Global Ethics


CIAが育てたテロリスト、あるいは「自由戦士」?,, by limitlesslife

 

みなさまへ (BCCにて)松元

 

これはカナダ・ウィニペグ大学の地理学教授(退職)ジョン・ライアン博士が、今月7日に投稿した、今日のダーイシュ(ISIS、 イスラム国)にいたるテロリストの来歴と変転を跡づけたものです。拙訳ですが、紹介させていただきます。(2015年2月26日記)

 

なお、原文に小見出しはないが長文のため《 》で挿入した。アル=カーイダ、ビン・ラーディン、などの長音は読み易さを考慮して省略し、またUSA(アメ リカ合州国)やUSSR(ソビエト社会主義共和国連邦)は適宜の表記とした。

 

Terrorists or “Freedom Fighters”? Recruited by the CIA

CIA育てたテロリスト、あるいは「自由戦士」?

 

ジョン・ライアン教授(松元保昭訳)

2015年2月7日

グローバル・リサーチ誌

Url of this article:
http://www.globalresearch.ca/terrorists-or-freedom-fighters-recruited-by-the-cia/5429766

 

私たちが最近フランスで目撃した野蛮な現象は、アフ ガニスタンにムジャヒディーンが姿を現した少なくとも1979年にさかのぼる ルーツをもっている。当時の彼らの怒りは、1978年4月に権力をにぎって登場した左翼のタラキ政権に向けられていた。この政府の政権樹立 は、米国およびソ連の双方に等しく驚かれたもので突然でまったく現地固有の出来事であった。

 

《歴史を振り返ると―アフガニスタン》

1978年4月、 アフガニスタン軍はその抑圧的な政策のためその国の政府を引きずり降ろし、左翼のヌール・ムハンマド・タラキ率いる新政権をつくった。タ ラキは、作家、詩人でありカブール大学のジャーナリズムの教授であった。このあと短い期間、アフガニスタンは広範な大衆の支持によって進 歩的な世俗(非宗教的)政府をもった。私が以前の本で指摘したように、この政府は…女性にも平等な権利を与えて進歩的な改革を実行した。 それはこの国を20世紀に引きずり込むプロセスであった。英国の政治学者フレッ ド・ハリディが1979年5月 に述べたように(原注1)、おそらく国家が成立して以来この2世紀における以上に昨年からの地方ではさらに大きな変化をみせた。」

【原注1:Fred Halliday, “Revolution in Afghanistan,” New Left Review, No. 112, pp. 3-44, 1978. 】

 

タラキ政権の最初の行動方針は、外交問題で非同盟中立を 宣言すること、および世俗的(非宗教的)国家においてイスラームにたいする責任を果たすことだった。多くの改革が必要だったが、なかでも 女性は平等の権利を与えられ、女の子は男の子と同じクラスで学校に通うようになった。子どもの結婚と封建的な持参金払いは禁じられた。労 働組合が公認され、約10000人の人々が投獄から解放された。短い期間に何百と いう学校や診療所が各地に建設された。

 

封建時代から長いあいだ土地所有制度はほとんど変化がな かった。四分の三以上の土地が農村人口のわずか3パーセントの地主に所有されてい た。改革は1978年9月1日に、高利貸しが利息の45パー セントを負担し農業地主がもっている負債のすべてを撤廃することで始まった。重要な土地改革のプログラムが展開された。(地主を含む)す べての農業ファミリーが平等な土地の均等分を与えられることになっていた。(原注2)

【原注2: 私は、サバティカルの休暇を利用して農業調査プロジェクトに取り組むため1978年11月にはアフガニスタンにいた。これらの改革と政府の施策のすべては、農学部の学部長 が、またカブール大学で長いセッション期間中に幾人かの教授が、かなりの範囲を説明してくれた。(上記に引用した)ハリディも土地の再配 分プログラムについて報告した。】

 

この進歩的な政府に何が起きたのか?手短に言えば、 CIAとムジャヒディーンによって蝕まれてしまったのだ。彼らの存在は、国土を破壊した一連の出来事の引き金となり、また皮肉にも米国で の2001年9月11日の惨事を、またアフガニスタンの今日の混沌と悲劇を導くことになってしまった。

 

CIAが関与した前でさえ、予想されたように金持ちの地 主とムッラー(イスラム指導者)は土地改革だけでなくすべての改革に反対した。25万人のムッラーの大部分が豊かな地主だった。彼らは、ひとりアッラーだけが土地を与え ることができるし、またアッラーは女たちに権利を与えることや女の子が学校に行くことに反対するだろうと説教で人々に語ったものだ。しか し改革は大衆に人気があったので、これらの反動分子は難民としてパキスタンに向かった。パキスタンからの援助で彼らはアフガニスタンの地 方を襲撃し始めた。そこで彼らは診療所や学校を焼き討ちし女の子を教える教師を見つけては殺した。住民に恐怖とパニックを植え付けるた め、彼らはしばしば子どもたちの面前で教師たちの腸(はらわた)を抉り出して殺した。

 

他国の問題に干渉する権利はないとしても、アメリカ合州 国は新政権をマルクス主義者と見なしてその政権転覆を決意した。最初は非公式に、しかしカーター大統領の許可のもと1979年7月3日の後には公式に、CIAはパキスタンとサウジアラビアと協力してムジャヒディーンある いは「自由戦士」と知られるムスリム過激派に軍事援助と訓練を提供し始めた。

 

さらに付け加えると、CIAは米国で研究生活をしたアフ ガニスタンのPh.D.ハフィズッラー・アミンを誘い入れ、強硬派のマルクス主義 者として彼を振る舞わせた。そして彼はアフガニスタン政府の中で首尾よく(副議長にまで=訳者)出世した。1979年9月、彼はクーデターを実行しタラキを殺害した。このアミンの指揮のもとで何千人もの人々 が投獄され、また軍は弱体化され政府の評判を悪化させた。多くは外国人傭兵であるがよく武装された何千人ものムジャヒディーン侵略者をか わすということで、アミンは彼の政府によって強引に一部のソ連軍を招き入れた。(原注3)その後まもなく、アミンは殺害され、チェコスロバキアに亡命していたタラキ政権の以前のメ ンバー、バブラク・カールマルに大統領が交替した。まだ冷戦の対立と不確実な歴史が影を落としていたが、カールマルはムジャヒディーン勢 力に対処するため何千人もの部隊を送るようUSSR(ソ連)に依頼した。あまり知られていなことだが、少なくとも1年間はCIAをとおしてアフガニスタン問題にUSA(アメリカ合州国)が活発に関与して いた。これに対応してソ連軍が登場したのだった。

【原注3:Washington Post, December 23, 1979, p.A8.:1979年 12月8日、ソビエト軍がアフガニスタ ンに到着し始めた。記事が述べているように:その軍隊はどうやら招かれていたのでソビエトがアフガニスタンに侵入したという[国務省による]非難はまったくな かった。】

 

私が何年か前に述べたように:

「アフガニスタンの大地におけるソ連軍の出現は、結果と して国土の破壊をもたらす悲劇的なきっかけとなった。カーター大統領の国家安全保障担当補佐官ズビグネフ・ブレジンスキーは、ロシアの熊 に罠を仕掛けてソ連にベトナム戦争の失敗を舐めさせるためCIAに権限を与えるようカーターを説得していたと、彼はあとで自慢していた。(原注4)ブレジンスキーは、これをもっとも反動的なムスリムの狂信者の熱意を掻き立てるまたとない チャンスと考えた。つまり―アフガニスタンの大地を冒涜した無神論者の異教徒に対してジハード(聖戦=原注)を宣言させ―また彼らを国土から放逐するだけでなくソ連のムスリム多数派地域を 「解放する」ため彼らを追跡させ続けることであった。そしてつぎの10年間、アメ リカ合州国とサウジアラビアからの何十億ドルを浪費することで、また何千人もの非アフガニスタン・ムスリムを(ウサマ・ビン・ラディンを 含む)ジハードへリクルートすることで、この宗教的熱狂者たちの軍勢がやったことはアフガニスタンの人々とその大地を荒廃させることで あった。」

【原注4:“How Jimmy Carter and I Started the Mujahideen”: Interview of Zbigniew Brzezinski Le Nouvel Observateur (France), Jan 15-21, 1998, p. 76 http://www.counterpunch.org/brzezinski.html

 

アフガニスタンに軍隊を送ったことは、ソ連側の致命的な 大失敗となった。ソ連がアフガニスタン政府に対するただの武器供与だけだったなら、「門で野蛮人」を切り抜け生き残っていたかもしれな い。なぜなら、アフガニスタンの人々は狂信的ではなかったし大部分は政府の進歩的な改革を支持していたのだから。

 

この戦争に必要なだけアフガニスタン人をおびき出すこと ができないので、CIAとサウジ、パキスタンは、アフガニスタン政府とソ連の軍隊との戦争を遂行するため40のイスラム諸国から約35000人 のムスリム過激派を補充した。CIAは隠密裏にこれらの外国人戦士を訓練し支援した。したがって、アフガニスタンで台頭した原理主義は、 CIAが構成したものである。自由戦士と呼ばれたムジャヒディーンにもかかわらず、彼らは恐るべき残虐行為を犯した最初期のテロリスト だった。

 

米国メディアで報道されたように、ムジャヒディーンの好 んだ戦法は、最初に犠牲者の鼻、耳、そして生殖器を切り落とし犠牲者(しばしばロシア人)を拷問することだった。次に一部の皮膚を切り落 とし、徐々に別の皮膚をスライスしゆっくりとひどい痛みを伴って死に至らしめるのだった。ロシアの囚人は動物のように檻に入れられ言語に 絶する恐怖を生き延びたと、その記事は記録している。(原注5)別の刊行物は、「Far Eastern Economic Review」から一人のジャーナリストを引きあいに出し、ある(ソ連の)グループは肉屋で宙づりにさ れ皮膚をはがされ殺害されたと報告している。(原注6)

【原注5:Washington Post, January 13, 1985.】

【原注6:John Fullerton, The Soviet Occupation of Afghanistan, (London), 1984.】

 

これらの生々しい報告にもかかわらず、レーガン大統領は 自由戦士をムジャヒディーン(ジハード戦士=訳者)と呼び続けた。1985年、大統領 はワシントンに彼らのひとつのグループを招いてホワイトハウスでもてなした。そのあとで彼らをメディアに紹介したとき大統領はこう述べ た。「これらのジェントルマンは、道徳的にアメリカ合州国建国の父祖たちに相当する」と。(原注7)

【原注7:Eqbal Ahmad, Terrorism: Theirs and Ours, (A Presentation at the University of Colorado, Boulder, October 12, 1993) http://www.sangam.org/ANALYSIS/Ahmad.htm; Cullen Murphy,  The Gold Standard: The quest for the Holy Grail of equivalence,” Atlantic Monthly, January 2002 http://www.theatlantic.com/doc/prem/200201/murphy

 

生きたまま皮をはがされたのがアメリカ兵だったと考えて みると、たしかにソビエト兵は同じくらいどの点から見ても人間的であった。レーガン大統領はこうした実例があってもなお自由戦士をムジャ ヒディーンと呼んだのか…あるいは大統領は、それをソ連がやったことなら彼らを正しくテロリストと呼んだのかもしれないが?じつに、これ らの行為が描写される仕方は、誰の牛が突き刺されたかによるのである。

 

ソ連は彼らのベトナムに屈服して1989年2月、その軍隊は撤退し た。しかしアメリカの継続的な軍事援助で戦争は激しく続き、アフガニスタンのマルクス主義政府が最終的に敗北する前の1992年4月までアメリカは占領 した。それから次の4年間、ムジャヒディーンはカブールの大部分を破壊した。彼ら は自分たち相互で争い合い略奪とレイプの戦闘を指揮して約50000人の人々を殺 害した。これはタリバーンが彼らを掃討し1996年9月にカブールを攻略するまで続いた。パキスタンで熱狂的なムスリムとして訓練されたタリ バーンは、ムジャヒディーンから国を「解放した」が、その後残虐で反動的な政権を樹立した。一度権力を握ったタリバーンは、とくに女性に 対してイスラーム主義の恐怖政治を持ち込んだ。彼らは、サウジアラビアで支配的な信条となっているワッハーブ主義に密接に関連するイス ラームの極端な宗派主義的解釈を強要した。

 

米国の「共産主義者恐怖症」とソビエト社会主義共和国連 邦を転覆するという方針は、世界中のもっとも反動的で狂信的な宗教的熱狂者たちをかき集め支援するようなものであった。アフガニスタンと その人民が破壊される只中で、共産主義とソ連と戦う代理戦争に彼らを利用した。しかしそれには終わりがなかった。ムジャヒディーンは、ム スリム世界のさまざまな地域に散らばって転移し彼ら自身の生き方をあらわにした。彼らは、米国の完全な理解と支援で、ボスニアとコソボで セルビア人に戦いを続けた。しかし、彼らがソビエト帝国主義と呼んだものを打倒したこれらの自由戦士たちは、皮肉なことに次にはとくに― イスラエルに対する支援とムスリム世界に対する攻撃で―アメリカ帝国主義であると気づいたことで、彼らのねらいを転換したのだった。

 

こうしてアメリカ自らが作り出したものが彼らに向きをか えさせて、レーガンの素晴らしき自由戦士の後継者たちは合州国を激しく非難し、そしてアメリカは2001年9月11日を経験することになっ た。しかし米国政府と大部分のアメリカ国民は、このことから何を学んだのか?世界の例外的かつ不可欠の国家という思い上がった自説に基づ いてオバマ大統領が横柄にも世界を注目させ続けているように、アメリカ政府もその国民もこれまで別々の事実から結論を導くことはなかっ た。彼らの最近の歴史でそれらの自由戦士たちに9・11の原因を説明しうるものなど何かあるのか?簡単に言えば、もしアメリカ合州国がア フガニスタンの進歩的なタラキ政権に干渉しなかったなら、彼ら自由戦士たちはけっして生じなかったであろう。ムジャヒディーンの軍勢も、 ソ連の介入も、アフガニスタンを破壊した戦争も、ウサマ・ビン・ラディンも、それゆえ合州国における9・11の悲劇も存在しなかったで あろう。

 

《アメリカは繰り返す―アフガニスタン》

起こったことの潜在的な原因を熟慮し反省するのでなく、 またこのことから学ぶのでもなく米国は追加された一連の戦争を追ってすぐにも戦争に訴えたものだが、歴史は自ら繰り返すというヘーゲルの 見方を正すなかでマルクスが加えた「最初は悲劇として二度目は喜劇(ファルス)として」という皮肉なコメントを思い出させる。

 

米国のウサマ・ビン・ラディンに対する要求に応じて、ア フガニスタンのタリバーン政府は国際法廷に彼を引き渡してもよいと申し出たが、9・11に彼が関係している証拠を見たいと要求した。(原注8)米国にはそのような証拠もなく、ビン・ラディン自身は9・11には何も関わってはいない と否定した。(原注9)FBIは、9・11にビン・ラディンが関わっていた確か な証拠は何ひとつないというビン・ラディンの否定を裏付けるその記録をもっていた。(原注10)現在に至るまでずっと、FBIはこれに対する立場を変えることはなかった。

【原注8: 「タリバーンは繰り返し話し合いを要求している。 CNN.com, October 2, 2001, コメント:「ア フガニスタンを支配しているタリバーンは、嫌疑をかけられたテロリスト指導者ウサマ・ビン・ラディンを引き渡す以前に証拠が必要だと何度 も繰り返した。」http://archives.cnn.com/2001/WORLD/asiapcf/central/10/02/ret.afghan.taliban/; Noam Chomsky, “The War on Afghanistan,” Znet, December 30, 2001 http://www.globalpolicy.org/wtc/targets/1230chomsky.htm

【原注9: 「ビン・ラディンは攻撃の背後にはいなかったと語った。」CNN.com, September 17, 2001. http://archives.cnn.com/2001/US/09/16/inv.binladen.denial/

【原注10:Ed Haas, 「FBIは、ビン・ラディンを9・11に結びつける確か な証拠は何ひとつない、と語っている。」 Muckraker Report, June 6, 2006. http://www.teamliberty.net/id267.html

 

あとで明らかとなったように、9・11の陰謀はドイツの ハンブルグでアル=カイダ細胞によって企てられていたのだから、9・11攻撃はア フガニスタンとは無関係だった。19人のハイジャッカーのうち15人がサウジアラビア出身であったし、また9・11攻撃にアフガニスタンやビン・ラディ ンが関わっている証拠を米国は何ひとつ持っていないにもかかわらず、アメリカ合州国はアフガニスタンに対する戦争を開始した。もちろん国 連の支持もなく、これは明らかに不正な戦争であった。

 

たとえ米国がタリバーン政権を退陣させたかったとして も、戦争は必要なかった。アフガニスタンのすべての反タリバーン・グループがめずらしく満場一致で、この国に爆撃や侵略をしないよう米国 政府に嘆願した。(原注11)そこで彼らは、タリバーン政権を交替させるために米国が為すべきすべては、サウジアラビア とパキスタンにタリバーンへの資金援助を止めさせるよう強要することで、やがて政権は自ら崩壊するだろうと指摘した。このようにアメリカ 合州国は、その国を破壊することもなく、何千人もの米国兵士だけでなくアフガニスタンの何十万人もの殺害もなく政権交代をすることができ たはずだ。2001年から2015年 へと続く戦争を抱え…アメリカの最も長い戦争となった。これが喜劇(ファルス)でなくて何であろう?

【原注11:Noam Chomsky, “The War on Afghanistan,” Znet, December 30, 2001 http://www.globalpolicy.org/wtc/targets/1230chomsky.htm; Barry Bearak, “Leaders of the Old Afghanistan Prepare for the New,” NYT,October 25, 2001; John Thornhill and Farhan Bokhari, “Traditional leaders call for peace jihad,” FT, October 25, 2001; “Afghan peace assembly call,” FT, October 26, 2001; John Burns, “Afghan Gathering in Pakistan Backs Future Role for King,” NYT, October 26, 2001; Indira Laskhmanan, “1,000 Afghan leaders discuss a new regime, BG, October 25, 26, 2001.】

 

そして道化芝居(ファルス)は続いた。かつての戦争気分 で、米国は2003年にもうひとつの不法な戦争を開始した。この時の対イラク戦争 は、あからさまな嘘とごまかしに基づく第一級の戦争犯罪であった。この戦争はさらに悲劇的だった。100万 人以上のイラク人を殺害し、国を土台から破壊し、世俗的(非宗教的)な社会を破壊し、現在も続く宗教的な兄弟殺しに取って代えた。戦争の 進行中、アフガニスタンのアル=カイダはイラクに移動しアメリカの侵略者と戦う若 いイラク人のモデルの役割を果たした。アメリカ軍はイラクを素早く征服したにもかかわらず、容赦ないゲリラ戦に直面させられ、ついには2011年の撤退につながった。これらの長年月に、アメリカは何千人もの若いイラクの男た ちを投獄し、軽率にも彼らの大部分を熱烈なジハード主義者に変えたのだった。こうしたアブ・グレイブやブッカのような監獄は、打ち続く暴 動に火を点ける効果をもった。しかし、いまこれらのジハード主義者は自由戦士とは呼ばれなくなった。かつてアフガニスタンでアメリカ兵が ソビエト兵の代理となったときのこの慕われた名称は失われてしまった。

 

《アメリカは繰り返す―シリア》

あたかもアフガニスタンやイラクにおける戦争がまだ十分 ではなかったかのように、2011年の春、米国は長期プランのもとで秘密裏にさら なる戦争の開始に着手した。このひとつが対シリア戦争であった。どういうわけか自発的に起こったような自由戦士の暴動だった。彼らの目標 は、米国を不快にさせていたシリアの世俗的(非宗教的)政府を転覆することだった。その開始からずっと米国が暴動の背後にいたことが疑わ れていたが、2007年の早い時期からウェスレイ・クラーク将軍がインタビューの 中で述べていた。彼は、2001年9・11の数週間後、アメリカの幹部司令官会議で、5年 以内に7か国を無力化(破壊)する計画について語っていた。イラクを手始めに、次 はシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、仕上げはイランであると。また2007年 に、シーモア・ハーシュは非常によく引用された記事の中で、「シリアのバッシャール・アサド大統領の政府を弱体化するため、ワシントンの 承認でサウジ政府は資金と兵站援助を提供することになろう」と述べていた。

 

いわゆる自由シリア軍は、米国とNATOの創作であっ た。その目的はシリアの警察と軍を挑発することだった。一度でも戦車と装甲車両が展開されたなら、これはおそらく、リビアにしたことをシ リアにもする目的でNATOの保護責任の権限にしたがい境界を越える軍事介入が正当化されただろう。しかし、国連でのロシアの拒否権でこ れは計画されたようにはうまくいかなかった。

 

この妨害に決着をつけるため、CIAはサウジアラビアと カタールと共に、まさにアフガニスタンでやったことに取り掛かった。つまり、その世俗(非宗教的)政府を転覆するはっきりした目的のため に、外国人サラフィストのムスリム自由戦士の狼藉ものをシリアに導き入れたのだった。莫大な資金とアメリカの武器で、皮肉なことに最初の 傭兵は、イラクでアメリカ軍との戦闘最中にその存在を現わしたイラク・アル=カイ ダであった。ついで、シリアの多民族からなる世俗社会をスンニー派のイスラム国に変える計画で多数の他のアル=カイダ・グループ、とくにアル=ヌ スラが傭兵としてつぎつぎに現れた。

 

シリアで暴動が始まってからずっと、アサドは去るべき だ、シリア政権を転覆するために自由シリア軍の中の穏健派を援助するため介入したと米国は世界に語っていた。しかし驚くことはない。役に 立たない穏健な自由シリア軍は、まもなくシリアのいたる所で一連のテロ攻撃を開始し始めたサラフィストのムスリム・グループで満たされて しまった。シリア政府は、これらの攻撃をテロリストの仕業であると正しくも特定したのだが、これは(アサドの)プロパガンダであると主流 メディアからは打ち捨てられた。この国が、兵士、民間人、ジャーナリスト、援助ワーカー、公務員などへの自爆攻撃と首切り処刑にさらされ ていたという事実は単に無視された。

 

こうした報道にもかかわらず、自由シリア軍の一部である と自ら名乗った人々に援助を提供しているだけだとアメリカは強弁した。2012年6月にニューヨーク・タイムズで報道されたように、CIA高官が、シリアの反政府戦闘員が 国境を越えてシリア政府と戦う武器を受け取るという同盟諸国の決定を助けるためトルコ南部で秘密作戦の展開中であるとし、…自動小銃、対 戦車携帯ランチャー・グレナード、弾薬、何種類かの対戦車兵器を含む武器が、シリアのムスリム同胞団など実態のよくわからないネットワー ク中継を手段として大部分はトルコ国境を越えて流れ込んだ、そしてトルコ、サウジアラビア、カタールが支払った、と当局は語った。

 

付け加えれば、2011年8月にNATO爆撃に支援されたアル=カ イダによってリビアのカダフィ政権が退けられたあと、CIAはシリア反乱軍にリビア兵器の移送を手配した。英国タイムズとシーモア・ハー シュに報道されたように、リビア船は4基の地対空ミサイル発射装置SAM7、対戦 車携帯ランチャー・グレナード、その他の軍需物資を含む400トンの兵器をトルコ で荷揚げした。ついで2013年前半には、CIAが調整してクロアチア、英国、フ ランスからのいわゆる「クロアチア武器空輸大作戦」で軍用兵器類3000トンとい うさらに大規模な武器積載が含まれていた。これは“立派に”働いている傭兵に配備するためクロアチアのザグレブから75機の輸送機でトルコに空輸された。さらなる報道では、2013年3月24日のニューヨーク・タイムズは、これらの武器を支払ったのはサウジアラビアで、じつは160機の軍用貨物機だった、と述べた。

【ご参考:このあたりの米国とNATO諸国によるシリア反政府軍への武器空輸については、Patrick Henningsenが以下の記事で複数のメディアソースを紹介している。英 文ですが=訳者】http://21stcenturywire.com/2013/03/10/an-international-war-crime-us-and-british-backed-weapons-airlift-from-croatia-to-syria/

 

《ダーイシュ(ISIS、イスラム国)の登場》

自由シリア軍を形成した多様なグループを支援したアメリ カ合州国、NATO、サウジアラビア、カタールのすべての努力にもかかわらず、シリア政府軍は彼らを敗北させ総崩れにさせた。さらに言え ば、これらの穏健な部隊の多くは寝返って好戦的なジハード・グループに加わっていった。ついで、2014年 前半に明らかに未知の軍事集団が見たところどこからともなく降ってわいたように現場に登場し目を見張る軍事的優位を形成はじめた。それは いくつもの名前をもっていて、ひとつはイラクとシリアのイスラム国(ISIS)、ついで単にイスラム国(IS)、あるいはアラビア語の ダーイシュであったりした。それはほんの数日でイラク軍を遁走、崩壊させ第二の大都市モスルを含むイラクの四分の一を支配し、またバグ ダッドが攻撃される恐れさえもあって世界中の関心を引き付けた。まもなく起きた2人 のアメリカ人ジャーナリストの打ち首は、再度イラクに兵力を投入しイラクとシリアの双方でISIS勢力に対する爆撃の軍事行動を開始させ るよう米国をおびき寄せたのだった。

 

イラクに対するその攻撃の前、すでにISISはシリアに 強固な基地を確保しており、モスルでイラク軍から奪取した戦車や車両ミサイルも持って、ISISは現在ほぼシリアの三分の一を支配してい る。したがって目下のところ、約600万人の住民を擁してほぼ英国の大きさの地域 をカバーしている。ISISはシリアとイラクの国境を認めておらず、イスラームの好戦的なヴィジョンでその支配地域をカリフ制国家の辺境 であると見なしている。これは、サウジ・キャッシュの砂漠の嵐作戦の直接的な結果である。その現金は、正統なイスラーム世界とは何の関係 もない反動的な中世風の有毒な宗教に帰結するグローバルなワッハーブ主義に改宗を迫り教化させることに注がれた。

 

初期段階では、ダーイシュ(ISIS、イスラム国)はア ル=カイダの付属物以外の何物でもなかった。アル=カイダそれ自身が強力な米同盟諸国、サウジアラビア、カタールによって直接に武装され資 金供給され支援され、さらに完全なトルコの支持を受けていた。これらすべての背後に、シリアの世俗的(非宗教的)な政府を弱体化させ破壊 したいというアメリカ合州国とNATOの願望があった。パトリック・コックバーンが最近の鋭い論考で述べたように:

「イラクとシリアにおけるISISと他のスンニー派ジ ハード運動の育ての親は、サウジアラビア、湾岸君主国、そしてトルコである。彼(コックバーン)は、こうしたことは自然発生的に起こるも のではないと語るM16(英国諜報機関=訳 者)の元トップを引き合いに出している。コックバーンはさらに進んで、そのありそうもないイラク全体のスンニー派共同体は、サウジアラビ アの支援などなしにISISを結束して支援していただろう、と述べている。…トルコの役割は異なっていたが、ISISや他のジハード・グ ループの援助においてはサウジアラビアに劣らず重要である。そのもっとも重要な働きは、シリアに接するその510マイルの国境を開けておくことだった。これがISIS、アル=ヌスラと他の反政府グループに人と武器を運び込む安全な後方基地を与えた。…トルコの軍 事諜報機関は2011年に自身を再編成したときISIS援助に深く関与していたの かもしれない。」

 

世界の全領域で支配的な立場を確保しようとするその方針 に従って、米国は、たとえばアフガニスタンのムジャヒディーンやアル=カイダとい う創作物のように、それが彼らの利害であったならテロリスト・グループへの支援をためらうことはなかった。彼らがソ連と戦ったとき彼らは 自由戦士だったが、つぎに9・11の反動がきて…彼らはすぐにテロリストとなりアメリカ合州国の「対テロ戦争」に帰着した。イラクに対す る不法な侵略戦争と軍事占領は、アル=カイダの新たな変種のレジスタンスをつくり 出す結果となり、彼らはもちろんテロリストと見られた。つぎにシリアのアサド政権に対する攻撃が起きて、米国、NATO、サウジ、カター ル、そしてトルコの軍事行動が開始された。初めのうちは現地の自由戦士、つまり自由シリア軍を装っていたが、彼らがほとんど前進できな かったとき、さらなる自由戦士がアル=カイダの形で現れ、そのすべてのヴァリエー ションにおいて結果的にはISISに至っている。これらのかつてのテロリストたちは、現在シリアのアサド政権を追い出す軍事行動の同盟者 となっている。シリアが正しくも彼らを外国人テロリストと見ていたにもかかわらず、その主張はほとんど無視された…2人のアメリカ人ジャーナリストが首切り処刑されるまでは。

 

アメリカ人ジャーナリストが打ち首にされたほぼ同時期 に、シリアでは残忍な戦いが続いていた。シリアの兵士はどこであれ捕えられ多くは打ち首にされ即座に処刑された。このすべてが入念に撮影 されている。数多くのウェブサイトがこれを見せているが、とくにそのひとつには「シリア人の戦い:シリア戦争犯罪の証拠」というタイトル が付けられていた。2014年8月 のタブカ空軍基地の近くでは、220人のシリア兵の大量処刑を含むぞっとするよう な数多くの処刑シーンが見られる。ちょっと考えてみてほしい、もし220人のアメ リカ兵が打ち首になって処刑されていたら、どんな抗議が押し寄せただろう。その代わりに主流メディアはもっぱら2人のアメリカ人ジャーナリストの打ち首に集中した。それはじっさい憤激していたのだが、 何百人もの首を切られたシリア兵への憤激はどこへ行ったのだろう?基本的には、ISISがシリアでやっていることについては何も言われな かったのである。

 

アメリカの2人 の民間人に対してISISがやったことについてアメリカで激しい憤りがあったが、そこには、この宗教的過激主義の原因に関して、またこれ がまさに米国がアフガニスタン、イラク、リビア、そしてシリアに対してやったことからくる反動の別のケースだったという可能性に関して は、ほとんど何の自己分析もなかった。

 

それは当然のことで、米国のレスポンスはISISの戦闘 能力を削減するために一連の空爆を宣言することだった。しかし、そこには地上軍もなく、したがって実際にはISISの軍事的敗北はおそら く故意に決着がつけられないままにおかれた。現実には、ISISの即席の軍事力に手を焼いたまま、西洋とその地域同盟国のサウジ、カター ル、そしてトルコに託された。彼らの公式の方針はアサドを退陣させることであるが、ISISは現在、シリア内の事実上の軍事力だけであ る。もしシリア政府が退陣するなら、完全に孤立するのはISISであろう。果たして、2003年 のイラク侵略と2011年のシリア襲撃はイラク北部とシリアに広がる強力なジハー ド国家を作ることで終わろうとしていたのだろうか?こうした狂信的なワッハーブ体制によって、シリアの多文化・多宗教社会に何が起こるの だろう?

 

この荒涼とした現実に直面してパトリック・コックバーン が要約したように:

「…米国とその同盟国は、幻想の中に落ち込むことで ISISの上昇に答えた。欧米の外交官たちは非公式にこのグループが実際にはいくつかの包囲された孤立地域の見せかけには存在しないこと を認めているのだが、彼ら米国とその同盟国はアサドとISISの双方と戦うために穏健なシリア反乱軍の第三勢力を育てていると装っている のだ。」

 

そのうえ、こうした(穏健な)部隊が訓練され装備される やいなや彼らの大多数は、たとえばこの1月にはそのうち3000人がアル=ヌスラや ISISに参加し始めた。では、この明白な思い違いの中に筋道はあるのか?果たして、本当に米国とその同盟国はISISにシリア軍を挫折 させ敗北させるつもりなのか?そしてこの狂信的なスンニー派ワッハーブ体制がいったんシリアを支配したなら、次のステージは破壊されるべ きもう一つのムスリム国家シーア派イランを攻撃することになっているのか?こうした冒険の地上部隊が、ISISの連中なのかもしれない。

 

このマキャベリ的な可能性に対処するために、イスラーム の好戦的なヴィジョンをもつ狂信的なカリフ国の永続的な設立はおそらくそれほど良い考えではないという理解が最近あって、ことによるとい くつかのレベルでその形跡が見えていた。最近まで、可能性の範囲を超える問題であると思われていたことは、米国が実際にシリアのアサド大 統領に対応する用意があると思われる新たな証拠が現れていることだ。ニューヨーク・タイムズ(2015年1月15日、19日)で報道されたように、国連のシリア危機特使は、戦場地域の中でも近くでも何らかの 方法で地上戦を凍結させ戦争を終結するようシリア政府とISISの説得を試みている。アサド大統領はその案を受け入れたが、ISISから は何の返答もなかった。また、ロシアのイニシアチブによって、シリア危機を解決する会議を準備するためモスクワで会合が行われている。良 いニュースは双方の働き掛けで米国が協力的になったということである。

 

もうひとつの励みとなる兆候は、アサド大統領による大変 長い広範囲にわたるインタビューがフォーリン・アフェアーズ(2015年1月27日)に公表されたことだ。 これは米国政府の要人とアメリカの一般国民双方にとって重要なことだ。アサドは、カタール、サウジアラビアあるいは西洋の米国を含むどん な国でも、外部から雇われた操り人形でなければ誰とでも会う用意はできていると述べた。それはシリアでやるべきだ。また彼は、会議から発 生するいかなる決議もそれが運用される前に国民投票によって民衆に再考する機会をあたえなければならない、とも述べた。こうした手順より 民主的なことがあろうか?このような行動を通して、シリアはその世俗的な状態を維持することができ、また真の民主的な国家へと発展するこ とができるのであろう。

 

それゆえ、シリアで続く戦争の凶暴さにもかかわらず、こ れらの成り行きは、22万人を超える死者、100万 人の負傷者、そして100万人以上が追放されたこの外国の影響で生じた大災害を収 束させうるかすかな希望の光を差し出している。しかし、それがもしISISがその対シリア攻撃の収束を拒否することが分かった場合、米国 がするべき理性的なことはシリア政府を転覆させる軍事行動を止めこと、ついでISIS勢力を敗北させるためにシリアと協力することであろ う。米国とシリアの協調した空爆によって、この地域に送り込んだサウジアラビアのワッハーブ派を打倒するためならシリア軍は必要な地上軍 を提供するだろう。だがこれは単に可能性の域を越えていることなのか?

 

手短な要約が適切だ。第一に、米国とその同盟国は ISISおよびその共犯者アル=カイダ、同様に多様な波及グループを創り出したこ とにどの範囲で責任があるのか?一番初めは、アフガニスタンでソ連と戦うためにムジャヒディーンとアル=カイダを創り出したのはアメリカ合州国だったことを私たちは思い出すべきだ。あとで9・ 11の反動が来たが、それはレジスタンスとしてのアル=カイダを創り出した米国の イラク侵略であった。シリアの暴動を誘発したのはアメリカ合州国だった。彼らの自由シリア軍が敗北に直面したとき、米国の同盟国サウジと カタールの莫大な資金援助と指揮およびトルコの戦術的援助をともなって救出にイラク・アル=カ イダが駆け付けた。ISISに転移したのがこのアル=カイダである。また、米国は、とくにイエメンやパキスタンでその無人機の軍事作戦をとお して余分な敵をも発生させた。

 

《結語―不正に便乗し続ける欧米メディアの共犯》

だが、ここでの話はこれがすべてではない。その分枝に よって、編集者と突出した風刺画家など12人の人々を死なせたシャルリー・エブド 誌に対するパリの最近の攻撃がなされた。見たところ預言者ムハンマドにかんする週刊誌の侮蔑的な諷刺画に憤激したアル=カイダに関係する男たちによってなされたようだ。その襲撃は、「私はシャルリー」の叫び 声を呼び寄せて報道の自由を支持する街頭デモをくりひろげ、フランスと世界中で数百万人の大規模な抗議を引き起こした。

 

歴史的なコンテキストにこの問題をおくと教訓となる。ナ チス・ドイツでは、デァ・シュテュルメルという反ユダヤ新聞が病的なまでにユダヤ人のカリカチュアを強調していた。ニュールンベルグ裁判 で告発されたその編集者ユリウス・シュトライヒャーは、ユダヤ人にかんする彼の話題と諷刺画の理由で絞首刑にされた。セルビアに対するそ の爆撃作戦の期間中1999年には、NATOがベオグラードのラジオ/TV局を故意に爆撃して16人の ジャーナリストを殺害した。米国は、2001年にカブールのアル=ジャジーラ本部を爆撃した。また2003年 には、アル=ジャジーラがバグダッドで爆撃されジャーナリストが殺された。ガザ攻 撃でイスラエルは故意に多数のジャーナリストを殺害した。

 

上記の例では、確かに報道の自由の問題はほとんど話題に ならなかったし、大規模な街頭抗議運動も一切なかった。シャルリー・エブドの場合、上記の例は言論の自由のモデルではなかった。実際に は、シャルリー・エブドのムスリムにかんする政治的ポルノグラフィーはデァ・シュテュルメルでユダヤ人が描かれたやり方とほとんど違わな いのに。

 

米国とその多様な同盟国は、アフガニスタン、イラク、リ ビア、ガザ、イエメン、シリアと多くのムスリム諸国で死と破壊の戦争に乗り出した。これに対する援助のために、サウジアラビアはその狂信 的なワッハーブ主義を蔓延らせようとして1000億ドル以上を費やしてきたよう だ。ワッハーブ主義は比較的小さな宗派でムスリム世界全体では軽蔑されているが、それでもムスリムのイメージを傷つけてきた。こうしたこ とで、世界のイスラム教徒を堕落させ、品位を下げ、恥をかかせ、あざけり、辱めることが、どういうわけか西洋の一部の人々に許容されるよ うになった。表現の自由の見せかけのもとでムハンマドを嘲るほうを選んだのは、この精神においてであった。注目すべきは、かつてシャル リー・エブドはあるジャーナリストが書いたひとつの描画がシオニスト・ロビーに批判されたという理由で彼を解雇したことがある。しかし、 ムスリムに対して同じことが現われたとき、それらについては解禁されていた。アメリカ合州国最高裁判所判事オリバー・ウェンデル・ホーム ズによって出された判決では、言論の自由は「嘘なのに満員の劇場で火事だと叫ぶ」権利は人に与えられていないとある。また、暴力を呼ぶよ うな「挑発的な言辞を公表することは禁止するという条項が合州国憲法にある」。こうしたすべてが、シャルリー・エブドの編集者と発行者に よって無視された。処罰が死刑ではないとしても、起こっ たことに対して彼らは相応の責任を負っている。残念なことに、シャルリー・エブドのカリカチュアに対する欧米の無批判的な擁 護は、諷刺画がムスリムに直接向けられまたムスリムを嘲笑したからだった。今日、絶望的に軽蔑された人々はイスラム教徒であることは疑い ようがない。

 

ISISが2人 のアメリカ人ジャーナリストを打ち首にしたとき、憤激と非難が西洋を貫いた。しかし同じISISが 何百人ものシリア兵を打ち首にし、これらの戦争犯罪を入念にフィルムに収めたとき、これはほとんどどこにも報道されなかった。付け加える と、シリア悲劇のかなり初期の段階から、アル=カイダ・グループは兵士だけでな く、警官、政府職員、公務員、ジャーナリスト、キリスト教会の人々、援助ワーカー、女たちや子どもたちを殺害し拷問していた。同じく市場 での自爆も。これらすべてが主流メディアでは覆い隠されていた。そしてシリア政府が正しくこれをテロリズムと公然と非難したとき、これは 無視されるかアサドのプロパガンダだと非難された。

 

では、欧米のメディアではこれらの残虐行為がなぜ報道さ れなかったのか?もしこれが報道されたなら、アサドは去るべきだというワシントンが宣言したアジェンダに敵対することになっただろう。こ うして主流メディアは公式の方針に従った。ここに新しいものは何もない。欧米が開始した戦争、ベトナム、アフガニスタン、イラク、リビ ア、シリアに対する暴動と政権転覆戦争、さらにイラン、グアテマラ、インドネシア、チリに対する彼らのクーデター、そしてもっとも最近で はウクライナで、メディアはことごとくこれらを支持したことを歴史は示している。

 

テロリストの行為が私たちの敵に対して実行されるなら、 しばしば自由戦士の行動と見られる。しかし同じタイプの行為が私たちに向けられたとき、それらの行為はテロリズムと非難される。だからす べては誰の牛が突き刺されたか次第なのである。(結果の正しさはどちら側に立っているか次第だという警句だが、ことは主観性の問題ではな く、著者が世界を覆う不公正を指摘していることは言うまでもない。=訳者)

 

(以上、翻訳終わり)

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関西テレビニュースアンカー 鈴木哲夫 安倍政権の安保法制の問題、自公の溝 by limitlesslife
February 13, 2015, 11:13 pm
Filed under: アベノミクス=ダメノミクス, アベノミス, イスラーム国(ISIS, イラク戦争, オリンピック, ジュゴン, ストロンチウム, スピリチュアリティ, テロリズム, ナショナリズム(ウルトラ・愚か・短気=損気・・・), バブル(通貨膨張・インフレ・投機・崩壊), ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ, プルトニウム(祭猛毒・原爆材料), ヘイトスピーチ(錯誤・差別・殺戮・・・), マスゴミ(真実無し、良心無し、恥じも外聞も無し、倫理無し、共に飲み食い、金に屈し、力に屈し、大政翼賛、・・・), Climate change, 災害(避難、補償、復興、), 為替(操作、円安:資産減:購買力減:輸入高、・・・), 独裁, 献金(賄賂、買収、, 真理:平和:非虚偽:非暴力:非人為:非権力, 福島原発事故, 秘密保護法, 税金(金字塔資金), 籾井勝人, 翁長雄志(沖縄知事、辺野古、・・・), 選挙(制度問題・改正、不正、・・・), 金(力、金融、資本、財閥、死の商人、・・・), 錯誤・束縛・差別・搾取・殺戮(金字塔の五禍), 集団的自衛(共謀・先制・挑発・共殺・共死・・・), 靖国神社(戦国神社?), 首相不信任, 貧困(格差、政策、予算、・・・), 資本主義(金権主義、金次第、・・・), 軍事(優先), 農業・食料・環境, 辺野古, I am not Abe (アベノミスに組しない、I am Kenji, NHK(日本放送協会), nuclear disaster, TPP, 公明党, 利己主義, 原発ムラ(利権マフィア), 原発輸出, 原発事故・責任・補償, 原子力規制, 国家(主義), 国民主権, 在特会(在日特権を許さない市民の会:ザイトク、・・・), 基地, 大政翼賛(独裁、権利放棄、権力隷従、・・・), 太平洋戦争(第二次世界大戦、・・・), 安倍晋三, 安保法制懇, 小選挙区制度の問題, 差別(人種、民族、宗教、。。。), 年金(基金・流用、目減り、・・・), 後藤健二(ジャーナリスト、イスラーム国人質、・・・), 従軍慰安婦, 憲法九条(発案、淵源、目的、誓願、和、全体健全、・・・), 戦争(責任、賠償、禁止), 放射線汚染・被曝, 政府(錯誤・束縛・差別・搾取・殺戮), 教科書(国定・国家主義・裁判・・・), 教育(学習、独立、真理、・・・), 日米安全保障条約〔憲法違反、治外法権、条約改正・廃止、・・・), 日韓, 日中, 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮), 村山談話(意義、継承し発展させる会、・・・), 核利権:全損害, 核廃物(死の灰、無期限放射能、・・・), 格差(拡大・是正), 棄民(政策、政治、命より金、・・・), 権利(侵害), 武器(製造・使用・販売・輸出・・・), 気候変動(異常気象、温暖化、・・・), 沖縄, 一極集中(金字塔、・・・), 三権分立(立法・行政・司法), 予算(ばら撒き、公共事業、軍事費、・・・), 人工金字塔文明か自然帝釈網文化, 信>食>兵

 永岡です、関西テレビのニュースアンカー、金曜レギュラーの政治ジャーナリスト、鈴木哲夫さんと、今日は劇作家のわかぎゑふさんが出られました。
安倍内閣の、西川農相が政治資金スキャンダル、違法献金300万で、西川氏はTPP対策で、例の、反対派と取っ組み合いの喧嘩(やらせ?)を演じた人物です。
そして、去年秋に、小渕、松島大臣が政治資金で辞任、宮沢氏はSMバー(笑)、西川氏も事務費で問題があったのに再任で、違法献金疑惑です。
これについて、鈴木さん、永田町では、今日の新聞に出ると昨日から話題になり、この新聞は去年9月の改造内閣から調べて、そして小渕氏らの疑惑が出て、延長線に西川氏があり、いずれ出るべきもので、なぜ今出たかは、西川氏より、小渕、松島氏が先に問題になり、そのタイミングで、また事件性は、これを立件できるか、去年の選挙での政治と金の問題で政倫審は開かれず、鈴木さんは政治と金の問題は事件性有無に関わらずやるべきで、さらに、閣僚の1万円以下の不明瞭な領収書が山ほどあると、ある週刊誌が調べており、官邸と探りあいがあり、政治と金の問題は再燃し、西川氏はTPP、農協改革があり、これも関わっている可能性は高く、菅氏は問題ないといい続けるが、野党から追及されたら、西川氏も辞任を余儀なくされる(TPP、農協がテーマ)というものでした。
わかぎさん、またかと言われて、西川氏も菅氏もダメな顔で、知らないというものが目に見えており、もうだめと言われました。
そして、鈴木さん、西川氏を続投されたことについて、事件性がないためで、同義的なものはあっても乗り切れると思われたが、身体検査で引っかからず(落選中で気がつかず)だった、検査が抜けていたと言われました。

さらに、高浜再稼動で、関電は福井県と高浜町の理解を取り付け、しかし、京都、滋賀も声を聞けとしています。舞鶴は5km圏内なのに、再稼動の蚊帳の外です。また、関電は再値上げを申請しており、これも高浜の再稼動を想定したもので、また上がるのかというのです。
わかぎさん、原発大反対で、福島も片付いていないのに、お金のことでやるのはおかしく、30kmで済まない、大阪もダメで、止めてほしいと言われました。近隣の安全すら考えられていない、脅しだと言われました。
鈴木さん、政界の反応は、安倍氏は再稼動をしたくて、しかし世の中の批判があり、本当は今年3月と言われていたのにずれ込み、しかし3・11の危機管理の議論で、まず50kmから避難を考え、そこから狭めるべきなのに、これが逆、近いところから取り上げて、避難の前提がおかしいと指摘されました。

そして、鈴木さんの永田町取材ノート、安倍総理は改革断行とハイになりぶち上げましたが、集団的自衛権、安保には言及せず、これには理由があると鈴木さんは指摘されます。安保法制で見えた自公の溝です。
集団的自衛権の閣議決定だけではダメで、法律が要るのに、これがまだ国会に出ず、今は集団的自衛権の前の前の前なのに、この協議で自公の溝があるのです。
公明の某大幹部と鈴木さん取材され、自公で考えが異なり、高村氏と北側氏が激しくやりあったというのです。
安倍総理はこの国会で是が非でも安保法制をやりたく、これは現職閣僚の発言で、安倍氏は通常国会で安保法制と答え、しかし当時はイスラム国事件の前、しかし安倍氏は安保を強くやりたく、国会のスケジュール、2017年4月に消費税10%=景気対策が要り、ここで憲法改悪、集団的自衛権はやれない。
となると、今年春~来年の参院選までにやらないと安保はダメで、憲法改悪と、その手前の集団的自衛権は参院選までで、しかし公明の議員は、安部氏に安保の答弁をさせたら前のめりになり、安倍氏、強気、前のめりで、枝野氏や共産党の小池氏にはムキになり失言も出て、本来防衛大臣などがやるべきなのですが、鈴木さん、過去の梶山氏は、得意分野で失敗すると証言し、しかし、安倍氏、失敗の可能性もあるのです。
ところが、与党協議に、去年7月の閣議決定に関して、安倍氏、高村氏らは、集団的自衛権を閣議決定にちゃんと盛り込めず、これは公明の抵抗によるもので、終わってみたら、高村氏は不満で、今度は譲らないと怒り、自民は閣議決定40点、公明は60点
ところが、法律を決めるには、あいまいでは済まず、山口代表だと、地球の裏側へ自衛隊を派兵する恒久法は絶対にNOであり、恒久法はダメ、特措法でやれというのが公明。しかし、安倍氏、菅氏はそれでは満足せず、恒久報にこだわる。
また、集団的自衛権+戦後70年談話で、公明は平和を譲れず、今は憲法改悪の入り口で、公明は譲れない。
で、公明は、与党協議分裂も、連立離脱もあり得ると中堅幹部が鈴木さんに証言しています。これについて、安倍氏は、話せば理解すると思っているが、集団的自衛権、憲法改悪は譲れず、安倍氏は維新との連立もあると言われました。
わかぎさんは、安部氏を止めて欲しいと言われて、鈴木さん、昨年の選挙で公明は議席を増やし、創価学会の幹部から、無党派が公明に入れて、野党は当てにならない、公明が頑張って安倍政権を止めてくれと、初めて言ってきたと指摘されました。
あと、自民がどう落とすかで、わざとハードルを上げて、後でおろすこともあると言うのです。以上、今週の鈴木さんのお話でした。

________________________
コメント:公明党の「公明」等鼎の軽重が問われる!アベコベ・アベノミス・自民党(染眠等)時代錯誤・洞察欠乏はアリガタ迷惑!! アベノミックスアップ・アベノミスリードで日本はテロ・戦争・基地・原発・米帝に引きずり込まれる!!!(「為にならなくて良いから邪魔にならないでくれ!!!!!」)



老朽核兵器コスト上昇:老朽化危険(自身でウラニューム放出)・軍産複合巨大化・更新費用膨大(兆単位多数計画) by limitlesslife

Aging nuclear arsenal grows ever more costly

limitless life

Los Angeles Times
Ralph Vartabedian and W.J. Hennigan9 hrs ago
Originally introduced to the U.S. Air Force inventory in 1961, the B-52 remains a potent and lethal platform.© Aero Graphics, Inc./CORBIS Originally introduced to the U.S. Air Force inventory in 1961, the B-52 remains a potent and lethal platform.
REPORTING FROM OAK RIDGE, Tenn. – Pipes, tanks and other equipment rust in the humid Southern air. Leaky roofs leave puddles on factory floors. Abandoned buildings are scattered across an 800-acre site contaminated with hundreds of tons of mercury.If this were a factory making cars in Detroit or steel in Pennsylvania, it would have long ago been shuttered.

But this is the Y-12 National Security Complex, a linchpin of the Energy Department’s nuclear weapons complex, responsible for making thermonuclear assemblies for hydrogen bombs.

The 1940s-era plant is part of a weapons program that has become increasingly costly to operate because of aging equipment, deteriorating facilities and soaring overhead costs. At its root, it is bloated and mismanaged…

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10月2日 米中核政策問題会合ご案内再送 by limitlesslife
October 5, 2014, 2:14 pm
Filed under: 核利権:全損害, 核廃絶, 核武装

中国新聞の宮崎です
 うちも載せています。
 
 
 ウェブサイトで読めるので、どうぞ。
 

****************
 中国新聞社編集局
ヒロシマ平和メディアセンター
編集部長
    宮崎 智三(みやざき・ともみつ)
   広島市中区土橋町7-1

電話 082(236)2801
Fax  082(236)2807

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2014年10月5日 0:18 Masa Takubo <takubomasa@yahoo.co.jp>:

皆さん、
このような記事になりましたので、お知らせします。
田窪


10月2日 米中核政策問題会合ご案内再送 by limitlesslife
October 5, 2014, 1:03 am
Filed under: 核開発, 核利権:全損害, 核武装

皆さん、
このような記事になりましたので、お知らせします。
田窪
—– Original Message —–
From: Masa Takubo <takubomasa@yahoo.co.jp>
To: “”abolition-japan@freeml.com” ” <abolition-japan@freeml.com>
Date: 2014/10/1, Wed 13:00
Subject: [abolition-japan:0228] 10月2日 米中核政策問題会合ご案内再送
明日の会合ご案内の再送です。

参加後予定の方は「核情報」の田窪まで個人メールでご連絡頂けますでしょうか。

よろしくお願いします。
田窪
研究会案内
核兵器警戒態勢解除(ディアラーティング)
核兵器の役割低減と日本の核政策
 
日時:102日(木曜日) 13:3015:30 (同時通訳付き)
会場:連合会館 5501号室 千代田区神田駿河台3-2-11
共催:原水禁・UCS
担当:金生 0352898224
 
米国憂慮する科学者同盟(UCS)の中国問題専門家と共に、核兵器の役割低減について考えます。奮ってご参加ください。
Ø  世界の「保有核」約1万発のうち、数分で発射可能な「高い警戒態勢」(ハイ・アラート)状態に置かれているのは?
Ø  理由は?問題は?解決策は?
Ø  日本の役割は?
 
 
発題者
●グレゴリー・カラキ-
過去25年間の大半を中国に住み、米中両国の学会、政府、専門家団体の間の交流を推進する仕事をしてきた。憂慮する科学者同盟(UCS)に2002年に入って以来、軍備管理及び宇宙の安全保障に関する米中の専門家の間の対話を推進、実施に焦点を合わせてきた。専門領域は以下の通り。中国の外交・安全保障政策、中国の宇宙計画、国際軍備管理、異文化間交流。
 
憂慮する科学者同盟(UCS)
健康的な環境とより安全な世界のために活動している科学に基礎を置く非営利団体。マサチューセッツ州ケンブリッジに本拠を置いているが、バークレー、シカゴ、ワシントンDCにもオフィスを持つ。1969年にマサチューセッツ工科大学の教職員・学生が設立。
UCSの世界的安全保障部門のサイトhttp://www.gensuikin.org/nw/dismntl1.htm
には、核兵器全般の他、ミサイル防衛について詳しい情報がある。


核のゴミ、1本1億2800万円 英に委託の処理費、95年の3倍 by limitlesslife
May 27, 2014, 12:16 am
Filed under: 核利権:全損害, 核廃棄物・死の灰

2014年5月26日05時00分

 青森県六ケ所村に4月、英国から返還された高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)の輸入価格が、1本あたり1億2800万円だったことが税関への申告でわかった。過去最高額で、海外に処理を委託した廃棄物の返還が始まった1995年の3倍。管理や輸送の費用がかさんだとみられる。費用は電気料金に上乗せされる。

原発から出る使用済み核燃料を再処理して再び燃料として使う「核燃料サイクル政策」について、政府は4月、閣議決定した新たなエネルギー基本計画のなかで「推進」するとしたが、再処理で出る核のゴミの費用もかさむことで、サイクル政策の非経済性が改めて浮かんだ。

再処理事業では新たな燃料のほか、利用不可能で強い放射線を出す高レベル放射性廃棄物も発生する。六ケ所村にある日本の再処理工場はトラブル続きで完成しておらず、電気事業連合会によると、日本は69年以降、英仏両国に送って再処理を依頼してきた。

再処理でできたプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料などは英仏から日本の各原発に順次運ばれて一部は使われてきた。一方で、高レベル放射性廃棄物を固めた「ガラス固化体」も95年以降、六ケ所村に返還されている。固化体は円柱形で直径約40センチ、高さ約1・3メートル、重さは約490キロ。地下深くに埋める地層処分を目指すが、処分場の候補地は決まっておらず、六ケ所村の施設内で保管されたままの状態だ。

固化体の返還は今年4月が16回目で、132本が入った。固化体を所有する各電力会社は「私企業間の契約のため」として価格を明らかにしていない。

だが函館税関八戸支署への届け出によると、4月に管内に入った固化体の輸入総額は169億3800万円で、1本あたり1億2800万円。13年2月の前回は1億2200万円で、95年4月の1回目は4400万円だった=グラフ。

固化体はテロ対策などのために管理や輸送に厳重な警備が必要となる。また、再処理を委託した英国の工場でトラブルが相次ぎ、事業費もかさんだとみられる。固化体は英国に約640本残っており、19年までに順次運ばれる予定だ。

使用済み燃料の再処理費用について、各電力会社電気料金算定のもととなる経費「原価」に組み入れている。東京電力福島第一原発事故後に相次いだ電気料金値上げの際も原価に入れて申請し、認められた。

(大谷聡)



新聞うずみ火通信034 by limitlesslife

 永岡です、新聞うずみ火の通信をお送りいたします。
<以下、転送、重複失礼いたします>

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■□■ うずみ火通信 ■□■

No.034.2014.3.3発行
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朝夕はともかく昼間はようやく凌ぎやすくなりました。
お変わりありませんか。

いつも「新聞うずみ火」を支えて下さり、ありがとうございます。
メルマガ「うずみ火通信」をお届けします。

新聞うずみ火編集部

(名刺を交換させていただいた方など、
ご縁をいただいた方に送らせていただいています。
恐縮ですが、不用な方は
uzumibi@lake.ocn.ne.jp までメールをください)。

┏┓━━━━━━━━━━━━━━━━━┏┓
┗■┓     「うずみ火」情報        ┏■┛
┗■━━━━━━━━━━━━━━━■┛

■3月の「うずみ火講座」は8日(土)

3月の「うずみ火講座」は8日(土)、
大阪市北区のキャンパスポート大阪で開講します。

講師は、和歌山県日高町の漁師、濱一巳さん(63)。
濱さんら反対派の理由は素朴な疑問でした。
「原発が安全だというのなら、
なぜ、電気を大量に消費する都会に原発を建てないのか」――。

濱さんは40年にわたって反対運動の先頭に立ってきました。
巨額の補償金を提示して原発建設を迫る関西電力に対して、
「網の目のようになっている人間関係がぶつぶつに切られた」と
振り返ります。

推進派町長と渡り合って押し返した濱さん。
紀州水道をはさんで住民が協力し合い、
原発計画を断念させた徳島県阿南市と和歌山県日高市の住民をおった
ドキュメンタリー映画『シロウオ』にも登場しています。

濱さんがいま、東京電力福島第一原発事故をどんな思いで見ているのか、
伺いたいと思います。

【日時】3月8日(土)午後2時~4時半
【会場】大阪市北区のキャンパスポート大阪(大阪駅前第2ビル4階)
【資料代】一般1200円、読者1000円

■「新聞うずみ火」101号のご紹介

今回からレイアウトをリニューアルしました。

1面トップ記事は「NHK問題」です。
籾井勝人会長、さらには百田尚樹、長谷川三千子両経営委員の
発言が波紋を広げています。
本来、不偏不党・公正公平であるはずの公共放送にもかかわらず、
いまや実態は「安倍さまのNHK」と揶揄されるほどに。
NHKはどこにいくのか――。
2001年のETV番組改変問題の際、番組担当プロデューサーだった
永田浩三武蔵大教授にインタビューしました。

高橋宏の「今月の核」は先月に続いて「エネルギー基本計画」について。
現在の事務局案は「安全性」が強調されていることを除けば、
東京電力福島第一原発以前に策定されたものと何ら変わっていません。
しかもこれに対するパブリックコメントも、1カ月で1万9千件が寄せられたものの、
締切から1カ月以上が経っても集計結果はおろか、
内容も公表されていないということです。
原発再稼働に前向きな安倍政権のもと、
事務局案はこのまま閣議決定される可能性が高いということです。

西谷文和の「世界で平和を考える」も原発がテーマ。
ずばり「戦争と原発」がテーマです。
戦争と原発の共通性は
「背後に莫大な利権があり一部の人が甘い汁を吸ってること、
両者ともウランを使って地球を汚していること、
そして差別」だと西谷は指摘しています。

ヤマケンこと山本健治さんの連載「どないなっとんねん!」は
橋下大阪市長の「出直し市長選」がテーマ。
いきつくところまでいった勝手気まま・独裁ぶりを
〈「橋下大阪場所」哀しい独り相撲〉とバッサリ。
〈結局頭の中にあるのは自分のことだけで、
大阪市のことなど何もないことがはっきりした。
こんな人物、一日も早く大阪の府市政、国政から手を引いてもらいたい〉

ジャーナリストの粟野仁雄さんは
「佐村河内守氏」騒動について一文を寄せてくれました。
文筆の世界でのゴーストにまつわる実体験も紹介しつつ、
感動物語を演出したメディアの責任も問いかけています。

このほか「こちらうずみ火編集部」では、
矢野が京都地裁で始まった原発避難者訴訟を。
栗原は再審無罪となった在日元「政治犯」を取材・執筆しました。

今月号も盛りだくさんです。どうぞよろしくお願いします。

※「新聞うずみ火」の購読を希望される方は、
うずみ火事務所までご連絡ください。
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メールuzumibi@lake.ocn.ne.jp
最新号と振替用紙をお送りします。
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■60人が参加してくれた「新聞うずみ火創刊100号記念の集い」

「新聞うずみ火」100号記念の集いが2月22日、
大阪・北区の大阪弥生会館で開かれました。
2005年10月の創刊から足掛け9年――。
60人を超える読者の皆さんと一緒に、
心温まるひとときを過ごさせてもらいました。

会は編集長の矢野宏のお礼の挨拶でスタート。
黒田清さん亡き後休刊した「窓友新聞」の読者に背中を押され
発行を決意したことなどを説明。
「黒田清さんがよく話していたような『戦争と対極にある、
誰もが生まれてよかった人権社会』に近づけるよう、
毎号毎号出していきたい」と決意を述べました。

続いて執筆者を代表して、
連載「ヤマケンのどないなっとんねん!」の
山本健治さんがマイクを握りました。
「デモや集会などにいくと、
『マスコミがちゃんと伝えてくれないことが残念』という声をよく聞きます。
日本人はマスコミこそが全てのように言うけど、それはアカンねん。
いまこそ、口コミ、ミニコミの時代。
自分たちで調べた真実が口づてで伝わるのは強い。
本当の意味での真実を伝えていくのが、うずみ火の仕事ではないか。
編集部の人達とこの場をつくり、編集部の人たちを支えていうことが、
しっかりした言論を続けていく道ではないでしょうか」とエール。

乾杯の音頭は歌謡曲の歴史を紐解く
「100年の歌びと」を連載中のジャーナリスト三谷俊之さん。
時代の空気を憂えつつ
「矢野さんたちを見ていると、辛いけど、
空井戸を掘り続けなくてはならないと思います。
この時代を乗り切らねばなりません。200号に向けて頑張ってカンパーイ!」

激励の言葉が寄せられる中、
「うずみ火」100号を振り返るスライドも上映されました。
全ての表紙と折々のスナップを盛り込んだもので、
読者の一人、水田隆三さんがボランティアで制作してくれたもの。

情感たっぷりのシャンソンを披露してくれたのは井芹史見代さん。
医療過誤で夫を亡くした井芹さんを支えてくれたのは歌でした。
井芹さんは『メマン』『愛の讃歌』を情感たっぷりに歌い上げ、
大きな拍手に包まれました。

最後に編集委員の高橋宏がお礼の挨拶。
「原発の問題は、実はあらゆる問題に関わっています。
教育、保育。黒田清さんもおっしゃっていた『人権社会』、
人権が守られる社会になれば原発は自然となくなるものだと思います。
黒田さんの目指した反戦・反差別をしっかり引き継ぎたい。
来年10月は10周年の集いをぜひしたいと思います」

■3、4月の茶話会と酒話会の案内

お茶を飲みながら、お酒を飲みながらの
読者交流会「茶話会」「酒話会」は毎月1回、
最終週の木曜、金曜に開いています。
食べて飲んでおしゃべりして楽しいひとときを
一緒に過ごしませんか。
会費は1000円~

3月の酒話会は27日(木)午後2時から、
3月の茶話会は28日(金)午後6時からです。

4月の茶話会は24日(木)午後2時から、
4月の酒話会は25日(金)午後6時からです。

■4月5日(土)、お花見を楽しみませんか

「お花見集い」は4月5日(土)正午から
大阪城公園の西の丸庭園で行います。
大いに食べて飲んで語り合いましょう。
敷物はこちらで用意します。
お弁当や飲み物は各自ご持参ください。

最寄りの駅は、地下鉄谷町線「谷町4丁目駅」が便利です。

■毎週火・土曜日はラジオ大阪に出演中

矢野が毎週土曜日午前7時半からの
ラジオ大阪「里見まさとのおおきに!サタデー」
(午前7時半~10時)に出演中。
「ジャーナリスト矢野に聞く」は午前9時18分頃~28分頃です。

また、毎週火曜日のラジオ大阪「中井雅之のハッピーで行こう!」
(午前9時~11時半)にもコメンテーターとして出演、
ニュース解説や取材で感じたことなどを語る「週刊!矢野新聞」は
10時15分過ぎから30分頃です。

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マガジン名:うずみ火通信
発行日:不定期
発行元:新聞うずみ火 〒530-0012 大阪市北区芝田2-4-2 牛丸ビル3階
TEL 06-6375-5561 FAX 06-6292-8821
問い合わせ:uzumibi@lake.ocn.ne.jp
 WebPage: http://uzumibi.net/
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