総務省

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首相長男の宴席問題で13人処分
始まりは縁故主義と人事私物化

 総務省で総務審議官や情報流通局長ら11人の幹部職員が処分を受けた。

 菅義偉首相の長男、正剛氏が取り持った放送関連会社、東北新社の「連続接待事件」に参加し「公務員倫理法違反」を問われた面々だ。

 総務省中枢をむしばんだ倫理崩壊の淵源をたどると「菅総務相」に行き着く。

 菅氏は二つの「誤り」を犯した。一つは、息子を政務の大臣秘書官にしたこと。二つ目は、かんぽ生命の不正勧誘問題報道でNHKに圧力をかけたとされるあの鈴木康雄氏(元日本郵政副社長)を次官コースに乗せたことだ。

 公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた。

 首相は、人ごとのような顔をできる立場ではない。

長男を「商品」化した菅総務相
大臣秘書官に任命され人脈作り

 正剛氏が勤務する東北新社による接待問題が表面化して以来、菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた。「別人格」というなら25歳の長男が自分で進路を探すのを見守るのが親の務めではなかったか。

 音楽演奏に興味を持ち、定職に就かず自分探しをしている若者は決して少なくない。長男もそんな若者の一人だったが、菅氏は総務相になると、長男を大臣の政務秘書官にしてしまった。
 
 大臣秘書官は税金から給与が払われる公務員だ。また大臣の職務は広く深い。地元事務所の秘書ならまだしも、大臣秘書官は社会経験がない若者に務まるポストではない。

 周囲の官僚や出入りの業者は「公私の区別が緩い」という菅氏の「弱点」を見てしまった。

 首相は国会で、正剛氏が東北新社に入社した経緯を「長男が(創業者を)非常に慕い、二人で(就職の)話を決めた」と説明した。東北新社の創業者は秋田の同郷で菅氏の支援者だった。

 二人を引き合わせたのも首相である。息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介したわけだ。

 東北新社が、放送事業などに特段の経験や技術を持つわけではない若者をなぜ採用したのか。

「総務大臣の息子」という無形の資産に価値があるからだ。

 事業者にとって総務省は許認可を握る難攻不落の役所。正面から攻めても外で担当者と会うことなどできない。大臣の息子を雇えば「裏口」から出入りできる。
 
 民間企業が天下りを受け入れるのと同じ構造だ。給与を払って役所への「特別アクセス権」を買っている。高いポストで退職した者ほど強力な「アクセス権」がある。

「総務相の息子」は計り知れない価値がある。長男を政務秘書官にしたのは「商品性」に磨きを掛けるためだろう。

 役所で顔を売り、幹部職員になじみを作る。父親自身もその後、官房長官から首相にと大化けし総務省を天領のように仕切る存在となり「息子の資産価値」を膨張させた。今や菅正剛氏の誘いを断る官僚はいない。

「懇談の場」をセットする力
公私混同が行政に蔓延

 二階俊博自民党幹事長の「会食は飯を食うためにあるものではない」という言葉はその通りである。その場で具体的な請託があったか、という問題ではない。

 プライベートな場で会食をしたという「関係性の確認」が業者にとって大事になる。

 酒の席で具体的な要求を口にするのは、やぼである。役人もそれは嫌う。業者が何を求めているか、役人は聞くまでもなく分かっている。一般的な業界話をすることで、役人は業者が置かれている事情を確認する。

 そして業者は案件の進捗状況を探る。大事なことは「懇談の場」をセットする力である。

 東北新社の接待攻勢は衛星放送の認可時期と重なり、結果として東北新社は将棋チャンネルなど、成果を得ている。

 武田良太総務相は「行政をゆがめた事実は確認されていない」というが、東北新社だけが圧倒的な接待攻勢をしていた。他の事業者にはない「特別なアクセス権」を持っていた事実が、すでにゆがんだ関係ではなかったか。

 その原因を作ったのは菅首相である。

「親心」といえば聞こえはいいが、公私混同の縁故主義が総務省の秩序をゆがめた。

 情けないのは、こうした前時代的な政治が現在もはびこっていることだ。

 菅氏が官房長官として支えた安倍政権では「夫婦愛」や「友人への思いやり」が政治の場に持ち込まれた疑念がいまも残る。 

 国有財産の格安売却、国会での偽証、公文書改ざん、国家戦略特区の獣医学部創設、政府行事である「桜を見る会」での地元支持者の接待…。

 公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ。

官僚人事への異様な執着
「懲罰局長」を手なずけた菅人事

 菅政治の特徴は官僚人事への異様な執着だ。だがこれも、総務相時代に官僚を手なずけて活用した成功体験にある。

 その代表とされるのが鈴木康雄氏だった。

 かんぽ生命の不正勧誘問題が世間を騒がせた事件で、たびたび登場した総務省OBだ。

 この問題を報じたNHK「クローズアップ現代+」に横ヤリを入れたり、後輩の事務次官から総務省が検討していた処分の情報を集めたりするなど、武勇伝にこと欠かない。

 その傍若無人ぶりに「菅(総務相)の影」を感じる人は少なくない。

 2007年のことだ。前任の竹中平蔵氏から大臣ポストを2006年に引き継いでいた菅総務相は、鈴木康雄情報通信政策局長(当時)を同省ナンバー2の総務審議官(郵政・通信担当)に抜擢した。

 この昇格人事に省内はざわめいた。鈴木局長は2年前、懲戒処分(戒告)を受け、出世コースから外れたとみられていたからだ。

 鈴木氏は郵政行政局長時代の05年、電気通信事業部長のころにNTTコミュニケーションズから受けた接待が露見した。許認可権限を持ちながら飲食を共にし、タクシー券を束でもらっていた。東北新社の事件と似た構造である。

 鈴木氏は「NTTべったり」と省内外で見られ、内部通報で「利害関係者との癒着」が明らかになったといわれている。

 懲戒処分が下されると当面は人事で昇格はできない。役人人生は終わりか、と思われたが、救いの手を差し伸べたのが、当時の「総務省2トップ」の竹中総務相と菅副大臣だった。

 当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。

 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり、その働きぶりが評価され翌年、情報通信政策局長に起用された。

 今度の標的はNHKである。この時に起きたのが、NHK担当課長の更迭だった。

 大臣になった菅氏が打ち出した「受信料2割値下げ」は省内にも異論があった。新聞社の論説委員との懇談で担当課長が「大臣はそういうことをおっしゃっていますが、自民党内にはいろんな考え方の人もいますし、そう簡単ではない」と語った。

 伝え聞いた菅氏は怒り「一課長が勝手に発言するのは許せない」と担当ポストから外してしまった。上司の鈴木局長は、ついたてとなって部下を守ることはしなかった。

おもねれば出世街道
「直言」すれば冷飯

「どういう人物をどういう役職に就けるか、人事によって大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わる」と菅首相は自著「政治家の覚悟」(文春新書)で述べている。

 利害関係者から接待を受け懲戒処分になっても、自分に忖度し手柄をたてるのに役立つ人物なら引き立てる。公務員倫理への関心は鈍く、「国民全体の奉仕者」より自らへの忠誠。

 菅氏が望む官僚イメージが「天領」とされた総務省に根付いたのだろう。

 次官まで上り詰めて退職した鈴木氏は2013年、日本郵政の代表執行役副社長になった。民営化された郵政は民間出身の西室泰造氏、長門正貢氏らが「雇われマダム」のような表の社長で、裏は鈴木氏が仕切った。

 郵政組織に根を張り、「社長より偉い副社長」とさえ言われた。

 不正勧誘問題をめぐるNHK「クローズアップ現代+」への介入では、「電波行政に携わった者として」と郵政OBの有力者であることを誇示して圧力を掛け、さらには総務省の影響下にあるNHK経営委員会を攻めた。

 政権に配慮する森下俊三経営委員長が上田良一NHK会長を叱責して、8月予定の続編が見送られた。

 これだけではない。不正勧誘を金融庁が調べ、総務省が行政処分を検討するという事態になると、どのような処分を検討しているか、という内部情報をあろうことか後輩の事務次官に報告させていた。

 情報を漏らした事務次官は「公務の中立性をそこなう非道行為、行政の信用を失墜させる」として停職3カ月の懲戒処分を受け、即日退職した。ところが鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった。

「政権との太い絆」があればこそと見る人は少なくない。

 総務省幹部と菅氏との関係で、鈴木氏と対極を演じたのが平尾彰英・元自治税務局長だった。

 菅氏が官房長官に転身していた2014年11月、総務副大臣時代に肝いりでスタートさせたふるさと納税制度をさらに拡充しようした菅氏に、「自治体の返戻金競争をあおる。高所得者を優遇するだけ」と直言した。

 長官は「水をかけるな。前からヤレと言ってるだろ」と取り合わなかったという。

 やむなく従ったが、翌年の人事異動で自治大学校長へ配置転換された。

「総務省の幹部から『人事案を官邸に上げたら、君だけバツがついてきた。ふるさと納税で菅さんと何かあったの?』と言われた」と平尾さんはのちに語った。

「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官
「わきまえた女」と重用された結末

「おもねれば優遇、直言すれば冷飯」の人事支配の中で、官僚の倫理観が変わってくるのは当然だろう。

 利害関係者から酒食のもてなしを受けてはいけないのは、公務員にとって「イロハのイ」である。そんな当たり前のことが今や「権力者の息子に誘われれば断れない」と、平然と語られるなかで起きたのが今回の接待問題だった。

「7万円の和風ステーキ、海鮮料理」で一躍、時の人になった山田真貴子・前内閣広報官は、NTT社長の接待では1本12万円のワインを飲んでいたと報じられ辞任を余儀なくされた。

 社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった彼女の官僚人生は、ゆがんだ人事支配のなかで思わぬ結末を迎えた。

 山田氏は84年に入省後、国際政策課長や国際競争力強化戦略を担当する参事官になるなど、自民党政治家とは接点の少ない国際部門が長かった。退任時も国際担当の総務審議官だった。

 まだ女性官僚が珍しい頃、国内重視の役所は国際部門に女性を配属することが多かった。男性中心・国内重視の中で苦労が多かったと思うが、官僚として日の当たる場所に出るきっかけとなったのは、2013年6月の経済産業省への出向だった。

 IT戦略担当の官房審議官になったが、「女性活用」に都合のいい人材を探していた安倍官邸の関係者の目に留まった。着任5カ月で女性初の首相秘書官に抜擢される。それからは官房長、総務審議官と「女性初」の出世街道をひた走った。

「飲み会を断らない女」を自称し、人との出会いが大切だと説く。ハキハキして酒もいける才女は飲み会でネットワークを広げたのだろう。

 菅首相にも気に入られ、内閣広報官として首相が答えに窮しないよう甘口の質問者ばかり当て、「この後、日程があります」と会見を打ち切るのが仕事となった。

「わきまえた女」は女性活用の看板にはなったが、公務員として世の中にどんな貢献をしたのだろうか。

公務員は誰のために仕事をするのか
「役所は頭から腐る」ことの自戒を

 公務員は誰のために仕事をするのか。明快だったのは近畿財務局の上席国有財産管理官だった赤木俊夫さんだった。

 森友学園への国有地売却の顛末をしたためた公文書の書き換えを財務省本省から強いられた。国会答弁で本省幹部が真相をごまかし続けるなか、改ざんの顛末をメモにし「全て佐川局長の指示です」と書き残して命を絶った。

 改ざんに手を染めざるを得なかった無念を自責してのことだった。

「僕の雇い主は国民です」と妻の雅子さんに常々語っていたという。お会いした時、俊夫さんが定期入れに入れていつも持ち歩いていたという「国家公務員倫理カード」を見せてくれた。

 倫理行動基準セルフチェックとして以下のような項目が並んでいる。

▽国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか
▽職務や地位を私的利益のために用いていませんか
▽国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはいませんか

 1990年代前半、大蔵省(現財務省)から噴き出た接待汚職で多数のキャリア官僚が処分された後、全職員が倫理研修をうけるようになりその際に配られたものだ。

 処分を受けた総務官僚たちも、若いころ間近で見たはずだ。

 魚は腹から腐り、役所は頭から腐る。悪貨が良貨を駆逐するように権力に近づけば近づくほど、倫理観がまひした官僚が増える。それがまた繰り返された。

 権力の腐敗をどうするか。有権者の課題でもある。

(ジャーナリスト 山田厚史)