赤木ファイルが「告発」した新たな真実 キーマンが語った舞台裏
学校法人「森友学園」の国有地売却を巡り、財務省の決裁文書改ざんを苦に自殺した近畿財務局職員、赤木俊夫さん(当時54歳)が残した「赤木ファイル」。改ざんの詳しい経緯ばかりに目を奪われがちだが、ファイル冒頭には財務省のもう一つの不正を裏付ける「新証拠」のメールもとじられていた。赤木さんはなぜこの文書を残したのか。その答えを探し、メールで名指しされたキーマンを訪ねた。(後段でインタビュー内容を詳報)
ファイルは6月22日、国が赤木さんの妻雅子さん(50)の求めに応じる形で開示した。改ざんの経緯が時系列にまとめられた備忘記録に加え、本省と財務局で交わされた計約40通の電子メールが含まれ、佐川宣寿(のぶひさ)理財局長(当時)の「直接指示」を伝えるメールも保存されていた。
しかし、518ページに及ぶファイルの最初にとじられていたのは改ざんのやり取りと一見関係のない1通の「告発メール」だった。
転送された「資料の隠蔽示唆」
メールは2017年2月16日午後11時16分、赤木さんら数人の財務局職員に本省側から転送されたものだ。タイトルは「FW:近畿財務局の決裁のコピー」。元の差出人は理財局の課長補佐で、転送の15分前に局幹部らに送信していたことがうかがえる。送信日時をペンで囲むような印が残されており、赤木さんがこのメールのコピー後に強調したとみられる。
本文は、学園との国有地取引に関する資料を要求していたある野党議員への対応方針を示していた。
課長補佐はまず、「森友への貸付の決裁」「森友への売却の決裁」「その他、森友関連の部長以上の決裁」など計4種類の文書について、交渉に当たった財務局から取り寄せるよう求められていると説明。要求に対する対応を「宿題返し」と表現し、こう続けた。
「議員に持っていくつもりはまったくなく」「仮に物を出せと言われたら、近畿(財務局)に探させているけどなかなか…と引き取る(実害がなさそうなら、追って提出)」。野党の要求資料の隠蔽(いんぺい)をほのめかし、国会質問の妨害を画策する内容だった。
「局長に方針説明」組織ぐるみの理財局
「朝、局長に方針を説明したいと思います」。課長補佐はこうも記し、佐川氏にも議員への対応を報告したようにも読める。別の理財局幹部には既に了解を取ったとの記述があり、理財局が組織ぐるみで国会論戦をゆがめていたことを裏付けている。
メールは、一連の資料を求めたのが「福島議員」だったと名指ししている。鍵を握るこの人物は一体誰なのか。ヒントは転送翌日の国会質疑にあった。
「私や妻が学校の認可や国有地払い下げにかかわっていれば、総理大臣も国会議員も辞めます」。安倍晋三首相(当時)は17日の衆院予算委員会でこう答弁し、国有地取引への関与を強い口調で否定した。財務省が18年に公表した調査報告書によると、妻昭恵氏らの名前が書かれた売却の決裁文書について、この首相発言の後に佐川氏が外に出すべきではないと反応し、一連の改ざん作業が始まったとされる。
予算委で首相の答弁を引き出したのが、当時民進党の衆院議員だった福島伸享(のぶゆき)氏(51)=17年衆院選で落選=だ。福島氏は毎日新聞の取材に応じ、メールの議員は「自分だ」と証言。「『国会なんてたいしたことはない』という財務省らしい、完全になめきった態度だ。財務省の隠蔽体質が如実に表れている」と憤った。
福島氏によると、財務省との水面下の攻防は、問題のメールが本省と財務局で共有された約1カ月前から続いていた。16年末に地元で開かれた会合で、学園が配っていたある用紙を目にした。安倍首相の氏名を用いて小学校の開設を目指し、寄付を募る内容。昭恵氏と学園とのつながりに関する情報も寄せられたため、17年1月召集の通常国会で首相の関与を追及しようと、理財局職員への聞き取り調査を進めていた。
「時間稼ぎ」に躍起?
職員は当初、決裁文書の存在を認めていたが、2月上旬に国有地売却問題が表面化すると一転して対応しなくなったという。17日に予定された予算委の質疑までに文書の提出を要求し、応じない場合は国会で理由を問いただすとけん制していた。
しかし、財務省は福島氏の要求に応じなかった。政府・与党が新年度予算案の年度内成立を目指す中、審議への影響を懸念していたとされる。
財務省は森友問題の紛糾を避けようと「時間稼ぎ」に躍起になっていたのではないか――。福島氏は理財局が資料の「隠蔽」方針に傾いた理由をこう見る。
予算案は2月中に衆院を通過し、財務省はこの頃から決裁文書の改ざんを本格化させた。福島氏は「財務省は参院審議で文書を出さざるを得なくなるかもしれないと考え、その前に疑念を生む記述は消しておこうと考えたはずだ。衆院で粘り強く資料提出を求めていれば状況は違った。衆院採決を許したのは野党の大失策だった」と振り返った。改ざん文書は予算成立後の5月に国会に提出された。
「改ざんの出発点があのメール」と訴え
財務省が組織ぐるみで改ざんに手を染める中、財務局内で反発を強めていた赤木さんはファイルの最初に問題のメールをとじたとみられる。
公務員の仕事に誇りを持ち、「私の雇い主は日本国民」と妻に常々語っていた赤木さん。行動規範が書かれた「国家公務員倫理カード」を手帳に入れ、ボロボロになるまで持ち歩いていた。自身も経済産業省のキャリア官僚だった福島氏は、「改ざんは国家に背く前代未聞の不正。赤木さんはあのメールが改ざんの出発点だったと訴えたかったんだと思う」と語った。
財務省は毎日新聞の取材に文書で回答し、「本件国会への対応については、誠に遺憾であって、深くお詫(わ)び申し上げます」と謝罪した。【松本紫帆】
「隠蔽体質が如実」、福島氏の一問一答
「赤木ファイル」の冒頭にとじられた財務省の内部メールで、「福島議員」と名指しされた元民進党衆院議員の福島伸享氏。毎日新聞のインタビューでの一問一答は次の通り。
――ファイルの最初に保存されていたメールに心当たりはありますか。
◆私が当時、財務省とやり取りしていたことが含まれた内容です。2017年2月17日に衆院予算委員会で、安倍晋三首相(当時)に森友学園を巡る国有地売却問題を質問する機会があり、財務省や文部科学省へ事前に質問通告して資料を出すように求めていました。出せないならば、国会の場でその理由を追及することも伝えていました。一連のやり取りの中で、財務省が方針を情報共有した内部メールの一つに違いないと思います。
――存在している文書を、あたかも存在していないかのように対応しようとしていたメール内容を聞いた時はどう思いましたか。
◆完全になめきった態度だなと。国民の代表として選ばれた国会議員から要求された資料を出さないのは、「国会何するものぞ」という財務省らしい姿勢ですが、私はそうするだろうなとはじめから予想していました。財務省の隠蔽体質が如実に表れています。
――当時、政府にはどのような質問をしようとしていたのでしょうか。
◆財務省には学園との国有地取引で特例的な措置を講じた理由を確認し、文科省にはなぜ新しい学校の開校を特例として認可したのか追及しようとしていました。安倍昭恵夫人と学園との関係も浮き彫りにしようと思っていました。資料は出せない、存在しないと答弁するのは分かっていましたので、公文書の取り扱いについても質問する予定でした。
――財務省は最初から資料を出すつもりがなかったのでしょうか。
◆私は17年1月から財務省理財局の担当部署から聞き取りをしていましたが、当初、こちらが確認したさまざまな文書は「ある」と話していました。私としては、必ず存在する決裁文書をまず提出させて、添付された資料などを手がかりに関連の文書を芋づる式に出させて全容を把握しようという作戦でした。多くの幹部が目を通した文書そのものよりも、添付資料につじつまが合わないポイントが記載されていることも多いですから。しかし、学園の国有地売却問題が2月上旬に報じられ表面化し、野党ヒアリングでマスコミに財務省とのやり取りが公開された途端、財務省の態度が硬化しました。
寄付用紙がきっかけ
――そもそも、森友問題が報道される前からなぜこの案件を追及しようとしていたのですか。
◆きっかけは前年の11月ごろでした。地元の茨城県内の神社であった会合で、安倍首相の氏名を使った小学校新設に関する学園の寄付用紙が配られ、これは問題ではないかと思ったことからです。その後、昭恵氏と学園との関係性に関わる情報も寄せられました。通常国会で追及すべきだと考え、財務省から詳しく聞き取りを始めていたというわけです。
――福島さんが予算委で質問した際、安倍首相は「私や妻が関わっていたら……」という例の答弁をしました。
◆あーあ、言っちゃったなと。大きな政局にしてしまったと思いました。時の首相が自身の進退と結びつけたわけですから。私は当時、国会の審議日程などを与党と協議する民進党の国会対策副委員長を務めていました。政府は通常国会で、新年度予算案の年度内成立を常に目指しています。憲法の規定で衆院の議決から30日で予算は自然成立しますから、逆算すれば、2月末には衆院を通過させる必要があります。政府・与党は混乱の中での「強行採決」を嫌いますから、予算案の審議を進める取引として決裁文書などの提出を求めて、必要な文書を出させようと思っていました。
――結果的に決裁文書は国会や福島さんにも当時提出されず、財務省は2月下旬から改ざん作業を始めました。
◆政局に直結する答弁を首相がしたにもかかわらず、当時の民進党はそのまま衆院での予算案審議や採決に応じたからです。財務省は野党に当面資料を出さなくてもいいなら、参院の審議までに疑惑の核心につながるような政治家らの名前などは消しておこうとしたのでしょう。野党の大失策だったと悔やまれます。
――決裁文書は官僚らにとって、どのような意味合いを持つものなのでしょうか。
◆政府の意思決定の根拠を記録した歴史文書となるものです。誤字、脱字さえ許されません。私も経済産業省で働いていましたが、歴史そのものになる文書を事後的に変える改ざんは、役人にとって考えられないことです。国家の根幹を揺るがすような不正を、財務省の一局長だった佐川宣寿理財局長(当時)だけの判断でやったとは到底思えません。
――赤木さんはファイルの冒頭、改ざんに関する直接的なやり取りではない例のメールをなぜ残したと考えますか。
◆赤木さんはこのメールについて、財務省が組織ぐるみで改ざんに走った出発点だったと訴えたかったんだと思います。国会での対応から逃れるために、決裁文書の改ざんという国家に背く前代未聞の不正がなければ赤木さんを自殺に追い込むようなこともなかったはずです。
真相解明はまだ
――国は赤木さんの妻雅子さんの求めに応じ、ファイルをようやく開示しました。国の姿勢をどのように見ていますか。
◆ファイルの開示だけでは森友学園問題の真相解明につながらないと思います。一連の問題の本質はやはり学園との土地売却の経緯にあります。学園理事長だった籠池泰典氏が近畿財務局に昭恵氏の写真を示した日の面談記録や、国有地売却の特例的な対応を巡る本省と財務局との内部メールが出てきていません。国会で問題になった後の首相官邸と本省がやり取りしたメールもあるはずです。消したと言っても、今の技術では必ず復元できるでしょう。問題は何も解決していません。【聞き手・松本紫帆】