◇京セラ名誉会長

 

1982年ごろから、行政改革の目玉として、電電公社の民営化、通信事業への参入自由化の議論が盛んになりました。でも、誰も参入しようとしない。当時の公社は売上高4兆円、従業員32万人の巨象でしたから、当然かもしれません。

 

■25社出資し新会社

当時、東京の経済界の若手メンバーの会合にちょくちょく出ていました。ある会合に、ウシオ電機の牛尾治朗さん、セコムの飯田亮さんがいました。私が「電電公社の独占体制をやぶらないと、通信料金は安くならないと思う。だから対抗する会社をつくろうと考えている」と言った。

そしたら、牛尾さんが「ええっ、我々も何かしようと考えていた。どこまで考えているんだ」と言う。私が「技術屋を何人か集めてやっている」と言うと、彼らは「そこまで進んでいるんなら我々も協力したい。カネもだす」と言う。

ソニーの盛田昭夫さんも来て「何をしゃべっとんや」と言う。事情を説明したら「おれにも出させてくれ」と言う。たちまち出資者が集まった。

その後、京セラの取締役会で「創業以来、積み立ててきた1500億円の手持ち資金がある。そのうち1千億円使わせてくれ」と言いました。遠慮しているのか、誰も何も言わない。多分「私が言うなら仕方ないか」という感じでしょうな。

《84年、第二電電企画(後の第二電電=DDI)が発足した。京セラのほか、ウシオ電機、セコム、ソニー、三菱商事が発起人。25社が出資した。》

どうやって東京、大阪間に回線を敷くか。光ファイバーを敷くために道路工事をやったらえらいことになる。ちょっと掘るだけでも当時の建設省の許可がいる。まして東京―大阪間を掘るなんて。電波は当時の郵政省から割り当ててもらっても、国土の上は電波が交錯している。米軍、自衛隊、警察、民間。どこを飛ばしても他の電波に干渉する。どこを通っているかは国家機密だという。

 

■国鉄総裁に直談判

困っていたら競争相手が現れた。旧国鉄系の日本テレコム(JT)、旧日本道路公団トヨタ自動車系の日本高速通信(TWJ)が手を挙げた。鉄道通信の技術がある国鉄は新幹線の側溝に、道路公団は高速道路沿いに、それぞれ光ファイバーを敷けばいい。

私はすぐに当時の仁杉巌・国鉄総裁に会いに行った。「新幹線の側溝に光ファイバーを敷くのなら、うちのも敷かせてください。賃料は払います」。そしたら「あんた、何を言ってるんだ。国鉄の敷地を民間企業に貸してくれとはよくいうな」と言うわけです。

面識なんてありませんから、けんもほろろの扱い。それでも言いました。「国鉄のものは国の財産のはずです。国民に使わすのは当然じゃないですか」って。

そんなとき、電電公社の真藤恒総裁が「空いている無線ルートを提供していい」と言ったという話が新聞に載った。会いに行くと「あんたのところ、光ファイバーが使えないなら無線しか方法はないはず。大阪―東京間に、使っていない無線ルートがある。使わせてあげてもいいよ」と言う。真藤さんも競争相手がいなければ、民営化も成功しないと思っておられたんですね。

まさに徒手空拳でした。(国民のために通信料金を下げるという)大義名分があれば進んでいける。幕末の坂本龍馬みたいなもんです。(聞き手=編集委員・多賀谷克彦

 

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