Global Ethics


2008WHO「 Closing the Gap in a Generation」「世代から世代への格差の連鎖を断ち切ろう」 by limitlesslife
2008WHO「Closing the Gap in a Generation」「世代から世代への格差の連鎖
を断ち切ろう」

今日生まれた女の子がある国では80歳以上まで生きると期待できるのに、別の国では45
歳になるまでに死んでしまうのだ

一つの国の国内に目を向けると、すべての所得階層にわたって、健康と病気がその社会
階層の勾配に従っていることが分かる。

すなわち社会経済的地位が低ければ低いほど健康も悪いのである。

こんなことがあってはならないし、それは正義にもとるものだ。構造的な健康格差が
合理的な行動で回避できるのであれば、健康の不公平は不正義というに値するというの
は誰でも理解できる話である。

どんなに巨大であっても回避可能な国際的・国内的な格差、すなわち、健康の不公平
と私たちが評価するものをなくすことは、まさに社会正義の課題である。

いまや社会的不正義は大規模に人々を殺しつつあるのだ。

早過ぎる死(早世)の原因になる病気の戦慄的な脅威は、(診療機関の整備によるので
はなく、)大半が人々が生まれ、成長し、生き、働き、老いる条件によって生じている
のである。

さらに、貧困で不公平な生活条件は、貧困な政策・計画、不公正な経済的取り決め、
そして悪い政治という全体の帰結なのである。

このためには、権限を委譲され、適切に資金を与えられた公共セクターが必要である。
それを実現するには強力な政府以上のものが必要である。

―必要なのは強化された「政治」である。

すなわち政権としての合法性や領土を備え、市民の共通の関心事項に合意を示し、共
同行動のもつ価値に対して資金投下できる政府という意味合いである。

さらに市民社会や行動責任を持つことのできる民間セクターや人々に対して、もれな
く援助することができる政府ということである。

行動の3原則

①日常生活の条件=人々が生まれ、成長し、生活して、働いて、年取っていく環境を改
善しよう。

②権限、資金、資源 ―上記の日常生活条件の構造的な推進力である― の不公平な分
配に挑戦しよう。世界的にも、一国内でも、地域でも。

③問題を測定し、行動を評価し、基礎知識を拡大し、健康の社会的要因についてよく訓
練された労働力を開発し、健康の社会的要因についての公衆の気付きを起こそう。

少なくとも20億人の子供たちが全世界で彼らが持つ最大限の発達可能性を損なわれて
いる。このことは彼らの健康と、社会全体の可能性に対して巨大な意味をもっている。

・誰でも購入可能な住宅が大幅に利用可能になるように都市の開発を管理しよう。

都市のスラム改善に投資しよう ― それは優先的に、水と衛生施設、電気、舗装道路
をすべての家庭に支払能力を考慮することなく供給することを意味する。

都市と農村間の健康の公平を促進しよう。

それは農村開発への継続的な投資と、農村の貧困や、土地を持てないことや、故郷から
の人々の強制排除につながる追い出し政策や方法に対決することによってなされる。

人々がどこに住むかは人々の健康と人生の成功へのチャンスに影響する。2007年と
いう年は都市環境に住む人が初めて多数派になった年である。そのうち約10億人がス
ラムに住んでいる。

自動車への依存の増大によって、自動車利用本位の土地利用となり、自動車以外での移
動の不便さが増して、地域的な空気の質や温室ガス排出への甚大な影響や運動不足が生
じる。都市環境の設計とデザインは、人間の行動と安全性への影響を通じて健康の公平
に大きく作用する。

「公正な雇用と人間らしい労働(Decent Work)」

労働におけるストレスは冠状動脈心臓疾患のリスクを50%増加させるし、高い仕事上
の要求を突きつけられること、低い裁量、努力と報酬の不均衡は精神的・身体的健康問
題であるという一貫したエビデンスが存在する。

・社会的保護システムが、これまでは締め出していた人々も包含していくことを確実に
しよう。不安定な(プレカリアスな)労働に従事している人々のことである。不安定な
労働とは非正規労働、家内労働、介護労働などを含む。

ある社会が定めた低い生活標準は健康の不公平の強力な決定要因である。それは全人生
の軌道に影響を与えるが、とりわけECD(乳幼児期の発達)に及ぼす効果を通じて現れ
る。子どもの貧困と、世代から世代への貧困の連鎖は公衆の健康の改善と健康の不公平
の減少に対する主要な障害物である。世界中で5人のうち4人が基礎的な社会保障の援助
を欠いている。

健康専門職を確立し強化しよう、そして健康の社会的決定要因に働きかける能力を拡大
しよう。

・国内の健康専門職に投資しよう、そして農村と都会の健康専門職の密度バランスを良
くしよう。

・健康専門家の流出を正すよう働きかけよう。そのために健康のための人的資源増やそ
の訓練に投資し、獲得と流出を規制することに双方が賛成することに努めよう。

所得の低い国々ではより差し迫って、アクセスが自由で適切に構想され管理されたヘル
スケア(医療保健)システムが「ミレニアム開発目標」(MDGs)の達成の上で効果
的である。
それらなしにはMDGsを達成するチャンスはすっかり弱まってしまう。いまだにへル
スケア(医療保健)システムは多くの国でぞっとするほど弱体である。それは貧しいも
のと富むものとのの間で供給、アクセス、利用での大変な不公平を抱えているのだ。

委員会はヘルスケア(医療保健)を共通の財と考え、市場で買うべき商品とは考えない

実際にすべての高所得国家はそのヘルスケアシステムを全般網羅原則で組織している(
健康への資金供給と現物提供を組み合わせて)。

ヘルスケアシステムが公的であることを肯定する感銘すべきエビデンスがある。特にヘ
ルスケアにおいては窓口負担(out-of-pocket spending)を最小にすることが肝要であ
る。

毎年1億人以上の人が家庭での破産的に高額な医療費用のため貧困の中に追いやられて
いる。

これは受け入れがたいことである。

政治や経済のすべての側面が健康と健康の公平への影響力を持っている

―財政、教育、居住、雇用、交通、そして健康と、これだけで六つの政策方向(省)の
名前があげられる。

全政治を貫いての首尾一貫した行動が健康の公平の改善にとって必須である。

例を挙げれば、貿易政策において、それが規制のない生産、貿易、脂肪と糖分に富んだ
食料の消費をどんどん進ませれば、果実と野菜の生産は損害を受け、健康政策には矛盾
する。

カナダ諸州において強制的なヘルメット着用法の有無別で自転車関連の頭部他の外傷の
頻度を検討

頭部外傷はヘルメット法的強制州が1994年には10万人当たり18人だったのが、1998年に
は10人に低下、法制化しなかった州では18人から13人に低下。それ以外の外傷でもヘル
メット強制着用は効果を見せている。

・累進所得課税に対する国の能力を築き、新しい国内的また全地球的な公的資金投下の
可能性を評価しよう。

累進所得課税を拡大することは、公的な資金投下の重要な源泉であり、今後のどんな関
税切り下げ合意においても必要な前提条件である。

同時に、タックスヘブン地域の金融センター利用と闘って非倫理的国内税制回避=脱税
を減らしてしまう方法は、少なくとも新税を用いる方法に比べて開発のための資金源に
なりうるだろう。

グローバリゼーションが国々の間での相互依存を強めるにしたがって、課税に対する全
地球的な議論も強まっていく。

援助は重要である。援助が経済成長を促進しうるし、実際に促進もする、また直接的に
健康の改善に貢献しうるというエビデンスはあるが、委員会の見解では、援助の第一の
価値は、社会的発展への通常の努力のなかでの理にかなった資源の再分配の仕組みとし
てというものである。しかし援助の総量はぞっとするほど少ない。絶対量で(一般的に
も、健康面に限っても)少ない;与える側の国ぐにの富から見た相対量でも少な;1969
年に提供国でGDP(国内総生産)の約0.7%レベルの援助と決めた約束と比べても少
ない;ミレニアム開発目標(MDGs)に対して影響を維持できるうえで必要な量に対
しても相対的に少ない。一段づつの増加が求められる。援助をふやすこととは別に、委
員会はより広く深い負債免除を熱望する。

大きくなっているギャップ・・・この40年間、先進国はほとんど開発途上国への援助
を増やしていない!!
1960-2000年 提供国の一人当たりの援助額と一人当たりの富とを比べると

一人当たりのGNPは1960年を100(11303米ドル)とすると2002年に
は260(28500米ドル)、
一方、一人当たりODAは1960年100(61ドル)に対して110(67米ドル
)に過ぎない。

健康についての基本的サービス(水や衛生施設など)の整備、そして健康に多大な影響
のある商品とサービス(タバコ、アルコール、食品)の規制
という国家の基本的役割を強めよう。

≪行動のためのエビデンス≫
健康は交換可能な商品ではない。それは権利の課題であり、公的セクターの義務である
。健康のための資源は公平で普遍的でなければならない。

そこには3つの関連した問題がある。

第一に、教育や医療・保健(ヘルスケア)といった中枢部の「社会財」の商品化は健康
の不公平を作りだすことは経験が教えているということである。このような中枢をなす
社会財は、市場に投げだされるのでなく、公的セクターで管理されるべきである。

第二に健康を害したり、健康の不公平を導くような生産物、活動、諸状態を効果的に国
家的・国際的な統制下におくことには公的セクターのリーダーシップが必要だというこ
とである。

これらのことはともに第三のことを意味する。すなわち、すべての政策作成における有
能で正規の健康影響アセスメントと市場規制は国内的・国際的に制度化されるべきだと
いうことである。

委員会は特定の財やサービスを基礎的な人間的・社会的ニーズと見ている

―たとえば清潔な水や医療保健制度を利用できることである。

これらの財やサービスは支払い能力に関係なくどこでも利用できなければならない。

この場合は、だから、適切な供給と利用を保障するの公的セクターであって、市場では
ないということである。

健康と福祉のための中核的な財やサービス―たとえば水・医療保健・人間らしい労働条
件―の提供を確実にすることと、健康を傷害する商品(たとえばタバコや酒)の流通規
制という双方の観点から、公的セクターのリーダーシップは強固なものである必要があ
る。

労働の状態や作業条件もまた―貧富に関わらず多くの国で―しばしば不公平で、搾取的
で、不健康で危険なものである。

最近の数十年において、グローバル化のもとで市場への統合は増大した。

国際的・全地球的な経済合意の範囲を拡大しながら、財やサービスの商品化を加速しな
がら進んだ―それらのうちいくつかは疑いもなく健康に有益だが、いくつかは有害であ
った― 。

委員会はこの警告が、新しい全地球的な・地域的な・貿易と投資双方の経済的政策協定
に参加している諸国のあいだで採用されることを強く促すものである。

公的セクターのリーダーシップはその他の関係者(=市民組織と民間セクター)の責任
や能力と置き換えられるものではない。

民間セクターの関係者は影響力があるし、全地球的な健康の公平に対して多くのことを
なす力がある。

しかし、今日まで、私企業の社会的責任のもとになされたイニシャティブ(発議・先導
)が本当に有効だったかどうかのエビデンスは限定されたものでしかない。

企業の社会的責任は先々価値があるものではあるが、それを言うにはエビデンスが必要
である。企業の説明責任は、民間セクターと公的セクターの信頼性と協働性の伴った関
係を築くためのより強力な基礎になりうるものである。

ヨハネスブルグの水の値段
現存の補助金制度で40KL/月を超えれば料金が同じなので富裕層に有利。彼は水を
使い放題にしている。これに対して理想的な料金表は40KL/月までは安く、それを
を超えると急に料金が増えるもので、貧困層への供給に補助金をつけ、大量の水使用を
妨げるものである。

・家事労働、人の世話、無償労働の経済的貢献を国家会計に含めよう。

教育や技能の格差をなくし、女性の経済的参加を支援する政策や施策を開発し融資しよ
う。
・正式のかつ職業に役立つ教育や訓練に投資しよう、法律によって公平な賃金支払いを
保障しよう、すべてのレベルでの雇用の機会均等を確実にしよう、家族―互助的政策を
立ち上げよう。

性と生殖の健康にへのサービスと施策への投資を増やし、すべての人の保護と権利を築
こう。

男女の不公平は社会的に作り出されるものだからこそ、変えることができるものである
。女性の地位は何世紀もののなかの最後の世紀をかけて劇的に改善されたが、しかし進
歩は不均等で、多くのなすべき挑戦がまだ残っている。女性は男性と同等の仕事をして
も男性より稼ぎが少ない。少女や女性は教育や雇用の機会で遅れた状況にある。多くの
国で母親の死亡率や有病率が高いし、妊娠・出産時の健康サービスは、一国内でも国々
の間の比較でも、巨大な不公平が続いている。男女の不公平の世代間効果は緊急にもっ
ともっと強力に行動しなければならない事柄である。今、男女の公平と、女性の地位向
上の改善のために行動することは、この一世代で健康格差を解消することにとって決定
的に重要である。

・人権を守る政治的・法的システムを強化しよう、社会の辺縁に追いやられているグル
ープ、特に先住民の法的地位を確立し、その人たちの必要と要求を支援しよう。

力関係を変えるということは個人・家庭・コミュニティというミクロレベルから経済・
社会・政治上の関係者や組織の間での構造的関係というマクロレベル間の様々なレベル
で起こりうる。社会的グループが力をつけ、政治に関係した課題設定と意思決定におい
てい意志表明をすることは権利の包括的な一認識する上で決定的に重要であり、一般的
人口中で生活必需品と社会の公正な分配を確固としたものにする一方で、下から上への
草の根的なアプローチを通じての行動のための能力向上もまた必須である。社会のなか
で最も恵まれない人々が出会う不正と闘うこと、これらの人々を組織することは地方の
人々のリーダーシップを築くことになる。それは権限向上につながる。それは人々に自
分たちの人生と未来を自らコントロールするより崇高な感覚を与えるだろう。

韓国において最終学歴別に男女の死亡率を検討 1993-1997
男女とも学歴が短くなるにつれて死亡率が高くなる。大学卒を1とすると
高校卒男1.7 女1.2 中学卒男3.2 女1.9 小学校卒男5.1 女3.3.

実に大学卒と小学卒では死亡率が5倍以上も違う(男の場合)。女性は若干、学歴の影
響が少なく現れる。

「良好な全地球的な政治」

≪何をなすべきか≫
健康の公平を全世界の発展のゴールとしよう、そして健康の社会的決定要因枠組みを発
展のための多面的な行動を強化するために取り入れよう。

・国連は、WHOや経済社会理事会を通じて全世界的発展の核となるゴールとして健康
の公平を採用し、健康の決定要因指標枠組みを前進を測定するために用いるべきだ。

世界中の人々の健康と生存のチャンスの劇的な違いは国々の力と繁栄のアンバランスを
反映している。グローバリゼーションの莫大な利益の偏在は著しい。

1960年から1980年の間の全地球的経済成長と健康公平の進歩は引き続く時期(1980-200
5年)において完全に失速し、そのとき世界経済政策は社会セクターへの支出と社会発
展を激しく打ちのめした。グ

グローバリゼーションの第二の時期(1980年以降)に関連して世界は、金融の危機、増
え続ける紛争、強制・あるいは自由意思の移住が相当に増加し、定期的な発生するのを
見たのでもあった。

しかし、実際には、経済成長にもかかわらず、国々の間での死亡率の差は収斂せず、50
年同じ程度の差が続いている。すなわち、経済成長によって消えるはずの格差がなんら
縮小されていないことになる。

ヘルスケアシステムはプライマリヘルスケア(PHC)の上に築かれて初めてより良い
アウトカムを得る。

このときPHCモデルは二つあるが双方ともに必要である。

一つは予防と健康促進が治療とバランスがとりながら、社会的決定要因群のそれぞれの
領域を横断して地域的に適切な行動をとることを強調するもの(「プライマリヘルスケ
ア」PHC)、

もう一つは高度な治療に適切につないでいくことを条件にして初期レベルの治療を強調
するもの(「プライマリケア」PC)である。

すべての国で、とりわけ最も貧しい国や頭脳流出中の国では緊急に、十分な技術を持っ
た健康領域の技術者が地域レベルで十分な数だけ存在することが、ケアの対象範囲を拡
大し、ケアの質を改善するうえでの基礎的条件となる。

正規雇用労働者に比べ非正規雇用労働者の死亡率が有意に高いというエビデンスがある

世界は速いスピードで変わっているし、社会的・経済的・政治的変化が一般的な意味で
健康に対して持つ影響、そして特別の意味で国内的・全世界的に健康の公平に対して持
つ影響は明確ではない。健康の社会的決定要因に基づく行動は次のような時により効果
的になるだろう。すなわち人口登録(国勢調査)や健康の不公平や健康の社会的決定要
因の日常的モニタリングなどを含む基礎的データシステムが設定され、そのデータが解
釈されて、もっと効果的な政策、システム、施策に適用されることを確実にする仕組み
がある場合である。健康の社会的決定要因に基づく教育と訓練が必須である。

・家庭の経済的な負担なしにすべての子どもが誕生時に登録されることを確実にしよう

健康の公平、健康の社会的決定因子、そして何がそれらを改善させるように作用するか
ということについてのエビデンスは一層強化されなければならない。

残念なことに、たいていの健康研究は圧倒的に生物医学的なところに焦点を置いたまま
だ。

健康の社会的決定要因にもとづく行動もまた、現場の実践家のなかでの能力づくりを要
求する。それには保健・医学人養成のカリキュラムに健康の社会的決定要因の教育を組
み込むことが含まれる。

しかし、その役割は一人政府だけのものではない。健康の公平のための本当の行動が可
能になるということは、むしろ、市民社会の参加と公的な政策作成という民主的なプロ
セスとを通じてのことであり、地域的なあるいは全地球的なレベルで支えられてのこと
であり。健康の公平に作用するものについての探求に裏付けられてのことであり、民間
の関係者とのコラボレーション(協働)を伴ってのことなのである。

・政府を横断しての政策の一貫性:政府の最も高いレベルにおいて健康と健康の公平に
責任を持とう、そしてすべての省庁と部局の政策策定を横断して一貫した考慮を確かな
ものにしよう。健康大臣たちは世界的な変化をもたらすのを援助できる―彼らは国のト
ップと他の大臣たちによる採用を作り出すのを援助する上での中枢になるだろう。

・公平のための行動強化:全世界的なヘルスケアサービスの前向きな建設を約束しよう
;政府の政策策定を横断して男女の公平を促進するための中央の中心的な性差問題ユニ
ットを確立しよう;農村の暮らし、インフラストラクチャー投資、とサービスを改善し
よう;スラムを底上げし、地域ごとの参加を尊ぶ健康都市計画を強化しよう;完全雇用
と人間らしい労働政策・施策に投資しよう。;ECD(子ども時代早期の発達計画)に
投資しよう;支払い能力によらない中心的健康の決定要因サービス・施策の全世界での
供給の方向を築こう、それは社会防衛の全世界的な施策により支援される;健康を損な
う商品の規制のための枠組みを確立しよう。

市民社会は健康の公平のパワフルなチャンピオンになりうる。上に列記された多くの行
動は、少なくとも一部分では、市民社会からの圧力と鼓舞の結果である;一世代のうち
に築く健康の公平に向かってのたくさんの一里塚はー達成されたか失敗したかー注意深
い市民社会の行為者の観察によって記録されるべきである。市民社会は健康の社会的決
定要因に対する行動において以下のような経路で重要な役割を果たすことができる:

・健康の社会的決定要因の知識を生産し普及する:研究資金を健康の社会的決定要因の
仕事に割り当てることを確実にしよう;世界の健康の観測所や多方面・国家的・地方的
なセクター横断的な作業を支援しよう。それは健康の社会的決定要因の指標や介入影響
の評価の開発とテストを通じてなされる;オープンアクセスの原則の上に組織されたヴ
ァーチャルなネットワークと広報機関を確立し拡大しよう。それは高所得状況のサイト
からでも、中所得状況のサイトからでも、低所得状況のサイトからでもアクセスしやす
さを強化するよう管理されなければならない;低所得国、中所得国からの頭脳流出が逆
転するように貢献しよう;研究チームや提案や企画、実践、そして報告ににおける男女
差別の偏見に取り組み解消していこう。

私たちはそれを求めて長い道を行かねばならない。

それはより直接的な幸福を可能な限り確実にするため構造的不公平を根絶しながら進め
られる。

(終わりに)

健康の不公平を軽減することは健康の社会的決定要因委員会にとって倫理的緊急事項で
ある。いまや社会的不正義が大規模に人々を殺しているのだ。

MLホームページ: http://www.freeml.com/public-peace



by limitlesslife

WHOには放射線と健康部門がなくなっていた!

みなさまへ      松元パリのコリンさんが、自らのブログに「WHOの放射線部門がなくなっていた」との記事を掲載していますので紹介させていただきます。

●WHOには放射線と健康部門がなかった!
======以下、転載======

WHOに は、放射線部門がなくなっていた!

2011年5月4日、市民連合体<インデペンデ ントWHO>(IW)の代表団がジュネーヴの世界 保健機関WHO本部で、事務局長マーゲレット・チャン女史に面談した折り、チャン氏が、WHOの放射線と健康についての権能不足とWHOのIAEAへの従属性を認めたことが明らかとなった。(IWのメンバー、ア リソン・カッツの報告による)
面談中、IW はWHO本部には、放射線科学の専門知 識を持っている職員はひとりしかおらず、この人は若く、経験がないので、専門家とは言えない。おまけに、放射線と健康を扱う部局がなく なったことが確認された。2年前までは、放射線部(RAD)が存在し、三つの問題を取り扱っていた。1)携帯電話、2)電磁場 3)核 であった。この部門は、 部長が関連企業と非常に密接な関係を持ち、スキャンダルのにおいのする背景の元で、廃止されたということである。
この部局を再建する方針はある のかとの問いに対して、チャン氏は財政がなく、WHOは3億USドルの赤字を抱えている、と答 えた。
つ まり、放射能に関する専門部局もなく、福島についての報告書を書いたり、福島に関する国際会議や、放射線防護に関する国際会議に、マリ ア・ネイラ『公衆衛 生と環境』部長をあたかもその責任者のように、送り出しているのである。(2011年10月福岡産業医科大学におけるシンポジウム『原 子力災害対応労働者の健康』、そして2012年12月郡山でのIAEA国際閣僚会議)

また、チャン氏は、2005年にWHO, IAEAが共同で出したプレスコミュニケ で、チェルノブイリ事故で直接死んだ人50名、ガンで亡くなった人4000名と言う数字に対して、私はそうは思わないと語った。しかし、そのコミュニケの訂正も行なっていない。

※記事は、以上。また関連して下記の映像記録も再掲しています。

●WHO前事務局長、中嶋宏博士の思い出

http://echoechanges-echoechanges.blogspot.fr/2013/01/a-la-memoire-de-dr-hiroshi-nakajima.html______________________コメント:ビデオはサイトの左上の方にあり。彼の訃報記事より:

2013.1.30
<ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ>
<参考資料> 世界保健機構(WHO)第4代事務局長 中嶋宏氏死去
-IAEA(国際原子力機関)のWHO支配に挑戦した事務局長-

Dr. Hiroshi Nakajima
WHOのwebサイトから引用
世界保健機構(WHO=World Health Organization)の第4代事務局長、日本人の中嶋宏氏が2013年1月26日、自分の住む町、フランスのポアティエ市内の病院で亡くなった、84歳だった、というニュースが世界中を27日から28日にかけて駆けめぐった。中嶋(以下敬称略)は、日本人事務局長という以上に、傑出したWHO生え抜きの医療行政家として世界中の人に惜しまれた。国連のニュース・アンド・メディア部門はいち早く国連ラジオの形で、ゲイリー・アダムスが弔辞を述べている。そのほかAPやAFPも短くはあるがこのニュースを伝えた。また世界のさまざまなメディアが中嶋の訃報を通信社の配信を引用する形で伝えた。日本のメディアも、たとえば28日付け朝日新聞(大阪本社版)は社会面(34面)の下段で写真入りではあるが、わずか1段15行の訃報を掲載している。先にそれを引用しておこう。
 「  WHO元事務局長 中嶋宏さん(なかじま・ひろし=世界保健機構<WHO>名誉事務局長)WHOによると、26日、自宅のあるフランス西部ポアチエの病院で死去。84歳。東京医科大卒。フランス国立医学研究所などをへて、1974年にWHOに。88~98年にアジア人初のWHO事務局長を務めた。ポリオ撲滅に取り組み、結核の総合的な治療法の確立にも貢献した。」

見る限り、ニューヨークタイムズの訃報が一番詳しい。(1月28日付け電子版。ダグラス・マーティン=DOUGLAS MARTIN署名入り)訃報は「中嶋宏 WHOの指導者、84歳で死去」(“Hiroshi Nakajima, Leader of W.H.O., Dies at 84”)と題するものだ。次にそれを見てみよう。

 「  日本人医師であり、マラリアやその他伝染病と闘うキャンペーンを開始した世界保健機構(以下WHO)のリーダーだった中嶋宏博士が土曜日(26日)フランスのポアティエ(Poitiers)で死去した。しかしその任期中の1988年から1998年(チェルノブイリ事故は1986年)は、運営を誤っているとして繰り返し責め続けられ傷ついた。WHOによれば、短い闘病の後死去した、という。

エイズ、結核(TB)、デング熱(dengue fever)などを含む伝染病撲滅の取り組みの他、中嶋博士は子どもに対する予防医療とワクチン接種にWHOの焦点を大きく当てさらに女性器切除(female genital mutilation)の儀式に終止符を打つための国際支援を結集した。」

ニューヨークタイムズの記事の途中であるが「女性器切除」は北アフリカ一帯に古くからある“習慣”だそうである。日本語ウィキペディア『女性器切除』の項目を見てみると「女性器切除(じょせいきせつじょ、略称FGM)あるいは女子割礼(じょしかつれい、Female Circumcision)とは、主にアフリカを中心に行われる、女性虐待とされる批判のある風習」と説明し、概要では「史的に見てFGMは2,000年もの間、赤道沿いの広い地域のアフリカで行われてきた。現在ではアフリカの28カ国で、主に生後1週間から初潮前の少女に行われる。アフリカの人口増加に伴い、以前より多くの少女達が性器切除を施されている。欧米においては、この慣習の存在する地域から移民した人々の間においてもFGMが広く行われていることが昨今の調査で明らかになり、それに対して法的な規制を制定する国も増えてきている。ちなみにこの女性器切除はイスラムとは一切関係がなく、北アフリカの習慣である。」とある。切除の方法もいろいろあるが、ともかく「異文化問題」ではなく、「人道問題」であり、まさに「健康問題」である。ニューヨークタイムズの記事を続ける。

 「  月曜日(1月28日)、現在のWHO事務局長マーガレット・チャン(Margaret Chan)博士は、その声明の中でポリオ撲滅に対する中嶋博士の取り組みを賞賛した。」

現在の事務局長マーガレット(マギー)・チャンは香港出身の医師・医療行政家である。香港衛生署署長を退職してWHO入りした。2006年中国の推薦で事務局長になっている。私からは国際製薬資本のいうなり、IAEAベッタリの最悪の事務局長に見える。チェルノブイリ事故直後は中嶋が事務局長だった。フクシマ事故ではマギー・チャンが事務局長である。ニューヨークタイムズを続ける。

 「  しかしながら中嶋博士はしばしば批判にさらされた。アメリカとその他の西側諸国は、国連の一部分であるWHOの事務局長に中嶋博士が選任されるのに2度も反対している。批判は中嶋は明確な方向性をもってその指導力をWHOに注いでおらず、また予算を膨らませ官僚主義をはびこらせたというものだった。1992年、アメリカが中嶋博士の再任(事務局長の任期は5年)を阻止しようとした時、アメリカの保健福祉長官ルイス・サリバン(Louis W. Sullivan-ブッシュ政権下で第5代保健福祉長官)は次のように書いている。『現在私たち全体がぞっとするような深刻で地球規模の健康問題が存在している今この時、WHOは健康問題でそのリーダーとしての評価を落としていることは明白だ』

1990年に国連のエイズ撲滅の闘いでの“司令官”であり、広く評判の高いジョナサン・マン(Jonathan Mann)博士が辞任した時、中嶋博士は再び厳しい批判にさらされる主役となった。ニューヨークタイムズとのインタビューでマン博士は、辞任の理由を中嶋博士との“基本理念問題”、“主要な意見の不一致”があり、中嶋博士はエイズ防止への力点を外してマラリアなどの病気にもっと力点を置きたいのだ、と述べている。『エイズに関する全米委員会』(the National Commission on AIDS)の女性委員長ジューン・オズボーン(June Osborn)博士は、1998年に死去したマン博士の辞任を“世界の悲劇”と呼んだ。」

このニューヨークタイムズの記事から、国際製薬資本を背景にした「エイズ問題の政治性」を感じる人があっても私は見当外れとは思わない。

 「  1992年の事務局長選挙では、アメリカは、中嶋候補を推すあまり行きすぎた戦術をとっているとして日本を非難した。アメリカ国務省は、もし中嶋候補を支持しなければ日本は魚の輸入をカットするとしてモルディブを、またコーヒーの輸入をカットするとしてジャマイカを脅していると声明した。日本の外務省のスポークスマンはこの非難を否定している。また、日本が、WHO理事会の中嶋博士の再選を推薦する35か国のメンバーのうち23か国までに委託研究契約を結んだという非難もあった。WHOの会計監査ではそのうち最大のものは15万ドルの契約だったという。“技術的は合法だが倫理的には問題がある”とは、理事会議長だったフランスのジャン・フランソワ・ギラール(Jean-François Girard)の言葉である。

中嶋博士は副事務局長だったアルジェリアのモハメド・アブデルムーメンを投票で93対58で破った。WHOの歴史の中で現職の事務局長に別なWHO高官が事務局長選挙で対抗馬として挑むのは初めてのことである。

1997年中嶋博士は、事務局長第3期目は出馬しない、と声明した。一つにはアフリカ諸国の支持を失ったからだ。(ロンドンの)エコノミスト誌は、“その声明は特に中嶋博士から出てくるものとすると極めて奇妙なものだ。中嶋博士自身、日本語でしゃべる時ですら、十分自分のしゃべる内容を咀嚼していない、と非難されてきた。”と書いた。

中嶋博士は1928年5月16日日本の千葉市で生まれた。1955年東京医科大学を卒業。中嶋家は10代続いて医者を生んだことになる。パリ大学で精神医学と薬理学を学んだ後、東京医科大学に戻って医学の博士号を取得した。それからホフマン-ロッシュ(エフ・ホフマン・ラ・ロシュ-F. Hoffmann-La Roche, Ltd.スイスに本社を置く世界的な製薬メーカー)の日本における子会社法人の日本ロッシュの研究開発部長となった。1974年WHOに入り、第三世界に対する医療品供給の改善に努力した。そして“必須医療品”(essential medicines)概念、すなわちほとんどの人口集団に対してヘルスケアを満たす医薬品の概念を発展させるのに寄与した。1979年西太平洋諸国が博士を地域ディレクターに選出した。博士はその仕事を2期務めている。

中嶋博士は、妻マーサ・アン・デウィット(Martha Ann DeWitt)と2人の息子に先立たれている。」

ざっとお読みになっておわかりのように、訃報としては異例の内容である。ある意味死者に鞭打つ内容ともなっている。ニューヨークタイムズのダグラス・マーティン記者も中嶋への嫌悪感を隠していない。中嶋の任期初期はともかく、アメリカを始めとする西側諸国は中嶋事務局長を嫌っていた。無能で不公平な事務局長ならともかく、中嶋はアフリカ諸国をはじめ医療から遠い人たちへできるだけ医療を近づけ、さまざまな伝染病の撲滅に努力した公平で有能な事務局長だった。だからこそ西側諸国の圧倒的な影響力があっても2期のWHO事務局長をまっとうしたのである。

しかし何故中嶋はこうも非難されなくてはならないのか?中嶋は西側支配層、特に核産業を中心とした国際的結合体(国際核利益共同体)の逆鱗に触れたのである。もともとWHOは世界の健康・医療の守護神として国際的に高い評価を受けていた。しかし放射線被害については別だった。

1945年8月の広島・長崎への原爆投下をきっかけにしてアメリカ、ソ連、イギリスを中心とする大気圏内核実験は気違いじみていた。特に1958年-59年を一つのピークとした核実験による放射性降下物による低レベル放射線による被害がようやく国際社会で問題になりかけていた時だった。

1945年7月のアメリカによるアラモゴード砂漠での核実験、同じく8月の広島・長崎への原爆投下を初めとして、1980年中国による最後の最後の核実験まで、アメリカは合計215回(広島・長崎の実戦使用を含む)、旧ソ連は219回、フランスは50回、イギリスは21回、中国は23回、合計528回の大気圏核兵器爆発をおこなっている。(アメリカの環境問題を専門とするシンクタンク『自然資源防衛評議会』<Natural Resources Defense Council-NRDC>による)

下記の表はTNT100万トンあたりの核実験による生成放射性核種とその量である。

ヨウ素131やセシウム137だけを取ってみても、100万トンの核実験はチェルノブイリ事故やフクシマ事故の数倍、数十倍の死の灰が地球規模で降ったことが推測される。

WHOに実態調査、健康調査をされては困る核兵器保有国、それらはすべて国連安全保障理事会の常任理事国であり国連を事実上支配している諸国である、は世界的な核産業推進機関である国際原子力機関(IAEA)と合意書を交換させた。1957年10月のIAEA設立から2年後の1959年のことである。この合意書によれば、WHOは核の実態や健康影響について独自の調査を行わない、WHOの公表する資料はすべてIAEAの資料による、ことを骨子とする。放射能に関する限りWHOは完全にIAEAの従属下におかれるのである。WHOの『IAEA従属体制』は現在に至るまで続いている。

チェルノブイリ事故が1986年、中嶋がWHO第4代事務局長に就任するのが1988年。中嶋は事務局長としてチェルノブイリ事故による健康被害を独自に調査しようとした。また当時国連事務総長だったコフィ・アナンも中嶋の意図を支援しようとした形跡がある。中嶋の努力は明白に1959年合意の違反だった。この頃から中嶋はアメリカを始めとする世界の核の産業利用推進派から目の仇にされるようになる。また2期目の1995年、中嶋は「ジュネーブに700人の専門家や医師を集めて チェルノブイリに関する国際会議を開催し、情報を広めようとしたが、待望の議事録は国際原子力機関IAEAの妨害によって一切発表されなかった」とスイスTV制作のドキュメンタリー「真実はどこに?」は述べている。

2001年6月、WHOはウクライナのキエフでチェルノブイリ事故に関する国際会議を開くのだが、その会場で中嶋はスイスの医師ミッシェル・フェルネックスなどの質問に答える形で次のように証言している。引用する。

 「
フェルネックス: なぜ私たちの議事録(1995年の国際会議の議事録のこと。IAEAの公式発表とは異なり、チェルノブイリ事故の低線量放射線被曝の現状が報告されている)が公表されなかったのですか?
 中嶋: (この時はすでに事務局長ではないが名誉事務局長としてキエフ会議に出席していた)会議がIAEAと共同で組織されたからですよ。それが問題でした。
 フェルネックス: ここでは(キエフでは)ジュネーブ(IAEAの本部がある)よりも自由なのでは?
 中嶋: もうここではWHO事務局長ではなく、ただの一私人ですから。
  (ここでドキュメンタリーのナレーションが次のようにかぶっている)
 ナレーション: 2001年6月 チェルノブイリの惨事の医学的結末に関する国際会議がWHOの後援でキエフで開催された際、NPO団体「チェルノブイリの医師たち」は中嶋博士が名誉議長になることを望んでいた。(そしてTVクルーが中嶋に質問をする)
 TVクルー: WHOとIAEAの関係(1959年の合意書ないし協定のこと)がWHOの自由を妨げたのです。矛盾しているとは思われませんか?
 中嶋: 私は事務局長でしたから責任者でしたが、わたしの責任が関わるのは、特に法規部門なのです。IAEAは国連安全保障理事会に従属し、私のような専門部局は全て経済社会開発委員会に属しています。専門部局はみな平等ですが安保理に属する組織は、特に核に関することは 軍事目的と民生目的、平和目的あるいは民生用核の(決定)権限は彼らにあります。
 ナレーション: 人々の健康を守る組織(WHO)が核開発の機関(IAEA)に従属していることをこれほどきっぱり認めた人は、これまで誰もいなかった。この2つの国連組織は、世界の平和と人々の幸福を守るため、ともに仕事をするときも、それぞれ独立して組織の任務を遂行すべきである」

国際的な産業用核推進機関IAEAに従属するWHO。良心的なWHO事務局長として、中嶋宏は可能な限り独自調査を行い、チェルノブイリ事故による低線量放射線被曝による被害の実態を明らかにし、世界の人々に知らせようとした。そしてまさにその動きが、国際的な核推進勢力の逆鱗に触れ批判を浴びることになる。それが先のニューヨークタイムズの記事で見た中嶋の四面楚歌となるのである。

ここで大きな疑問が一つ残る。リベラルでその名を轟かすニューヨークタイムズの立場である。ニューヨークタイムズは1945年7月のアラモゴードでの核実験、8月の広島・長崎への原爆投下以来一貫して、世界の核推進勢力の拡声器の役割を果たしてきた。そのため軍部と秘密の広報請負契約をした有名記者(ウィリアム・L・ローレンス。同じニューヨークタイムズのウィリアム・H・ローレンスは別人)も存在したほどである。だからこの訃報で中嶋宏に対するあからさまな嫌悪感を示すのも当然だと言えよう。マスコミを使った世論操作・誘導、プロパガンダの刷り込みは、なにも日本の専売特許ではない。いやアメリカこそ、その本家本元なのである。

<参照資料>
・国連ニュース・アンド・メディア部門 国連ラジオ 中嶋宏氏弔辞:http://www.unmultimedia.org/radio/english/2013/01/former-who-chief-who-made-large-contributions-to-public-health-has-died/
・ニューヨークタイムズ2013年1月28日中嶋宏氏訃報:
http://www.nytimes.com/2013/01/29/world/asia/hiroshi-nakajima-leader-of-world-health-organization-dies-at-84.html?_r=0
・英語Wikipedia:“Margaret Chan”
http://en.wikipedia.org/wiki/Margaret_Chan
・NRDC:
http://www.nrdc.org/nuclear/nudb/datab15.asp
・哲野イサク「ECRR2010年勧告 第10章「被曝に伴うがんのリスク:第1部 初期の証拠」の解説
記事「その① 地球規模で拡散した大気圏核実験時代の放射性降下物(死の灰)」
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_15.html
・IAEAとWHOの1959年合意書:
http://apps.who.int/gb/bd/PDF/bd47/EN/agreements-with-other-inter-en.pdf
・TVドキュメンタリー「真実はどこに?」(日本語字幕つき)
http://www.savechildrengunma.com/truth/whoiaea/