がん大国白書
第1部 新薬の光と影/8 費用対効果で不利益も
毎日新聞2016年4月13日 東京朝刊
英国には、薬が効果に見合った価格になっているかを評価する機関「英国立医療技術
評価機構(NICE)」がある。昨年12月、NICEが新しいタイプの抗がん剤「オ
プジーボ」(一般名ニボルマブ)を一部の肺がんに使うことについて、公的保険の対象
とするかどうかの判断を示した。
「(公的保険で使うには)高すぎる」
このニュースを報じた海外メディアは「肺がん患者の生存期間を延長させる画期的な
治療薬だが、もっとコストダウンが必要だ」という英国のがん専門家のコメントを併せ
て紹介した。
既存薬と比べ、追加の効果がどの程度あり、費用がどの程度かかるか??。NICE
は、薬を安全性や有効性だけではなく費用対効果の観点から評価し、保険の対象とする
かどうかを政府に提言する。国民の税金でまかなう医療費の公平性や公正性を期すため
だ。
NICEが「薬の値段」と「薬によって改善されるQOL(生活の質)」を比べ、「
費用対効果が良い」と判定した薬が保険の対象になる。逆に、「高額なのに効果が不十
分」と判断されれば、保険適用から外れる。医療経済に詳しい福田敬・国立保健医療科
学院部長は「決められた予算を効率よく使う意味で、英国のシステムは合理性があり、
国民にも受け入れられている」と説明する。
ところが、合理性の陰で、薬を待つ患者に不利益も生じる。英国内での薬の使用が承
認された後、NICEは約8カ月かけて費用対効果を評価するため、承認から保険適用
までの期間が他国より長くなっている。その結果、英国の患者の薬の使い始めは、他国
より遅くなりがちだ。
また、NICEが「費用対効果が悪い」と判定した薬は保険を使えない。最近、がん
を狙い撃ちにする抗がん剤「分子標的薬」がいくつも登場したが、多くは高額だったた
め、NICEは保険適用を認めなかった。亀井美和子・日本大薬学部教授は「患者にと
って薬が使えないことは命に関わる重大な問題。がん患者団体や医師らが強く反発し、
政治問題化したこともあった」と話す。
そこで構築された救済策が、5年前に英政府が設立した「がん治療薬基金」だ。NI
CEが認めなかった薬を使う患者に薬剤費を給付する。ところが、亀井さんによると、
基金の出費が想定以上にかさみ、設立時に2億ポンド(約310億円)だった支出が、
15年度には3億4000万ポンド(約520億円)に上ると推定されるという。その
結果、基金から給付を受けられる薬の数が年々減っている。
費用対効果を評価する仕組みは、1990年代初めにオーストラリアで導入され、現
在は英国など欧州各国やカナダ、韓国などが取り入れる。医薬品の価格や保険適用の公
正性を確保することに加え、医療費の高騰に頭を悩ませる多くの国には、効率の悪い薬
を排除して医療費を抑制しようという狙いもある。
この「費用対効果」の考え方が、今春から日本の薬価決定にも試行的に導入されるこ
とになった。
=つづく
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第1部 新薬の光と影/9 命と金、国内で議論開始
毎日新聞2016年4月14日 東京朝刊
「医療にも公的資源(税金)が投入されている。コスト意識が少しずつでも浸透して
いく必要がある」。昨年12月に開かれた薬の価格を決める中央社会保険医療協議会(
中医協)の専門部会で、薬の価格が効果に見合っているかどうかを判断する「費用対効
果」を、日本も取り入れる流れが決まった。
1990年代から世界各国で導入が始まった「費用対効果」の評価。日本でも高額な
薬や医療技術が増え、医療財政への影響は不可避となっている。まず試行的に、201
2?15年度に保険適用となった医薬品、医療機器のうち、比較的高額なものを対象に
評価を今年度から始める。企業のデータや専門家の分析を元に、中医協が倫理的、社会
的な観点も含めて検討し、「費用対効果が悪い」と判断されれば、18年度の改定で価
格引き下げが議論されるという流れだ。
日本の薬価は類似の医薬品との比較や開発費、海外での価格などを参考に決められ、
「費用対効果」の導入は浮上しては消える繰り返し。製薬団体から「拙速に導入すれば
、患者が必要とする医薬品を届けられなくなる」など反発が相次いでいた。「『人の命
は地球より重い』と言うが、命と金を結びつける議論は、これまでタブー視されてきた
。その『聖域』に手をつけることになる」と、厚生労働省の担当者は打ち明ける。本格
導入されれば、保険適用を目指す新薬や手術など医療技術も対象になるとみられる。
さらに今年度から、医薬品の高騰を抑える特例も始まった。年間販売額が1500億
円を超え、かつ予想販売額の1・3倍以上売れたヒット薬について、価格を最大50%
まで引き下げられる「特例拡大再算定」だ。その結果、1錠約6万円、3カ月で約50
0万円かかっていたC型肝炎治療薬の価格が、今月から約3割下がり、他にも抗がん剤
(分子標的薬)など5品目の価格が引き下げられた。厚労省の担当者は「今の仕組みで
は限界がある。国民全体で将来の医療財政の姿を議論することが必要だ」と話す。
患者側はどう見ているのか。毎日新聞が3月、全国がん患者団体連合会の30団体に
実施したアンケート(27団体が回答)では、費用対効果の試行的導入について、賛成
7▽反対4▽分からない12??と意見が分かれた。「病院で薦められる薬が高すぎ、
治療を続けられない患者も多い」「このままでは薬価がつり上がるばかり」という悲痛
な声の一方、賛否にかかわらず「どのように効果を測るのか」と判断基準に不安を抱く
意見が多かった。「必要なところには金をかけ、技術革新を進めるべきだ」「効果も重
要だが、(使える薬の)選択肢が増えることも大切」との指摘もあった。
ところが、「費用対効果」を取り入れる多くの国でも、医療費増加は抑えられていな
い。財務省担当者は、今回の費用対効果の試行的導入について、「『やっと導入された
』というのが正直な感想。今後は医薬品の保険適用などを考える際の重要なツールにな
るだろう。だが、これですぐに医療費の伸びが抑制されるとは思わない」と話す。
=つづく
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第1部 新薬の光と影/10止 求められる費用適正化
毎日新聞2016年4月15日 東京朝刊
6日に開かれた日本医師会の定例記者会見で、一般的な日本人男性が使うと年約35
00万円もかかる新タイプの抗がん剤「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)について、
横倉義武会長が懸念を表明した。「安全性や有効性が確立された医薬品は速やかに保険
で認める一方、医薬品の費用の適正化も進めるべきだ」
オプジーボは当初、皮膚がんの一種「悪性黒色腫」の治療薬として承認された。薬価
は使う患者が少ないほど高くなる傾向があり、オプジーボの予想患者数が年470人と
少なかったため高額になった。昨年12月、一部の肺がんに適応が拡大し、対象の肺が
んの患者は年約5万人に上るとされるが、現行のルールでは薬価は変わらない。横倉会
長は「医療側も無制限に使うのではなく、必要な患者へ適切に処方することが必要」と
指摘した。一方、発売元の小野薬品工業は11日、オプジーボの2017年3月期の国
内売上高が、前期の約6倍の1260億円に増えるという販売予想を発表した。
日本と同じようにがん医療の高額化に直面する米国では、医療の無駄を減らす動きが
広がる。米臨床腫瘍学会は12年、不要な検査や治療の「トップ5」を公表した。進行
がん患者への過剰な抗がん剤投与や、転移の危険性が低い早期の前立腺がん患者への高
額な画像検査などを挙げ、利益が小さな医療を見直すよう呼びかけた。
廃棄される抗がん剤に注目して、薬剤費の削減を目指す試みもある。抗がん剤は患者
の体格に応じて使用量が変わり、瓶入りの薬剤は残りが出ることが多い。一般に残りの
薬は廃棄されるが、岩本隆・慶応大特任教授(経営学)によると、米国の一部の病院で
、残った薬を別の患者に使用する際の無菌化の手順や保存期間などを定め、廃棄量の減
少を図っているという。岩本さんが昨年まとめた試算では、国内でも約400億円分も
の抗がん剤が廃棄されていた。問題視する医師も増えており、岩本さんは「日本も無駄
を減らせる余地は大きい」と話す。
大手製薬企業「MSD」(東京都)は、オプジーボのように免疫の仕組みを利用した
抗がん剤を日本で承認申請中だが、薬の効果が見込める患者を投与前に絞り込む検査キ
ットを開発した。トニー・アルバレズ社長は「薬が非常に高額なため、ベストな患者を
選ぶ個別化医療の追求が重要だ」と説明する。さらに、適切な投与期間が定まっていな
い抗がん剤について、投与期間を検討する研究が計画されるなど、薬を本当に必要とす
る患者に届ける動きが出ている。
オプジーボをはじめ、がん医療技術の日進月歩によって治療の可能性が広がっている
。しかし、医療費の増加が続けば、世界に誇る日本の「国民皆保険制度」を支える財源
が不足し、制度自体が揺らぎかねない。一つの高額な薬が生んだ波紋は、患者も含めた
日本社会ががん医療に何を求め、どこまで負担するかという重い課題を突きつけている
。
=おわり
◇
この連載は、河内敏康、下桐実雅子、細川貴代、永山悦子が担当しました。
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