ひと晩に虎ノ門で7万4000円、人形町で4万7000円……。さすがは高級官僚と感心している場合ではない。もはや汚職の構図ではないのか。総務省の最高クラスの幹部たちが、放送関連会社「東北新社」に勤める菅義偉首相の長男らから受けていた接待の金額である。総務省ナンバー2や首相の広報官を含む13人が延べ39回も宴席を繰り広げていたのだから、「組織的」と言っていい癒着ぶりだ。かつての旧大蔵省接待汚職の教訓から、業者との癒着は命取りと官僚たちも気を配っていたはず。なぜ彼らは唯々諾々と接待に応じたのか。【古川宗/統合デジタル取材センター】
首相記者会見の司会役も接待判明
人数もさることながら、接待額にも驚いた。
週刊文春(電子版)のスクープで始まった東北新社の接待問題。同社の部長で、子会社の放送事業者「囲碁将棋チャンネル」役員も兼務する首相の長男正剛氏らが、総務省幹部に繰り返し接待を行っていた。同誌がウェブで公開した会食時の会話とみられる音声で、東北新社子会社の放送事業に関わる会話をしていたことも明らかになり、首相や総務省に対する批判がさらに強まった。
総務省は22日、衆院予算委員会理事会で、接待の中間報告を行った。同社関係者と会食した職員は計13人で、延べ39件。飲食代、土産代、タクシー代の総額は60万8307円にのぼった。首相会見で司会役を務める山田真貴子内閣広報官も、総務省の総務審議官時代の2019年11月に長男らから接待を受けており、飲食代は1人で7万4203円に達していた。ほかの接待額に比べてずば抜けて高い。次いで高かったのは、総務省ナンバー2の谷脇康彦総務審議官が昨年10月に受けた4万7151円だった。22日の衆院予算委で、谷脇氏はこの会食が「和食だった」と説明、山田氏の高額会食については「何を食べるとこういう金額になるのか」という野党議員の質問に対し、菅首相は「詳細は承知していない。詳細についても(山田氏本人に)聞いてみたいと思います」と答えた。なお、山田氏、谷脇氏は省内でも菅氏と関係が近いと言われる幹部である。菅氏との関係の深さが、店のランクにも関係している?と見るのはうがちすぎだろうか。
「首相の長男に誘われたら断れない」
「1人あたり7万円を超える接待は常軌を逸している。高級旅館に泊まってもおつりが出る額で、接待されている側もとんでもない額をおごられているということはわかるだろうに……」
こう仰天するのは、官僚制を長年研究している明治大の西川伸一教授(政治学)である。「1990年代に起きた大蔵省の汚職事件以来のひどい話ですね」と苦笑しつつ、「首相は元々総務相もしていて、総務省の大親分。官僚側も『行っても大丈夫だろう』という慢心があったのでしょう」と推察する。
西川教授は、官僚側の倫理観の低さを嘆きつつも、これほど多くの官僚が接待に応じざるをなかった「事情」について同情する。「首相の長男に誘われたら断れないでしょう。安倍政権時代から、法の支配ではなく人事による支配を続けてきたわけで、官僚が毅然(きぜん)として誘いをはね返すのは難しかったはずです」
確かに、首相は昨年9月の総裁選のとき、政権の決めた政策の方向性に反対する幹部は「異動してもらう」と公言している。各省幹部の人事は、安倍政権時代の14年に発足した内閣人事局によって一元的に管理されており、官邸が圧倒的な人事権を握る。西川教授は「官僚側としては『長男からの誘いを断ったら、人事でどうなるかわからない』という恐怖心があるわけで、怒らせないように立ち回らないといけないわけです。もちろん接待を受けたこと自体は悪いけど、官僚も板挟みにあって、かわいそうではあります」という。その上で、「官僚側からすると、どう対処していいのかわからなくなり、ますます萎縮することになる。若者も『官僚になんてなりたくない』と思うでしょうね」と今回の事態によってさらなる官僚制の劣化を招くのではないかと危惧する。
政治とカネの問題に詳しい神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)も「今回の接待問題は首相抜きにありえない」と強調する。
上脇教授が「そもそもの問題の発端」と指摘するのは、首相が総務相時代に長男を政務秘書官にしたことだ。「秘書官をしていたなら、官僚が利害関係のある業者から接待を受けてはいけないという常識はあるはず。違法だと知りながら長男は接待を行い、官僚側も総務相秘書官時代の知り合いであり、官房長官、首相を父に持つ長男からの誘いは、違法とわかっていても断れない。首相が長男に官僚が知り合う接点となる原因を作っているわけで、結果責任はあります」と指摘する。
また、上脇教授は、首相が東北新社の亡くなった創業者とその息子の元社長から、12~18年に500万円もの個人献金を受けていたことも問題視する。「個人献金とはいえ、実質的には会社の献金に相当するわけで、東北新社は自身の政治資金を提供している会社に当たります。そこに秘書官をしていた長男を就職させているわけで、どう考えても癒着の構造です。『別人格だから、自分は関係はない』というのは明らかにおかしい」
「広報官への接待は偶然ではない」
上脇教授は山田氏が現在官邸の要職である内閣広報官に就いている点も「単なる偶然ではない気がします」と指摘する。「内閣人事局によって、菅氏に気に入られた人が出世し、要職に抜てきされるようになってしまっている。菅氏にとって一番苦手なのは記者会見だろうし、そこで助けてくれるのは内閣広報官。長男を含めた『菅ファミリー』と関係が深いからこそ、その要職に就いたのでしょう」
ちなみに総務省の元局長で、「ふるさと納税」にからんで菅氏の方針に異を唱えて異動させられた経験を持つ平嶋彰英・立教大特任教授は、毎日新聞の取材に「(秘書官当時の正剛氏を)朝早くの菅大臣の国会答弁レクに同席させていた。将来に備えて、修業させているのかなと思っていました」と振り返っている。接待を受けた官僚たちも「首相の後継者」というおもんぱかりがあったのか。22日の予算委質疑で、吉田真人総務審議官は「利害関係者という認識を持っておりませんでした。自らの経歴に照らして、非常に怠慢ではないかといったようなご批判をいただければ、もう恥じるばかりでございます」と平身低頭している。平嶋氏は「私の感覚でも、面識のある元大臣の政務秘書官から会食をもちかけられれば、断れませんよ」とも断言している。
総務省は13人中11人は国家公務員法に基づく倫理規程に違反する可能性が高いと判断し、24日にも処分する方針だ。だが、このまま首相の責任はうやむやのままで良いのだろうか。西川教授は「大臣の政務秘書官は、多くの官僚と接し、大きな権限も持ちうる。通常は信頼する事務所の秘書を据えることが多いわけで、親族にやらせるのは縁故主義の批判は免れません。そういうブレーキが働かないのがおかしい。首相としての資質に欠けますし、政治的、道義的責任は免れないでしょう」と指摘。上脇教授も「これは通常の接待ではありません。権力を利用した接待なわけで、背景には癒着の構造があります。しっかりとした真相解明が必要で、関係者全員の証人喚問が必要だと思います」と国会でのさらなる追及の必要性を強調している。
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特集
菅首相長男接待
総務省幹部が「東北新社」に勤める菅首相の長男から接待を受けていた問題。特別扱いの構図が浮かび上がりました。
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筆者
古川宗
1988年福島県生まれ。2013年入社。高松支局、富山支局、政治部を経て2020年4月から統合デジタル取材センター。富山時代には政務活動費の不正受給問題、政治部では首相官邸や参院自民党などを取材し、この春には育児休暇を2カ月取得しました。趣味は海外の文芸書の収集で、好きな作家はトマス・ピンチョン。