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日本はアジアの次の独裁国家になるのか? by limitlesslife
April 4, 2015, 8:55 pm
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日本はアジアの次の独裁国家になるのか?
FEB 20, 2015 9:00
By Noah Smith
今年初め私は世界各国における政権の反自由主義的な動きと、人権軽視という心傷む傾
向につい書いた。残念ながら、日本はこの危うい流れに追いつきつつある。
これは奇妙な言いがかりに聞こえるかもしれない。というのは、安倍晋三首相はこれま
でいくつかの自由主義な政策(女性労働者への平等な扱いの推進など)を実行してきて
おり、移民受け容れにも前向きな姿勢を示してきたからである。日本社会は、全般的に
見ると、過去数十年にわたって、より自由主義な方向に向かってきた。裁判員制度の導
入もその一つだし、クラブにおける長年のダンス禁止も無効にされたのもその一つであ
る。
しかし、こういったことは安倍の政党が日本国憲法を彼らの思い通りに変更した場合に
は、ほとんどが意味のないものになってしまうだろう。
日本の自由民主党(現存するうちで最も実体と異なる党名をもつ政党の一つ)は戦後史
のほぼ全時期、短期的な中断をはさんで、日本を支配し続けてきた。この政党の実質的
な部分は哲学的にも、組織的にも、またしばしば遺伝学的にも、日本軍国主義時代の政
治的支配者の流れを汲んでいる。それゆえに、当然ながら、アメリカ占領期に日本にお
しつけられた自由主義な価値観をこの党派はまったく内面化することがなかった。かつ
ては少数派であったこの党派が、現在では自民党内の支配的な勢力となっている。
自民党は現在、アメリカが起草した憲法を廃棄し、代わりに自主憲法を制定しようとし
ている。
自民党の改憲草案は「現行憲法の条項のいくつかは自然権についての西欧的な理論に基
づいており、そのような条項は変更されねばならない」と謳っている。この考えに基づ
いて、自民党改憲草案では、国は「公益及び公の秩序に違背する場合」には、言論の自
由、表現の自由を規制することができるとされている。また、宗教集団に国家が「政治
的権威」を賦与することを禁じた条項も廃絶される。つまり、政教分離原則が放棄され
るのである。
さらに悪いことに、草案は国民が従うべき六つの「義務」をあらたに付け加えた。
「憲法擁護義務」や家族扶養義務のようにあいまいで無害なものもあるが、「国家国旗
に敬意を払う義務」を国民に求めるようなアメリカにおける保守派が推進している憲法
修正と同趣旨のものもある。
他の三つの「義務」はあきらかに反自由主義と独裁制を目指している。
「国民は責任と義務は自由と権利の代償であるということを自覚せねばならない」「国
民は公益および公の秩序に従わねばならない」「国民は緊急事態においては国家あるい
はその下部機構の命令に従わねばならない」
これは中国やロシアであれば憲法に書かれていてもおかしくないだろうし、「緊急事態
」についての条項は、多くの中東諸国で弾圧のために利用されている正当化の論拠と同
じものを感じさせる。
残念ながら、この自民党改憲草案のきわめて反自由主義的な本質は欧米ではほとんど注
目されていない。欧米の人々は改憲というのは日本国憲法の一部、軍隊を保有すること
を禁じた現行憲法九条の改定のことだと思っているからである。
自民党改憲草案が九条廃絶をめざすのは事実だし、九条廃絶が安倍の改憲の主要な目的
であることも事実である。けれども、われわれががこの問題を非武装という論点にだけ
焦点を合わて見るのは、重要な論点から目をそらせることになる。
たしかに、九条廃絶はデリケートな問題である。日本はすでに軍隊を保有している(名
前は「自衛隊」だが)。そして、九条の非武装条項はかなりゆるく解釈されているから
、ここで九条を廃絶してみても事態はほとんど変わらない。憲法が改定されたからと言
って、日本が他国に侵略を始めるということはほとんど考えられない。日本はただ、そ
の事実上の軍隊をふつうに軍隊と呼ぶようになるというだけの話である。
しかし、九条問題に気を取られていると、われわれは自民党草案が日本国民の自由にど
のような打撃を与えることになるのかを見落としてしまう。
日本国民はもちろん反自由主義的な国で暮らすことを望んではいない。
日本国民の80%以上は安倍政権が最近採決した「特定秘密保護法」に反対したし、憲
法改定手続きを容易にする自民党の企てにも反対した。日本国民は過去70年間きわめ
て自由な空気の中で生きてきた。それがもともとは外国勢力によって与えられた自由で
あったにせよ、それを享受してきたことに変わりはない。
われわれが危険だと思うのは、日本国民が彼ら自身の自由をみずから進んで手放すよう
に欺かれているように見えることである。
欧米のジャーナリストと同じように、日本国民もまた九条の廃絶だけに論点を絞り過ぎ
たせいで、改憲草案が人権を「義務」に置き換えるためのものだということに気づいて
いない。日本の野党が弱く、分断され、統治能力がないこと、それに比べて安倍政権は
経済再生の最後の希望であるということで許される話ではない。
まずもう少し冷静になってみよう。憲法は所詮は一片の紙切れに過ぎない。すべての国
がアメリカのように自分たちの憲法を杓子定規に守っているわけでもない。
日本の指導者たちが非自由主義的な国家を作り出そうとすれば、アメリカが1947年
に書いた憲法には彼らを引き止める力はないだろう。事実、自民党内の歴史修正主義者
たちは自分たちの改憲草案をこの国の「ほんとうの」法律だと暗黙のうちにみなしてい
る。改憲草案のすべてが非自由主義的というわけではない。性別、人種、宗教的な理由
による差別の禁止は原稿憲法のまま残されるし、健常者障害者の差別禁止にまで拡大さ
れている。
しかし、自民党の新しい憲法には真に危険なものが含まれている。
第一に、これが自民党による市民社会抑圧の企ての一部だということである。
この動きは経済の低迷と福島原発事故の後、一層物騒なものになってきている。特定秘
密保護法とその他の出版の自由に対する弾圧はその危険を知らせる徴候である。国境な
きジャーナリストが発表した報道の自由ランキングで、日本は2010年の10位から
2015年には61位にまで転落した。
第二は自民党改憲草案を採択した場合、それが国際社会にもたらすマイナスの影響であ
る。もし日本がトルコやハンガリーのような非自由主義的な民主政体に向かって舵を切
った場合、それはアジア地域において日本がこれまで保持してきた、中国という抑圧的
な国家の対抗軸としての特性を打ち消すことになるだろう。その結果、日米同盟も弱体
化する。日米両国はこれまで価値観の共有によって一体化してきたわけだが、それが失
われるからである。これから先、アメリカは非自由主義的な中国と、かなり非自由主義
的な日本の双方に対して、これまで以上に中立的な立場を採択することになるだろう。
日本にとっての最適解はたぶん九条を廃絶して、残りの条項は手つかずに残すことであ
る。しかし、このトリックが政治的に何を意味するかはすぐ見破られるだろう。自民党
が九条に手を着けた場合、どのようなやり方でそれを成し遂げようと、それは独裁主義
的な「義務」と人権の弱体化に向かうドアを開くことに変わりはないからである。
だから、日本にとって現実的な最良の解は現行憲法にはいろいろ瑕疵があるが、その改
定をできるだけ先送りして、いまだに1940年代のマインドをとどめているような人
々が政権の座にとどまり続ける日が終わるのを待つことである。
日本はいま歴史的な転換点に立っている。
日本にはこれまで以上に自由主義的な社会になる可能性もあるし、これまでよりずっと
自由主義的でない社会になる可能性もある。
より自由主義的な社会をめざすことこそが賢明であり、かつ道徳的な選択である。

http://blog.tatsuru.com/2015/02/25_1234.php

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コメント:民衆の我利を刺激して独裁者の我利を徹底させる方法:
国粋・排外・帝国・軍産・政官・学メ(メデイア)・権力・法律・教育・恐怖・金権等)


2014年度学位授与式告辞 田中優子・法政大学総長 by limitlesslife

2014年度学位授与式 告辞 田中優子・法政大学総長

皆様、卒業おめでとうございます。保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。

ただいま入学式が執り行われましたように、皆さんの多くが入学なさった2011年4月、
法政大学は入学式をおこなうことができませんでした。そのことが私たち教員にとって
もたいへん心残りであり、ぜひ短くとも入学式をとりおこないたいと思っておりました

2011年3月11日とその後、皆さんの中にはご自身や大切な方々が被災なさった方もおら
れることでしょう。直接の被災がなくとも、大きな衝撃を受け、さまざまなことを皆さ
んは考えられたことでしょう。
しかしその日を乗り越え、皆さんが入学し、今日卒業を迎えました。たいへん嬉しいこ
とです。
皆さんはどうか、この入学と卒業を、ほかの世代の誰も持ち得なかった記憶として持ち
続けて下さい。2011年3月11日の記憶は、これから皆さんが生きていく原点になるもの
なのです。

それはなぜなのか、お話しします。
地震は自然災害です。しかしこの震災の第一の特別な意味は、原子力発電所事故という
文明災害でもあった、ということです。皆さんはまだ生まれていない時代ですが、1954
年、国会議員が原子力予算を国に提案しました。そして福島第一原発の誘致が1960年か
ら始まり、運転開始は1971年でした。
私は1970年に法政大学に入学しました。その私が大学でたいへん充実した時間を過ごし
ていたとき、福島第一原発は稼動を始めたのです。
地震は日本列島では古代から無数に続いています。日本人はいつもそれを乗り越えて来
ました。しかしこのたびの災害は、いまだに克服したとは言えません。それは、これが
文明によって引き起こされた災害だからなのです。

私が生まれ育ったその時代に進められてきたことは、日本の経済成長を促しました。そ
の結果、今では日本人の半分以上が、皆さんのように大学を卒業することができていま
す。その上、多くの人が留学体験をしています。このことは、現在海外で起きている学
校の破壊や、教育を受けられない多くの若者のことを考えると、素晴らしく恵まれたこ
となのです。

しかしその一方で、日本は大変な体験もしてきました。私が法政大学に入った年、ある
先生が授業で石牟礼道子の『苦海浄土』の一部を朗読なさいました。その時の衝撃は今
でも忘れません。水俣病の発生とその経過を書いたこの本は、今では多くの人が読んで
いますので、内容はよくご存じだと思います。
この本に書かれた一連の事件が起こっているときに、各地で原子力発電所の建設が同時
になされました。さらなる経済成長をするためです。そして今に至り、私たちはこの災
害から再出発しなければなりません。2011年は、これからの日本を考える上で、とても
重要な年なのです。

皆さんの多くは4月から社会に出ます。社会に影響を与える存在になります。どのよう
な仕事につこうと、仕事をするということはそれ自体が、社会を創ることなのです。ど
うか、自分の仕事が世界をどのような方向に向けているのか、充分に学び、意識して下
さい。それが、いまこそ世界が必要としている「世界市民」という存在なのです。

すでにホームページでお伝えしていますが、先月拘束されて亡くなったジャーナリスト
の後藤健二さんは、法政二高と本学社会学部を卒業した、皆さんの先輩です。紛争地帯
の弱者によりそったその仕事は、まさに世界市民と呼ぶにふさわしい仕事でした。後藤
さんが伝えたかったことは、「勝つ」ことではありません。争いの中で生きる場所を失
っていく人々の存在に気がつくこと、その人々にまなざしを向けること、その立場に立
ってものごとを考えていくことでした。

後藤さんだけでなく、多くの卒業生たちが世界で活躍しています。法政大学はこれから
も、力強い市民を育てていきます。市民とは、自分の生き方を社会や他の人々と結びつ
けて考えることのできる人です。自らの中にある差別感や偏見を乗り越え、社会の格差
や問題を少しでも解決しようと、自分と社会の関係の中で行動できる人です。自立しな
がらも孤立することなく、多様な人々と話し合い、協力して未来を創っていくのが市民
です。多くの卒業生たちが、市民として世界で活躍しています。

また今年は、戦後70年という特別な年です。
皆さんが在学中、法政大学では「学徒出陣」をテーマにしたシンポジウムと展覧会を開
催しました。戦争中は学校が閉鎖され、大学生は兵士としてかり出されました。総長で
ある私が、「お国のため」と称してあなたがたを戦場に送ることを想像してみて下さい
。それは現実に起こったのです。
本学でも前総長が「平和の誓い」をいたしました。「若者に過酷な道を歩ませた責任の
重みを忘れることなく、この悲劇をもたらしたものをしっかりと見つめる」と誓いまし
た。私はこの「平和の誓い」を、総長として受け継ぎ、さらに次の総長に手渡して行こ
うと思います。

何よりもひとりひとりが、自分だけでなく社会全体の理想の未来を思い描き、それに向
かって日々の仕事を全うすることが大切です。その未来は皆さん自身の未来です。

日本は急激な流動化の時代を迎えています。皆さんがこれから入っていく職場は、従来
の日本の職場とは様変わりしている可能性があります。海外に赴任するかも知れません
。日本語を話せない同僚や取引相手と、日々コミュニケーションするかも知れません。
しかし法政大学を卒業できた皆さんは、必ず乗り越えて行かれます。基礎的な学力と、
状況を切り抜ける柔軟性があります。自信をもって下さい。

迷ったときは、大学時代の友人やゼミの先生や、校友たちと交流して下さい。法政大学
は日本各地に校友会をもち、皆さんを支えようとしています。世界各国の校友会も今後
次々に組織化され、海外に出る皆さんの力になります。

厳しい時代だからこそ、協力し合うことが必要です。法政大学は中にも外にも、皆さん
が頼りにできる場を創っていきます。皆さんもぜひ、それを創る力になって下さい。そ
して一緒に未来の社会を創りましょう。

改めてお祝い申し上げます。ご卒業、おめでとうございました。

http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/socho/message/150324.html

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



by limitlesslife
March 18, 2015, 2:28 am
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内田樹・白井聡『日本戦後史論』

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大塚要治 yohtsuka@sf7.so-net.ne.jp via post.freeml.com 

10:09 AM (2 hours ago)

to uniting-peace
実に言い得て妙です。
大塚要治拝
白井 なるほど。私の印象では、そうした人格乖離は第二次政権になってから顕著になったような気がします。かつ、それは多分、今回の政権運営のうまさと表裏一体を成している。永続敗戦レジームの矛盾が大きくなりすぎてしまったから、生身の人間にはもうこれを運営することはできないのでしょう。
それにしても不思議なのは、安倍首相がお父さんの晋太郎さんの話をまったくしないことです。おじいちゃんの岸信介の話ばかりする。たぶん晋三から見て、晋太郎の政治家としてのスタンスは全然男らしくないと映るんでしょう。じいちゃんは本物の男だった、それを受け継ぐんだということなのでしょう。ところが、戦に強いということを誇りにはできない、もう男になれないというのは、戦後日本の所与の条件なんですよね。軍事的にインポテンツであることを運命づけられている。
それで、インポ・マッチョというのがいちばん性質が悪い。自分がインポであるということを何がなんでも否定する。それが敗戦の否認ということの言い換えなのですが。そういう人間は首尾一貫しないことをやる。対米関係において赤裸々に表れます。アメリカこそ、日本を去勢した相手にほかならない。だから、彼らの憲法への態度は、非常にねじくれたものになります。今回の集団的自衛権の行使容認の問題にしても、アメリカが二〇年来要求し続けてきたことですよね。それに従ったという話であって、またしてもアメリカの言いなりです。ところが、これを自主性の回復だと言いくるめる。安倍さんの憲法に関する最近の発発言を見ていて気持ち悪いのは、憲法が大嫌いなくせに褒めることです。「解釈改憲をすることによって、憲法九条の平和主義の精神をより一層実現することができるんだ」などと言うわけですよね。実に気持ち悪い。ほんとうは日本国憲法なんて大嫌いなはずのくせに、「憲法の精神はすばらしい」というようなこと言っている。これは憲法に対するレイプですよ。なんでそういうレイプをしたいのかというと、憲法はアメリカの置き土産なわけですから、アメリカの分身ですよね。そのアメリカの分身をアメリカの命令によってレイプするという奇妙奇天烈な状況にある。世界最強の軍隊の活動に自衛隊を差し出せば世界最強軍団の一部になれるってわけです。これはつまり、アメリカというバイアグラを飲んで無理矢理勃たせるということです。そういえば、バイアグラを作っているファイザー製薬もアメリカの会社でしたね。
初期の大江健三郎や石原慎太郎の文学的モチーフ、あそこに渦巻いているまがまがしい政治的かつリビドー的な欲望が、大文字の政治におけるプロジェクとして打ち出されてきているという怖さがあります。
(内田樹・白井聡『日本戦後史論』)

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CIAが育てたテロリスト、あるいは「自由戦士」?,, by limitlesslife

 

みなさまへ (BCCにて)松元

 

これはカナダ・ウィニペグ大学の地理学教授(退職)ジョン・ライアン博士が、今月7日に投稿した、今日のダーイシュ(ISIS、 イスラム国)にいたるテロリストの来歴と変転を跡づけたものです。拙訳ですが、紹介させていただきます。(2015年2月26日記)

 

なお、原文に小見出しはないが長文のため《 》で挿入した。アル=カーイダ、ビン・ラーディン、などの長音は読み易さを考慮して省略し、またUSA(アメ リカ合州国)やUSSR(ソビエト社会主義共和国連邦)は適宜の表記とした。

 

Terrorists or “Freedom Fighters”? Recruited by the CIA

CIA育てたテロリスト、あるいは「自由戦士」?

 

ジョン・ライアン教授(松元保昭訳)

2015年2月7日

グローバル・リサーチ誌

Url of this article:
http://www.globalresearch.ca/terrorists-or-freedom-fighters-recruited-by-the-cia/5429766

 

私たちが最近フランスで目撃した野蛮な現象は、アフ ガニスタンにムジャヒディーンが姿を現した少なくとも1979年にさかのぼる ルーツをもっている。当時の彼らの怒りは、1978年4月に権力をにぎって登場した左翼のタラキ政権に向けられていた。この政府の政権樹立 は、米国およびソ連の双方に等しく驚かれたもので突然でまったく現地固有の出来事であった。

 

《歴史を振り返ると―アフガニスタン》

1978年4月、 アフガニスタン軍はその抑圧的な政策のためその国の政府を引きずり降ろし、左翼のヌール・ムハンマド・タラキ率いる新政権をつくった。タ ラキは、作家、詩人でありカブール大学のジャーナリズムの教授であった。このあと短い期間、アフガニスタンは広範な大衆の支持によって進 歩的な世俗(非宗教的)政府をもった。私が以前の本で指摘したように、この政府は…女性にも平等な権利を与えて進歩的な改革を実行した。 それはこの国を20世紀に引きずり込むプロセスであった。英国の政治学者フレッ ド・ハリディが1979年5月 に述べたように(原注1)、おそらく国家が成立して以来この2世紀における以上に昨年からの地方ではさらに大きな変化をみせた。」

【原注1:Fred Halliday, “Revolution in Afghanistan,” New Left Review, No. 112, pp. 3-44, 1978. 】

 

タラキ政権の最初の行動方針は、外交問題で非同盟中立を 宣言すること、および世俗的(非宗教的)国家においてイスラームにたいする責任を果たすことだった。多くの改革が必要だったが、なかでも 女性は平等の権利を与えられ、女の子は男の子と同じクラスで学校に通うようになった。子どもの結婚と封建的な持参金払いは禁じられた。労 働組合が公認され、約10000人の人々が投獄から解放された。短い期間に何百と いう学校や診療所が各地に建設された。

 

封建時代から長いあいだ土地所有制度はほとんど変化がな かった。四分の三以上の土地が農村人口のわずか3パーセントの地主に所有されてい た。改革は1978年9月1日に、高利貸しが利息の45パー セントを負担し農業地主がもっている負債のすべてを撤廃することで始まった。重要な土地改革のプログラムが展開された。(地主を含む)す べての農業ファミリーが平等な土地の均等分を与えられることになっていた。(原注2)

【原注2: 私は、サバティカルの休暇を利用して農業調査プロジェクトに取り組むため1978年11月にはアフガニスタンにいた。これらの改革と政府の施策のすべては、農学部の学部長 が、またカブール大学で長いセッション期間中に幾人かの教授が、かなりの範囲を説明してくれた。(上記に引用した)ハリディも土地の再配 分プログラムについて報告した。】

 

この進歩的な政府に何が起きたのか?手短に言えば、 CIAとムジャヒディーンによって蝕まれてしまったのだ。彼らの存在は、国土を破壊した一連の出来事の引き金となり、また皮肉にも米国で の2001年9月11日の惨事を、またアフガニスタンの今日の混沌と悲劇を導くことになってしまった。

 

CIAが関与した前でさえ、予想されたように金持ちの地 主とムッラー(イスラム指導者)は土地改革だけでなくすべての改革に反対した。25万人のムッラーの大部分が豊かな地主だった。彼らは、ひとりアッラーだけが土地を与え ることができるし、またアッラーは女たちに権利を与えることや女の子が学校に行くことに反対するだろうと説教で人々に語ったものだ。しか し改革は大衆に人気があったので、これらの反動分子は難民としてパキスタンに向かった。パキスタンからの援助で彼らはアフガニスタンの地 方を襲撃し始めた。そこで彼らは診療所や学校を焼き討ちし女の子を教える教師を見つけては殺した。住民に恐怖とパニックを植え付けるた め、彼らはしばしば子どもたちの面前で教師たちの腸(はらわた)を抉り出して殺した。

 

他国の問題に干渉する権利はないとしても、アメリカ合州 国は新政権をマルクス主義者と見なしてその政権転覆を決意した。最初は非公式に、しかしカーター大統領の許可のもと1979年7月3日の後には公式に、CIAはパキスタンとサウジアラビアと協力してムジャヒディーンある いは「自由戦士」と知られるムスリム過激派に軍事援助と訓練を提供し始めた。

 

さらに付け加えると、CIAは米国で研究生活をしたアフ ガニスタンのPh.D.ハフィズッラー・アミンを誘い入れ、強硬派のマルクス主義 者として彼を振る舞わせた。そして彼はアフガニスタン政府の中で首尾よく(副議長にまで=訳者)出世した。1979年9月、彼はクーデターを実行しタラキを殺害した。このアミンの指揮のもとで何千人もの人々 が投獄され、また軍は弱体化され政府の評判を悪化させた。多くは外国人傭兵であるがよく武装された何千人ものムジャヒディーン侵略者をか わすということで、アミンは彼の政府によって強引に一部のソ連軍を招き入れた。(原注3)その後まもなく、アミンは殺害され、チェコスロバキアに亡命していたタラキ政権の以前のメ ンバー、バブラク・カールマルに大統領が交替した。まだ冷戦の対立と不確実な歴史が影を落としていたが、カールマルはムジャヒディーン勢 力に対処するため何千人もの部隊を送るようUSSR(ソ連)に依頼した。あまり知られていなことだが、少なくとも1年間はCIAをとおしてアフガニスタン問題にUSA(アメリカ合州国)が活発に関与して いた。これに対応してソ連軍が登場したのだった。

【原注3:Washington Post, December 23, 1979, p.A8.:1979年 12月8日、ソビエト軍がアフガニスタ ンに到着し始めた。記事が述べているように:その軍隊はどうやら招かれていたのでソビエトがアフガニスタンに侵入したという[国務省による]非難はまったくな かった。】

 

私が何年か前に述べたように:

「アフガニスタンの大地におけるソ連軍の出現は、結果と して国土の破壊をもたらす悲劇的なきっかけとなった。カーター大統領の国家安全保障担当補佐官ズビグネフ・ブレジンスキーは、ロシアの熊 に罠を仕掛けてソ連にベトナム戦争の失敗を舐めさせるためCIAに権限を与えるようカーターを説得していたと、彼はあとで自慢していた。(原注4)ブレジンスキーは、これをもっとも反動的なムスリムの狂信者の熱意を掻き立てるまたとない チャンスと考えた。つまり―アフガニスタンの大地を冒涜した無神論者の異教徒に対してジハード(聖戦=原注)を宣言させ―また彼らを国土から放逐するだけでなくソ連のムスリム多数派地域を 「解放する」ため彼らを追跡させ続けることであった。そしてつぎの10年間、アメ リカ合州国とサウジアラビアからの何十億ドルを浪費することで、また何千人もの非アフガニスタン・ムスリムを(ウサマ・ビン・ラディンを 含む)ジハードへリクルートすることで、この宗教的熱狂者たちの軍勢がやったことはアフガニスタンの人々とその大地を荒廃させることで あった。」

【原注4:“How Jimmy Carter and I Started the Mujahideen”: Interview of Zbigniew Brzezinski Le Nouvel Observateur (France), Jan 15-21, 1998, p. 76 http://www.counterpunch.org/brzezinski.html

 

アフガニスタンに軍隊を送ったことは、ソ連側の致命的な 大失敗となった。ソ連がアフガニスタン政府に対するただの武器供与だけだったなら、「門で野蛮人」を切り抜け生き残っていたかもしれな い。なぜなら、アフガニスタンの人々は狂信的ではなかったし大部分は政府の進歩的な改革を支持していたのだから。

 

この戦争に必要なだけアフガニスタン人をおびき出すこと ができないので、CIAとサウジ、パキスタンは、アフガニスタン政府とソ連の軍隊との戦争を遂行するため40のイスラム諸国から約35000人 のムスリム過激派を補充した。CIAは隠密裏にこれらの外国人戦士を訓練し支援した。したがって、アフガニスタンで台頭した原理主義は、 CIAが構成したものである。自由戦士と呼ばれたムジャヒディーンにもかかわらず、彼らは恐るべき残虐行為を犯した最初期のテロリスト だった。

 

米国メディアで報道されたように、ムジャヒディーンの好 んだ戦法は、最初に犠牲者の鼻、耳、そして生殖器を切り落とし犠牲者(しばしばロシア人)を拷問することだった。次に一部の皮膚を切り落 とし、徐々に別の皮膚をスライスしゆっくりとひどい痛みを伴って死に至らしめるのだった。ロシアの囚人は動物のように檻に入れられ言語に 絶する恐怖を生き延びたと、その記事は記録している。(原注5)別の刊行物は、「Far Eastern Economic Review」から一人のジャーナリストを引きあいに出し、ある(ソ連の)グループは肉屋で宙づりにさ れ皮膚をはがされ殺害されたと報告している。(原注6)

【原注5:Washington Post, January 13, 1985.】

【原注6:John Fullerton, The Soviet Occupation of Afghanistan, (London), 1984.】

 

これらの生々しい報告にもかかわらず、レーガン大統領は 自由戦士をムジャヒディーン(ジハード戦士=訳者)と呼び続けた。1985年、大統領 はワシントンに彼らのひとつのグループを招いてホワイトハウスでもてなした。そのあとで彼らをメディアに紹介したとき大統領はこう述べ た。「これらのジェントルマンは、道徳的にアメリカ合州国建国の父祖たちに相当する」と。(原注7)

【原注7:Eqbal Ahmad, Terrorism: Theirs and Ours, (A Presentation at the University of Colorado, Boulder, October 12, 1993) http://www.sangam.org/ANALYSIS/Ahmad.htm; Cullen Murphy,  The Gold Standard: The quest for the Holy Grail of equivalence,” Atlantic Monthly, January 2002 http://www.theatlantic.com/doc/prem/200201/murphy

 

生きたまま皮をはがされたのがアメリカ兵だったと考えて みると、たしかにソビエト兵は同じくらいどの点から見ても人間的であった。レーガン大統領はこうした実例があってもなお自由戦士をムジャ ヒディーンと呼んだのか…あるいは大統領は、それをソ連がやったことなら彼らを正しくテロリストと呼んだのかもしれないが?じつに、これ らの行為が描写される仕方は、誰の牛が突き刺されたかによるのである。

 

ソ連は彼らのベトナムに屈服して1989年2月、その軍隊は撤退し た。しかしアメリカの継続的な軍事援助で戦争は激しく続き、アフガニスタンのマルクス主義政府が最終的に敗北する前の1992年4月までアメリカは占領 した。それから次の4年間、ムジャヒディーンはカブールの大部分を破壊した。彼ら は自分たち相互で争い合い略奪とレイプの戦闘を指揮して約50000人の人々を殺 害した。これはタリバーンが彼らを掃討し1996年9月にカブールを攻略するまで続いた。パキスタンで熱狂的なムスリムとして訓練されたタリ バーンは、ムジャヒディーンから国を「解放した」が、その後残虐で反動的な政権を樹立した。一度権力を握ったタリバーンは、とくに女性に 対してイスラーム主義の恐怖政治を持ち込んだ。彼らは、サウジアラビアで支配的な信条となっているワッハーブ主義に密接に関連するイス ラームの極端な宗派主義的解釈を強要した。

 

米国の「共産主義者恐怖症」とソビエト社会主義共和国連 邦を転覆するという方針は、世界中のもっとも反動的で狂信的な宗教的熱狂者たちをかき集め支援するようなものであった。アフガニスタンと その人民が破壊される只中で、共産主義とソ連と戦う代理戦争に彼らを利用した。しかしそれには終わりがなかった。ムジャヒディーンは、ム スリム世界のさまざまな地域に散らばって転移し彼ら自身の生き方をあらわにした。彼らは、米国の完全な理解と支援で、ボスニアとコソボで セルビア人に戦いを続けた。しかし、彼らがソビエト帝国主義と呼んだものを打倒したこれらの自由戦士たちは、皮肉なことに次にはとくに― イスラエルに対する支援とムスリム世界に対する攻撃で―アメリカ帝国主義であると気づいたことで、彼らのねらいを転換したのだった。

 

こうしてアメリカ自らが作り出したものが彼らに向きをか えさせて、レーガンの素晴らしき自由戦士の後継者たちは合州国を激しく非難し、そしてアメリカは2001年9月11日を経験することになっ た。しかし米国政府と大部分のアメリカ国民は、このことから何を学んだのか?世界の例外的かつ不可欠の国家という思い上がった自説に基づ いてオバマ大統領が横柄にも世界を注目させ続けているように、アメリカ政府もその国民もこれまで別々の事実から結論を導くことはなかっ た。彼らの最近の歴史でそれらの自由戦士たちに9・11の原因を説明しうるものなど何かあるのか?簡単に言えば、もしアメリカ合州国がア フガニスタンの進歩的なタラキ政権に干渉しなかったなら、彼ら自由戦士たちはけっして生じなかったであろう。ムジャヒディーンの軍勢も、 ソ連の介入も、アフガニスタンを破壊した戦争も、ウサマ・ビン・ラディンも、それゆえ合州国における9・11の悲劇も存在しなかったで あろう。

 

《アメリカは繰り返す―アフガニスタン》

起こったことの潜在的な原因を熟慮し反省するのでなく、 またこのことから学ぶのでもなく米国は追加された一連の戦争を追ってすぐにも戦争に訴えたものだが、歴史は自ら繰り返すというヘーゲルの 見方を正すなかでマルクスが加えた「最初は悲劇として二度目は喜劇(ファルス)として」という皮肉なコメントを思い出させる。

 

米国のウサマ・ビン・ラディンに対する要求に応じて、ア フガニスタンのタリバーン政府は国際法廷に彼を引き渡してもよいと申し出たが、9・11に彼が関係している証拠を見たいと要求した。(原注8)米国にはそのような証拠もなく、ビン・ラディン自身は9・11には何も関わってはいない と否定した。(原注9)FBIは、9・11にビン・ラディンが関わっていた確か な証拠は何ひとつないというビン・ラディンの否定を裏付けるその記録をもっていた。(原注10)現在に至るまでずっと、FBIはこれに対する立場を変えることはなかった。

【原注8: 「タリバーンは繰り返し話し合いを要求している。 CNN.com, October 2, 2001, コメント:「ア フガニスタンを支配しているタリバーンは、嫌疑をかけられたテロリスト指導者ウサマ・ビン・ラディンを引き渡す以前に証拠が必要だと何度 も繰り返した。」http://archives.cnn.com/2001/WORLD/asiapcf/central/10/02/ret.afghan.taliban/; Noam Chomsky, “The War on Afghanistan,” Znet, December 30, 2001 http://www.globalpolicy.org/wtc/targets/1230chomsky.htm

【原注9: 「ビン・ラディンは攻撃の背後にはいなかったと語った。」CNN.com, September 17, 2001. http://archives.cnn.com/2001/US/09/16/inv.binladen.denial/

【原注10:Ed Haas, 「FBIは、ビン・ラディンを9・11に結びつける確か な証拠は何ひとつない、と語っている。」 Muckraker Report, June 6, 2006. http://www.teamliberty.net/id267.html

 

あとで明らかとなったように、9・11の陰謀はドイツの ハンブルグでアル=カイダ細胞によって企てられていたのだから、9・11攻撃はア フガニスタンとは無関係だった。19人のハイジャッカーのうち15人がサウジアラビア出身であったし、また9・11攻撃にアフガニスタンやビン・ラディ ンが関わっている証拠を米国は何ひとつ持っていないにもかかわらず、アメリカ合州国はアフガニスタンに対する戦争を開始した。もちろん国 連の支持もなく、これは明らかに不正な戦争であった。

 

たとえ米国がタリバーン政権を退陣させたかったとして も、戦争は必要なかった。アフガニスタンのすべての反タリバーン・グループがめずらしく満場一致で、この国に爆撃や侵略をしないよう米国 政府に嘆願した。(原注11)そこで彼らは、タリバーン政権を交替させるために米国が為すべきすべては、サウジアラビア とパキスタンにタリバーンへの資金援助を止めさせるよう強要することで、やがて政権は自ら崩壊するだろうと指摘した。このようにアメリカ 合州国は、その国を破壊することもなく、何千人もの米国兵士だけでなくアフガニスタンの何十万人もの殺害もなく政権交代をすることができ たはずだ。2001年から2015年 へと続く戦争を抱え…アメリカの最も長い戦争となった。これが喜劇(ファルス)でなくて何であろう?

【原注11:Noam Chomsky, “The War on Afghanistan,” Znet, December 30, 2001 http://www.globalpolicy.org/wtc/targets/1230chomsky.htm; Barry Bearak, “Leaders of the Old Afghanistan Prepare for the New,” NYT,October 25, 2001; John Thornhill and Farhan Bokhari, “Traditional leaders call for peace jihad,” FT, October 25, 2001; “Afghan peace assembly call,” FT, October 26, 2001; John Burns, “Afghan Gathering in Pakistan Backs Future Role for King,” NYT, October 26, 2001; Indira Laskhmanan, “1,000 Afghan leaders discuss a new regime, BG, October 25, 26, 2001.】

 

そして道化芝居(ファルス)は続いた。かつての戦争気分 で、米国は2003年にもうひとつの不法な戦争を開始した。この時の対イラク戦争 は、あからさまな嘘とごまかしに基づく第一級の戦争犯罪であった。この戦争はさらに悲劇的だった。100万 人以上のイラク人を殺害し、国を土台から破壊し、世俗的(非宗教的)な社会を破壊し、現在も続く宗教的な兄弟殺しに取って代えた。戦争の 進行中、アフガニスタンのアル=カイダはイラクに移動しアメリカの侵略者と戦う若 いイラク人のモデルの役割を果たした。アメリカ軍はイラクを素早く征服したにもかかわらず、容赦ないゲリラ戦に直面させられ、ついには2011年の撤退につながった。これらの長年月に、アメリカは何千人もの若いイラクの男た ちを投獄し、軽率にも彼らの大部分を熱烈なジハード主義者に変えたのだった。こうしたアブ・グレイブやブッカのような監獄は、打ち続く暴 動に火を点ける効果をもった。しかし、いまこれらのジハード主義者は自由戦士とは呼ばれなくなった。かつてアフガニスタンでアメリカ兵が ソビエト兵の代理となったときのこの慕われた名称は失われてしまった。

 

《アメリカは繰り返す―シリア》

あたかもアフガニスタンやイラクにおける戦争がまだ十分 ではなかったかのように、2011年の春、米国は長期プランのもとで秘密裏にさら なる戦争の開始に着手した。このひとつが対シリア戦争であった。どういうわけか自発的に起こったような自由戦士の暴動だった。彼らの目標 は、米国を不快にさせていたシリアの世俗的(非宗教的)政府を転覆することだった。その開始からずっと米国が暴動の背後にいたことが疑わ れていたが、2007年の早い時期からウェスレイ・クラーク将軍がインタビューの 中で述べていた。彼は、2001年9・11の数週間後、アメリカの幹部司令官会議で、5年 以内に7か国を無力化(破壊)する計画について語っていた。イラクを手始めに、次 はシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、仕上げはイランであると。また2007年 に、シーモア・ハーシュは非常によく引用された記事の中で、「シリアのバッシャール・アサド大統領の政府を弱体化するため、ワシントンの 承認でサウジ政府は資金と兵站援助を提供することになろう」と述べていた。

 

いわゆる自由シリア軍は、米国とNATOの創作であっ た。その目的はシリアの警察と軍を挑発することだった。一度でも戦車と装甲車両が展開されたなら、これはおそらく、リビアにしたことをシ リアにもする目的でNATOの保護責任の権限にしたがい境界を越える軍事介入が正当化されただろう。しかし、国連でのロシアの拒否権でこ れは計画されたようにはうまくいかなかった。

 

この妨害に決着をつけるため、CIAはサウジアラビアと カタールと共に、まさにアフガニスタンでやったことに取り掛かった。つまり、その世俗(非宗教的)政府を転覆するはっきりした目的のため に、外国人サラフィストのムスリム自由戦士の狼藉ものをシリアに導き入れたのだった。莫大な資金とアメリカの武器で、皮肉なことに最初の 傭兵は、イラクでアメリカ軍との戦闘最中にその存在を現わしたイラク・アル=カイ ダであった。ついで、シリアの多民族からなる世俗社会をスンニー派のイスラム国に変える計画で多数の他のアル=カイダ・グループ、とくにアル=ヌ スラが傭兵としてつぎつぎに現れた。

 

シリアで暴動が始まってからずっと、アサドは去るべき だ、シリア政権を転覆するために自由シリア軍の中の穏健派を援助するため介入したと米国は世界に語っていた。しかし驚くことはない。役に 立たない穏健な自由シリア軍は、まもなくシリアのいたる所で一連のテロ攻撃を開始し始めたサラフィストのムスリム・グループで満たされて しまった。シリア政府は、これらの攻撃をテロリストの仕業であると正しくも特定したのだが、これは(アサドの)プロパガンダであると主流 メディアからは打ち捨てられた。この国が、兵士、民間人、ジャーナリスト、援助ワーカー、公務員などへの自爆攻撃と首切り処刑にさらされ ていたという事実は単に無視された。

 

こうした報道にもかかわらず、自由シリア軍の一部である と自ら名乗った人々に援助を提供しているだけだとアメリカは強弁した。2012年6月にニューヨーク・タイムズで報道されたように、CIA高官が、シリアの反政府戦闘員が 国境を越えてシリア政府と戦う武器を受け取るという同盟諸国の決定を助けるためトルコ南部で秘密作戦の展開中であるとし、…自動小銃、対 戦車携帯ランチャー・グレナード、弾薬、何種類かの対戦車兵器を含む武器が、シリアのムスリム同胞団など実態のよくわからないネットワー ク中継を手段として大部分はトルコ国境を越えて流れ込んだ、そしてトルコ、サウジアラビア、カタールが支払った、と当局は語った。

 

付け加えれば、2011年8月にNATO爆撃に支援されたアル=カ イダによってリビアのカダフィ政権が退けられたあと、CIAはシリア反乱軍にリビア兵器の移送を手配した。英国タイムズとシーモア・ハー シュに報道されたように、リビア船は4基の地対空ミサイル発射装置SAM7、対戦 車携帯ランチャー・グレナード、その他の軍需物資を含む400トンの兵器をトルコ で荷揚げした。ついで2013年前半には、CIAが調整してクロアチア、英国、フ ランスからのいわゆる「クロアチア武器空輸大作戦」で軍用兵器類3000トンとい うさらに大規模な武器積載が含まれていた。これは“立派に”働いている傭兵に配備するためクロアチアのザグレブから75機の輸送機でトルコに空輸された。さらなる報道では、2013年3月24日のニューヨーク・タイムズは、これらの武器を支払ったのはサウジアラビアで、じつは160機の軍用貨物機だった、と述べた。

【ご参考:このあたりの米国とNATO諸国によるシリア反政府軍への武器空輸については、Patrick Henningsenが以下の記事で複数のメディアソースを紹介している。英 文ですが=訳者】http://21stcenturywire.com/2013/03/10/an-international-war-crime-us-and-british-backed-weapons-airlift-from-croatia-to-syria/

 

《ダーイシュ(ISIS、イスラム国)の登場》

自由シリア軍を形成した多様なグループを支援したアメリ カ合州国、NATO、サウジアラビア、カタールのすべての努力にもかかわらず、シリア政府軍は彼らを敗北させ総崩れにさせた。さらに言え ば、これらの穏健な部隊の多くは寝返って好戦的なジハード・グループに加わっていった。ついで、2014年 前半に明らかに未知の軍事集団が見たところどこからともなく降ってわいたように現場に登場し目を見張る軍事的優位を形成はじめた。それは いくつもの名前をもっていて、ひとつはイラクとシリアのイスラム国(ISIS)、ついで単にイスラム国(IS)、あるいはアラビア語の ダーイシュであったりした。それはほんの数日でイラク軍を遁走、崩壊させ第二の大都市モスルを含むイラクの四分の一を支配し、またバグ ダッドが攻撃される恐れさえもあって世界中の関心を引き付けた。まもなく起きた2人 のアメリカ人ジャーナリストの打ち首は、再度イラクに兵力を投入しイラクとシリアの双方でISIS勢力に対する爆撃の軍事行動を開始させ るよう米国をおびき寄せたのだった。

 

イラクに対するその攻撃の前、すでにISISはシリアに 強固な基地を確保しており、モスルでイラク軍から奪取した戦車や車両ミサイルも持って、ISISは現在ほぼシリアの三分の一を支配してい る。したがって目下のところ、約600万人の住民を擁してほぼ英国の大きさの地域 をカバーしている。ISISはシリアとイラクの国境を認めておらず、イスラームの好戦的なヴィジョンでその支配地域をカリフ制国家の辺境 であると見なしている。これは、サウジ・キャッシュの砂漠の嵐作戦の直接的な結果である。その現金は、正統なイスラーム世界とは何の関係 もない反動的な中世風の有毒な宗教に帰結するグローバルなワッハーブ主義に改宗を迫り教化させることに注がれた。

 

初期段階では、ダーイシュ(ISIS、イスラム国)はア ル=カイダの付属物以外の何物でもなかった。アル=カイダそれ自身が強力な米同盟諸国、サウジアラビア、カタールによって直接に武装され資 金供給され支援され、さらに完全なトルコの支持を受けていた。これらすべての背後に、シリアの世俗的(非宗教的)な政府を弱体化させ破壊 したいというアメリカ合州国とNATOの願望があった。パトリック・コックバーンが最近の鋭い論考で述べたように:

「イラクとシリアにおけるISISと他のスンニー派ジ ハード運動の育ての親は、サウジアラビア、湾岸君主国、そしてトルコである。彼(コックバーン)は、こうしたことは自然発生的に起こるも のではないと語るM16(英国諜報機関=訳 者)の元トップを引き合いに出している。コックバーンはさらに進んで、そのありそうもないイラク全体のスンニー派共同体は、サウジアラビ アの支援などなしにISISを結束して支援していただろう、と述べている。…トルコの役割は異なっていたが、ISISや他のジハード・グ ループの援助においてはサウジアラビアに劣らず重要である。そのもっとも重要な働きは、シリアに接するその510マイルの国境を開けておくことだった。これがISIS、アル=ヌスラと他の反政府グループに人と武器を運び込む安全な後方基地を与えた。…トルコの軍 事諜報機関は2011年に自身を再編成したときISIS援助に深く関与していたの かもしれない。」

 

世界の全領域で支配的な立場を確保しようとするその方針 に従って、米国は、たとえばアフガニスタンのムジャヒディーンやアル=カイダとい う創作物のように、それが彼らの利害であったならテロリスト・グループへの支援をためらうことはなかった。彼らがソ連と戦ったとき彼らは 自由戦士だったが、つぎに9・11の反動がきて…彼らはすぐにテロリストとなりアメリカ合州国の「対テロ戦争」に帰着した。イラクに対す る不法な侵略戦争と軍事占領は、アル=カイダの新たな変種のレジスタンスをつくり 出す結果となり、彼らはもちろんテロリストと見られた。つぎにシリアのアサド政権に対する攻撃が起きて、米国、NATO、サウジ、カター ル、そしてトルコの軍事行動が開始された。初めのうちは現地の自由戦士、つまり自由シリア軍を装っていたが、彼らがほとんど前進できな かったとき、さらなる自由戦士がアル=カイダの形で現れ、そのすべてのヴァリエー ションにおいて結果的にはISISに至っている。これらのかつてのテロリストたちは、現在シリアのアサド政権を追い出す軍事行動の同盟者 となっている。シリアが正しくも彼らを外国人テロリストと見ていたにもかかわらず、その主張はほとんど無視された…2人のアメリカ人ジャーナリストが首切り処刑されるまでは。

 

アメリカ人ジャーナリストが打ち首にされたほぼ同時期 に、シリアでは残忍な戦いが続いていた。シリアの兵士はどこであれ捕えられ多くは打ち首にされ即座に処刑された。このすべてが入念に撮影 されている。数多くのウェブサイトがこれを見せているが、とくにそのひとつには「シリア人の戦い:シリア戦争犯罪の証拠」というタイトル が付けられていた。2014年8月 のタブカ空軍基地の近くでは、220人のシリア兵の大量処刑を含むぞっとするよう な数多くの処刑シーンが見られる。ちょっと考えてみてほしい、もし220人のアメ リカ兵が打ち首になって処刑されていたら、どんな抗議が押し寄せただろう。その代わりに主流メディアはもっぱら2人のアメリカ人ジャーナリストの打ち首に集中した。それはじっさい憤激していたのだが、 何百人もの首を切られたシリア兵への憤激はどこへ行ったのだろう?基本的には、ISISがシリアでやっていることについては何も言われな かったのである。

 

アメリカの2人 の民間人に対してISISがやったことについてアメリカで激しい憤りがあったが、そこには、この宗教的過激主義の原因に関して、またこれ がまさに米国がアフガニスタン、イラク、リビア、そしてシリアに対してやったことからくる反動の別のケースだったという可能性に関して は、ほとんど何の自己分析もなかった。

 

それは当然のことで、米国のレスポンスはISISの戦闘 能力を削減するために一連の空爆を宣言することだった。しかし、そこには地上軍もなく、したがって実際にはISISの軍事的敗北はおそら く故意に決着がつけられないままにおかれた。現実には、ISISの即席の軍事力に手を焼いたまま、西洋とその地域同盟国のサウジ、カター ル、そしてトルコに託された。彼らの公式の方針はアサドを退陣させることであるが、ISISは現在、シリア内の事実上の軍事力だけであ る。もしシリア政府が退陣するなら、完全に孤立するのはISISであろう。果たして、2003年 のイラク侵略と2011年のシリア襲撃はイラク北部とシリアに広がる強力なジハー ド国家を作ることで終わろうとしていたのだろうか?こうした狂信的なワッハーブ体制によって、シリアの多文化・多宗教社会に何が起こるの だろう?

 

この荒涼とした現実に直面してパトリック・コックバーン が要約したように:

「…米国とその同盟国は、幻想の中に落ち込むことで ISISの上昇に答えた。欧米の外交官たちは非公式にこのグループが実際にはいくつかの包囲された孤立地域の見せかけには存在しないこと を認めているのだが、彼ら米国とその同盟国はアサドとISISの双方と戦うために穏健なシリア反乱軍の第三勢力を育てていると装っている のだ。」

 

そのうえ、こうした(穏健な)部隊が訓練され装備される やいなや彼らの大多数は、たとえばこの1月にはそのうち3000人がアル=ヌスラや ISISに参加し始めた。では、この明白な思い違いの中に筋道はあるのか?果たして、本当に米国とその同盟国はISISにシリア軍を挫折 させ敗北させるつもりなのか?そしてこの狂信的なスンニー派ワッハーブ体制がいったんシリアを支配したなら、次のステージは破壊されるべ きもう一つのムスリム国家シーア派イランを攻撃することになっているのか?こうした冒険の地上部隊が、ISISの連中なのかもしれない。

 

このマキャベリ的な可能性に対処するために、イスラーム の好戦的なヴィジョンをもつ狂信的なカリフ国の永続的な設立はおそらくそれほど良い考えではないという理解が最近あって、ことによるとい くつかのレベルでその形跡が見えていた。最近まで、可能性の範囲を超える問題であると思われていたことは、米国が実際にシリアのアサド大 統領に対応する用意があると思われる新たな証拠が現れていることだ。ニューヨーク・タイムズ(2015年1月15日、19日)で報道されたように、国連のシリア危機特使は、戦場地域の中でも近くでも何らかの 方法で地上戦を凍結させ戦争を終結するようシリア政府とISISの説得を試みている。アサド大統領はその案を受け入れたが、ISISから は何の返答もなかった。また、ロシアのイニシアチブによって、シリア危機を解決する会議を準備するためモスクワで会合が行われている。良 いニュースは双方の働き掛けで米国が協力的になったということである。

 

もうひとつの励みとなる兆候は、アサド大統領による大変 長い広範囲にわたるインタビューがフォーリン・アフェアーズ(2015年1月27日)に公表されたことだ。 これは米国政府の要人とアメリカの一般国民双方にとって重要なことだ。アサドは、カタール、サウジアラビアあるいは西洋の米国を含むどん な国でも、外部から雇われた操り人形でなければ誰とでも会う用意はできていると述べた。それはシリアでやるべきだ。また彼は、会議から発 生するいかなる決議もそれが運用される前に国民投票によって民衆に再考する機会をあたえなければならない、とも述べた。こうした手順より 民主的なことがあろうか?このような行動を通して、シリアはその世俗的な状態を維持することができ、また真の民主的な国家へと発展するこ とができるのであろう。

 

それゆえ、シリアで続く戦争の凶暴さにもかかわらず、こ れらの成り行きは、22万人を超える死者、100万 人の負傷者、そして100万人以上が追放されたこの外国の影響で生じた大災害を収 束させうるかすかな希望の光を差し出している。しかし、それがもしISISがその対シリア攻撃の収束を拒否することが分かった場合、米国 がするべき理性的なことはシリア政府を転覆させる軍事行動を止めこと、ついでISIS勢力を敗北させるためにシリアと協力することであろ う。米国とシリアの協調した空爆によって、この地域に送り込んだサウジアラビアのワッハーブ派を打倒するためならシリア軍は必要な地上軍 を提供するだろう。だがこれは単に可能性の域を越えていることなのか?

 

手短な要約が適切だ。第一に、米国とその同盟国は ISISおよびその共犯者アル=カイダ、同様に多様な波及グループを創り出したこ とにどの範囲で責任があるのか?一番初めは、アフガニスタンでソ連と戦うためにムジャヒディーンとアル=カイダを創り出したのはアメリカ合州国だったことを私たちは思い出すべきだ。あとで9・ 11の反動が来たが、それはレジスタンスとしてのアル=カイダを創り出した米国の イラク侵略であった。シリアの暴動を誘発したのはアメリカ合州国だった。彼らの自由シリア軍が敗北に直面したとき、米国の同盟国サウジと カタールの莫大な資金援助と指揮およびトルコの戦術的援助をともなって救出にイラク・アル=カ イダが駆け付けた。ISISに転移したのがこのアル=カイダである。また、米国は、とくにイエメンやパキスタンでその無人機の軍事作戦をとお して余分な敵をも発生させた。

 

《結語―不正に便乗し続ける欧米メディアの共犯》

だが、ここでの話はこれがすべてではない。その分枝に よって、編集者と突出した風刺画家など12人の人々を死なせたシャルリー・エブド 誌に対するパリの最近の攻撃がなされた。見たところ預言者ムハンマドにかんする週刊誌の侮蔑的な諷刺画に憤激したアル=カイダに関係する男たちによってなされたようだ。その襲撃は、「私はシャルリー」の叫び 声を呼び寄せて報道の自由を支持する街頭デモをくりひろげ、フランスと世界中で数百万人の大規模な抗議を引き起こした。

 

歴史的なコンテキストにこの問題をおくと教訓となる。ナ チス・ドイツでは、デァ・シュテュルメルという反ユダヤ新聞が病的なまでにユダヤ人のカリカチュアを強調していた。ニュールンベルグ裁判 で告発されたその編集者ユリウス・シュトライヒャーは、ユダヤ人にかんする彼の話題と諷刺画の理由で絞首刑にされた。セルビアに対するそ の爆撃作戦の期間中1999年には、NATOがベオグラードのラジオ/TV局を故意に爆撃して16人の ジャーナリストを殺害した。米国は、2001年にカブールのアル=ジャジーラ本部を爆撃した。また2003年 には、アル=ジャジーラがバグダッドで爆撃されジャーナリストが殺された。ガザ攻 撃でイスラエルは故意に多数のジャーナリストを殺害した。

 

上記の例では、確かに報道の自由の問題はほとんど話題に ならなかったし、大規模な街頭抗議運動も一切なかった。シャルリー・エブドの場合、上記の例は言論の自由のモデルではなかった。実際に は、シャルリー・エブドのムスリムにかんする政治的ポルノグラフィーはデァ・シュテュルメルでユダヤ人が描かれたやり方とほとんど違わな いのに。

 

米国とその多様な同盟国は、アフガニスタン、イラク、リ ビア、ガザ、イエメン、シリアと多くのムスリム諸国で死と破壊の戦争に乗り出した。これに対する援助のために、サウジアラビアはその狂信 的なワッハーブ主義を蔓延らせようとして1000億ドル以上を費やしてきたよう だ。ワッハーブ主義は比較的小さな宗派でムスリム世界全体では軽蔑されているが、それでもムスリムのイメージを傷つけてきた。こうしたこ とで、世界のイスラム教徒を堕落させ、品位を下げ、恥をかかせ、あざけり、辱めることが、どういうわけか西洋の一部の人々に許容されるよ うになった。表現の自由の見せかけのもとでムハンマドを嘲るほうを選んだのは、この精神においてであった。注目すべきは、かつてシャル リー・エブドはあるジャーナリストが書いたひとつの描画がシオニスト・ロビーに批判されたという理由で彼を解雇したことがある。しかし、 ムスリムに対して同じことが現われたとき、それらについては解禁されていた。アメリカ合州国最高裁判所判事オリバー・ウェンデル・ホーム ズによって出された判決では、言論の自由は「嘘なのに満員の劇場で火事だと叫ぶ」権利は人に与えられていないとある。また、暴力を呼ぶよ うな「挑発的な言辞を公表することは禁止するという条項が合州国憲法にある」。こうしたすべてが、シャルリー・エブドの編集者と発行者に よって無視された。処罰が死刑ではないとしても、起こっ たことに対して彼らは相応の責任を負っている。残念なことに、シャルリー・エブドのカリカチュアに対する欧米の無批判的な擁 護は、諷刺画がムスリムに直接向けられまたムスリムを嘲笑したからだった。今日、絶望的に軽蔑された人々はイスラム教徒であることは疑い ようがない。

 

ISISが2人 のアメリカ人ジャーナリストを打ち首にしたとき、憤激と非難が西洋を貫いた。しかし同じISISが 何百人ものシリア兵を打ち首にし、これらの戦争犯罪を入念にフィルムに収めたとき、これはほとんどどこにも報道されなかった。付け加える と、シリア悲劇のかなり初期の段階から、アル=カイダ・グループは兵士だけでな く、警官、政府職員、公務員、ジャーナリスト、キリスト教会の人々、援助ワーカー、女たちや子どもたちを殺害し拷問していた。同じく市場 での自爆も。これらすべてが主流メディアでは覆い隠されていた。そしてシリア政府が正しくこれをテロリズムと公然と非難したとき、これは 無視されるかアサドのプロパガンダだと非難された。

 

では、欧米のメディアではこれらの残虐行為がなぜ報道さ れなかったのか?もしこれが報道されたなら、アサドは去るべきだというワシントンが宣言したアジェンダに敵対することになっただろう。こ うして主流メディアは公式の方針に従った。ここに新しいものは何もない。欧米が開始した戦争、ベトナム、アフガニスタン、イラク、リビ ア、シリアに対する暴動と政権転覆戦争、さらにイラン、グアテマラ、インドネシア、チリに対する彼らのクーデター、そしてもっとも最近で はウクライナで、メディアはことごとくこれらを支持したことを歴史は示している。

 

テロリストの行為が私たちの敵に対して実行されるなら、 しばしば自由戦士の行動と見られる。しかし同じタイプの行為が私たちに向けられたとき、それらの行為はテロリズムと非難される。だからす べては誰の牛が突き刺されたか次第なのである。(結果の正しさはどちら側に立っているか次第だという警句だが、ことは主観性の問題ではな く、著者が世界を覆う不公正を指摘していることは言うまでもない。=訳者)

 

(以上、翻訳終わり)



「憲法、唯一の国」byイスラミックセンター・ジャパン by limitlesslife

 いつも貴重な情報を ありがとうございます m(_ _)m
ルナ・オーガニック http://luna-organic.org/ の
安田美絵さまより、イスラミックセンター・ジャパンからの、
貴重な声明を、ML経由にて、ご紹介頂きました。
( すでに受け取られた情報と重複していたら、申し訳ありません )
異国の信徒の方から、このような想いを向けて頂けることに心から感謝し、
現代の日本に生きていることが、誇りに思え、涙が溢れました。。
「同胞」の皆さま、ぜひ 広めて下さいませ m(_ _)m
ご当事者、ご関係者の すべてに、届きますように☆
また、世界各国の穏やかで心優しいイスラム教徒の
皆さまが、賛同の声を寄せて下さいますように。。 合掌
   須藤 拝
~~~~~~~~~~~~~~~~以下転載~~~~~~~~~~~~~~~~
昨日 7:37   わけわけ3,348件  6,218人がええやん!て言うてるで。
イスラミックセンタージャパンは、2人の日本人の人質を殺害する
というイスラム国 の脅迫に対して、抗議します。

(2015年1月22日 東京にて)  (中略)

欧米諸国で見受けられる様な、イスラム教徒に対する差別やハラスメント
そして屈辱を受けるといったことも、日本ではありません
(中略)イスラム教徒の女性に対して、危害を与えるといったような
事例は一つもありません
・日本にいるイスラム教徒は自由に宗教活動を実践しています。
モスクを建てたり、イスラム教の啓蒙活動を行う際に、
政府から干渉を受けることもありません。
・しかし、おそらく最も重要な理由は、日本はイスラム国を含め、
いかなる国に対しても宣戦布告をしない 世界で 唯一の国である
ということです。なぜならば、日本の領土が侵された際の
自己防衛の場合を除いて、いかなる軍事活動も、憲法によって
はっきりと禁止されているからです。  (後略)
 ---------------------------
昨日 1:18  英語版に続けて、イスラムの言語版
昨日 1:15  イスラムの言語版に続けて、英語版
  追伸
さまざまな ご見識を お持ちと存じますが、ご参考までに 本日の
政治的、歴史的な背景を整理された ご論稿として、以下を添えます。。
【 人質事件――「積極的平和主義」と日本人のリスク
 イスラーム文明に対する日本文明の役割とは? 】
__________________
コメント:積極的平和主義なら憲法遵守・推進・拡散すべきで、戦争推進は
    積極的戦争主義である。誰も言葉の誤用・悪用に騙されぬように!


by limitlesslife
February 23, 2013, 12:46 am
Filed under: 領土問題, 汚染, 沖縄, 人工金字塔文明か自然帝釈網文化

 関西テレビニュースアンカー 森田実 領土問題を語る

 永岡です、関西テレビのニュースアンカー、今日のゲストは政治評論家の森田実さんと、劇作家のわかぎゑふさんでした。
 領土問題、竹島の日で、さすがに首相、閣僚は出なかったものの式典に過去最多の19人の国会議員(小泉進次郎氏を含む)が出て、韓国は反発です。また北方領土問題で、森元総理がプーチン氏に会談を行いました。
 これについて、森田さん、まず北方領土問題、プーチン氏はロシアの指導者でもアジア志向の強い人だと言うのです。ロシアの指導者は歴史的にヨーロッパ志向が強いのですが、周辺国でオレンジ革命があり、国内が混乱、ロシア志向とヨーロッパ志向がこれらの国であり、またヨーロッパの不況で、ロシアの天然ガスを買う量が減り、値段も安くなり、それでプーチン氏はアジアを志向していると言うのです。日本の投資でシベリアを開発して天然ガスを買ってもらおうと思っているとの事なのです。
 それで、過去には日本が北方領土問題を、ゴルバチョフ時代に解決するチャンスがあったのです。それは当時の西ドイツが当時の東ドイツを4兆円で買っており、この形で日本がソ連、ロシアから北方領土を買うチャンスがあったのに、当時の宮沢内閣が混乱してできなかったというのです。
 そして、ロシアはスターリンの時代から、日本は領土と魚を提示したら付いて来ると思っており、そのとおり。領土問題は譲歩したらその指導者に国民はついていかず、しかし強硬姿勢を貫いたらこれもダメで、日本は粘り強く交渉しないといけないと森田さん言われました。わかぎさんも、昔の戦争時代の遺産で、そこに住んでいる人を無視して政治がやっていると言われました。
 また、竹島問題、森田さん、1951年のサンフランシスコ講和条約で、アメリカは竹島を日本のものとしたのですが、その後韓国のリ・ショウバン大統領が領土で強硬に出て、リ・ショウバンラインが竹島に引かれた。さらに、歴代の韓国政府がアメリカにロビー活動をして、それで竹島をアメリカに韓国のものと認めさせたのです。これは、日本の外交の失策ということでした。
 その他、森田さん、中国のPM2.5問題も語られ、中国では質の悪い石炭を使っており、石炭は産業革命の主力で、イギリスはそれで大気が汚染され、日本も汚染されたが、企業が有害物質を取り除く努力をして、公害はなくなり、日本も中国に、工場(主に製鉄)で大気汚染対策を取ってもらうようにすべき、日本の技術も提供すべきと言われました。森田さんのお話、なかなか面白かったです。
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コメント:島国(領土問題の島々、基地問題の島々は独立させたら良い。そこに援助する所が人気を得てその文化・生き方になるであろう。1%金権・軍事支配の国家主義を止めて地方自治・住民自治・民生・平和の地球共同体を目指して皆で努力すべきである。核廃絶・環境汚染・格差問題は人工金字塔文明を自然帝釈網文化に転換すべし。


by limitlesslife
February 20, 2013, 6:35 am
Filed under: 健康・病気, 汚染 | Tags:

中川譲が亀岡事故判決を語る

 永岡です、朝日放送のおはようコールABCのナットク!ニュース塾、今朝は帝塚山学院教授の中川譲さん(元朝日編集委員)のお話でした。
 亀岡の少年の無免許運転事故、懲役5~8年の判決に遺族は納得していませんが、これ、危険運転致死なら懲役20年、自動車運手致死なら懲役7年、法務省は無免許運転は危険に当たらないというものの、中川さん、本来無免許運転は実在してはならないものであり、法務省は危険運転致死と自動車運転致死の中間の刑罰を作るというものの、本来なら無免許運転も危険運転致死にすべきであり、法の整備の不備を中川さん指摘されていました。
 そして、PM2.5と花粉が合体して、気管支炎などの深刻な被害が出る可能性があると言うのです。中川さん、花粉症問題は林野省の行政の失策、これだけ杉林を増やしてしまったことに問題があり、さらに政府は中国と汚染物質のことで政治交渉をすべきとの中川さんの指摘がありました。そして、今日も政治関係のお話はありませんでした。