幸福度世界一 フィンランドの哲学者に聞く「幸せになる方法」

幸福度世界一 フィンランドの哲学者に聞く「幸せになる方法」

フィンランドの哲学者、フランク・マルテラ氏=Marek Sabogal撮影拡大
フィンランドの哲学者、フランク・マルテラ氏=Marek Sabogal撮影

新型コロナウイルスの感染拡大のため、1年以上、親の介護とリモートワークで家にこもる生活が続いている。運動不足で首と肩はがちがちになり、気持ちはうつうつとする。そんな中、国連が3月に発表した「世界幸福度報告2021年版」でフィンランドが4年連続で幸福度ランキング1位になったというニュースを聞いた。どうすれば幸せになれるのだろう? そもそも、幸せって何? 「世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない」という本を3月に出版したフィンランドの気鋭の哲学者、フランク・マルテラ氏(39)に根源的な問いを投げかけてみた。【國枝すみれ/デジタル報道センター】

フィンランド人が幸せな理由

まず、フィンランドで幸福度が高い理由を聞く。自然環境をみてみると、冬は夜が18時間も続き、年間の平均気温は5度と比較的厳しい。それでなぜ世界149カ国・地域のなかで一番幸せな国なのか。

 「フィンランドは、すごく幸せな人はいなくても、すごく惨めな生活をしている人が少ないので、平均点が高いのだと思います」。マルテラ氏は冷静に答える。

国連がいう幸福度とは、アンケートで「最高」を10点、「最低」を0点として、自分の人生を評価してもらった数値の平均で、いわば生活への満足度調査。一方、「昨日、あなたは笑いましたか?」「昨日、喜びを感じましたか?」などと幸せな体験を尋ねる調査では、中南米諸国が上位となるという。

 幸福度が高い理由の一つとしてマルテラ氏が挙げるのは、フィンランドの公的制度に対する国民の信頼が高いことだ。

「政府など公的制度が市民を正しく守るとき、市民はそれを信頼します。そしてその制度を維持しようとする政治家を選びます。米国の経済学者、ジェフリー・サックス教授は、北欧の政治家が選挙キャンペーンで『税金上げる』と主張しても当選することに気づいて驚きました。市民は、税金は正しい目的のために使われる、と信じているため、増税をいとわないのです」

「信頼」がコロナ禍の感染予防行動にも影響

記者が特派員として暮らしていた米国は正反対だ。予算を配分する議会や政府への信頼は低く、増税を嫌う。金欠で公立学校など公的制度の質は落ち、悪循環が起きる。フィンランドでは教育は無料だ。私立の学校もあるが、貧しい人も豊かな人も同じ公立の学校や大学に通うのが普通という。

森の中を歩き、自然を楽しむ人々=フィンランド政府観光局提供拡大
森の中を歩き、自然を楽しむ人々=フィンランド政府観光局提供

フィンランドはコロナ禍でも世界一の記録を更新した。マルテラ氏はパンデミックの制御においても「信頼」がカギとなる、という。

 「ソーシャルディスタンスやマスク着用は結局、市民の自発的な行動にかかってきます。政府や他の人々への信頼が高いほど、こうした感染予防行動をとる傾向が強いのです」

フィンランドのコロナ感染者数は累計で約8万人、死者は866人だ。(4月9日現在)。一方、米国や英国、フランスは人口規模の違いを考慮しても被害が大きい。政府がロックダウンを実施し、マスク着用など感染予防行動を呼びかけても、従わずに、抗議デモやパーティーに参加する市民が相次いでいる。

記者が幸福に興味を持つ理由は、海外で長く仕事をするうちに、幸福に対する考えが国によって大きく違うことに気付いたからだ。米国は中南米諸国より圧倒的に豊かなのに、幸せそうな人が少ない。米国人は、幸せを「気分のいい状態が続くこと」と思っているように見える。「幸福を感じていない人は負け犬だ」と宣告されるような雰囲気すらある。しかし、「幸せ」を脳内に快楽物質「ドーパミン」が出ている状況と定義すると、それは絶対に続かない。宝くじで大金を当てた人も、1年後にはその状態に慣れてしまい幸福感は元に戻るのだ。無理に「幸せ」であり続けようとすると、ドーパミンを分泌させるドラッグに走るしかなくなる。

幸福は、追い求めてはいけない

マルテラ氏のとらえ方は異なる。「幸福とは結局、単なる感情です」。だから、追い求めてはいけないのだという。哲学者であり、心理学者でもあるマルテラ氏が勧めるのは、幸せになろうとするのではなく、人生を意味があるものにしようとすることだ。意味のある人生を手に入れたとき、幸福は副産物のようについてくるらしい。

記者は正直言えば、意味のある人生にしたい気持ちもあるが、時には綿菓子のようにふわふわした幸福感に包まれたいと思う。あえて聞いてみる。幸福感と意味ある人生を両立するにはどうすればいいか。マルテラ氏によれば、人間が本能的に持っているいくつかの欲求を満たせば、幸福感を得ることができ、かつ人生に意味を感じられるという。

それらの欲求とは、①自分で人生を選択し、人生を作り上げる自律への欲求②取り組んでいることがうまくできるようになり、自分に自信を持つ能力への欲求③他人と互いに世話をしあうなど親密な関係性への欲求――だ。さらに他人に対していいことをする「慈善の欲求」も加えることができるという。

幸福には落とし穴がいっぱい

しかし、落とし穴がある。マルテラ氏によると、例えば、自律の欲求が満たされていない人の中には、自律の代わりに権力を追い求めてしまう人がいる。権力を獲得すれば、人生の選択を自由にでき、自分が人生の主人公になれる、と信じているからだ。しかし、実際は、権力を持つと自制しなければならない場合も増え、自由な選択ができなくなる。一方で、実は自律の欲求が満たされている人ほど、権力への関心が低いというのだ。

サウナを楽しむ女性=フィンランド政府観光局提供拡大
サウナを楽しむ女性=フィンランド政府観光局提供

親密な関係性の欲求も同様だ。一部の人は他人と親密な関係が築けない理由を、間違ったところに探し始めてしまう。「もし自分に名声があれば、みんなに好かれるかもしれない。外見がよければ愛されるかもしれない」と考え、名声を得よう、外見をよくしようと努力してしまうのだ。たとえインスタグラムで注目される発信を続け、たくさんのフォロワーがいたとしても、直接触れあえる親しい人がいなければ、抱きしめることはできない。

マルテラ氏は強調する。「達成しても欲求を満たせない目標は、間違った目標なのです。その目標に向かって努力することは、ドアの鍵穴に合わない鍵を求めるようなもの。たとえ手に入れても、幸せのドアは開きません」

つまり、人生の目標を正しく選ぶことが重要なのだ。マルテラ氏によれば、目標が間違っている場合、そこに到達しようと努力すればするほど不幸になる。たとえ正しい目標を選んでも、達成に執着しすぎると幸せは逃げる、という。

「幸せになろう、と思い過ぎたり、自己の幸福を最大化したりしようとすると、奇妙なことに、かえって幸せは遠のきます」

幸せを追い求めすぎると、現在の生活に満足することを忘れがちになる。確かに、もっといい恋人、もっと良い仕事、住むのにもっといい街があるはず、と探し続ける人はいる。いわゆる「青い鳥」症候群だ。また、自分の幸福感を最大化しようとすると、自分勝手になる。例えば、友人が困っていて手助けをしてあげたいのだけれど、今日はコンピューターゲームをしたい気分だからと自分を優先すると、人間関係が希薄になり、友人との関係性によって得られていた幸福感が失われていく。

人生はプロジェクトではなく、物語だ

上述の間違った目標設定以外にも、落とし穴はまだある、とマルテラ氏は言う。

「我々がやりがちな間違いは、人生をプロジェクトとしてみることです」

プロジェクトは、大きな目標を定め、達成するための計画を立て、それに向けてひたすら努力する。人生をプロジェクトとしてとらえると、人生の価値はプロジェクトが成功するかどうかで決まってしまう。目標が達成できなかったら、「私の人生は失敗だった。自分の努力が足りなかった」と思いがちだ。さらに危険なのは、人生自体が目標を達成するための道具になってしまう。

マルテラ氏はこう続けた。「人生はむしろ物語とみるべきなのです。今から扉が次々と開き、展開していく物語です」。良い体験も悪い体験も物語の一部。プロジェクトが物語の中にあってもいいが、それはあくまで物語の躍動感を高めるものなのだ。成功しようと失敗しようと関係ない。

サウナの後、氷の張った湖で体を冷やす女性=フィンランド政府観光局提供拡大
サウナの後、氷の張った湖で体を冷やす女性=フィンランド政府観光局提供

幸せになるための心構え、生き方は分かってきた。では、そもそもなぜ私たちはこんなにも幸せになりたいのか。

マルテラ氏は、今の西欧社会では、幸福の追求が何よりも優先すべき人生の目的、もしくは主な目的であると考えられているという。

「でも、つい数百年前まで、幸福の追求は人生の重要な目的ではなかったんですよ」

マルテラ氏によれば、幸せとは何か良いことが起きること、つまり「幸運」という意味だった。人間は病気や災害などで突然死した。多くの子どもが感染症などで大人になる前に死んでいった。だから、生き延びることができたら、それだけで幸せだった。しかし、近代化によって予測不能なことは減る。突然死することが少なくなった人間は、人生の目的とは何かを考えるようになった。

科学が進歩し、個人主義や人間は努力によって進歩できるという考えが拡大する一方で、宗教や伝統文化の影響力が縮小する。それに伴い、絶対的な価値観が消えていった。

「生きているだけで幸運」から個人追求型へ

かつての社会では、人生の重要な目的は、共同体のために尽くすことだった。日本なら封建制度や家制度の中で自分の役割を果たすことだったかもしれない。それらが失われ、個人の幸福の追求が重視されるようになった。さらに1960年代以降、「幸福は自分の責任で努力して得るものだ」との考えも普及した。

「自分の人生は自分で決めなさい、と言われる時代になったのです。人生の目的、信じるもの、大切なもの、職業、価値観、すべて自分で決めなくてはいけなくなったのです。自由があることは素晴らしいことです。しかし、同時にストレスです。自分で決めたら、その結果にも自分が責任を持たないといけないからです」

人生に何を求めるべきか。自分で悩む代わりに、答えを用意してくれている宗教や民衆扇動的な政治家を求める人も出てくる。

「自分のためだけに生きるな。何か大きなことのために生きろ」。そう言われて育つからか、「大きな物語」に身をささげる人生でないと、意味がないと思う人もいる。戦争や革命に命を懸ける人もいれば、差別撤廃や環境保護など社会運動に身をささげる人もいる。世界を良い方向に変えることもあるが、架空の「大きな物語」に踊らされてしまう危険もあるだろう。

フランク・マルテラ著「世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない」(ハーパーコリンズ・ジャパン)拡大
フランク・マルテラ著「世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない」(ハーパーコリンズ・ジャパン)

マルテラ氏は「大きな物語」のために生きる人を否定しない。「それは個性です。いつも何かに命や人生を懸けることが大事で、そういう生き方しかできないのです。彼らを止めることはできません」

そして続ける。「しかし、注目しなくてはいけないのは、大多数の人はごく普通の人生を生きることで十分満足するという点です。彼らに人生の夢を尋ねると、家族を持ちたい、子どもが欲しい、などと言います。幸せになるためには、大事業をしなくてもいいのです。生涯を何かに懸けなくても、自己を犠牲にしなくても、幸せになれるのです」

幸せへの近道は…

追い求めるわけではないが、幸せになる最も具体的で簡単な方法はありそうだ。それは他人を助けることで、「慈善の欲求」を満たすことだ。「この欲求は人間の本能に組み込まれています。人間は社会的動物なので、他人を助けることで幸せになるのです」

米国やカナダで行われた実験によると、自分のためでなく他人のためにお金を使うと、血圧が下がり、幸福感が高まる。配偶者の介護に週14時間以上を費やしている人は寿命が延びる。ボランティアする人はより長生きする。社会支援をする人は、支援を受ける人よりも長生きする。まさしく「情けは人の為ならず」だ。

「しかし」とマルテラ氏は指摘する。「今の米国には、利己的であることと賢明さとを同一視し、他人を助けることを愚かとみる風潮があります。米国人を継続観察した研究があるのですが、他人に親切なことをしたり、ボランティアしたりした人にその理由を聞くと、わざと利己的な理由付けをする傾向があります。本心では他人を助けたい気持ちで動いているのに、利己的になることを強制している文化で生きているため、『助けるためにやったわけではない』と言い訳をしたくなるのです」

マルテラ氏によると、その文化は米国から世界中に輸出されていったという。

「かつては、世界の多くの地域で、地域社会の人間関係を大切にし、謙虚であることを大切にする文化が存在したと思うのですが……」と嘆くマルテラ氏に、私はこう応じた。「フィンランドの文化を世界に輸出すべきですね」

フィンランドの幸福に対しての考え方が広まれば、世界は変わっていくかもしれない。

FRANK MARTELA

フィンランドの哲学者、心理学研究者。3月に「世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない」(ハーパーコリンズ・ジャパン)を出版。タンペレ大で福祉心理学を教えながら、ヘルシンキのアアルト大を中心に多分野で活動。共同論文で、政府が国民に感染予防行動を呼びかける際、自律や能力、関係性への欲求を満たすようなメッセージにすると効果的、と提言している。

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