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サンテレビニュースPORT(2017/5/2) 阪神・淡路大震災22年、言葉だけではない震災を語り継ぐ取り組み by limitlesslife
May 3, 2017, 12:49 pm
Filed under: 阪神・淡路大震災

 

永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日の震災特集、神戸・長田で活動する音楽グループ「ファンタスティクス」(http://www.asuta-steelpan.com/ )の代表山本豈夫(やすお)さんは、阪神・淡路大震災のことをしゃべるのはもういいんじゃないかなとも語り、語らない震災の伝え方についての模索がありました。

震災をしゃべりたくない、という気持ちがあると、山本さんは語られて、長田でスチール楽器のオーケストラを展開するファンタスティクス、山本さんたち長田の商店主の皆さんが震災後5年目に開始、地震の後、元気になろうとするバンドを皆さんに聞いてほしいと言われて、新長田の商店街で鍵、金物を扱う山本さん、震災で店舗と自宅を全壊、自らの手で再建して、商店街の再建のために働き、しかし震災を語ることは、年寄りが子供に話してもまたか、になるものであり、あまり震災を前に出さず、しかし震災を忘れることは決してなく、自分もしんどく、震災を知らない世代に伝える難しさ、あることがきっかけで心の変化があり、もちろん東日本大震災、2015年にファンタスティクスとして宮城の仮設住宅で演奏して、震災の被災地の支援に、心の支え、音楽や文字で支援できて、奥さんは東北と絵手紙の交流をして、それで東北の被災者とつながり、神戸と東北がつながり、これは神戸の震災を語るものであり、山本さん、こういう支援の仕方もあり、心を支える大切さを語られました。

そして、1月17日5時46分、山本さんは震災20年を機に、商店街の復興イベントは止めて、その中で、ファンタスティクスの演奏は、メンバーも震災を忘れないように、楽器で伝えるものであり、言葉だけではない震災の伝え方があり、そしてこれは東北にも届くもので、キャスターの小浜さん、伝えるより伝わることが大事と締めくくられました。以上、ニュースPORTの内容でした。

 

 



朝日放送キャスト(2017/3/7) ゲンバ検証 FMわぃわぃが支える災害臨時FM by limitlesslife
March 8, 2017, 1:35 am
Filed under: 阪神・淡路大震災, 防災, 東日本大震災

 

永岡です、朝日放送のキャストで、東日本大震災6年特集、司会の浦川泰幸さんの報告、ゲンバ検証、災害臨時FMのことが取り上げられました。

災害時には、情報弱者、外国人の方で日本語がわからない、視覚障害者で情報が得られない、このような皆さんのために活躍したのが災害FMで、東日本大震災で被災3県で24局設立されて、それを支えたのが、神戸のFMわぃわぃです。

FMわぃわぃは神戸市長田区の鷹取地区(ここは長田区と須磨区にまたがる地区で、須磨にある鷹取中学校は私の母校で、市内最大の避難所になったところ)、長田には外国の方も多く、インドシナ難民で日本に来られたベトナムの方など、多くの方が長田のケミカルシューズを支えて、そこの、カトリックたかとり教会の、松田神父さんが、被災者のために多国語の放送を開始して、罹災証明書などの情報を多国語でやって、長田の被災者を支えられました。今では、FMわぃわぃはインターネット放送のみですが、続けています。浦川さんも1月に、FMわぃわぃの生中継に参加して、阪神・淡路大震災のことを語られました。

そして、FMわぃわぃは、東日本大震災の被災地に、災害FMの設置に支援されて、機材の提供、支援などされて、被災後は、被災者に様々な情報を続けて、その中の、福島県南相馬市のひばりFM、原発事故で、避難勧告などの情報や、臨時バスの時刻表をラジオで続けて、今も活躍しています。

しかし、FMわぃわぃは、地上波放送は休止で、これは、理事に外国人はなれないと、スタッフの金千秋さんが言われて、そして地上波と同じく、一定以上の時間の放送休止は許されず、インターネット放送に移行して、東日本大震災の被災地の災害FMも、今は6局に減り、しかし、東日本大震災の被災地の復興はまだまだであり、災害FMの活躍は必要なのです。

ラジオは、阪神・淡路大震災では極めて重要な情報源であり、災害時の大切なライフラインです、これらの、災害FMの活動をこれからも応援します、以上、キャストの内容でした。

 



ネットワーク1・17(2017/2/26) 震災障碍者、進まぬ救済、国に要望へ、牧秀一さんのお話 by limitlesslife
February 26, 2017, 1:48 pm
Filed under: 阪神・淡路大震災

 

永岡です、災害と防災を考えるネットワーク1・17第1055回、今週もMBSアナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

2/22にニュージーランド地震から6年、東日本大震災の起きた2011年のことであり、リスナーより、先週の車椅子の避難、災害弱者の避難は自分の地域でも話題になり、急な坂など大変で、自治会でリアカーの購入を提案したという声がありました。

先週は災害弱者、今週は震災障碍者のことで、震災が原因で体、心にけがを負った人、阪神・淡路大震災で負傷した方は、重症だけで1万人以上になり(負傷者4万人)、しかし、心身に障害や後遺症を負った人の数は、ほとんど知られず、正確に人数も把握されておらず、番組でも取り上げられておらず、兵庫県と神戸市が2010年に行った調査で、震災障碍者は県内に少なくとも349人いて、災害障害見舞金の要件も厳しく、震災障碍者の支援をするNPO法人よろず相談所(http://npo-yorozu.com/?page_id=889 )の牧秀一さんは、東日本大震災や熊本大地震でも震災障碍者が取り残されているとして、国に救済を求めるもので、牧さんのお話がありました。

牧さん、阪神・淡路での後遺症の残った方は349人と言うのは圧倒的に少なく、これは15年目、兵庫県で32万人の診断書があり、理由欄のみを見てのもので、漏れている人は多く、どのような人がいるのか、大半は建物の下敷きのクラッシュ症候群、頭にぶつかりやられた例もあり、そのおひとり、70代の方、震災時に神戸市東灘区、クラッシュ症候群になり、今も右足にしびれで、歩くのは包帯を6回巻かないとならず、足が痛く、この方、震災障碍者となった状況を、震災でこうなったと言いにくい、助かってよかったと言われて、10年経ってまた震災の話か、行政がやってくれているだろうと言われてつらく、ちゃんとしてもらっているだろうというものであり、牧さん、障碍者となった原因、家も仕事も失い、心もしんどいと言われて、人生が震災で破壊されて、家が損壊だと公的な支援はあり、しかし重度障害、両手か両足を失わないと見舞金は出ず、世帯主に250万、それ以外は半額、阪神・淡路ではもらったのはたったの64人で、たくさんの方がいても、治療費は95年の間のみ免除で、後は自己負担。

国に対策を求めてのもので、95年の年内のみ治療費が出ても、後は自己負担で、お金を持っていない人には大変であり、家も財産も失い障碍者となった人たち、見舞金の審査も厳しく、障害等級の5級まで出してほしく、行政が障碍者とともにあるというメッセージの意味で出してほしく、忘れられた人たちには相談する相手がなく、行政に話を聞いてほしく、行政があなたを忘れていないと言うのは、大きなメッセージになる。

支援制度もあるが、震災障碍者の数もちゃんと把握されず、兵庫県と神戸市が、障害の理由と震災のこと、診断書でわかることがなく、兵庫の349人は圧倒的に少なく、牧さんは2000人いると思われて、その症状などへの対策が必要で、実態把握が必要、これを全国的な問題として、診断書に震災との関係を入れるべきであり、震災障碍者という言葉を、把握して支援することを国も考えてほしい。

阪神・淡路で障害を負っても、支援がない人もあり、70代の女性、車椅子生活で、震災障碍者と支援者の集いで、痛みがひどいと言われて、来たくなかったが、何らかの形で力になりたいというもので、歳をとると痛みが激しく、痛みの薬も効かずと言われて、牧さん、障害等級は1級、しかし349人に入っておらず、診断書の理由が圧迫で、それで震災が理由ではないということで無視されて、そういう扱いもしんどく、国への行政行動も行われて、震災障碍者への支援は必要で、一般の福祉政策で足りないもの、家も仕事も失った人たち、相談に乗ってもらえず、行政に行けば相談に乗ってもらえるというものが、今はない。

話をしたくても、行政は縦割り、しかし障碍者は複合的なものを抱えており、一人の人に言ったら全部やってもらうる仕組みがなく、これは震災障碍者に必要であり、また、中学3年で震災、記憶障害の方もあり、この方も外見は普通で、しかし脳の高機能障害、怒りっぽく、4時間くらいしか持たず、ケガもしていないので、さぼっていると見られてしまい、分かったのが6年目、病名は新しく、分かりにくく、母親は、震災でけがをした人の相談窓口が欲しかったと言われて、震災で負傷して、高次機能障害と、震災後6年して分かったものがあり、亡くなった人だけでなく、ケガした人も行政が気づいてほしいと言われて、兵庫県と神戸市が調査したのは2010年、震災15年で、震災障碍者の方は、全体的なことがわからずバラバラであり、子どもが亡くなり、自らも障碍者の方がいて、片足を失っても負い目があり、15年目でつどいの場に来て、笑っても、おいしいものを食べても子供は喜んでくれると分かり、重い荷物を背負い、それまで孤独死などの死に敏感であったが、このような人たちのことを知ったのは11年目で、コミュニケーションの中で救われるものであるのです。

震災から22年、なぜ国に要望するか、今やらないと、東日本大震災、熊本大地震があり、阪神・淡路の被災者は、自分のことを繰り返してほしくなく、また災害が起こるので、これからの救済が必要で、東日本大震災は震災障碍者は100名程度しか把握されず、東日本大震災では津波で両腕を無くしたなどあり、東日本大震災だと精神的にしんどく、支援者もそうであり、阪神・淡路の被災者のためだけでなく、たくさんの人たちが障害を負っており、障害を負った人たちをことを知るべきであり、国への要望の提出は、6家族9人、厚労省の副大臣に28日に会いに行き、牧さんこれを最後にしてほしいとして行くのです、以上、牧さんのお話でした。

今週の内容、震災で障害の方は把握されず、いなかったのようにされるのは問題で、実態の把握が必要と千葉さんも言われて、これからもこういうところに目を向けたいと締めくくられました。以上、今週のネットワーク1・17でした。

 

 



サンテレビニュースPORT(2017/2/21) 阪神・淡路大震災22年、変わらぬ見守り、団地の高齢者を支えるLSAのこと by limitlesslife
February 22, 2017, 3:56 am
Filed under: 阪神・淡路大震災

永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日の震災特集、芦屋市にある震災の復興住宅の南芦屋浜団地、仮設住宅から引き継がれた生活援助員LSA(http://www.koujuuzai.or.jp/useful_info/lsa/ )が24時間駐在して、買い物や通院で高齢者の生活を支えており、この団地は芦屋の海の近くにあり、体調の悪い方のケア、サポートなどしており、高齢者の家に留守電を置いてもらうなど、LSAの方が高齢者の家を訪問して、団地内の詰め所に24時間いて、ケア、阪神・淡路大震災が始まりで、98年に仮設住宅に、全国初のLSAのある仮説を芦屋で設置し、そして復興住宅でも体制を継続して、高齢者は見守ってもらい、安心して生活して、全国の特養から派遣された職員が対応して、テレビが見られないから、体調が悪いまで電話が入り、そして適切なところにつなぐものがLSAの役割、街びらきから20年、団地の高齢化は50%を超えて、LSAへの非常ボタンや、通報のシステムがあり、高齢者は声をかけてもらえるのに感謝されて、そして警報が鳴り、LSAが対応して、押し間違いもあるものの、高齢者が増えて、そしてケアは大変であり、夜は、LSAは一人体制、詰め所で仮眠を取っても気が抜けず、家に着いたら大変であり、しかし、LSAがいることで高齢者は安心して、それでも、LSAのリーダーの方は、夜何かあってもLSAが来てくれると言っても、それぞれの対応に大変で、一人暮らしの男性が部屋で転倒を繰り返しても、ベッドの配置を変える提案を受け入れてくれず、LSAは男性の家族と連絡し、買い物から帰ってきた男性に、本当に必要な時だけ対応するとして、対応は大変であり、どこまで入るのかのさじ加減は大変で、高齢者をケアして、長年LSAが高齢者を見守ってきた団地、近くに介護訪問できるコンビニも出来て、リーダーの増原さん、ここでやってきたことを、エリアに返したいと言われて、20年続いた団地での見守り、LSAは囲碁や歌のイベントもして、ふれあいで、地域のコミュニティ作りもやっているのです。

震災から22年、被災者も高齢化して、まだまだケアは必要と痛感しました、以上、サンテレビのニュースの内容でした



サンテレビニュースPORT(2017/2/14) 阪神・淡路大震災22年、防災教育の現在地 by limitlesslife
February 15, 2017, 5:27 am
Filed under: 阪神・淡路大震災

永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日の災害特集、阪神・淡路大震災22年で、防災教育の現状が報じられました。高校、大学での取り組みで、災害への備えを専門に学ぶ学校の取り組みです。

1月17日、阪神・淡路大震災22年、震災後生まれの人も、大学を卒業して、震災を知らない市民も被災地に増えて、震災を語り継ぐ取り組み、阪神・淡路大震災をきっかけに防災を学ぶ、神戸の舞子高校、環境防災科、全国初の防災の学科、124人が学び、2002年に開始、防災の授業があり、鳥取地震で神戸も震度3、授業では、あなたはどう思う、あなたならどうするかと質問されて、生徒の考えを聞いて行き、自分の意見を述べる、発表するで、プレゼンテーションやコミュニケーション能力を磨き、人前で自分の意見を言えるようになり、環境防災科では、災害と人間、社会と防災も学び、学んで、自分のやりたいことを知る、駅で人を助けるようになるもので、多くの生徒が人を助ける立場になり、災害時に、地域のリーダーになる存在になるというのです。

神戸学院大学、社会防災学科、200人が防災を学び、各地の小学校に行って防災授業をしており、その振り返りと、様々な取り組みがあり、これをより良くするために、学生さんも、防災には答えはなく、しかしそれは取り組むと面白いものであり、メディア関係の仕事に興味、取材したいという声もあり、防災・社会貢献ユニットから2014年に改組、防災、消防救命、非常食など取り組み、知識がなくて命を落とすことの内容に、経験から学ぶ、災害で経済も打撃を受けるので、対策としてやるものです。

兵庫県も、人と防災未来センターの隣に、減災、復興の人材の養成と、一般の学校での防災教育にも力を入れて、兵庫は防災教育のトップランナー、助け合いの精神、地球への貢献、まちづくりなどの問題意識を持ってもらうものであり、震災の経験がこれから減っていく中で、学校で防災を学ばれる生徒さん、学生さんの存在は大きく、将来何になりたいかを決めて入学して、そして学校の中だけでなく、地域に出て防災を広めるものも、心強いのです、以上、サンテレビのニュースの内容でした。

 

 

 

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ネットワーク1・17(2017/25) 阪神・淡路大震災22年、借り上げ復興住宅の返還期限の問題 津久井進さんのお話 by limitlesslife
February 5, 2017, 11:49 am
Filed under: 阪神・淡路大震災

2月最初の放送は、阪神・淡路大震災で住宅を失った人たちに、自治体が民間・URの住宅を借り上げた住宅が20年の返還期限を迎えて、神戸市や西宮市では追い出しが始まっており、神戸市兵庫区におられる中村輝子さん(81歳)は、新しい住宅に引っ越す余力がないと語り、この問題に関わっておられる津久井進弁護士のお話がありました。今、住み続けたいと裁判になっており、津久井さんの解説、阪神・淡路大震災で家が無くなり、家を自力再建できず、市営、県営住宅を建てても追いつかず、これは民間の建てた住宅に、被災者を入居させて、早く、安く、近く入居させて、当時は切り札であり、借り上げ復興住宅と今は言うものの、当時は借り上げ市営住宅、入居者は市営住宅と思っており、市営住宅として入居した人たちがほとんどであり、家が無くなり、全壊で家を無くした、自力での再建不可能な、低所得者、高齢者の社会的弱者、家賃は被災者枠で安く、その後は普通の市営住宅として、建物はUR、家賃は市営住宅、これを建設型か、借り上げかの違いで、キャナルタウンウエスト(JR兵庫駅の近く)の中村さん、火災で家も夫も亡くして、96/11に借り上げ復興住宅に当たり、当選して喜ばれて、これで家の心配はなくなり、ずっといられるとして、しかし数年前に、20年で出て行けと言われて、なぜ、しかし20年で出ろとは契約書にはなく、キャナルタウンは昨年出るように、との指摘、85歳以上、要介護重度の場合は神戸市だと入居続行できて、当時の契約書には20年で出ろとは書いておらず、案内のパンフレットには書いてあっても、契約書には20年はなく、津久井さん、20年の期限を知らない人がわかっているだけで400数十戸、これを明記して、さらに延長の可能性も、民間でもあり得て、20年で明け渡しと明記すべきなのに、神戸市は書いておらず、20年の期限の意味は、借り上げ復興住宅の特殊な事情、神戸市のものではなく、URやオーナーとの賃貸に20年となっており、そして神戸市が入居者に貸す契約書に20年となく、当時の民法に20年以上の賃貸はできず、しかし99年に20年以上もOKになり、これは当時のものにも適用されて、延長できないのは、弁護士の目から見たら不適切。 永岡です、ネットワーク1・17、第1052回、今週もMBSアナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

先週は千葉さんお休みでしたが全快、リスナーより、追悼行事のろうそくに中学生に絆の大切さを感じたとあり、震災を伝える難しさ、震災当時大阪で記憶も薄れて、防災も勉強したいという声もありました。

公営住宅の法律でも、明け渡す必要があるなら明記の必要があり、神戸市はパンフには書いていても、津久井さん、これを入居者が知ったのは2010年で、この時追い出しが浮上して、15年経ち、みんな落ち着いて、ここに永住したいと思った時期に、神戸市は出て行けと言いだして、住み替え、新しい市営住宅に住み替えてくれと神戸市は言い出して、今より安心できると移った人もあるが、離れられない人も多く、これが問題で、市営住宅は倍率も高く、見守りの問題もあり、引っ越し代金も市が負担するとしても、移転の困難な人があり、中村さんは足が悪く、それでも一人暮らし、午前中は病院、帰ったら寝ており、躓かないように歩くのが大変で、今の家でも段差に問題があり、引っ越ししたら寝たきりになり、誰も世話してくれず、であり、住み続けられる条件に中村さんは当てはまらず、本来ケアすべきで、しかし神戸市と西宮市では条件に合わないと追い出し、西宮市では80歳、宝塚市や伊丹市は継続で、自治体に、被災者に寄り添う姿勢があるか、で、西宮だと転居して体調を崩して半年で亡くなった例もあり、年齢だけでなく、住んでいるところは高齢者にはライフラインであり、そして自治体により態度が異なるのは、URが嫌がっているのではなく、神戸市や西宮市はURがアカンと言っているとしてもそれは異なり、一棟丸ごとではなく、個別にURは貸しており、それでも神戸市や西宮市が追い出すのは、一つは公営性、出て行った人と公平でないと言うのは、宝塚市や伊丹市と異なり、津久井さんはむしろお金の問題と言われて、神戸市にも取材して、一戸当たり家賃補助を税金で負担しており、キャナルタウンは近いと100mしか離れていないので出て行ってくれと言うもので、高齢者の転居にもフォローすると言うのですが、家賃の差額負担を神戸市や西宮市がやり、津久井さん、これに異論があり、借り上げ復興住宅は建設費なし、最初のコストが安く、その分の話をしておらず、さらに国の補助があり、税金は神戸市民のものではなく、国の補助も出ており、これは20年目まで神戸市の負担の2/3から、その後1/2になり、つまり神戸市の負担が増えて、この差額をもったいないと言っており、20年経って多大なお金がかかるのではなく、そして裁判にもなり、社会的な寄り添いを、入居継続の方が安くなると津久井さん言われて、そして建物も20年経ち買取は安くなり、全ての手がない時に退去とすべきなのに、今は退去ありきでやっており、そして入居者がURと直接契約も可能で、能登半島地震の際に前例があり、家賃補助も他の自治体や東北だとやっており、住み続けられるように、家賃補助をすべきと津久井さん言われて、ここに住み続けられるように何とかすべきで、神戸市も被災者のために何が良いか、知恵を絞ってほしいと言われて、そしてこれは東日本大震災や熊本大地震でもあり得て、石巻市でも借り上げ復興住宅を、20年で出て行かないといけないという契約でやり、熊本も同様の検討が行われているのです、以上、津久井さんのお話でした。

 

今週の特集、借り上げ復興住宅のこと、阪神・淡路大震災後の被災者に、震災は続いていると千葉さん言われて、自治体により対応は異なり、ちゃんと対応すべきと締めくくられました、以上、今週のネットワーク1・17でした。



サンテレビニュースPORT(2017/1/31) 阪神・淡路大震災22年、震災を知る神戸の消防艇が引退へ by limitlesslife
January 31, 2017, 10:57 pm
Filed under: 阪神・淡路大震災

 

永岡です、サンテレビのニュースPORT、阪神・淡路大震災22年企画、この春、老朽化で、神戸市消防局の消防救命艇「たちばな」が勇退、現代の4代目は91年に就航して、阪神・淡路大震災では神戸市長田区の火災現場に出動して、各地から駆けつけた消防車に海水を送り続けたものであり、四半世紀、港町を守り続けたたちばなのことを、乗組員の証言も交えて振り返ります。

この件、神戸新聞に昨年夏に記事がありました。

https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201608/0009427751.shtml

神戸・ポートアイランドの水上消防署、署員は消火活動の機材の手入れに、神戸市消防局は2隻の消防艇を持ち、くすのきとたちばな、3つの放水砲を持ち、救護室も完備した消防救命艇、船長の鈴木さんはこの船でキャリアを培い、師匠のようなもので、最後まで一緒におられることを誇りに思い、機関長の村上さんは最近のエンジンの調子を気遣い、そして引退は寂しく、初代は1936年の木造、神戸港救難所→消防局、最速25ノットを誇り、多くの命を救い、そんなたばなの経験した、22年前の阪神・淡路大震災、消防士令の田村さん、消防の大先輩として立ち合い、その阪神・淡路大震災、95/1/17、田村さんたちは、長田区の大規模火災に消火活動を必死にしても、消火栓、消火設備が壊滅して、それで海水で消火、たちばなに命令が下り、長田港に出動が地震発生の当日の正午に命令が下り、たちばなは西に進路を取り、30分後、長田港に到着、中継ホースをつないで、長田の消防車65台が各地から集結しており、そこにたちばなから、ホース破損のトラブルを超えて、燃え盛る街に38時間水を供給して、田村さん、たちばなから水が来るとして、たちばなから来る水で火災に立ち向かわれて、地元商店街の男性も、消火活動に参加されて、たちばなの活躍で、延焼を免れた地域もあり、たちばなの役割はあまりに大きかったのです。

開港150年の神戸、たちばなを紹介するイベントもあり、市民も、たちばなに感謝して、四半世紀神戸を守ってきたたちばなの功績は、若い消防士と、新たな消防艇たかとりに引き継がれるのです。

震災の教訓で、大口径の消火栓や、耐震性のホースも普及して、たちばなは民間に売却されて、第2の船の人生に行くのです、以上、サンテレビのニュースの内容でした。