非暴力を勧めるのは、平和主義からではなく、戦術的な観点からである
「独裁勢力は、民衆が政権を受け入れ、降伏し、従順することにより成り立っている」
「抗議行動、説得、非協力、干渉などにより独裁勢力を倒すことができる」
「自分の考えは、マハトマ・ガンジーの影響を受けている」
「権力は一枚岩盤のようなものではなく、また権力を持つ者の固有の性質に由来するも
のでもない」
「こうした隠れた仕組みに気がつくことは、国家に変革をもたらす突破口になる」
「もし、ある国の国民が、権力の源泉は国民自身に有って服従しないことも可能である
ことに気がつけば、支配者は権力を奪われることになる」
シャープが、非暴力を勧めるのは、平和主義からではなく、戦術的な観点からである。
「独裁政権側は、兵器、軍隊、秘密警察の全てを持ち合わせている。そんな状況下で武
器を取るのは、敵の最強の道具で勝とうとするようなものだ」
また、抵抗運動は、偶発的なものであってはならないと述べている。
「独裁体制からの自由を達成するには、非常に慎重な考えと戦略計画が求められる」
「次のステップに進むためには、注意深く計算された行動が必要である」
ジーン・シャープ(Gene Sharp、1928年1月21日 – Wikipedia
(書評より)本はそもそも武器である
世界中で読まれ、実践されてきた非暴力闘争のガイドラインとも言うべき本。非暴力闘
争の第一人者、ジーン・シャープ博士の『独裁体制から民主主義へ』である。すでに29
言語に翻訳されており、2011年、チュニジアのジャスミン革命からエジプトはじめ中東
諸国にひろがった反独裁、民主化運動には本書の影響があったといわれている。もとも
とは、ミャンマーの亡命外交官の要請によって書かれたもので、博士の40年以上におよ
ぶ非暴力闘争、独裁体制、全体主義、抵抗運動、政治理論などの研究の成果の結晶であ
る。博士がミャンマーの専門家ではなかったため、内容は一刻に焦点を絞ったものでは
なくより一般的なものとなったが、それがかえって本書を世界中に広めることとなった
。セルビアのミロシェヴィッチ政権を崩壊させたユーゴスラビアの青年運動の背景にも
本書の存在があったことが知られている。
本書は、(2009年現在)世界総人口66億8000万人のうち34%が「自由でない」とされる
国々に住んでいるという現実を認識したうえで、「より強力で効果的な自由化運動を起
こすための思想と計画を支えるいくつかのガイドラインを提供する」ことを目的に書か
れている。まず、独裁政権を倒すためには、無抵抗ではなく非暴力、交渉ではなく闘争
をもって挑まなくてはならないという徹底したリアリズムを説く。そしてそのためには
独裁政権の成り立ちと弱点を理解し、綿密な計画を立て、非暴力行動の方法を注意深く
選んで実施することが大切であるとし、各プロセスの要点が簡潔かつ明解な文章でつづ
られる。一方、博士は「特定の独裁政権が終末を迎えれば、あらゆる問題が一斉に消滅
することを意味すると解釈されるべきではない」と釘をさすことも忘れない。独裁政権
を倒した熱狂のなかから新たな独裁政権をつくらないためにはどうしたらいいかという
方法論も提示している。
巻末には具体的な「非暴力行動198の方法」が列挙され、それぞれの運動主体の戦略と
戦術に基づいて、組み合わせて使うことができる。この一覧を読めば、ストライキや大
衆デモ、座り込みといった手段は、ごく一部の手段にすぎず、その他に少人数で実行で
きるより機動的で臨機応変な手段、ボディーブローのように効いてくる間接的な手段な
ど、じつに多くのバリエーションがあることがわかる。このリストは誰もがインターネ
ットにアクセスできる時代より前に書かれたものであり、これらの手段にネットの力を
掛け合わせれば、その威力は何倍にもなる。実際に中東の民主化革命においてはそのこ
とが証明された。
訳者の瀧口範子さんは、独裁政権のもとに生活した経験はないにもかかわらず、原書を
よんだとき「自分の中に非常に共鳴するものがある」ことを感じたという。以下、引用
する。「それは、シャープ博士の翳りない明晰さに加えて、先進国に住むわれわれの日
常においても、権力やパワーを含めた『力』とは決して無関係ではいられない、という
ことが理由だろう。政治的ばかりでなく社会的、経済的に、また職場で、あるいは家庭
内でわれわれは大小の力の作用の中で暮らしている。家庭内暴力や学校のいじめといっ
た問題がある場合はもちろんだが、ごく普通に見える生活の中でも、力に従順してしま
った結果、何らかの不服や不愉快、不幸を味わう結果になったということは数えきれな
いくらいある。本書は、そうしたわれわれにも、力の成り立ちや自分自身に対する意識
、そして不条理な力に抵抗する潜在力を喚起してくれるものであると思う」。
目に見えない力によって脅かされるのは、われわれの政治的な自由だけではない。経済
的な自由もまたしかり恐怖や不安の正体が分かれば、意志をもって注意深く手段を選択
することで、私たちはそれに立ち向かうことができる。エンパワーされた個人が社会を
変えていく。禁書、焚書の歴史をひきあいに出すまでもなく、本というものは本来強力
な武器のひとつなのだ。
「独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 」
ちくま学芸文庫、2012、ジーン シャープ、Gene Sharp
(書評より)独裁者と戦うためのマニュアル
著者のシャープ博士は米国の研究者で現在84歳、民主主義の実現と独裁者と戦う手段
をテーマに長年研究を続けてきたようです。
本書はビルマ(現ミャンマー)の亡命した外交官の要請によって著されたものを加筆し
たようです。
生まれたときから日本で暮らしてきた我々にはあまり実感は湧きませんが、世界には独
裁政権下で苦難の毎日を過ごしている人が多いようです。
著者は東欧などで独立を果たした人々、亡命者などから詳細な聞き取りを行なって、独
裁政権と対峙するための方法論を研究してきました。
それによれば、いわゆる暴力的な手段はほとんどが負け戦に終わり、既に洗練された装
備を持った権力者側に圧倒的な優位となってしまうようです。
かといって外国などの第三者を当てにした他力的な方法も、自国の権益を最優先させ、
世論と利益の兼ね合いで気ままにしか行動せず、当てにならないとしていました。
本書で推奨する方法論とはまず自律し、大局を見すえて戦略を描き、民衆的な共感を得
ながら様々な形で対峙することでした。
そのために一見、磐石に見える独裁者の牙城にも実は弱点が存在することを、古代中国
の逸話「猿の主人」を引用しながら象徴的に説明していました。
その弱点とは独裁者の権力は人々の意識的・無意識的な支持や従順によって成り立って
いるものであり、民衆側の「非協力」こそがそれを打ち破る可能性があるというもので
す。
すなわち象徴的なデモやハンガーストライキ、官僚のサボタージュや軍の消極的な不服
従など、先鋭的な対立を避けながら柔軟に対処することが推奨されていました。
また独裁者を追い出し、新たな政権を作るとき、どさくさに紛れて従前以上の強硬な独
裁者が生まれやすい傾向にあることにも言及されていました。
それを避けるためにも、独立に浮かれずに、権力を分散して監視できるように憲法など
を周到に整備していく必要性を説いていました。
これは先の大戦後の日本を主導した占領軍のふるまいを思い起こさせ、70年という束
の間でも平和をもたらしてくれた現憲法のことを想起させました。
現政権はこの改正を悲願としているようですが、その方向性を思うと大いに疑問を感じ
させます。
本書は有志が協力しながら数多くの言語に翻訳されて、正に独裁者と戦っている当事国
で愛読されたようです。
現状で民主主義である我が国では他人事にも感じられますが、昨今の政権の振る舞いを
見るにつけ、本書を読むことの意義というものを改めて感じました。
最終章にある「自由はただではない」という言葉は胸に響きました。
「独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 」
ちくま学芸文庫、2012、ジーン シャープ、Gene Sharp
MLホームページ: https://www.freeml.com/uniting-peace