外交機密文書が明かす真実、春名幹男、2015)

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace