いつどこで自分が襲われるかわからない。なぜ狙われているのかも判然としない。それがテロの恐怖だ。予測できないからこそ、人心を揺さぶる手段となる。

その暴力が、私たちの目の前に姿を現した。

外交や安全保障の問題だけではない。私たちの社会のありようが問われる。

いま世界をおおう国際テロの震源は、2001年9月11日の米同時多発テロ事件だった。旅客機を乗っ取った自爆攻撃で、約3千人が犠牲になった。

当時、ワシントン特派員として報道にあたった。事件直後から、「テロに屈するな」という合唱が始まった。街には、星条旗があふれた。

ブッシュ大統領は「テロとの戦争」を宣言、米政府はアフガニスタンでの武力行使に踏みきった。さらに一方的な先制攻撃で、イラク戦争が始まる。盗聴権限強化など、人権より安全を優先する政策が続いた。

あれから14年、米国内で大規模なテロ事件はない。防止には成功した。だが、容疑者に水責めの拷問を行うなど、米国の人権理念を裏切る事件があった。

テロとの戦い」の名のもと、手段の検証が甘くなっていたのだ。拷問の背景には、秘密主義の行き過ぎもあった。

その一方、海外で反米主義の風潮が強まった。負の連鎖である。

今回の事態は「9・11」と単純に同一視はできない。超大国の中枢が攻撃されたケースと、海外で日本人の命が奪われた事件は、性質が異なる。両政府の対応も違う。

だが、過剰な「正邪」の意識が、米国の人々の目を曇らせ、彼らが誇る民主的価値を傷つけたことは、覚えておいてよい。

無差別殺人は止めねばならない。そのとおりである。だが、悲劇は中東に限らない。アジアで、アフリカで、世界各地で、今も起こっている。風刺画をめぐる仏新聞社襲撃事件が示すように、先進民主主義社会もまた、深い亀裂をかかえている。

私たちに、いったい何ができるだろうか。

力の政策は、報復の応酬を招いている。グローバル化時代には人の行き来は、せき止められない。孤立主義に引きこもることは、答えにはならない。

選択はまことに難しい。まずは、問題の複雑さを認めよう。この非道の世界で日本が何を訴え、何をするのか。政策の全体像を冷静に、ねばり強く考える。中東外交や邦人保護も、その中で位置づけねばならない。そのためには、人質事件の経緯も含めて政策の検証は欠かせない。

試練の時に必要なのは、力の信仰ではない。深い思慮である。(編集委員・三浦俊章)

(3面=危険地域での取材、13面=中東対策割れる米、33面=ネット映像の波紋)