「明治日本の産業革命遺産」が、日韓の新たな問題になっている。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)が世界文化遺産への「登録」を勧告したが、韓国側は朝鮮半島出身者が強制労働させられた場所が含まれているとして反発。正式決定を前に、外交で巻き返す構えを見せている。

■外交孤立化も要因

強制労働が行われた歴史的事実を無視したまま、産業革命施設だけを美化し、世界遺産に登録することに反対する」。韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相は4日の国会審議でこう明言した。韓国外交省は8日、日本政府と22日に東京で世界遺産への登録をめぐって協議すると明らかにした。

韓国外交省によると、日本側が登録を申請している23資産のうち、長崎市の高島炭坑や端島(はしま)炭坑(軍艦島)など7資産は日本の植民地時代に朝鮮半島出身者の強制労働があった。その数は5万7900人で、日本企業を相手取って韓国の裁判所で損害賠償請求訴訟を起こした人もいる。韓国政府関係者は「自分の親たちが強制的に働かされた場所を世界遺産にすると言われたらどう思うか。政府としては国民感情をくみ取らざるを得ない」と言う。韓国政府は世界遺産委員会委員国の政府や駐韓大使に働きかけを強めているという。

一方、韓国政府が懸命になるのは別の事情もある。日米同盟の強化と日中関係の改善で韓国が孤立しているとして、与野党やメディアから激しく攻め立てられている時期に、イコモスの勧告は出た。さらなる批判を避けるためにも、登録阻止に向けた姿勢を強く打ち出す考えとみられる。韓国外交省報道官は7日の記者会見で「ユネスコを政治化した責任は日本にある」と強調した。

とはいえ、過去の例から見て登録を阻止するのが難しいことは、韓国側も理解している。韓国政府内では「双方のメンツが立つような解決策を見いだせれば」との声も漏れる。

日本側は、冷ややかな視線を送っている。

菅義偉官房長官は8日の記者会見で「専門機関世界文化遺産にふさわしいと認めたもので、政治的主張を持ち込むべきではない」と突き放した。日本政府は韓国側との協議で遺産群の価値を説明し、正式登録に理解を求める考えだ。官邸幹部は「23資産のいずれかを推薦から外すことは考えてはいない」と話す。岸田文雄外相は8日の会見で、遺産の対象期間は1850年代から1910年代だと説明し「韓国が主張している徴用工問題とは対象とする年代、歴史的な位置づけ、背景が異なる」と反論した。

東岡徹=ソウル、星野典久)

■正式登録、可否判断へ

明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録するかどうかを正式に判断する世界遺産委員会は、6月28日~7月8日にドイツ・ボンで開かれる。

委員会の審議は21カ国の委員国が行い、現在は日本も韓国も委員国のメンバー。審議は、委員国間で議論を重ね、共通認識を広げて結論を出すことが多い。これまで日本から登録された文化遺産14件、自然遺産4件は、すべて投票にはならずに登録が決まった。

話し合いで結論が出ず、投票に持ち込まれることもある。世界遺産条約の規定では、委員会に出席し、投票した国の3分の2以上を占めた判断が結論になる。近年では、2012年に登録されたパレスチナの「イエス生誕の地 ベツレヘム聖誕教会と巡礼路」などが投票になった。

委員会は諮問機関の勧告にもとづき、遺産の価値の証明ができているか、遺産を守る体制が整っているかなどを基準に判断する。しかし、政治状況が判断に影響した例もある。イスラエルの「ダンの三連アーチ門」はイコモスが10年などに複数回「登録」を勧告したが、国境問題を理由に、委員会で「審議延期」となった。

(藤井裕介)

世界遺産委員会の委員国

アルジェリアコロンビア、クロアチア、フィンランドドイツ、インド、ジャマイカ、日本、カザフスタン、レバノン、マレーシア、ペルー、フィリピン、ポーランド、ポルトガルカタール、韓国、セネガル、セルビア、トルコ、ベトナム