◇京セラ名誉会長

 

1971年に京セラが株式を上場して、思いもよらず、多額の資産をもつようになりました。でも、財産は自分のものではなく、たまたま私が社会から預かったものと考えていましたから、いつかは社会にお返ししなくては、と思うようになりました。

 

■「京都賞」今年で30回

顕彰事業の「京都賞」を始めたのは、81年に私が「伴(ばん)記念賞」を受賞したことがきっかけでした。東京理科大学の伴五紀(いつき)教授が科学技術に貢献した人をたたえる賞です。最初はうれしかったのですが、受賞当日になると自分が恥ずかしくなった。私はもう頂く立場ではなく、差し上げる側ではないかと思ったんです。

親しい京都大学の矢野暢(とおる)教授に相談したら、「ノーベル賞に負けないものをつくりましょう」と励まされ、84年に顕彰事業を運営する稲盛財団を設立しました。周囲の方は「稲盛賞にしては」と言ってくれたのですが、お世話になった京都という地名をとって「京都賞」と名づけました。

京都賞は、今年がちょうど30回目です。私が寄付した主に基金と運用益で運営していますが、堅実に続いています。受賞者は、先端技術、基礎科学、思想・芸術の3部門で、賞金は1賞あたり5千万円。これまでに世界各国の93人、1団体が受賞され、日本人では、後にノーベル賞を受けた山中伸弥さん、デザイナーの三宅一生さんらがいます。

毎年11月、京都市国立京都国際会館で開く授賞式には、家族もお招きします。研究者というのは長年、人知れず地味な研究に没頭している。家族と一緒に受賞を喜んでもらいたいという思いからです。

ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダさんは賞金で母国に博物館をつくり、日本の浮世絵伝統工芸品を集めて、公開された。ワイダさんは「こちらの国民も、日本から来た方も喜んでいる」と話していました。最近は、自分の研究施設に基金として寄付される方が続いています。

 

■「盛和塾」で経営哲学

京都賞の創設と同じころから続く活動に「盛和(せいわ)塾」があります。

京都青年会議所での80年の講演がきっかけでした。2次会で若い人たちから「経営を教えてください」と懇願されたのです。最初は忙しいからと断っていたのですが、何度も頼まれて、83年に勉強会「盛友(せいゆう)塾」が始まりました。

日本には、実践的な経営を教えてくれるところはありません。中小企業の経営者の皆さんにどこで経営を勉強されたのかと聞くと、独学だという。

経営のやり方は業種によって様々。だから私は経営ノウハウではなく、共通する経営哲学を教えたかった。うわさを聞きつけた大阪からも「我々も勉強したい」と言ってこられた。

しばらくして、名前を「盛和塾」に改めました。事業の隆盛の「盛」と人徳の和合の「和」。私の名前の2文字でもある。

中小企業の経営者は、従業員と家族まで守ってやらなければならない。会社が傾けば、従業員も家族も路頭に迷ってしまう。重い責務です。そこに気づいてもらわなければいけない。

年12回ほど各地で開く塾長例会では、私が講話したり、塾生に経営体験を発表してもらい、私がコメントしたりしています。懇親会ではひざを交えて議論します。盛和塾はいまではブラジル、中国など海外を含めて74支部あり、塾生は9千人を超えています。(聞き手=編集委員・多賀谷克彦

 

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