元駐韓大使が占う「北朝鮮4つのシナリオ」、最善は内部崩壊か

北朝鮮の金正恩委員長は、2018年も挑発行動を繰り返すのか (「労働新聞」より)

各国の立場・対応がバラバラで
北朝鮮問題の解決の道筋は立たず

北朝鮮の核問題は、いまだ解決の道筋が立っていない。

これまでの経緯を見ると、北朝鮮が核ミサイルの完成まで突き進む断固たる意志を有していることは間違いない。これに対し、日米はこれを断固阻止すべきとの立場。韓国の立場は、軍事行動は絶対阻止すべきであるが、どこまで非核化に強くコミットしようとしているのかは疑問が残る。中国とロシアは、基本的に現状からの大きな変革は望んでいない。

このように各国の立場はバラバラであり、今後、解決に向けてどのような道筋をたどるべきなのか、正直なところその方向性さえ見当がついていない。ただ、2018年は北朝鮮の核問題が、どういう方向に向かうのかを決定づける”鍵”となる年であろう。そこで、2017年の締めくくりとして、いくつかのシナリオを取り上げ、その可能性とともに、日本にとってのメリットとデメリットを分析してみたい。

シナリオ1 制裁をさらに強化し、北朝鮮の体制崩壊を狙う

ここ1〜2年に実施された北朝鮮に対する制裁は、これまでになく強化されたものとなっている。特に今年9月の制裁は、輸出の9割をストップし、石油製品の輸入も3割減らすという厳しいものだった。加えて、北朝鮮大使を追放したり、貿易を停止したりする国も増えている。その結果、平壌市内ではガソリン価格が高騰している。

だが、北朝鮮には、核ミサイルを放棄する意思などない。むしろ開発を急いでいる。資金が枯渇する前に完成させ、それを逆の圧力として制裁をやめさせようとしているのだ。

そもそも、制裁が効果を発揮するまでには時間がかかる。しかも北朝鮮は、これまで何十年にもわたって制裁をかけ続けられており、そうした環境下でも生き延びる術を学んでいる。つまり、制裁だけで開発をやめさせることは難しいといえるのだ。

金正恩政権は、国内的にも核ミサイルの開発をやめることはできない。というのも、恐怖政治によって国民を黙らせ、たとえ数十万人が死亡しても核開発をやめなかった。それを今になってやめてしまえば、政権の弱さが露呈し、国民の不満が爆発して政権が崩壊しかねないからである。

それでなくても北朝鮮では、穀物生産が今年の初期段階で3割も減少している。また、金正恩政権になって側近の粛清が相次ぎ、国民の間では不満が高まっている。つまり、クーデターが起きる”下地”は整いつつあるのである。

北朝鮮当局は国民に対し、核ミサイルを開発するまでの辛抱だとして我慢を強いてきた。それが、核ミサイルが開発されても、制裁が解除されずに国民の窮乏に一層の拍車がかかった場合にも不満が爆発してしまう可能性は否定できない。問題は、北朝鮮は核ミサイルを開発すれば、それをてこに、制裁解除を求め挑発を強めるだろう。その時に、日本を始めとする国々が制裁を維持できるかである。

このように考えていくと、日本にとって最も好ましいシナリオは、北朝鮮国内で何らかの動きが起きて、金正恩体制が崩壊することだろう。

シナリオ2 中国に金正恩政権の交代を主導させる

これまで、北朝鮮に対し有効な対策を取れなかったのは、国連安保理の常任理事国である米中ロが逃げ腰だったためである。米国は終始この問題に取り組んできたが、オバマ政権時に「戦略的忍耐」と称した戦略で時間を無為に費やしてしまった。一方の中国とロシアは、国連安保理がさらに強力な制裁決議を可決することを妨げてきた。

  中でもロシアは、北朝鮮の核技術者をロシアの研究所に招いたり、ウクライナ製のロケットエンジンが北朝鮮に流れていることを黙認したりしているといわれる。ロシアのこうした行動は、「米国を北朝鮮に釘付けにすることで、中東における影響力を強化する意図がある」と分析されている。したがって、ロシアの変化を促し、北朝鮮への圧力強化とすることは難しいかもしれない。

 となると、北朝鮮との貿易の9割を占める中国の役割が重要となる。

中国はここ最近、一帯一路の国際会議を開催している最中に北朝鮮から挑発行為を受けるなど、再三にわたって国家の威信を傷つけられてきた。そのため徐々にではあるが態度を変化させ、北朝鮮に対する制裁強化に協力し始めている。

そうした姿勢に対し、北朝鮮の高官からは「中国はもはや血盟関係の盟友ではなくむしろ敵である」「ロシアはいろいろ助けてくれる友人である」といったコメントが出ているが、これは北朝鮮との協力関係に関する変化の表れだ。

そもそも中国は、北朝鮮が核保有国となることは望んでいない。そのため習近平国家主席は、米中首脳会談を受けて、中国共産党大会の結果報告を口実に宋濤政治局員を特使として北朝鮮に派遣、対話説得を試みた。しかし、金正恩委員長は面会にも応じず対話提案を事実上拒否、中国の試みは失敗した。

一方で、中国は北朝鮮が崩壊し、中朝国境地域が不安定化することや、在韓米軍が中朝国境まで北上することは絶対に避けたいと考えている。北朝鮮問題において中国に協力させるためには、こうした中国の懸念を和らげ、金正恩政権崩壊後の将来像について米朝で話し合い、一定の理解に至ることが不可欠である。

また、米国が、金正恩政権を必ず倒す意思を明確にすれば、中国としても北朝鮮に対する影響力を保持し、米国の単独行動を阻止するため動くかもしれない。

このように考えていくと、中国が金正恩政権の交代に一定の役割を果たすことは、北朝鮮暴発の危険を和らげるという意味では好ましいことである。だが、その結果として、中国の影響力が拡大してしまうことは将来的に問題となろう。

シナリオ3 全面非核化は断念し開発凍結などの妥協を模索

米国の一部、主として前政権の民主党関係者の間には、北朝鮮の核開発を止めることはできず、現状で凍結させるべきとの主張がある。韓国にも、北朝鮮は非核化には応じないので、核は現状で凍結してICBMの開発を止めさせることができれば、米国にも妥協の余地があろうとの主張がある。

別の視点から、「トランプ大統領は実業家であり、最初は交渉戦術として強い姿勢を示すものの、最終的には交渉によって最も有利なところで妥協を図る人だ」との見方もある。

しかし、こうした「現状凍結・追認案」の欠点は、北朝鮮が核ミサイルの完成までは開発をやめないとの現実を無視していることである。北朝鮮が仮に対話に応じてきても、これまでの交渉がすべて失敗に終わったのと同様、”時間稼ぎ”のために行っているのである。

その時には、日米韓の側が、制裁を大幅に緩和するなどの大きな代償を求められ、結果的に北朝鮮の核ミサイルの完成を”手助け”したことになると考えておかなければならない。

われわれが肝に銘じるべきことは、「北朝鮮はこれまで約束を守ったことがない」という事実である。そして、合意検証も北朝鮮の妨害に遭ってきたということである。そんな北朝鮮は、次々に挑発や要求を高め、最終的には在韓米軍撤収、韓国の赤化統一を模索するだろう。

このシナリオは、一時的には戦争被害を避けることができるという意味で、好意的に考える人はいると思う。だが、中長期的に見れば、金正恩委員長の絶大な影響力の下に置かれるという意味で最悪のシナリオかもしれない。

シナリオ4 武力で金正恩政権を消滅させる

これは、北朝鮮を非核化させるための最も確実な方法である。クリントン大統領時代に一度検討されたが、米韓が北朝鮮を攻撃すれば報復を受け、韓国の首都ソウルは軍事境界線と近いだけに、首都だけで数十万人の犠牲者が出るとして断念した経緯がある。

北朝鮮の核ミサイル開発が完成間近まで進んだ現在では、仮に核弾頭を搭載した弾道ミサイルが東京に着弾すれば、最大200万人の犠牲者が出るという推計もある。したがって、日本としても絶対に避けなければならないシナリオである。

そうした中でも、米国は軍事行動を取る可能性はあるのか。以前、マティス国防長官が「ソウルの犠牲を大きくしない方法はある」と述べたことがある。トランプ大統領は「北朝鮮を完全に破壊する」と述べた。

こうした発言から想像すると、米国が攻撃する時は、金正恩委員長を一撃の下に殺害し、かつ北朝鮮が報復の愚挙に出られないよう瞬時に大打撃を与えることを想像しているのであろう。しかし本当にそのようなことができるのか疑問だ。

いずれにせよ、核ミサイル施設への限定攻撃は報復の危険性が高く、あり得ないと思われる。また、同様の理由から、米軍は金正恩委員長だけを狙った”斬首作戦”も取らないであろう。

確かにトランプ大統領は、国連演説やツイッターなどで、金正恩委員長を挑発する言動を繰り返しており、つい最近も空母3隻による朝鮮半島周辺での演習を行うなど、北朝鮮に対する軍事的揺さぶりをかけている。また、公式的にも「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」とし、軍事的選択肢を排除していない。

しかし、本音を言えば軍事行動は避けたいであろう。そもそも米国民は朝鮮半島にそれほど関心を抱いているわけではない。特にトランプ大統領の支持層は、あまり関心がないはずである。大きな犠牲を払ってまで北朝鮮を攻撃するメリットについては疑問符が付く。

そう考えると、現在のトランプ大統領が行っている威嚇は、北朝鮮や中国を追い込むことで非核化への道筋を付けたいとの意図であろう。しかし、北朝鮮が現実に核ミサイルを保有するに至った時、米国がどのような行動に出るかが軍事行動の有無を決めるであろう。

反対の当事者である北朝鮮も、本気で米国と戦闘に進もうと考えているとはとても思えない。いったん戦闘が始まれば、北朝鮮という国自体が崩壊することは目に見えているからである。北朝鮮の挑発的言動も脅しによって米国の圧力を弱めようとの意図であろう。

気がかりなのは
偶発的な出来事による軍事衝突

ただ、一つ気がかりのは、偶発的な出来事によって軍事衝突に至る事態である。

米国は11月29日の北朝鮮のICBM発射を受け、北朝鮮の海上における臨検などを輸出禁止品目などに広げる制裁を検討しているようであるが、北朝鮮船舶が逃亡したり抵抗したりした場合に、現場で軍事的対立が生じないとも限らない。また、遮断だけでは効果が上がらず、拿捕や撃沈を含む海上封鎖に至れば、それは軍事的行動となる。こうした事態が全面戦争に至らないよう願うのみである。

日本としても、北朝鮮の報復に備えておく必要があるかもしれない。そのためにもミサイル迎撃態勢を点検し、イージスアショアの早期導入を含め対策を急ぐ必要がある。北朝鮮のような国を相手にするときには、「敵地攻撃能力」も備えざるを得ないであろう。北朝鮮による生物化学兵器を使ったテロも懸念材料である。

韓国からの邦人退避は、戦闘が始まる前の事前退避が重要である。日本政府も事態を注視し、少しでも戦闘の懸念があれば危険情報を出すことも検討するが、各国とも日米の動向を見ているので、こうした情報が発せられたときには各国も追随し、空港や港湾はごった返して退避は困難になろう。

したがって、日本人はこうした事態になる前に、少しでも早く動くことが肝要である。また、危険が迫った際には、どこ行きの航空機でも構わないから乗り、とにかく急いでソウルを離れることを考えるべきであろう。

日韓関係が対立していれば
邦人の退避などに支障が出る

そして、仮に戦闘が始まってしまえば、まず砲弾が止むまでは防空壕に退避し、これが収まってから退避となるが、基本は米国人と行動を共にすることである。ソウル近郊の空港などは、軍が使用しているので南下することになろうが、その場合にも途中の道路は検問などで自由に動けない。その時、助けてもらうのは米軍である。米国人もいったん韓国から日本に退避することになるので、日本人もこれに加わるという形になる。

いずれにせよ、北朝鮮の核ミサイル開発問題は、出口のない問題である。日本としては米国と緊密に連携しつつ、韓国がこれに協力するようあらゆる努力をしていくことが肝要だ。このとき、日韓関係が歴史問題で対立し協力できないような状況になれば、邦人の退避などに支障が出よう。

重要なことは、あらゆる状況に対応する準備である。最善の結果となればこれに越したことはないが、期待値で判断することは避けるべきであろう。軍事行動の可能性も想定すれば、「日本が平和国家に徹すれば安全」という考えは捨てるべきである。いずれにせよ、来年は朝鮮半島から目が離せない年になりそうである。

(元在韓国特命全権大使 武藤正敏)

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