「日本核武装論」には現実性もメリットもない

田岡俊次の戦略目からウロコ
【第65回】 2016年4月14日 田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]

北朝鮮の度重なる核実験に対し、韓国では「我が国も核武装をすべきだ」との声が高まり、同国の中央日報の世論調査では核武装賛成が約68%、反対が約30%となった。そこへ米大統領選挙で共和党の候補者になりかねないドナルド・トランプ氏が日本と韓国からの米軍撤退や、両国の核武装を容認するような発言をしたため、日本でもおおさか維新の会代表の松井一郎大阪府知事らが、核武装を考える必要がある、との趣旨の発言をしている。

ドナルド・トランプ氏の日韓の核武装を容認する趣旨の発言は、両国で波紋を呼んだ Photo by Keiko Hiromi

もし日韓が北朝鮮に倣ってNPT(核不拡散条約)から脱退した場合、米国との関係はどうなるのか、またNPT体制が崩れれば世界は一層危険にならないか、などを考えれば、日本の核武装論はトランプ氏と同列の妄言と言うしかない。

日本が核武装するなら
NPTからの脱退が必須

日本での核武装論の根拠の一つは、憲法9条で保持をしないことになっている「戦力」についての従来の政府見解だ。例えば1982年4月5日参議院予算委員会で角田礼次郎法制局長官は「自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持することは憲法9条2項(陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない)でも禁止されておらない。したがって右の限度の範囲内にとどまるものである限り、核兵器であると通常兵器であるとを問わずこれを保有することは同項の禁ずるところではない」と答弁している。

自衛に必要な限度を超えたものだけが「戦力」との定義には無理がある。どの国も「自国防衛のため」として軍備を整えており、「防衛の必要を上回る」と自ら認めることはまずないから、この説だと「戦力」を持つ国はほぼ存在しないことになってしまう。また日本はこの答弁以前、1970年にNPTに署名し、1976年に国会でそれが批准されていた。憲法98条2項は「日本が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」としているから、この答弁をした法制局長官はNPTの存在を忘れていたのでは、と首を傾けざるをえない。

日本が核武装をしようとするなら、憲法9条の解釈をいくらひねくり回しても駄目で、NPTから脱退する必要がある。NPTの第10条には「各締結国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する」と定めている。

北朝鮮がNPTから脱退し、すでに4回も核実験を行い、次々に行った国連の制裁決議も効果がなく、日本を射程内に入れた弾道ミサイルを配備し、ミサイルに搭載できる程度の核弾頭の小型化に成功していることも公表している状況は、「異常な事態が自国の至高の利益を危うくしている」と日本が主張することも可能だろう。

NPTは冷戦たけなわの1968年7月1日に米国、ソ連、英国が原署名国となって結ばれた。当時はベトナム戦争が最高潮に達した時期で、68年に在南ベトナム米軍の人員はピークの53万6000人に達し、同年米軍は1万4546人の戦死者を出していた。ソ連は北ベトナムにMiG21などの戦闘機やSA2などの対空ミサイル、レーダー、T55戦車、対空砲、重砲などの兵器を大量に供与し、北ベトナム空軍のパイロット、整備員、対空ミサイル要員などの訓練を行うため約8000人のソ連人教官、技術要員が北ベトナムに入っていた。

ソ連は自らが戦う代わりに北ベトナムを支援して戦わせ米国を痛め付けていたし、米国も南ベトナム軍を育成して戦わせていたから、米ソは大規模な「代理戦争」の最中にあった。片方で戦いながら他方で核拡散防止では手を結ぶ、というのが国際政治の面白いところだ。当時、米ソは原子力発電所の輸出を狙っていたが、それが他の諸国、特に日独の核武装に使われては困るという点で利害が一致しNPTが生まれた。

佐藤栄作氏のノーベル平和賞と
NPT受諾の関係

この条約は「1967年1月1日より前に核兵器その他核爆発装置を製造し、かつ爆発させた国」すなわち米ソ英仏中の5ヵ国(これは同時に国連安保理常任理事国)だけを「核兵器国」と認め、核兵器国は核兵器をいかなる者に対しても移譲しないし、製造を援助しない。非核兵器国は核兵器を受領・製造せず、IAEA(国際原子力機関)の保障措置(査察など)を受諾することなどを定めている。

これはあまりにも露骨な不平等条約だったから「核兵器国」の特権を得るはずのフランス、中国も「不平等、非合理」と批判して加入せず、米ソ英の署名から24年も後の92年に米国に口説かれてやっと加入したほどだ。

日本は70年に「署名国が米ソ英以外の40ヵ国」の規定に達して発効したのちの同年2月に署名したが、政府、与野党ともに「不平等条約であり、核廃絶を妨げる」と疑問視する人が少なくなく、6年もたった後の76年6月に国会が批准を承認した。佐藤栄作氏(1964~72年首相)が1974年にノーベル平和賞を貰った真の理由は、米国の求めに応じてNPTを受諾し「核不拡散」に協力した褒美だったと言われる。

「核兵器国」はIAEAの査察対象にならず、西独は「欧州原子力共同体」(ユーラトム)の監督下にあったから、当初IAEAの査察の過半は日本に向けられ、今日でも約4分の1を占める最大の査察対象国だ。東京・九段のIAEA東京事務所には20余名の査察官が常駐し原子力発電所や研究機関の巡察に当たり、核物質の流用や核兵器の開発が行われないよう監視している。

その経費は査察を受ける側が負担するから、企業と監査法人の関係と似ていて、日本はIAEAの最大の経費分担国だ。そのためもあってか、外務省出身の天野之弥(ゆきや)氏が2009年からIAEA事務局長を務めている。最大の査察対象国の官僚が、査察機関の指導者になるのは、まるで暴力団の幹部が県公安委員長になるような妙な形だが、日本が査察への協力に努めてきたことが信用されているあかしでもあろう。

NPTの有効期間は当初「発効から25年」とされていて、1995年に期限切れのはずだったが、米国は冷戦終了後の1990年頃から、これを永久条約にする活動を行い、日本もその圧力に屈して、93年7月に当時の武藤嘉文外相がシンガポールのASEAN拡大外相会議で「日本はNPTの無期限延長に協力する」と発表した。

日本の記者からの「永久条約にして、もし北朝鮮が核を持ち、脅してくればどうするか」という先見性がある質問に対し、武藤外相は「第一には日米安保条約の核の傘で対応する。またいざとなれば脱退も条約で認められている」と答えた。

これはNPTの永久条約化に対する批判も強いなか、政府の決定を弁護、正当化するための答えだったが、翌日の米国の新聞ではその一部だけをとらえて「日本外相、核武装を宣言」との見出しで報じられた。日本は永久に核を放棄するとの趣旨の発表が正反対に報じられる程の偏執的警戒心を米国人は抱いているのだ。今日でも米国の学者のまともな核問題の著書にも、日本が核武装を考えている例として「武藤外相の声明」があげられる。

拉致問題に関心が集中し
平壌宣言の履行を不可能にした

2002年9月、当時の小泉純一郎首相が北朝鮮の金正日国防委員長と合意した日朝平壌宣言は、国交正常化や経済協力と引き換えに、双方が「核問題に関連するすべての国際的合意を遵守する」ことを確認した。これは北朝鮮がNPTや南北首脳の「朝鮮半島非核化共同宣言」を守り、核開発をやめることを意味し、欧米メディアも「信じ難いほどの北朝鮮の譲歩」を日本が得た、と称賛した。

だがこの際に北朝鮮が拉致を認めて謝罪したことで、大多数の日本人はその事件を初めて知って憤慨し、国交樹立や経済協力どころではなくなった。この情勢の中、米国の記者や外交官、情報機関に近い研究所員らが私を訪れ、「拉致問題で騒ぐ人々の真の意図は何か」と同じ質問をした。「特に意図はない。単なる同情心、感情だけだ」と言っても納得しない。「日本が独力で北朝鮮の核開発を少なくとも当面中止させる大成果をあげたのに、それを放棄するのは奇怪だ」と言う。

何度も押し問答をするうち、彼等の仮説が読めてきた。「自民党タカ派は日本の核保有を狙っており、北朝鮮の核開発をNPT脱退、核武装の口実にしようとしているのではないか。平壌宣言が実行され、北朝鮮が核開発をやめればその企ては消えるから、拉致問題で騒いで平壌宣言を反故にしようとしているのでは」との疑念を抱いて、その裏付けを取りに回っていたのだ。

しかも次々に同じ質問をする米国人が来たところを見ると、ワシントンの情報関係者の間では、そうした見方が共有されていた様子で、北朝鮮に対して最強硬な安倍晋三氏(当時官房副長官)の核武装に関するそれまでの発言などもよく調べていた。

猜疑心の固まりのようなこの仮説も残念ながら結果的には当たっていて、拉致問題に日本国民の関心が集中したため、平壌宣言の履行は不可能となり、北朝鮮は翌2003年NPTから脱退して核開発を進め、韓国では核武装支持の世論が高まり、日本でもその動きが出はじめた。

今年1月6日に北朝鮮は「水爆実験に成功」とする4回目の核実験を行い、2月9日には人工衛星を打ち上げたが、その後の2月15日、韓国の中央日報が発表した世論調査では核武装に「強く賛成」が32.8%「ある程度賛成」が34.9%で計67.7%が賛成、「強く反対」は9.6%「ある程度反対」は20.9%で計31.5%が反対だった。韓国の与党・セヌリ党の幹部からも「核を持つときが来た」などの発言が続出した。

日本が核武装しても
北朝鮮の核への抑止力は高まらない

米国の制止を振り切って韓国がNPTから脱退し核武装に走る公算は低いが、もしそうなれば日本の周辺諸国であるロシア、中国、北朝鮮、韓国は全て核保有国になるから、日本でも対抗上核保有論が台頭しそうだ。

すでにおおさか維新の会代表の松井一郎・大阪府知事は3月29日同府庁担当の記者団に「自国で武力を持つなら最終兵器が必要になる」と日本の核武装を論議すべきだとの考えを示している。

自民党には核保有を望みつつ明言しない議員もいるから、もしドナルド・トランプ氏が米国大統領になり、3月26日付の「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューで述べたように冷戦の遺物である同盟関係を見直し「(核兵器を)北朝鮮が持っているなら日本も持つ。その方が当然よい状態だ」との姿勢を示せば、日本でも核武装論が台頭する可能性がある。

だが日本が核武装しても、北朝鮮の核に対して有効な抑止力にはなるとは考えにくい。「抑止」は反撃能力を示して、攻撃を思いとどまらせる戦略だから、相手の合理的判断を前提としている。自暴自棄の「死なばもろとも」の心境になった相手に対しては効果がない。

今日でも抑止力は十分あって、北朝鮮がもし核を使えば、米、韓国空軍などの猛反撃にさらされ、通常兵器による攻撃だけでも壊滅状態になるだろう。米軍は北朝鮮攻撃で核を使えば放射性降下物が韓国や近隣諸国に及ぶし、統一後の韓国の再建にも障害となるから、近年急速に進歩した精密誘導兵器による攻撃をもっぱら考えている様子だ。

トランプ氏は米国が財政危機に直面し、経済力も以前ほど強大ではないのに、冷戦時代にソ連に対抗するために生まれたNATOや日本、韓国などとの同盟関係を保って、莫大な負担をしていることを問題視している。記者が「では日本、韓国が核を持ってもよいのか」と質問したのに対し「それは彼等が判断すれば良い」との趣旨の応答をした。

米国の財政状況から見て、米国は他国への駐留や軍事的関与を減らす方向に進み続けるだろうが、米海軍が圧倒的な戦力を持つことは変わらず、その世界的な制海権は米本国の防衛だけでなく、国際的な発言権確保にも有効だ。西太平洋の制海権を保つには、艦船修理能力が高い横須賀と佐世保港、海軍の岩国飛行場を使用できることが不可欠で、日本との同盟関係を全面的に断つことは多分なく、北朝鮮が日本を攻撃すれば米軍は反撃するだろう。だとすれば、日本が核武装をしても、抑止効果はあまり高まらない。

NPT体制崩壊による
「核の自由化」は危険

一方、日本がNPT脱退を宣言し核兵器開発を始めれば、そもそも日本に原発を売りつつ、その核武装を防ぐことが第一の目的だったNPT体制は崩壊を多分免れない。第2次世界大戦の5大戦勝国、米ソ英仏中が国連安保理で拒否権を持ち、核兵器を保有する権利があるという、70年余り続いた世界の体制が崩れることになるだろう。

もし日本と韓国がNPTを脱退することを5ヵ国が容認すれば、他の諸国の中にも「至高の利益を危くしている事態」を唱えて脱退する国が続出し、核兵器の製造も輸出入も自由になれば、例えばリトアニアやカンボジアのような小国も数発の原爆を買って抑止力にしようとするだろう。

そうなっては大変だから、もし日本がNPTを脱退すれば、米国は日本に復帰を強く迫り、NPTに基づく日米原子力協定に定めた通り、原発の燃料棒など核物質の輸出を停止し、協定12条の「返還請求権」により現在日本にある物の返還も要求するだろう。他の諸国(英、仏、中、加)や欧州原子力共同体との協力協定もおそらく停止となり、「脱原発」が即座に実現することとなる。

日本が燃料棒などの返還をあえて拒否すれば、在外資産の凍結や禁輸などの経済制裁で圧力を掛けるだろう。日本がそれに屈してNPTに復帰したとしても反感が残り、日米関係は対立、敵対に向かうことになろう。中国、ロシアもNPT体制を守りたいし、日本の核武装は他の周辺諸国も食い止めたいから米国と協力し、日本は孤立する公算が大だ。

NPTは露骨な不平等条約であり、それに加入していないイスラエル、インド、パキスタンや、脱退を宣言した北朝鮮が核武装を進めているのだから合理性も欠けている。米国はインドとは例外措置として2007年に原子力協力協定を結んだから全く理屈が合わない。とはいえNPT体制が崩れて「核の自由化」が起これば世界は今日よりはるかに危険となる。「論理性」と「妥当性」が一致しないことはしばしばある。ロジカルな行動かリーズナブルな行動か、いずれを採るかを天秤にかければ後者を選ぶのは当然の判断だろう。

日本のタカ派も当面は「核武装すべきだ」とは公言せず「核問題を論議すべきだ」と言うことが多いが、現実的な論議を深めれば深めるほどNPT脱退は安全保障上も、経済関係上も、不利があまりにも大きいことに気付くはず、と考える。

Categories 核廃絶

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