安倍流改憲論の薄っぺら 「自衛官募集に自治体が協力しないから…」

特集ワイド

安倍流改憲論の薄っぺら 「自衛官募集に自治体が協力しないから…」

安倍晋三首相=玉城達郎撮影

 「新説」である。最近、新たに登場した安倍晋三首相の憲法改正論のことだ。今度は「自衛官募集に協力しない自治体が多い。だから9条を変えて自衛隊を明記しよう」との主張である。事情を知る元自衛隊OBらはどう見るか?【吉井理記】

徴兵制「合憲」の危険も 「無用の長物」願望こそ誇り

 確認しておこう。安倍首相がその「新ネタ」を披露したのは2月10日、自民党大会でのことだ。「都道府県の6割以上が新規隊員募集への協力を拒否している悲しい実態がある。この状況を変えよう。憲法に自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とう」と訴えたのだ。

 後に「都道府県の6割以上」は、国会答弁で「市町村の6割以上」に訂正したが、要は9条に自衛隊が書かれていないから自治体が協力しない、だから改憲すれば協力も増えますよ、という説である。

 これまでも「多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が存在している。その自衛隊に『何かあれば命を張ってくれ』は無責任」(2017年5月3日、憲法記念日のビデオメッセージなど)、あるいは「ある自衛官は息子さんから『お父さん、憲法違反なの?』と尋ねられたそうです。その息子さんは、目に涙を浮かべていたといいます」(昨年8月、山口県の講演で)と、次々に改憲の「必要性」を示してきた首相。後段のエピソードは「防衛省担当の首相秘書官を通じ、航空自衛隊幹部から聞いた話」(2月20日、衆院予算委)とのことだ。

 その空自で、第7航空団司令や、自衛官募集を担当する自衛隊地方連絡部(現・地方協力本部)の鳥取地方連絡部長を務めた元空将補、林吉永さん(76)は「どれも改憲の理由にはならないし、必要もありません」と苦り切っていた。

自衛隊観閲式に出席した安倍晋三首相(右から2人目)と岩屋毅防衛相(右端)=陸上自衛隊朝霞訓練場で2018年10月14日、橋本政明撮影

 まず「自治体が自衛隊に協力しない」論である。首相は自治体の6割が、自衛官の募集年齢に達した人の名前や住所など、住民基本台帳の情報を「紙やデータとして渡さず、自衛隊側が書き写さなければならない。非協力的だ」として、改憲理由に挙げた。

 「あのですね。厳密に言えば、すべての自治体が自衛隊の隊員募集に協力しているんですが……」と林さん。なぜなら、自衛隊法や同法施行令で、自治体は▽自衛官の募集期間の告示▽志願者が応募資格を満たしているかの調査や志願票の受理、受験票の交付▽試験日や試験場の告示▽募集の広報--などを行うと定めているからだ。

 「すでにそこまでしてもらっているんです。自治体もそのための担当者を置いているし、高校卒業予定者の情報提供などで、陰に陽に協力している。自衛隊からの出向者を受け入れている自治体も多い。それを『非協力』と言われたら、自治体も反発する」。そして、「紙やデータ」に関しては、「隊員募集に直接関わる事務作業です。おんぶに抱っこではなく、自衛隊で負うべきです」。

 首相の発言のウラには、自衛隊の「人材難」もあるらしい。確かに、自衛隊の最前線を担う、若手を対象にした「任期付き自衛官」は4年連続で採用者が計画を下回り、17年度は計画より21%少ない7513人だった。

 「これも自治体の協力や憲法とは関係ありません。自衛隊に人が集まるかどうかは景気や雇用に左右されます。少子化が進む中、人を確保したいのであれば、予算を増やし、待遇を改善するなどの手立てが必要です」

 今も昔も自衛官の募集は難しい。林さんが鳥取地方連絡部長を務めたのは1988~91年だが、山陰線の列車内で募集担当者が、めぼしい若者を物色して「入らないか」と声をかける、なんてことまでした。

 「担当者の苦労だけではありません。退官後、大学で講義したことがあるんですが、東日本大震災で、陸自の救援活動に接した教え子が、犠牲者を発見した隊員が遺体を搬送する時、みんな手袋を外したのを見て感激していました。そんな小さな気づかいの積み重ねが、自衛隊への敬意を育んできたんです。それに引き換え、首相の『自衛官の子供が悲しむから』という改憲論の薄さはどうでしょうか。もっとも私はそんな話、見聞きしたことはないですが」

 ならば林さんの考える自衛隊の誇りとは何か? 改めて聞くとして「協力」についてはこんな指摘もある。

 「安倍流改憲で、協力どころか、現在は『違憲』とされている徴兵制が合憲化する可能性が出てきます」と警告するのは、憲法学が専門の一橋大名誉教授、山内敏弘さん(79)である。

 現在の政府見解では、憲法13条(「公共の福祉」に反しない限りでの生命や自由、幸福追求権の尊重)と18条(苦役からの自由)の趣旨から、徴兵制は「公共の福祉」に照らし、「当然負担すべきもの」として社会的に認められず、違憲だ、とされてきた。80年、鈴木善幸内閣は「許容されるものではない」との答弁書を閣議決定している。

観閲式の会場を行進する陸上自衛隊の普通科部隊=陸自朝霞訓練場で2018年10月14日、前谷宏撮影

 しかし、憲法で国会や裁判所などと並んで自衛隊が国家機関として位置づけられれば、自衛隊への協力や役務の提供は「公共の福祉」に合致することになる。つまり「徴兵制は違憲」とする政府見解の根拠が失われる、というわけだ。

 「自民党改憲推進本部は『徴兵制が合憲になる余地はない』としていますが、それは現在の憲法をベースにした憲法解釈に過ぎず、改憲後になぜ『余地はない』のか、説明はありません」

 「徴兵制」と聞くと「時代錯誤」の響きがあるが、山内さんは首を振る。「徴兵制が『合憲』と解釈されても、すぐに制度化する可能性は低いかもしれない。しかし、欧州の一部では、現に徴兵制が復活しています」

 実際、スウェーデンでは10年に廃止した徴兵制が昨年復活し、フランスも01年に廃止した徴兵制の復活を議論し、当面は16歳の男女全員に「国防分野などでの奉仕活動」を義務づける計画なのだ。

 「首相は『自衛官の子供が悲しむから』と言いますが、子供たちが本当に悲しむことは何か。自衛官が死ぬことです。少なくとも、9条のおかげで自衛官が戦死する事態は避けられてきた。その9条を変えるという。首相は自衛官のことを本当に考えているとは思えません」

 かの国民的作家・司馬遼太郎が、防衛大で自衛隊幹部の卵たちに講演したことがある。72年1月のことだ。

 「皆さんは自衛官になるわけですけれども、戦争をしない軍隊がいちばんいい」と語りかけ、日露戦争に勝利した日本軍の司令官が「自分が凱旋(がいせん)すれば、全国民が歓呼の声を上げて歓迎する。でも必ず忘れられる。忘れられるためにわれわれはいる」などと述べたことを紹介した。

 くしくも、林さんがこんなことを話していた。「自衛隊の誇りとは何か。自衛隊がヒーローになる時は、必ず災害などで世の中に不幸がある時です。むしろ自衛隊なんか必要ない、と言われているほうが、良い世の中なんです。それでもいざ、という時が来れば役に立つ。この『無用の長物』願望こそ、自衛官の誇りだと思う。憲法に書かれたから、誇りが生まれる、などというものではありません」

 この言葉、首相にはどう響くのだろう。

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