「殺戮100倍返し」のイスラエル ガザ制圧でも見えない本当の勝利

山田厚史の「世界かわら版」
【第66回】 2014年7月31日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]

7月8日の空爆から始まったイスラエルのガザ地区への攻撃は29日までに死者が1100人を超えた。ほとんどが巻き添えになった市民である。容赦ない攻撃の背後には「1人殺されたら100人殺す報復」とも言われるイスラエルの強硬姿勢がある。元テレビ朝日カイロ支局長の川村晃ニ氏は「かねてからイスラエルはこの方針で臨んでいると駐日大使から聞いた。言葉通りの軍事作戦が展開されている」という。

子どもの犠牲者は150人近くに

ホロコースト(ナチスによるユダヤ人の大虐殺)の被害者であるユダヤ人が建国したイスラエルは、周囲を異教徒・異民族に囲まれ、精強に武装した「ハリネズミ国家」となった。

紀元前586年に滅亡したユダ王国以来、祖国を失ったユダヤ人は2500年余を経てイスラエルを建国、以来周囲との戦争に明け暮れている。

自国の安全を確保するため「100倍返しの殺戮」を厭わない国家となった。

人口は神奈川県(908万人)より一回り少ない815万人。18歳以上のすべての男女に兵役の義務がある。男性3年、女性2年。年に一回、補充兵士として徴用され、戦力に磨きをかける。4次にわたる中東戦争で周辺のアラブ諸国と戦い領土を拡大してきた。

核不拡散条約(NPT)に加わらず、密かに核兵器を開発しているとみられている。周辺の核武装を極端に恐れ、イラクやシリアが原発を建設しようとするといきなり空爆して破壊した。

敵は土地を奪ったパレスチナ人だけではない。イスラム国家のイランとは、互いの存在を否定しあう天敵である。自衛の為なら先制攻撃も辞さない。GDPの8%を軍事費に投ずる軍事立国には、いわれなき攻撃で死に追いやられるパレスチナ人の苦悩は眼中にないのだろうか。

東京のイスラエル大使館は「1人殺されたら100人殺すという原則はない。ガザでも死者はできるだけ少なくなるよう努めている」という。29日までの死者の数を比べるとイスラエル人が53人に対し、パレスチナ人は1100人を超えている。1対20という比率は相当なものである。

ユニセフ・パレスチナ事務所からの報告では、空爆と攻撃でパレスチナの子どもが少なくとも146人(男子97人、女子49人)死んだ。105人が12歳以下だった。負傷した子どもは1000人を超え、恐怖のため精神に傷を負う子も少なくない。医師も薬も間に合わず十分な治療はできないという。

病院も爆撃を受け、子どもを含む多数が死んだ。イスラエルは誤爆と認めず「ハマスが誤射したロケット弾によるもの」と主張する。

「過激派軍事組織を無力化するため施設や要人に限定した作戦」というが攻撃は市街地でも容赦ない。東京23区の6割ほどのガザ地区は170万人が暮らす人口密集地帯。地上では戦車が地響きを立てて侵攻し、空からはF15戦闘機が空爆し、海からは沿岸の艦艇が艦砲射撃を繰り返し、地上は地獄絵だ。

民衆が過激派の“盾”に

パレスチナ人の抵抗は、かつて蜂起した民衆による投石だった。やがて自爆テロが始まる。愛する人を失い生きる意味を失った婦人たちが、黒衣の下に爆弾を巻いてイスラエルの繁華街でジハード(聖戦)を遂げる。

イスラエルは、ガザ地区を巨大なフェンスで囲い、自爆テロを封じたが、過激派軍事組織ハマスは持ち運べるロケット弾をフェンスの中から発射している。

ハマス要人が乗ったクルマをレーダーで追尾し、ピンポイントで爆破する技術を持つイスラエルに比べ、ハマスのロケット弾は打ち上げ花火のようなもので精度はよくない。それでもたまには人家や建物に命中し犠牲者が出る。ガザから100キロ余り離れたテルアビブやエルサレムも射程内で、ロケット弾が放たれるとサイレンが鳴り響き人々は恐怖におびえ逃げ惑う。

ガザ制圧は、市民生活を防衛するための攻撃作戦とされるが、武器や戦士は民衆の中に潜んでいる。イスラエルを憎み、ハマスをかくまう民は過激派の“盾”だ。

ユニセフ事務所の報告でも、ガザにある国連の難民救済機関が運営する学校の一つが武装グループに占拠され、ロケット弾が保管され、学校の中立性が保たれていない、と指摘している。

イスラエル軍は盾もろとも戦闘員を爆殺する。中国戦線で日本軍が民衆に潜む敵を殲滅するため、村人の犠牲を顧みず攻撃したのと同様のやり方である。

イスラエル市民は「テロとの戦い」に熱狂する。ロケット弾の恐怖から逃れる正当防衛だというが、7月に戦闘が始まってからイスラエル市民の死者は3人という。その100倍以上の命がガザで消えている。正当防衛というにはつり合いがとれない。

12時間の停戦の間に瓦礫に埋まった遺体を掘り出し、死者が1100人を超えたことを確認したが、今も埋まっている遺体は数知れないという。

経済力の差が軍事力の差になり、殺される人数の差になる。

オバマ大統領は「多くの無実の人が犠牲になり、胸が痛む」と語り、国連の潘基文事務総長は「双方の政治指導者の良識に訴えたい」という声明を発表したが、国際社会の無力さだけが際立った。イスラエルは手を緩めずハマスは引くに引けない。

ガザの悲劇の淵源

「憎しみの連鎖」がパレスチナ、シリア、イラク、ウクライナ……。中東からユーラシアへと広がっている。インド・パキスタン国境のカシミール、漢族支配下のチベット・ウイグル自治区でも潜在的な危険性を秘めている。パレスチナ人vsユダヤ人、シーア派vsスンニ派、ウクライナ人vsロシア系、イスラムvsヒンドゥー、漢民族vs少数民族……。対立の軸には民族・宗教が絡み異なる神や血筋が敵味方を鮮明にしている。

ただ、民族や宗教の違いが初めから対立をはらんでいたわけではない。シーア派とスンニ派が初めから争っていたわけではないし、ウクライナ人とロシア人は穏やかに共存していた。20世紀初頭のエルサレムではパレスチナ人とユダヤ人は、混じり合って暮らしていた。

この地域はオスマン帝国の支配下にあった。第一次大戦でオスマンがドイツ・オーストリア側に立ち、英仏の敵国となった。

パレスチナの対立は、世界かわら版64回「過激イスラム国は誰が創り出した」と同じ根源に突き当たる。世界に冠たる帝国を目指した英国が反オスマン勢力につじつまの合わない約束を交わした「三枚舌外交」である。

1915年のフサイン・マクマホン協定で英国はオスマン帝国の支配下にあるアラブ人地区の独立を認めた。

1917年には英国の外相アーサー・J・バルフォアがユダヤ人社会から戦費を調達する見返りに、ライオネル・W・ロスチャイルドに手紙を書き、パレスチナにユダヤ人居住区を建設することを約束した。

ところが1916年には英・仏・露の3ヵ国は密かにオスマン帝国の分割領有を決めていた(サイクス・ピコ協定)。シリア、アナトリア南部、イラクのモスルまでをフランスが、英国はシリア南部と今のイラクの大部分を、ロシアはクリミア半島を管理下に置く、とした。大戦に勝利した英・仏・露はそれぞれの支配地を獲得し、パレスチナ国家もユダヤ国家も幻に終わった。

国際社会のルールから外れた異端国家

局面が変わったのが第二次世界大戦だった。600万人とも言われるホロコーストの犠牲者を出したユダヤ人は戦後、アメリカの後押しで建国を目指す。

国連は1947年、パレスチナ分割を決議、ユダヤ人、アラブ人で居住区を分け、エルサレムは国連の信託統治とした。ところが隣接するエジプトとヨルダンは異を唱えアラブ地区を占拠した。パレスチナ人は自立する地を得られず、一方のイスラエルは建国に突き進み、反発するアラブ諸国と第一次中東戦争が起きた。勝利したイスラエルはパレスチナの8割を領有する。エルサレムは東西に分割され、西をイスラエル、東をヨルダンが管理下に置いた。

第三次中東戦争で電撃的な侵攻作戦を展開したイスラエルはエルサレムを領有、実効支配に置いた。イスラエルの首都はエルサレムだが、日本大使館があるのはテルアビブである。日本だけではない。ほとんどの国はテルアビブに大使館を置いている。エルサレムでは紛争に巻き込まれる危険があるから、ではない。国連がエルサレムを首都として認めていないからだ。

エルサレムは歴史を刻んだ宗教都市である。キリストが現れ布教し十字架に掛かった地。始祖ムハンマドが昇天したイスラム教の聖地でもある。ユダヤ教のエルサレム神殿が建設されユダ王国の首都があった場所でもある。

古代イスラエル王国の誕生は起源前11世紀に遡る。紀元前930年ごろ内乱で南北に分裂。北のイスラエル王国はアッシリアに、南のユダ王国はバビロニアに滅ぼされ、支配層3000人が「バビロンの捕囚」となった。日本がまだ縄文時代のころである。

ユダヤ人は難民となって散り、1949年のイスラエル建国まで、自分の国を持つことがなかった。各地で差別や迫害を受けながら濃厚な文化と血縁で共同体を維持してきた。

産業社会で財力を蓄えたユダヤ人は、故国を再興するシオニズムの機運を創り19世紀にはエルサレムで支配的な勢力になった。

ホロコーストを経てヘブライ語聖書に書かれた「約束の地」に戻り、死語になっていたヘブライ語を復活させて公用語にした。だが、念願の建国はこの地に住みついていたパレスチナ人を抑圧する結果となった。イスラエルが膨張し、入植者が増えるにつれ土地を失うパレスチナ難民が増加する。自治区であるガザとヨルダン川西岸に難民がひしめき、豊かなイスラエルとの格差は歴然だ。農業しか産業がなかったパレスチナにイスラエルはハイテク産業や近代的農業を育て、強固な軍事国家を出現させたが、国際社会のルールから外れた異端国家となってしまった。

1967年5月の第三次中東戦争でイスラエルはエジプトからシナイ半島、シリアからゴラン高原、ヨルダンから東エルサレムとヨルダン川西域を奪い取った。11月、国連安全保障理事会は全会一致でイスラエルが占領地から撤退することを求める決議242号を採択。今なお決議違反は続いている。

強力な米国のユダヤロビー

国際的非難にさらされながらも、イスラエルがこのような振る舞いをし続けているのはアメリカの後ろ盾があるからだ。

米国には527万人のユダヤ人が住んでいるが、総人口に占める割合は1.7%に過ぎない。この「少数民族」は金融、ジャーナリズム、ハリウッドなどに強固な人脈を張り、豊富な資金でロビー活動に威力を発揮する。

大統領選でも議員選挙でも全米ユダヤ人協会の支持は選挙結果を左右しかねない重みがあり「米国政治はユダヤロビーに牛耳られている」とさえ言われる。

第二次世界大戦以後、一貫して戦争に明け暮れているのが米国とイスラエルである。

映画監督のマイケル・ムーアはアメリカ社会の銃依存を「原住民や黒人など圧殺した人々からの仕返しを恐れるアメリカ社会の病理」と解説した。イスラエルの軍事依存症は、パレスチナ人やアラブ諸国からの報復を恐怖する心の表れではないか。

米国がイラク、アフガニスタンで躓いたように、力による制圧は一時の勝利を得ても、植え付けた憎悪に打ち勝つことは出来ない。

「殺戮100倍返し」はやがて行き詰まる。

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