中部電力が建設会社に工面させた裏金を使って知事対策をしてきた狙いについて、中部電元役員は「県のトップには何かと世話になる」と説明した。電力事業を地域で独占してきた電力会社と、地方政界に君臨する知事との密接な関係を物語る証言だ。▼1面参照

 

原発の建設や運転、廃止の手続きを定めた原子炉等規制法上、知事は法的権限を持っていない。だが、県を含め原発の立地自治体は電力各社と安全協定を結んでおり、地元の同意がなければ施設の新設や再稼働は進まないのが現実だ。

元役員は地元の反発をかわすことを「たがを外す」と例えた。「電力会社は事業をつつがなく行うため地元の束縛というたがを外したいと思っている。知事ら地元ともめると大変な状況になる」

新潟県にある東京電力柏崎刈羽原発は典型例だ。早期の再稼働の方針を盛り込んだ東電の事業計画に泉田裕彦知事が強く反発。再稼働を容認しない姿勢を示し膠着(こうちゃく)状態が続いている。

中部電も約25年前、管内の石油火力発電所の事業計画変更で地元知事から強く反対され、計画撤回を余儀なくされた。中部電が知事選で裏金を支出したのはこうした状況を避ける狙いがあったとみられる。

「愛知は中部電のホームグラウンド。管内(愛知、岐阜、三重、静岡、長野)の他の知事選も重要だ」

元役員によると、中部電本店9階の秘書部では知事選が近づくとそんな会話がかわされた。知事選候補側への裏金支出額は発電所数などを考慮して算定。1980~2000年代に中部電管内のうち4県であった知事選で1回あたり200万~500万円を支出したという。元役員は「具体的に何かを依頼する言葉は一切言わなかった。そのほうが相手も受け取りやすいし、『中部電に世話になった』と思ってもらう程度で良かった」と言う。

知事は原発建設などの際に埋め立ての許認可権を持ち、環境への影響を調査・予測する環境アセスメントの評価も下す。元役員は「知事には用地造成と環境アセスメントの権限がある」とも話した。(阿久津篤史)

 

■神田前知事「便宜図っていない。頼まれたこともない」

朝日新聞が6月3日、愛知県神田真秋前知事に同県内の自宅で取材した主なやりとりは以下の通り。

――中部電力元役員が1999年と2003年の知事選前、それぞれ300万円と500万円を渡したと証言している。

いろんな方から選挙資金をいただく。どこからどれだけもらったかはスタッフが処理した。私は定かではない。

――神田氏の自宅で直接本人に手渡したと証言している。

1回は受け取ったと思う。1回目の選挙の時だった印象がある。2回目の選挙の時にもらった記憶ははっきりしない。中部電に便宜を図っていないし、何かを頼まれたこともない。

――2回目の500万円は建設会社から集めた金で会社名も伝えたと言っている。

受け取ったと言える自信がない。中部電は中部経済連合会の会長企業だから、中経連の支援か中部電かは峻別(しゅんべつ)していない。

――現金の使途は?

事務所の土地を借りるなどいろいろ。中部電と癒着があると思われるのは嫌だし、そういう認識はない。

中部電元役員が現金を渡したと証言した神田氏以外の知事候補は取材に「知らない」と述べた。ただ、受け取り役とされた知事候補の親族には「覚えていないが、元役員が渡したと言うならそうなのだろう」と答えた人もいた。この親族は「政治資金収支報告書などに記載しないですむ裏金は票集めの飲食代や関係者への謝礼など選挙には欠かせなかった」と語った。受け取り役とされた他候補の選対幹部は「記憶にない」と繰り返しつつ、「(中部電が)そういう話を外に出すのは不見識だ」といら立つ場面もあった。

(砂押博雄、板橋洋佳)