安倍内閣閣議決定した「開発協力大綱」は、政府の途上国援助(ODA)による他国軍の支援を解禁するなど、日本の海外援助の枠を広げた。東南アジアで存在感を増す中国に対抗することが大きな狙い。これまでより迅速で集中的な支援が可能になる一方で、軍事転用の防止や「誤解」を防ぐための情報公開が欠かせない。▼1面参照

「人材開発、インフラ整備を含め、ISIL(過激派組織『イスラム国』の別称)と闘う周辺各国に総額で2億ドル(約240億円)程度の支援を約束する」。安倍晋三首相は1月の中東歴訪中にカイロで表明した。2億ドルは全額がODAだ。「イスラム国」が勢力を広げるイラクシリアの難民支援などに使われる。

だが首相は帰国後にこの発言の説明に追われた。「イスラム国」が邦人人質事件の最初の殺害予告映像で脅迫に利用したからだ。

「(スピーチは)曲解される、あるいはつけ入られる恐れがある」。1月29日の衆院予算委員会民主党小川淳也氏がこう指摘した。首相は「ISILは人道支援さえ敵に回す。ISIL側に立って解釈すれば色々な理由は出てくると思うが、ISILの恐怖によって我々の中東政策が変更されてはならない」と強調した。

今回の邦人人質事件は「人道支援」であっても政治宣伝に利用される恐れがあることを示した。新大綱で解禁される他国軍への直接支援は、対象が「非軍事」の分野に限られているとはいえ、支援先と対立する勢力にとっては「敵を利する行為」に映る可能性がある。国際社会の批判や誤解を防ぐために、より注意深い支出や丁寧な説明が求められることになる。

今月上旬、ベトナム中部の港町ダナン。日本を出港した1隻の漁船がベトナム海上警察のドックに到着した。

政府は昨夏、ベトナム巡視船に転用できる中古船6隻のODAを決定。南シナ海をめぐって中国と対立するベトナムの警備能力を高めることが目的で、船齢20年のマグロ漁船はその第1弾だ。もともとベトナムの海上警察は軍に属していたが、そのままでは日本のODAを受け取れないため、ベトナム政府は軍とは別組織にした。

新大綱では、こうした手続きを踏まなくても、直接軍に支援ができる。

だが、軍への支援は、相手国の考え次第で軍事転用も容易にできる。新大綱には転用を防ぐ運用基準は盛り込まれていない。

また、外務省は事後にも定期的に監視するとしているが、軍に機密はつきものだ。日本政府にどれほど情報を開示するか実効性は担保されていない。(広島敦史、村松真次)

■中国に対抗、加速へ

日本が援助を注いできた東南アジアで、経済大国となった中国の存在感が飛躍的に高まっている。そんななか、軍事政権時代は中国にべったりだったミャンマーが約四半世紀ぶりに外国に門戸を開いた。

日本は東南アジア外交の巻き返しの足がかりと見定め、ODAで取り込むことにした。何より日本を引き寄せたのが、中国とインドの間という要衝に位置している点だった。

「足し算をどう教えようか」。ミャンマーの最大都市ヤンゴンの教育大学で、小学校の全学年(1~5年生)の教科書を5年で改訂する作業が進んでいる。

日本のODAによる無償援助事業で、ミャンマー教育省のスタッフや小学校教師らと、日本の教育専門家らが議論を重ねている。算数や国語など全13教科の教科書が対象になる予定。総勢約80人がかかわる。

ミャンマーは2011年3月に軍事政権に区切りを付け、民主化に踏み出した。以降、日本は援助を集中的に投入してきた。

たまっていた5千億円の借金を棒引きし、政官民あげて大規模な工場団地の造成を応援。ヤンゴン圏の交通網や都市間の道路、鉄道ネットワークの建設など「定番」のインフラ整備に加えて、一国の金融ネットワークの根幹となる中央銀行の決済システムの構築や、金融市場の育成などでも全面協力している。国ごと「日本式」にしようとする勢いだ。

援助の「集中投入」による仲間づくりは、バングラデシュでも行われている。安倍首相は昨年5月、来日したハシナ首相に、インフラ整備などの支援で今後4~5年間に最大計6千億円を供与すると表明した。

バングラデシュスリランカなどインド洋沿岸国は海上輸送路(シーレーン)の要衝だが、近年は中国が港湾を整備するなど存在感を増し、「真珠の首飾り」と呼ばれていた。日本の援助はそこにくさびを打つ狙いがあった。

新大綱では「国益」にかなう地域を重点的に支援する方針を打ち出した。中国をにらんだこうした支援は、今後加速しそうだ。

(機動特派員・織田一)

「変わるODA」の現状と課題を2回にわたって報告する。

■<解説>見返り求める支援へ一変

途上国を支える援助」から「直接的な見返りを求める支援」へ――。新しい「開発協力大綱」は、日本の海外援助の姿を一変させるものだ。

日本が海外援助を始めたのは60年前。戦後しばらくは日本も海外からの資金に頼っていたが、1955年から援助する側に回った。

ODAは当時、東南アジアへの「戦後賠償」の意味合いを持っていた。中国へのODAも国交回復後の79年度から始まり、長年最大の支援先だった。冷戦後は、紛争を経た国や地域の復興に取り組む活動が目立つようになった。対象国はアフリカや中南米にも延び、一時は支援額で世界一に登りつめた。

そんな日本のODAを取り巻く環境が大きく変わりつつある。ODA予算は15年連続で減少している。対中ODAは中国の経済発展や日中関係の悪化などから2008年度以降は大幅減額された。中国は、今では経済規模でも他国への支援額でも日本を追い越した。インドネシアベトナムは成長してODAから「卒業」しようとしている。

新大綱は、他国軍への支援を解禁し、ODA「卒業国」への積極支援を新たに盛り込んだ。海外投資の呼び水にするため、民間企業との連携強化もうたう。限られた援助額で、日本の安全の確保、国際社会での存在感向上、企業の現地進出など最大限の効果を得るのが狙いだ。それは時の政権の選択肢が増えることも意味する。国民や国際社会の理解を得るため、より詳しい説明が求められる。

(広島敦史)

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コメント:マッチポンプで外敵造り反対封じ体制翼賛で、増税・減福祉等で増戦・減公正の金字塔一極化権力集中に向かうアベコベ・アベノミス・アベノミスリード!!!