Global Ethics


福島放射能と東京オリンピック by limitlesslife
July 21, 2017, 5:43 am
Filed under: アベノミス, オリンピック, フクシマ, 福島原発事故

Message to President Bach

Dear Friends,
I am sending you my message addressed to President Thomas Bach of the IOC.
With warmest and highest regards,
Mitsuhei Murata
Former Ambassador to Switzerland
From: mitsu
Sent: Thursday, July 20, 2017 9:44 PM
Dear President Thomas Bach,
Please allow me to transmit this extremely alarming mail that may interest you.
It has been sent to me from an American friend.
The widening gap beteen the promoters and the opponents of the of the Tokyo Olympic Games
could not be left unattended.
With highest regards,
Mitsuhei Murata

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TBSラジオ 荒川強啓デイ・キャッチ!(2017/6/30) 福島原発事故での東電元社長初公判、崎山敏也さんの報告&時間です!古田編集長 告訴団事務局長地脇美和さんのお話 by limitlesslife
June 30, 2017, 7:12 pm
Filed under: 福島原発事故, 東電(東京電力:TEPCO)

 

永岡です、TBSラジオの、荒川強啓デイ・キャッチ! 今日は福島原発事故で強制起訴された東電の元社長たちの初公判の模様を、TBSラジオ記者の崎山敏也さんが報告されました。津波対策を怠り業務上過失致死傷で起訴された勝俣、武黒、武藤氏の3人、東日本大震災の関係の刑事裁判は初、近くの病院の患者44人を死亡させて、福島原発事故をめぐる刑事裁判で被告は無罪を主張、事故は予測できなかったとして、崎山さんの報告、今日は初公判で10時から始まり、被告の認定、罪状認否が行われて、東電の元会長、勝俣氏は事故についてお詫びと、罪状認否の前に謝罪、武黒氏、武藤氏も同じ、その上で東日本大震災の津波は、福島原発を超えて事故、メルトダウンの予測は不可能であったと無罪を主張、裁判員裁判ではなく、指定弁護士と、東電の弁護士で、公判前整理手続きが行われて争点は整理されており、指定弁護士の冒頭陳述と、弁護側の冒頭陳述、何を立証しようとして、何を守るのか、裁判は今も続いており、裁判所が証拠を見ていく最初の段階であり、未曾有の津波を予測できて、事故を回避できたか、はっきりしているのは、2002年の政府の地震調査研究本部が、三陸沖の巨大津波を予測して、東電が子会社に津波はどれくらいかと試算させて、マグニチュード8の地震で福島原発に15.7mの津波が来ると言う試算を出して、東日本大震災では12~13mの津波でメルトダウンであり、これについて東電の3人がこれの対策をちゃんとしていたかは重要な点であり、3人は想定外の津波と言い訳して、検察の押収した東電の会議のメモも押収して、指定弁護士は勝俣氏は対策できたとして、事故は避けられたか、予測から避けるために、防潮堤を作るべきであったのに、東電は津波の予測が出た後に、土木学会に再検討をさせているうちに東日本大震災になり、しかし東北電力などでは非常用発電機を上に置くなどの対策をとっており、東北電力と原電に出来たことをなぜ東電はしなかったか?これは3月の前橋地裁での民事訴訟で東電に責任ありとの判決が出ており、別の裁判でも立証できるか、津波を予測できたのか、そして対策をしなかったことが罪に問えるか、であり、東電は南に津波として言い訳しており、東電の議論、津波を試算させた結果、そして誰が対策は要らないとして、土木学会に再検討を誰が命名したか?福島原発事故は政府の事故調査委員会でも原因は分かっておらず、社内のメールが出てきたら、有罪無罪とは別に、事故原因の解明にはなると、崎山さん報告されました。

(なお、裁判のことを公判と言うのは刑事裁判の場合で、民事裁判では口頭弁論と言います)

原発告訴団事務局長の地脇美和さんがラジオ関西の時間です!古田編集長に出られて、告訴団は16時現在参院の議員会館におられて、裁判の報告を受けて、東電テレビ会議48時間の記録が出て、告訴団からため息と怒りであり、古田さん、被告人3人が無罪を主張したことについて、地脇さん、こういうことは予想されても、これが嘘だと裏付けを告訴団は持っており、そして誰が津波対策をせず、責任は誰にあるのか、指定弁護士は冒頭陳述で福島原発への津波の試算を法廷で示して、社内合意があったのに車内でやらなくていいとされてしまい、被告3人に重い義務があり、土木学会に再検討をさせたのも問題で、古田さん、前原の民事訴訟で津波は予測できたとされて、福知山線脱線事故では無罪になったと指摘されて、地脇さん、加害者の責任と、原発事故を防げなかった市民の責任もあり、自分も裁判を支えて、世界に発信すると確認したと言われて、福知山線脱線で107名死亡、原発事故の過失はとらえ方は違うが、誰も責任を問われないのはおかしいと古田さん言われて、知脇さん、JR脱線事故の遺族の藤崎光子さんと会われて無念の思いを聞いて、藤崎さん、日航事故の被害者の闘いがあって今の自分たちがあり、みんなで手を取り合って、足を引っ張らず手を引っ張ろうと言われて、古田さんも真相の解明されることを応援すると締めくくられました。

 

金曜日のコメンテイターは宮台真司さん、都議選(ニュースランキング1位)は自民党がどれだけ票、議席を減らすかしか関心はなく、豊洲移転は問題外、ASS(abe Shinzo Shusho(c)想田和弘さん)は街頭で応援演説をせず、持病のことも話題になるが、経済指標は株価と失業率以外の社会指標はボロボロ、求人倍率のみで良くなったと判断せず、稲田氏は法律の専門家とは思われず、ASSの記者会見はプロンプターの棒読み、これは記者クラブの弊害もあり、質疑応答も原稿を読むだけでは成り立たないと言われて、日本は東京一極集中、東京の問題=日本の問題、両方を切り離すのは問題、国政も都議選に関係して、国立競技場もそうでああり、とにかく投票してほしい、小池都知事、都民ファーストが大勝ちすると国政にも影響すると言われました。

その稲田氏の自衛隊他の暴言失言のこと、謝罪は初でも辞任は否定、自民党では下村氏と加計学園の闇献金問題が出て、宮台さん、口では何とでも言える、11人の個人の名称を言って裏が取れるようにすべきと言われて、まさに20万を切るための口実であり、そういう具合に帳尻合わせをしたか、不作為の意志を見るべきで、基本的に資質があるか?足をいくらでも踏み外しても大丈夫な人間が美しい日本と言うとちゃんちゃらおかしくへそで茶が沸く、豊田真由子氏のことも実に美しい(笑)と言われました。以上、デイ・キャッチ!と時間です!古田編集長の内容でした。

 

 

 



6月30日初公判 原発事故で強制起訴の東電元会長ら by limitlesslife
June 8, 2017, 10:12 pm
Filed under: 福島原発事故, 東京電力(東電:TEPCO)

6月30日初公判 原発事故で強制起訴の東電元会長ら
福島民報 2017年5月25日

東京地裁(永渕健一裁判長)は24日、津波対策を怠り東京電力福島第一原発事故を防
げなかったとして業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久元会長(77)ら東電
旧経営陣3人の初公判を6月30日午前10時から開くと発表した。

地裁が24日、期日を指定した。他の2人はいずれも東電の原子力・立地本部長を務め
た武黒一郎元副社長(71)と武藤栄元副社長(66)。大津波の襲来を予測できたか
どうかや、原発事業者に課せられた注意義務の程度が争点となる。

3人は「当時の知見では大津波の予測は困難だった」と無罪を主張する見通し。

指定弁護士は強制起訴事件で過去最多の5人。昨年2月の強制起訴後すぐに全証拠約4
100点の一覧表を3人の弁護人に渡し、地裁に早期の審理開始を求めていた。地裁は
死亡した双葉病院の入院患者1人の遺族3人について被害者参加を認めている。

起訴状によると、3人は大津波を予測できたのに原発の運転を継続させた。平成23年
3月11日の東日本大震災発生後、原子炉建屋の水素爆発で自衛官ら13人にけがを負
わせたほか、大熊町の双葉病院の入院患者に長時間の避難を余儀なくさせるなどして4
4人を死亡させたとしている。

◇  ◇

原発事故を起こした東電の責任を追及している福島原発告訴団の武藤類子団長(63)
は「ようやく初公判が決まりほっとしている。世界が注目する裁判。原発事故の責任を
公正な裁判で明確にしてほしい」と話した。東電は「訴訟に関する内容については回答
を差し控える」としている。

http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2017/05/post_15108.html

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



毎日放送 映像’17(2017/5/29) 全村避難6年、福島・飯舘村と科学者の記録、今中哲二先生の活動 by limitlesslife
May 29, 2017, 11:53 am
Filed under: 福島原発事故

永岡です、毎日放送の映像’17、福島原発事故、飯舘村についての、今中哲二先生のことが取り上げられました。ディレクターは津村健夫さん(熊取6人組の番組を作られた方)です。

福島県飯舘村、2017年3月、田んぼを2,3段、畑も多数持つ農家さん、何もできない状態になったと語り、シートで放射能汚染された土が隠されて、廃棄処分までここに置き、原発事故で村は全員避難、一生懸命やって、これからの時に残念と村民は語り、これからどうして暮らしていいかわからない、息子さん娘さんの世代のことは分からないと語り、全員避難の村で、科学者が測定、リーダーは今中哲二先生、10時10分、1.4マイクロシーベルト、30km離れても高濃度の汚染があり、線量は落ちておらず、セシウム137の半減期は30年、戻るか、100年後に戻るか、国や東電は村民の判断をちゃんとさせる責任があると言われて、国は飯舘村の避難指示解除、1ミリシーベルトではなく、20ミリシーベルトで帰れと国は言い、避難指示解除で、人々は村に戻るのか、その時に科学者はどう発言するのか、全村避難から6年、放射能に奪われた村のことです。

2011/3/11の東日本大震災、福島原発事故、全電源喪失→メルトダウン→大量の放射性物質が外に出て、過酷事故は起きないという安全神話は崩れ去り、3/15に格納容器が破損して、漏れた放射性物質は北西に行き、30km離れた飯舘村に注がれて、雨もあり、放射性物質は色もにおいもなく、村の風景は事故前と変わらないものの、菅野村長は、農業ができるのか、事故直後、余震の続く中で全村避難。

大阪府熊取町の京都大学原子炉実験所、今中先生はチェルノブイリ事故などを調査、福島原発事故は今中先生にショックで、事故直後、現地に測定に行きたいと事故後2週間で語り、放射線量を測る必要があり、チェルノブイリの放射線量があり、それと比較して事故の規模を把握できると言われて、事故から2週間、放射線の極端に高い飯舘村に入られて、今中先生、放射線のことを、空間線量と土の汚れを測定、当時23~24マイクロシーベルト/時間、濃度を見ると、村の南部で20マイクロ→年60ミリシーベルト、法律の60倍であり、今中先生、涙を流すしかなく、被曝の現状に愕然、慰留、避難は行政が判断するしかなく、苦しい位置にあり、今中先生は行政、住民の判断できる材料を出したいと言われて、4月12日、国は飯舘村を計画的避難区域として、1か月以内に避難せよとして、飯舘村の住民は、今夜集まってどうするか決めると言われるのです。

住民は、子どもの甲状腺が気になり、小さい子を持つ親は心配、飯舘村から離れるのか、チェルノブイリでは4,5年後から子供の甲状腺がん、白血病が増えて、村では地区単位の集会が開かれて、職場も仕事も奪われた皆さん、放射能から身を守るには、避難するしかなく、不安の声が上がり、高齢者は避難できない、核の問題は村では対応できないと言いつつ、様々な葛藤を抱えて、6000人の村民が全員避難、原発事故→メルトダウン、情報は開示されず、事故の1週間後、市民向けの勉強会が京大原子炉実験所であり、今中先生は小出先生とともに、娘さんが東京にいて、いかに放射能汚染に立ち向かい、汚染に耐えていくか、という時代に入ったと語り、聴講者から放射能に耐えられないとの声で、今中先生はチェルノブイリ原発事故を引き合いに出されて、86年のチェルノブイリ原発事故、有無を言わさず強制避難、事故から土地が放射能汚染を知り途方にくれた人もいて、今中先生、原発事故が日本で起きたら、というテーマが福島原発事故で現実化して、20~30km住めなくなるものであり、飯舘村に2011年10月に、事故から半年後に今中先生入られて、調査チームは放射能の測定、本来稲穂のあるべき田んぼが雑草に覆われて、7.4マイクロシーベルト、セシウム134の半減期は2年、137の半減期は30年、空間放射線量は事故直後の1/3、田んぼで1/2になり、今中先生は自分に何ができるか、避難している村民に接して、村民は自分たちも屠畜されると、情けないと語り、家畜を失い、避難先でなぜこんな思いをするのかと、泣きながらの村民もあり、故郷を奪われた村民の声に耳を傾けて、子や孫を戻すつもりはない、20ミリシーベルトで子育てはできないと語る人もあり、今中先生、村民の感じていることを受け取り、村民たちは事故と闘っている、村に帰る、戻るとは何か、考えると言われました。

飯舘村では移染が行われて、そのためには肥沃な土地が破壊されて、フレコンバックに詰められた核廃物は処理のめどが立たず、飯舘村は1955年に合併で誕生、農業の村、原発から30km、交付金とは無縁の村であり、故郷に戻りたい住民の思いとは反して避難生活は長引き、先の見えない生活が続いたのです。

2016年3月、東日本大震災から3月、福島原発は廃炉作業も予想以上に難航、費用は2兆→9兆、国民にツケ、デブリ取り出しのめどは放射線量が高すぎでめどが立たない。

この年、チェルノブイリ原発事故30年、今中先生は3年ぶりにチェルノブイリを訪れて、ソ連は崩壊、原発はウクライナにあり、原発事故処理の作業をご覧になり、煙突のそばに石棺、コンクリートで覆われて、しかし今でも周囲に強い放射線、第2石棺、最初の石棺がダメになり、新たな石棺で覆うことになり、チェルノブイリ原発から4km、プリピャチ村、全員避難の村、飯舘村と同じであり、この町に5万人住んで、チェルノブイリ原発の従業員とその家族、事故翌日にはソ連政府がバス数百台で、数時間にて避難させて、観覧車は5/1のメーデーに運転開始の予定が、その5日前に事故で1日も稼働せず、これらをご覧になり、今中先生、30年、長いのか短いのか、人間の時間は放射能の時間に負けると言われます。

ウクライナの法律では、年間5ミリシーベルト以上は住んではダメ、1ミリシーベルト以上は住んでもいいが移住の権利のある地域になり、年間20ミリシーベルトで解除した日本とはエライ違いで、チェルノブイリ原発から130km、キエフにはプリピャチから避難された皆さんの集まりがあり、バラの町、事故による強制避難は3日と言われても、戻れず30年であり、プリピャチの皆さんは、同じ原発事故を経験したものとして他人事ではなく、福島第2に行かれた方もあり、信じられない、前向きな気持ちで生きてほしいとも語られて、原発事故で住み慣れた土地を失ったプリピャチの方に、原発を無くしてエネルギーをどうするか、ウクライナでは今でも原発4基、電力の半分をまかなっているのです。

日本では、2016年春に、飯舘村への避難指示を2017/3/31に解除を決定、一部の帰還困難区域区域を除いても、20ミリシーベルトなら住んでも問題ないとして、しかし日本の法律では一般人は1ミリシーベルトしか許容されず、飯舘村の皆さんはこれをどう受け止めるのか、避難指示解除の前に、今中先生は飯舘村の皆さんに測定結果を伝えて、村の南部、線量の高いところの皆さんに、セシウム134と137、半減期は134が2ねん、137は30年、移染して放射性物質はなくなるものの、放射性物質は山から来るので、山から来るセシウムはガンマ線を出し、測定結果は5ミリシーベルトになると今中先生は報告して、1ミリシーベルトに減るのに50年近くかかると今中先生は語り、いつになったら食べられるかとの質問に、100年で1/10になり、200年で1/100、300年で1/1000、300年かかる!(泣)、1kg当たり100ベクレル、村で25000ベクレルで、基準値には300年かかり、村民は今中先生の説明に感謝されて、戻る戻らないの参考にした、しかし戻る人は皆無であり、今中先生、これから50年100年、自分たちの生きていない時代のことを考えないといけないと言われました。

2017年3月31日、飯舘村の避難指示解除、式典が村の交流センターで行われて、受付には東電のスタッフも動員されており、菅野村長は待ちに待ったもの、復興のスタートと語り、とてつもなくうれしい、6年間の支援への感謝が語られました。

避難指示解除後に村に戻った人たちをMBSテレビは探して、長谷川光男さん(70歳)、比較的放射線量の低い北部に家があり、神様を頼んでお祓いをしてもらい、戻ってきて、自宅は最高だと語り、しかし息子さんは帰ってこず、奥さんと二人の生活で、長谷川さんは親の代から農業と林業をされて、避難の6年間は福島県伊達市で息子夫婦と暮らして、それはつらい避難生活、自分の家でないのはつらかったと語り、他に帰って来たのは6軒、53軒のうちであり、帰られたのは高齢者、若い人は帰ってこず、70~80代の人たちが帰っており、家の周りは国による移染が行われても、重機で自分で移染して、しかしフレコンバックの山は残り、息子夫婦は帰らず、フレコンバック撤去のめどはなく、飯舘村は気候が良く、農作物、野菜、花にも理想的な場所が損なわれたことを長谷川さん怒られて、しかし町は一変してしまい、子供たちの声はなく、避難指示解除から1か月、戻ってきたのは111世帯の259人、村の人口6000人の5%なのです。

村役場の中堅職員は、飯舘村は2018年に学校再開、飯館中学校を再開して、幼稚園、小学校も再開したいが、戻ってきた人は少なく、しかし子供のいない村には将来はなく、しかし、役場で働く人の9割は村には戻せず、外から通い、他方村の予算は震災前の5倍、も復興予算、しかしこれは町の駅などのハコモノに注がれています。

今中先生はチェルノブイリ、福島原発事故に向き合ってきた経験から積極的に発信されて、原発で大事故が起きたら、突然家を追われて、町屋村が丸ごと消滅する、これが実態で、今中先生は核の専門家として汚染を調べているが、「被災者にもたらされた災難は専門家が測定することはできない」ことを実感されました。

5月、いつものように飯舘村に春が来て、核災害からの復興、マイナス→ゼロへ、避難指示解除はスタート地点には立っても、50年先、100年先、静かに咲く花を、その時の村の人たちは見ているのかと番組は締めくくられました。以上、映像‘17の内容でした。

 

 

 

 



「福島帰還困難区域で森林火災、放射性物質飛散中」という情報   by limitlesslife
May 9, 2017, 2:13 am
Filed under: 福島原発事故

吉岡さん、皆さん

私は5、6日くらいに、軽いのですが、胸の不快感、頭痛を感じています。何かと放射線量が高くなる時期に合わせて体の不調が重なります。

太田光征

On 2017/05/08 11:38, 吉岡滋子 wrote:

吉岡です。

森林火災について、その後の状況(5日現在)を「かしわ9条の会」の方が調べて送って下さいましたので、お知らせします。8日現在の状況はわかりません。「線量が一時急上昇(といっても爆発時ほどではないようです)」したとのこと、気を付けた方がいいようです。

——– Forwarded Message ——–
Subject:        Re:[かしわ9条:1259] 「福島帰還困難区域で森林火災、放射性物質飛散中」という情報
Date:   Fri, 05 May 2017 17:55:21 +0900
From:   umi.umi.117.117@docomo.ne.jp
Reply-To:       kashiwa9@googlegroups.com
To:     kashiwa9@googlegroups.com

皆さまへ
吉岡さんへ

福島県浪江町  立入り禁止区域に発生した山林火災は 一時下火になったものの強風により再び燃え上がり  現在も自衛隊と消防による消火活動が続いているそうです。

浪江町災害対策本部に(5/5  17時)電話をかけて現在の様子を伺いました。火柱が立つほどではなくなったが今だ消火活動は続いているとの事です。
立入り禁止区域山林なので福島の人家へ迫る被害の心配はないそうですが

除染されていない山林火災から立ち上がる高濃度放射能が6年前と同じく 風に乗ってどこまで広がっているか 現在の都道府県別 空間放射線測定グラフを調べて見ました。添付参照
上昇気流のためか福島県はあまり変わらず。東京、千葉、静岡で線量が高くなっております。

調べて知ったところで、どうするの?
東電を追われる様に退職した元 東電  福島原子力補償相談室  一井さんからのご注意は
外へ出る時には2重のマスク着用の事 等々が勇気を持って情報発信されておりますが、報道はされません。
吉田

コメント:地球上すべての人間が被爆した:https://limitlesslife.wordpress.com/2017/05/08/everyone-on-earth-has-been-irradiated-by-fukushima-shocking-new-study-reveals-true-extent-of-global-impact/

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace



「福島帰還困難区域で森林火災、放射性物質飛散中」という情報 by limitlesslife
May 8, 2017, 12:30 pm
Filed under: 福島原発事故

吉岡です。

森林火災について、その後の状況(5日現在)を「かしわ9条の会」の方が調べて送って下さいましたので、お知らせします。8日現在の状況はわかりません。「線量が一時急上昇(といっても爆発時ほどではないようです)」したとのこと、気を付けた方がいいようです。

——– Forwarded Message ——–

皆さまへ
吉岡さんへ

福島県浪江町  立入り禁止区域に発生した山林火災は 一時下火になったものの強風により再び燃え上がり  現在も自衛隊と消防による消火活動が続いているそうです。

浪江町災害対策本部に(5/5  17時)電話をかけて現在の様子を伺いました。火柱が立つほどではなくなったが今だ消火活動は続いているとの事です。
立入り禁止区域山林なので福島の人家へ迫る被害の心配はないそうですが

除染されていない山林火災から立ち上がる高濃度放射能が6年前と同じく 風に乗ってどこまで広がっているか 現在の都道府県別 空間放射線測定グラフを調べて見ました。添付参照
上昇気流のためか福島県はあまり変わらず。東京、千葉、静岡で線量が高くなっております。

調べて知ったところで、どうするの?
東電を追われる様に退職した元 東電  福島原子力補償相談室  一井さんからのご注意は
外へ出る時には2重のマスク着用の事 等々が勇気を持って情報発信されておりますが、報道はされません。
吉田



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ネットワーク1・17(2017/4/9) 福島原発事故6年、避難住民の心をつなぐラジオ 吉田恵子さんのお話 by limitlesslife
April 9, 2017, 11:08 am
Filed under: 福島原発事故


https://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201704/0010077338.shtml
 永岡です、第1061回ネットワーク1・17、今週も毎日放送アナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

標的の島、風かたかについて、神戸新聞の記事がありました。

今朝もリスナーの声、毎週聞いて震災を忘れないように、今村復興大臣の自主避難者への自己責任問題が気になったとあり、千葉さん激高した今村氏の態度が衝撃的で、野村さん、自主避難者は、これまで公営住宅に無償で住めたのに、放射性物質の被害はまだあり、事故がなければ避難しなかった、わがままではないと言われました。

 

今回のテーマはラジオ、災害時に被災者の安否情報や避難所、ライフラインを伝える、自治体の設置する臨時災害放送局、広域ではなく被災地に伝えるもので、阪神・淡路の被災地で第1号(FMわぃわぃ)、東北で24局作られたものの、補助金は打ち切られて、役目は終えたと閉局されたものもあり、今も開設されているのは4局だけです。

福島県富岡町のおだがいさまFM(http://www.odagaisama.info/?page_id=26 )、パーソナリティーの吉田恵子さん、富岡町の社会福祉協議会の方で、全国に散らばっている被災者に声を届けられて、4月1日に避難指示解除の富岡町のお話がありました。吉田さん、お電話でのお話で、おだがいさまFMは原発で避難しないといけないと、ビッグパレット福島に避難、大規模な避難所、3000人も避難されて、情報提供は最初紙でやり、トランジスタラジオが支援物資で送られて、ラジオを県の担当者が使うためにラジオをと、微弱な電波でラジオを、館内放送だと音量を上げたら、心地いいと限らず、ラジオ放送だと聞きやすく、聞いたときには、そんなことはできるかと思い、社会福祉協議会の方がラジオをやるのは、機材を買うために口説き落とすのが大変、震災時の5月の連休時に視察があり、避難所を見て300万円送られて、マイク、ミキサー、CDの機械を、ダンボールのスタジオで、ロビーにダンボールで仕切ったスタジオを作り、ラジオ放送、リクエストは高さ20cmものものが集まり、みんな音楽を聴きたく、みなさんの生活に関わること、申請のこと、自衛隊のお風呂の情報を提供して、最初の3日は生活に関わることをして、4日目にあるパーソナリティーが会場を笑わせて、女性専用スペース、男性は入れないところにおじさんが入ってしまい、そこに入ってはいけないと言ったら、自分が入ったと手を挙げた人がいて、お父さんダメという会話が受けて、笑い声があり、笑うチャンスを被災者も待っていたものであり、おだがいさまFMで笑いを届けて、微弱な電波から、おだがいさまの意味、おたがいさま、ビッグパレットに互いに助け合う意味を込めての命名で、おだがいさま、会津の方言で、浜通りとは言葉が異なり、それが復興の合言葉になったら、なのです。

ミニFMは避難所の閉所(8/31)とともに一旦休止、ビッグパレットのみで聞けて、そこから借り上げ復興住宅、仮設住宅に行き、しかしラジオのニーズはあり、臨時災害放送局に移るものの、被災地で行うのが条件で、富岡町は原発の近くで、全員避難、誰もおらず、避難先での立ち上げは前例がなく、苦労して、前例のないものには役所は厳しく、総務省に直接打診して、原発での強制避難、全国に避難して、富岡町での開設は無理と言い、総務省→東北の役所に掛け合い、郡山市にココラジがあると言われて、しかし自分はバラバラになった人たちをつなぎたいと、最後に電話して、原発を推進したのは国だと言い、その犠牲であり、どうにかしたいなら協力してほしいと言って、臨時災害放送局、電波の届くところだけでなく、全国の都道府県に富岡町民が避難して、全国に電波は届かず、タブレット端末で、おだがいさまFMを聴けるようにして、遠くの人も聞けるものであるのです。

どんな放送か、富岡セブンロックの昨年の放送が取り上げられて、被災者の声、神社のこと、楢葉町などのことを紹介して、今はいわき市に避難と、ローカルな話、富岡町の風景、思い出をたどる超ローカルなものであり、野村さんも感心されて、番組を作る上での注意は、どこに住んでいて、どこに避難しているか、などの被災者をつなぐもので、富岡町民に来てもらい、富岡町の言葉で話すもので、大阪に避難された方が郡山市に来て、大阪では言葉が異なり孤独、ラジオで富岡町の言葉を聴けて、言葉で思い出すものがあり、毎日聞いてもらわなくてもいい、富岡町のことをタブレット端末から聞けるものが必要で、町はいいものを作ってくれたのです。

4/1に避難指示解除、その前に自分の家に特例宿泊で帰れたことも取り上げて、灯りの付いていない家に帰るのはつらく、知らない人が来るのか?昼間、廃品回収の車も回り、そんなに車の通らないところに車、家でのイタチの駆除も大変で、細かく通い、泊まれる状況に、ホットスポットは必ずあり、それは注意しないと、というもので、ガラスバッチ、線量計があり、線量を気にしての行動で、町は大変であり、戻っていく人の支援は必要で、郡山市で放送して、伝えたく、吉田さんも、自分の家は解体して更地、職場は震災前のもので、過去6年何もなかったかのようなものであり、不思議な感覚で、忘れてはならず、震災のあったことで様々な人と出会えて、世界からの支援もあり、震災→ラジオの立ち上げ、しかし被災者のみにしかわからない感情があるというのです。

おだがいさまFM、富岡町の言葉で、遠く離れても方言でラジオによりつながるものであり、吉田さん、今の季節はやっと桜が咲いて、2.5kmの桜並木があり、富岡町民は桜とともにあり、しかし桜並木は300mだけしか人が入れず、帰還困難区域を隔てるゲートがあり、帰還困難区域に桜があるのはつらく、富岡町民に桜の話をさせたら大変盛り上がり、雨で桜を心配するものであり、桜への思いを、復興応援ソングとして作り、桜舞う町で、という歌で締めくくられました(これはyoutubeにありました、https://www.youtube.com/watch?v=ywLGbJroEr0 )、以上、今週のネットワーク1・17でした。

 

 

 

 

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桜舞う町で 普天間かおり/村井敏朗