ロンドン中心部にある王立裁判所。本館は、判事や弁護士たちが、今もかつらに法衣姿で出廷することで知られる歴史的建造物だが、少し離れた場所にある別館は洗練されたオフィスビル。出入りする法律家たちもスーツ姿だ。

ここを舞台に7月、「調査権限審査法廷」が審理を開いた。MI6など英政府の諜報(ちょうほう)機関が行う機密の活動に関して、人権侵害がなかったかどうか裁く権限をこの法廷は持っている。

米政府の通信情報機関、国家安全保障局(NSA)の元契約職員、スノーデン氏は、NSAが英国の政府通信本部(GCHQ)と協力し、個人の電子メールなどを対象とした大規模な通信傍受をしている、との内部告発を昨年夏から重ねてきた。

その告発に基づき、英国で訴えが起こされたのが、この法廷だった。原告はアムネスティ・インターナショナルなど国内外の人権NGO10団体。通信傍受は不法で、プライバシーなどの人権侵害と主張している。

この法廷の審理は通常は非公開だが、7月中旬、異例の公開審理が5日連続で設定された。英政府はこれまで、スノーデン氏の告発で安全保障上の害が出たと非難しながらも、具体的な告発内容については「肯定も否定もしない」としてきた。法廷ではどう対応するのか、注目された。

バートン裁判長は開廷時、席が足りずに立っている傍聴者らの姿を見ると、「いすを持ってきなさい」。柔軟な対応をみせた。弁論中も質問にユーモアをまじえ、ゆとりを感じさせた。

しかし、被告である英政府側の弁論は硬直し、具体性を欠いたままだった。

海底の光ケーブルから直接データを収集する活動に関して、「肯定も否定もしないが、存在すると仮定すれば……」。奥歯にものが挟まったような前提をつけた上で、論理を展開した。

無関係な市民の会話やメールが読まれ、蓄積されている恐れがあるとの原告側の指摘に対しては「乱用防止の内規があり、細心の注意を払っている」が、「その内容はここでは語れない」。心配ご無用、の一点張りだった。

判決はまだ先という。

元GCHQ長官、デービッド・オマンド氏は私にこう説明した。「我々は欧州人権規約を国内法として反映させた『人権法』の下で、諜報機関に人権規約を順守するよう義務づけている。導入に関与した者として、誇りに思う」

確かに今回の審理でも、原告と被告の双方が欧州人権規約を引いて弁論した。成文憲法を持たない英国で、まるでその代わりであるかのような印象すら受けた。

憲法の権威、ロンドン大のロバート・ヘイゼル教授は「人権法は、英憲法体系の一環だ」と解説してくれた。

最近はキャメロン政権与党の保守党内で、欧州人権規約からの脱退を目指す動きも伝えられる。しかし、ヘイゼル教授は、議員たちの動機は反欧州統合であって反人権ではないとみる。

諜報機関が人権を守っているのか審査する法廷が、立法によって設けられていること自体が英国の強さだ。成文憲法がなくとも、議会での議論を通じて、権力乱用を防ぐ仕組みを積み重ねてきた歴史の重みがある。

懐の深さに学ぶべきところは、少なくない。

(ヨーロッパ総局長)

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